夜叉九郎な俺
第41話 鬼姫と鬼義重
「戸沢盛安様が私を正室に……本当ですか!?」
たった今、義重様が私に伝えた景勝様からの書状に記されていた内容は余りにも唐突で。
望んでいた事を盛安様の方からも望んでいる事は本当に夢のよう。
だけど、高鳴る胸の鼓動と身体の奥底から感じられる熱は紛れもなく私自身のものだった。
「うむ、信じられぬ事であろうが……これは本当の事だ。甲斐は俺や景勝殿が嘘を申すような人間だと思うか?」
「……いいえ、思いません」
それに義重様も景勝様も冗談を言うような人間じゃない。
御二人共揃って生真面目な性格だから尚更、嘘じゃない事が解る。
少なくとも義重様も景勝様もこういった場面では決して冗談を言わない。
「ならば、改めて問おう。甲斐は戸沢盛安殿が正室に望んでいるという話については如何にしたい?」
だから私が嘘とは思いません、と答える事が義重様には解っていたのだと思う。
別段、気にした様子もなく、義重様は再度、盛安様が私を正室に望んでいるとの旨を問いかける。
「私は是非とも盛安様の下に嫁ぎたいと思っています」
それについて私には否という言葉は一切ない。
この問いかけについては即答で了解する以外の答えは私の中には存在しなかった。
成田甲斐としての接点は全くないけれど、遠い先の時代の事を踏まえれば共に最後を迎えた彼である可能性が高い盛安様は私が求める唯一の人。
その彼がこうして、行動を起こしてきたのなら私もそれに応じた行動を取らなければ、このまたとない機会を逃してしまうかもしれない。
「そうか……相、解った。景勝殿には了解したとの返答を伝える事にしよう」
義重様も私の事情を考慮するにしろ、しないにしろ、周囲の状況が落ち着いている今が時期であると思っているらしく、答えが出たのならばすぐにでも返答すると言う。
常日頃の決断がはっきりとしている義重様らしい。
だけど、私の事についてもすぐに答えを出してくれたのは義重様のその気質があってこそ。
優柔不断な人物が主君だったらこうも先行きの読み難い話に食いつくとは考えられない。
盛安様は鎮守府将軍の官職を持っているとはいえ、未だに15歳で年が明けても漸く16歳になる身。
当主になったのは13歳だというから、それなりに経験は積んでいるものとして考えても良いのだけれど、それでも若過ぎると思う人は多いと思う。
普通なら15、16歳くらいで漸く元服という人も居るわけだし……。
にも関わらず、盛安様は16歳になる前に鎮守府将軍の官職を得、角館から庄内に至るまでの領地を治める出羽国でも有数の勢力を築き上げている。
僅か2年前後で此処までの勢力拡大を果たしているのはやっぱり、何かしらのアドバンテージがあるからなんだと思う。
何しろ、私の聞いた限りだと上杉家では史実では離反したはずの新発田重家殿が反旗を翻していないとか。
その御蔭もあって景勝様は順調に領内の整備を進めている。
噂では重家殿の件にも盛安様の助言があったとか、なかったとか言われているし……。
遠い先で私に語っていた様々な事を見事に実現している事からして、盛安様の行動は現状の段階を踏まえると私の知っている彼と全く同じ。
「……感謝致します、義重様」
だから、その盛安様と繋がる事を許してくれた義重様の配慮が嬉しくて……私は唯々、その好意に感謝する――――。
「甲斐からの返答も聞く事も出来た故、明日にでも景勝殿には書状を認めるとして……実際に盛安殿からの回答が届くのは数ヶ月以上、後になるだろう。
俺の見立てでは盛安殿は年明けが過ぎれば、安東を落とすべく行動を開始するであろうからな。今までの版図の拡大からすれば速攻を重視すると見るが……。
それでも、決着がつくのは雪解けの時期が近付く頃合いだろう。景勝殿が盛安殿からの返答を受け取るのは安東攻めが終わっての事になるから――――
少なくとも年が明けても当面は返答は望めないであろう。故に回答を得るだけでも些か、遅くなるとは思うが……甲斐はそれでも構わぬか?」
私からの回答を得て、義重様は明日にでも景勝様への返答を行う事を決める。
だけど、景勝様を経由してから来るであろう盛安様からの回答は遅くなる事を見越している義重様の眼は真剣だ。
恐らくの話になるとは思うのだけど、私の知っている彼の性格なら、年明けには安東家に対して何かしらの軍事行動を起こす。
