夜叉九郎な俺
第19話 真室の戦い





・真室の戦い





 戸沢家(合計700)
 ・ 鮭延秀綱(足軽60、騎馬30、鉄砲20)   110(戸沢家旗印、鉄砲借用)
 ・ 矢島満安(足軽100、騎馬80、鉄砲20)   200
 ・ 戸沢盛吉(足軽200、騎馬50、鉄砲30)   280
 ・ 佐藤信基(足軽40、騎馬50)        90


 小野寺家(合計850)
 ・ 小野寺義道(足軽150、騎馬100)     250
 ・ 大築地秀道(足軽130、騎馬100)     230
 ・ 小野寺茂道(足軽140、騎馬80)      220
 ・ 八柏道為(足軽100、騎馬50)       150





 戸沢家、小野寺家双方の軍勢が布陣し、いよいよ因縁とも言うべき戦いが始まった。
 両軍合わせて1500人前後の軍勢がぶつかりあう、この戦は世間的に見れば大規模なものには見えないかもしれない。
 歴史等に記される有名な戦の多くは10000人以上にも、場合によっては100000人もの軍勢がぶつかりあうような戦いが多いからだ。
 しかし、戸沢家と小野寺家という4〜5万石前後の大名にとってはこれだけの軍勢でも総力戦に近い。
 御互いに大名である戸沢盛安と小野寺輝道が出てきていない事から一応の余力は残しているのだが、1万石で200〜300人前後の兵という計算からすれば際どいところだ。
 また、戸沢家は領土が拡大し、確実に石高を増やしているのだが、現状は領内の整備が終わっておらず、戦力が限定されている。
 それでも700人もの軍勢を動員出来たのは一重に盛安の積極的な軍事行動による戦力の増強が行われていたからだろう。
 後は矢島満安のように一つの戦力となる郎党を率いている武将が陣営に加わっている事も大きい。
 戸沢家が由利方面を抑えた事は此処に来て相応の影響力を及ぼすに至ったというべきか。
 此度の戦でも由利を抑えているからこそ、援軍を迅速に派遣する事が出来たのだから――――。















「矢島五郎推参! 命が惜しくない者からかかってこい!」

 戸沢家の軍勢の先陣を務めるのは矢島満安。
 悪竜の異名を持ち、奥州でも随一の豪勇を誇る満安は我先にと斬り込んで行く。

「ひぃぃ! 大井五郎だ――――!」

 八升栗毛を駆り、一丈二尺の八角の樫の棒を振り回しながら突き進む満安に兵達が怯え、逃げ惑う。
 戸沢と戦う覚悟が出来ていても、満安の異形を目の当たりにすれば無理もない。
 一撃で頭を叩き割れていく者と巨体を誇る馬に跳ね飛ばされていく者達が次々と続出する光景は悪夢にも等しい。
 しかも、満安の難を逃れても後から突入してくる手勢の槍に突き伏せられてしまう。
 進んだ先には壮絶な光景しか見られないのならば後は逃げるしかない。

「くっ……流石、矢島満安か。一度ぶつかるだけでこれほどとは」

 目の前で繰り広げられる蹂躙といっても良い光景を前にして、大築地秀道は歯軋りする。
 戸沢家の主戦力である満安を抑える役割を担ったのだが、満安の猛烈な攻めに早くも軍勢が崩壊しかねない勢いだ。
 兵の数の上ではそう大差がないだけに尚更、満安の圧倒的な武勇の程が窺える。
 だが、此度の戦において最も脅威となる満安を抑えさえ出来れば小野寺の勝ちは揺るがないものとなるのだ。
 此処で退くわけにはいかない。

「者共! 矢島満安さえ抑えきれば我が方の勝利ぞ! 持ち堪えよ!」

 秀道は必死に声を張り上げ、兵達を鼓舞する。
 戦が始まったばかりの段階で総崩れとなってしまえば確実に押し切られてしまう。
 道為が秀綱を討ち取ればこの戦は小野寺側の勝利であると具申していた以上、必要となるのは一定時間以上の時である。
 戸沢側の主力は間違いなく満安であるため、抑え込めれば抑え込むだけ勝利は確実なものとなる。
 そのため、出来る限りの時間を稼がなくてはならなかった。
 秀道は満安の猛攻に押される自軍を支える事に注力するのであった。















「目指すは秀綱の首一つ! 皆の者、俺に続けぇ!」

「おおおぉぉぉ――――っ!」

 鮭延氏の旗印を目指して突き進んでいくのは小野寺義道率いる軍勢。
 義道は猪突猛進の気質があるが、武勇においては盛安にも劣らないと称される勇猛果敢な人物。
 それを証明するかのように鮭延の旗が翻る軍勢へと繰り出していく。
 盛安と同年の生まれで領内での小競り合い等を除けば此度の戦が事実上の初陣となる義道だが、迷いのない動きからするにとてもそうは見えない。
 戸沢側の足軽達を次々と斬り伏せ、弓等で狙われていると察すれば見事なまでの轡捌きで射線をずらす。
 秀綱も武将としての資質については評価していただけあり、中々の戦振りである。

「やはり、義道様が真っ先に向かって来られるか! 殿が動くまで此処を抜かせはしませんぞ!」

 義道の攻めを前にして、信基は負けじと真っ向から喰い止めにかかる。
 小野寺家中でも知勇兼備の将として知られる秀綱ならば数で劣っていようとも、そう簡単には退く真似はしないからだ。
 主君である秀綱に命じられたのは戦い振りを模範し、小野寺側の諸将の目を欺く事。
 見破られたとしても秀綱の想定した戦運びには何ら影響する事はないが、役目を果たす事は自分の責任である。
 ましてや、秀綱の手勢を預かるとなれば尚更だ。
 この戦で己の役割を果たさぬままに崩れる事は出来ない。
 例え、義道の率いる軍勢が預かっている手勢の倍以上であろうとも。
 信基は覚悟を決めて、采配を執るのであった。















 戸沢家(合計615)
 ・ 鮭延秀綱(足軽60、騎馬30、鉄砲20)   110(戸沢家旗印、鉄砲借用)
 ・ 矢島満安(足軽95、騎馬70、鉄砲20)    185
 ・ 戸沢盛吉(足軽190、騎馬40、鉄砲30)   260
 ・ 佐藤信基(足軽30、騎馬30)        60


 小野寺家(合計725)
 ・ 小野寺義道(足軽140、騎馬95)      235
 ・ 大築地秀道(足軽80、騎馬70)      150
 ・ 小野寺茂道(足軽130、騎馬70)      200
 ・ 八柏道為(足軽95、騎馬45)        140





「可笑しい……」

 満安と秀道が戦い義道と信基が戦っている最中、道為は戦の動きに不自然さがある事を感じる。
 戸沢側の主力である満安の軍勢が真っ先に進んでくるのは想定通りだが、秀綱の軍勢の動きが僅かながら消極的な動きをしている。
 秀綱と戦っているのは義道が率いる軍勢であるため、数においては大きく勝っている分、仕方がない事かもしれない。
 だが、秀綱ほどの者ともなれば初陣に近い義道をあしらう事など難しくはないのだ。
 頃合いを見計らって自らが斬り込めば義道を退かせる事くらい充分に可能なのだから。
 また、盛吉の率いる手勢との戦を始めた茂道の方の戦運びだが――――これも何処かが可笑しい。
 戸沢家が騎馬以外に鉄砲を主力としているのは先の由利十二頭との戦で知れた事なのだが、些かその数が少ないように見受けられる。
 盛安が領内の整備に専念するために主力を手元に残している可能性も充分に考えられるが、小野寺家との因縁の戦に温存する可能性は少ない。
 自らが出陣していないとはいえど、満安と戸沢家の一門衆でも戦上手である盛吉を出陣させているのだ。
 これを踏まえれば、温存しているとは言い切れないだろう。
 特に満安の奮戦振りは凄まじく、彼の軍勢と相対している秀道の軍勢は瞬く間にその数を減らしている。
 道為もそれを見て、自らの手勢を秀道の方へと向かわせているが、流石に満安を止める事は敵わない。
 恐らくは突破される時間が多少、延長される程度だろう。
 だが、小野寺側も決して負けてはいない。
 圧倒的な武勇で蹂躙する満安に負けじと義道が奮戦しているからだ。
 秀綱の裏切りに怒りを燃やしている義道はその激情を戦場で晴らすべく、初陣であるにも関わらずに素晴らしい戦い振りを示している。
 鮭延の軍勢を一気に押し込もうとするかのように突き進む義道の軍勢は満安には一歩劣っているが、その活躍は目覚しい。
 順当に展開していけば秀綱を討ち取る事も決して不可能ではないだろう。