義重様は私が伝えるまでもなく、それを予測しており、景勝様が盛安様からの返答を得る事になるのはその後だと見越している。
異常とも言うべき広い視野を軍事的な目線で見据える義重様は軍神からの軍配を受け継いだ者は伊達じゃない事をまざまざと見せつける。
私が盛安様の動向を予測出来ているのは、あくまで彼の性格と気質を読み取った上での事だから尚更、義重様の凄さを実感する。
何しろ、義重様は盛安様の事を様々な情報を経て又聞きしただけであって、その人物像も集めた情報で読み取っているだけに過ぎないのだから。
「はい、構いません。盛安様にも御都合があるでしょうし……。義重様の仰る通り私にはあの方が安東家を相手に全力を傾けられる機を逃す方には思えません。
ですから、返答が遅くなる事については覚悟の上です。それに盛安様が不覚をとる事も含めて」
それに義重様はの真剣な眼差しは盛安様の身に万が一がある可能性がある事も示唆している。
私の知っている彼ならば、万全の態勢を整えるかもしれないけど――――彼は”夜叉九郎”だ。
今までの集めた盛安の情報から察しても彼が陣頭で戦うのは間違いないし、相手が安東愛季という出羽北部屈指の大物が相手でも、きっと躊躇う事はない。
それは戸沢盛安という一人の人物の在り方であり、私の知っている彼の在り方も変わらない。
家督を継承して以来から僅かばかり噂に聞いている、勇猛果敢な戦いぶりからすればその在り方を貫いているという事は間違いなくて。
義重様も自らが常に陣頭で氏幹殿と共に最前線で戦っているから、盛安様の事が良く解るのだと思う。
だから、私は義重様の危惧している事も踏まえて、返答が遅くなる事も万が一、返答が得られる事がなくなったとしても覚悟は出来ていると答える。
私だって佐竹家に身を寄せて、武士としての修練に励んでいるという史実での立場とは全く違う道を歩んでいるのだから。
既に覚悟をする段階は終わっている。
「ふむ……其処までの覚悟があるのならば、これ以上は問うまい。嫁ぐのは随分と先になるであろうが、甲斐が伴侶となる者と共に戦場に立つ事を望むなら然と励め」
「はいっ!」
そんな私の思惑を察した義重様は私の頭を軽く撫で、今後も修練に励むようにと言う。
言い回しから察しても佐竹家中で巴御前の再来であると称されているからには戸沢家中でもそう称されるようになれ、と義重様は言いたいんだと思う。
今の私が武芸を始めとした修練を認められているのも武を重んじる源氏の家柄である佐竹家だからこそのもの。
実家である成田家に居る時はお父様と大叔父様である成田泰季様やその息子にあたる成田長親殿を始めとした方こそ反対しなかったけれど……。
叔父様である成田長忠様を始めとした他の一門衆の方々からは反対の声も上がっていたし。
戸沢家でも盛安が当主にあるとはいえ、家中で反対の声が上がる可能性は捨てきれない。
だから、義重様はそういった反対の声を一蹴出来るくらいになれと言っているんだと思う。
そうした意図を汲み取り、私は義重様に返事をする。
夜叉九郎と呼ばれる彼と共に戦場に立とうと思うのなら、もっと強くならないといけないから。
「して、一通りの話を終えたところで今更、尋ねるが……何やら面妖な格好をしているな。これが以前に甲斐が言っていた南蛮の言葉で言う”ふぁっしょん”と言うものか?」
「あ、はい。そうですけど……」
盛安様の事を含め、景勝様からの書状に関する御話が終わったところで義重様が今の私の格好について尋ねてくる。
今の私が来ている服はとても、姫と呼ばれるような人間が着るものとは縁遠いもの。
足は足袋の構造を把握し、改良を施して腿辺りで結わえるようにした黒染めのニーソックスみたいな物だし、着ている服も丈が短いスカートのような物。
上に着ている服も、着物のようなものではなく、ちょっとした軽装の鎧にも胸当てにも見える物で胸元から上は露出している構造になっている。
胸元から上については腕が動かしやすいようにと考えて邪魔にならないようにとした物。
解り易く説明するなら、オフショルダーになっている服装だと言うべきかも。
構造上の都合もあってちょっとだけ胸元がすーすーするような服装だけど……今の私の体型じゃ慎ましいくらいの膨らみしかないから色気にかける。
流石に今の時期でそんな服装で居るのは寒いので上に丈を短くした着物を羽織るようにしているけれど、修練で身体は暖まっているから上は脱いでいる。