「秀綱めが此処まで簡単に押し切る事を許すとは。もしや……あの采配は秀綱ではないのか?」

 しかし、それ故に道為は尚更、違和感がある事を感じる。
 義道と戦っている鮭延勢は確かに良い戦い振りを見せているが、道為が記憶している鮭延の軍勢の強さには及ばないように見える。
 知勇兼備の将と謳われる秀綱の率いる軍勢は小野寺家の中でも随一といっても良いほどの軍勢のはずだから尚更だ。
 如何に義道が奮戦しようともそう簡単に劣勢に陥るような軍勢ではない。
 それを身を以って知っているため、道為は此度の戦の秀綱の戦い方に疑いを覚えたのである。

「そうなれば……やはり、秀綱は自らの得意とする奇襲を狙うか。 皆の者、間もなく秀綱が来るぞ! 秀道様に加勢しつつ、備えよ!」

 道為は義道と戦っている鮭延勢が秀綱の采配で動いていない可能性を考慮し、備えるように指示を出す。
 此度の戦は軍勢の数に差異はあれど、満安や盛吉を始めとした戦上手を中心に編成されている戸沢家の戦力は小野寺家の戦力とは互角以上。
 数の優位に関しては殆ど意味はない。
 事実、満安の手によって数の差は大きく縮められてしまっている。
 このままの戦の流れであれば、確実に数の差はなくなってしまう。
 半刻の時すら持ちこたえられないだろう。
 だが、鮭延勢が想定していたよりも動きが悪い事を踏まえれば秀綱不在の可能性が高い。
 そして、秀綱が最も得意とするのは奇襲、強襲といった意表を突く戦術だ。
 戦の流れを見て、道為は既に秀綱が動いているであろうと踏む。

  「秀綱よ……此度の戦は勝たせぬぞ。その首、若殿に献上仕る」

 策を読みきった事を確信した道為は軍勢が伏せられるであろう方角を見つめる。
 奇襲は奇を突くからこそ成り立つものであって、その点を突く事が出来なければ奇襲とは成り得ない。
 小野寺側は道為を除き、誰も秀綱が戦場に不在である事には気付いていないが、それも大した問題ではない。
 秀綱を抑えるだけならば道為の力量を以ってすれば不可能ではないからだ。
 互いの思惑が交錯し、策の読み合いが大詰めを迎えようとする最中、戸沢家と小野寺家の戦はいよいよ、佳境を迎えようとしている。
 それを証明するかのように道為が軍勢を伏せていると踏んだ方角から一斉に旗印が翻える。
 奇襲の予測をしていた事もあり、この機においての登場は正に絶好の頃合いだ。
 全ては己が読み通りであり、此度の戦は小野寺側が勝利すると確信したその時――――。















 道為の目の前で翻った旗印は先の由利十二頭との戦で掲げられていたという、戸沢盛安の旗印であった。































 From FIN



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