また、丈については着物のように長い丈では動き辛いから短くしているのだけど、少し油断すると見られてしまうかも。
一応は下着も作って身に付けているから色々な意味で大変な事になる事はないけど……スパッツとかじゃないから恥ずかしさが零という訳じゃなかったり。
自分でも何故、こんな服にしたんだろうと思うけど……私じゃそういった服は作れないから仕方がない。
本来ならこの時代に下着に該当する物は存在しないんだから、こうして身に付けられているだけで良しとするべきだし……出来る限り気にしない事にしている。
遠い先の時代と違って盗撮されるような事もないし……。
それと、足袋を改良した物については戦国時代では素足を見せる事ははしたない事だとされていたから、それに合わせて作ってみた物だったりする。
今、私が来ている服と合わせると絶対領域みたいになるんだけど、丈が短いからこれも当然の事。
それほど目立ってひらひらしている訳じゃないけれど、ミニスカートに近いくらいの丈なんだし。
かといって、丈を長くすれば今度は動くのに邪魔になってしまうから、私はこれくらいの長さでちょうど良いかな? と思っている。
一応、佐竹家中の人達には「南蛮で言う、ファッションというもの」だとして前もって伝えた上で制作しているけど、義重様がこれを実際に見るのは初めてだったりする。
まぁ……今の私の服装を面妖な格好だと評したのは無骨な義重様らしい感想だと思うけれど。
正直、義宣殿やお義祖父様の方が気の利いた感想だった気がする。
「ふむ……面妖である事は確かだが、存外に似合っておるな。見たところ、女子の衣装にしては動き易いようにも思える故、甲斐には合っているだろう」
だけど、義重様の評価は面妖だと言いながらも意外と上々で。
女子の着るものにしては動き易い事を評価しているのは流石に武辺者として知られる義重様ならではかもしれない。
そういえば、動き易い点については氏幹殿も評価していたから、鬼と呼ばれる御二人はやっぱり何処かしらで似ているかも。
氏幹殿からの感想についても義重様の感想と似たり寄ったりだったし……如何も武辺者として有名な方は無骨な人が多いみたい。
そう考えれば、今の感想については義重様らしい反応ではあるけれど、これには流石の私も少しだけ不満に思い、むうっ……と頬を膨らませる。
「……義重殿」
「父上……それはあんまりかと」
「はっはっはっ! 義重殿らしい御感想ですな」
私の思っている事を察したのか氏幹殿は困った表情をし、義宣殿は呆れた様子で首を横に振っている。
しかも、お義祖父様に至っては義重様の感想が余りにもそれらしかったのか声高々に笑っているのだから意外と酷い。
「むむ……確かに今のは女子に対して非礼に値する言葉だったな。これはすまぬ事をした。……俺もこういった事には精進が足らぬか」
頬を膨らませて「不機嫌です!」といった私の様子と困った様子の義宣殿達の反応を見て、謝りながら神妙そうに唸る義重様。
流石に訓練場に居る全員からこんな反応をされてしまっては義重様もたまったものじゃない。
別に私は本気で怒っている訳じゃないのだけど、こうやって唸るのはやっぱり義重様が生真面目な人物だからかも。
服装について義重様とは違って気の利いた感想をくれた義宣殿も生真面目な人だし、こういった部分は本当に親子なんだなと思う。
こういっては悪いかもしれないけど、微笑ましくも思える。
因みに佐竹家中での他の方々からの感想は珍しい服装だというものが大半で、足袋を改良した物について「これは良い発想かもしれない」と言っていた方も居る。
それを踏まえれば、実のところを言うと何だかんだで私の衣装は佐竹家中では割と高評価だったりする。
やや、動き易さについての感想が多かった点を含めると、流石は武を重んじる佐竹家らしいかな? とも思う。
後は私のこうした格好を見て、盛安様が如何に思うかだけど……。
彼なら純粋に似合っていると言ってくれるのかな?
今はまだ、薄らとした道標しか見えてないけれど……出羽国にて歴史を大きく変えた彼の姿を思い浮かべながら、私は義重様達と暫しの団欒を楽しむ。
彼の征く道が必ず、私と交わる事を信じて――――。
From FIN
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