夜叉九郎な俺
第18話 知勇兼備の将





・戸沢家、小野寺家 陣容





 戸沢家(合計700)
 ・ 鮭延秀綱(足軽80、騎馬70)       150
 ・ 矢島満安(足軽100、騎馬80、鉄砲20)        200
 ・ 戸沢盛吉(足軽200、騎馬50、鉄砲50)        300
 ・ 佐藤信基(足軽20、騎馬30)             50


 小野寺家(合計850)
 ・ 小野寺義道(足軽150、騎馬100)          250
 ・ 大築地秀道(足軽130、騎馬100)          230
 ・ 小野寺茂道(足軽140、騎馬80)           220
 ・ 八柏道為(足軽100、騎馬50)            150





 鮭延秀綱が戸沢家の陣営に加わった事を発端にして、いよいよ両雄が合間まみえる事となった。
 戸沢家の軍勢を率いている主な武将は矢島満安、戸沢盛吉の両名。
 此度の戦は秀綱の本拠地である鮭延城が拠点となるので、家中でも最も近い場所に軍勢を抱えている2人が軍勢を出す事になったのである。

「援軍、感謝致します」

「何、盛安殿の御指示だ。当然の事をしたまでよ」

 援軍として訪れた盛吉に礼の言葉を伝える秀綱。
 盛吉としては盛安の命に従って動くのは当然の事であり、陣営に加わった秀綱に合力するのは当然の事だ。
 態々、気にする事でもない。

「しかし……秀綱殿、此度の小野寺の軍勢を如何ように見る? 数の上では満安殿がおる故、問題ではないと見ているが」

 盛吉は小野寺家の軍勢について秀綱に尋ねる。
 数においては兵力の動員に制限がある戸沢家の方が些か少ないが、満安とその軍勢がいるため事実上の不利はない。
 満安と真っ向から戦って勝る武将は小野寺家にいるとは思えないため、盛吉は秀綱に問題ではないと見ていると伝えたのである。

「某は侮れないと見ております。義道様は直情的な人物ですが、戦における駆け引きは中々のものです。秀道様、茂道様も戦下手というわけではありません。
 しかしながら、此度の戦において、彼方には道為殿がおりまする。幾ら、満安殿がおられるとはいっても一筋縄で行きますまい」

 だが、秀綱からの返答は一筋縄では行かないという。
 戸沢家側には豪勇で知られる奥州随一の猛将である矢島満安がいるが、秀綱はそれでも力押しでは勝てないと見ていた。
 何故なら、小野寺家側に八柏道為が参戦しているからである。
 道為は小野寺家中では秀綱と同じく、智勇を兼ね備えた人物として知られており、史実でも幾度となく最上義光を撃退した事でも知られる名将。
 小野寺家の要ともいうべき人物であり、此度の戦においては戦局をも左右しかねないほどの人物だ。
 その道為が参戦しているとなれば、如何あっても真正面からの決戦だけでは押し切る事は出来ない。

「八柏道為は俺も面識がある。確かに優れた武勇を持つ人物だった。その力量は敵とするには惜しいくらいだ」

 満安も道為については強敵であるとの好評価を下す。
 戸沢家の陣営に加わる以前までは小野寺家よりの立場を取っていた満安は道為とも直接、顔を合わせた事があったのである。
 しかも、道為がちょうど義道に武芸を指南している時だったために印象が深い。
 満安がその時に見た限りでは見事としか言いようがないほどに的確に義道を導いていた。
 そのため、満安は道為という人物を目の当たりにしており、侮れないと評したのだ。

「ふむ……満安殿も八柏道為を侮れぬと見ておるか。ならば……此度の戦、秀綱殿に采配を任せて宜しいか? 小野寺家の手の内の全てを知っておるのは御主だけだ」

 両名の意見を聞き、盛吉は戦の采配を秀綱に任せる事を決断する。
 今まで、小野寺家に属していた秀綱ならば相手の手の内を理解しているとの判断である。

「解りました。非才の身ではありますが、お引き受け致しましょう」

 盛吉の思うところを理解した秀綱が頷く。
 この場において、八柏道為の手腕を間近で見てきたのは秀綱だけだ。
 一応、満安も道為との面識はあるが、小野寺家中の人間ではないため、詳しい事を知っているわけではない。
 出羽国でも武将としても忠臣としても名が知れ渡っている道為は表面上の事では有名でもその裏に隠れた側面は家中の者しか目にする事はない。
 やはり、八柏道為という智勇を兼ね備えた武将を相手取るには彼の人物の手口を知っている秀綱が適任といったところだろう。
 満安も盛吉の言葉に頷いており、秀綱に采配を任せるという点においては同意らしい。
 両名の意見が一致しているのであれば秀綱に断る理由はない。
 それに秀綱が望んでいた自らの力を存分に振るう場が早々に来たのである。
 此度の戦を任せてくれるという事であれば存分に腕を振るうのみ。

「では、御二人方。早速ですが……」

 秀綱は早速、満安と盛吉の両名に自らの思うところを語り始めるのであった。















「秀綱め……我が小野寺から離反した事、必ずや後悔させてやる。奴の素っ首はこの義道が取ってくれる」

 小野寺家から離反し、戸沢家の陣営に鮭延秀綱が加わったという報告を聞いて出陣した小野寺義道は憤怒の表情を隠しもせずに呟く。
 元から秀綱の事を好ましくは思っていなかった義道だが、それを差し引いても小野寺家から離れた事は許し難い。
 義道が怒るのは当然の事だろう。

「義道、逸る気持ちは解るが落ち着け。まぁ……俺も秀綱に対しては含むところがあるのは変わらないがな」

「全くじゃ、此度の件は流石の儂でも許せぬ。恐らくは輝道も同じ思いでいる事だろう」

 義道の兄である茂道と伯父である秀道も同じく、秀綱の行動には怒りを覚えている。
 流石に義道ほどに感情を露にしてはいないが、冷静に構える事は出来ていない。
 若くして、智勇を兼ね備えた人物と評される秀綱は小野寺家中でも大いに期待されていたのだ。
 恐らく輝道も秀綱には期待していただけに戸沢家への離反は残念に思っているであろう。
 小野寺家の今後の要とも成り得たであろう武将なだけに此度の離反は痛恨事であるともいえた。

「皆様、秀綱の事は残念でありますが……此度は戸沢家と雌雄を決する絶好の機会だと思えば宜しいかと存じます」

 だが、秀綱の離反にも全く動じない道為。
 寧ろ、此度の件は戸沢家との雌雄を決する絶好の機会だと告げる。

「ふむ……道為のいう事には一理あるな。秀綱が離反した事で戸沢を引きずり出す形になったのだからな」

「盛安が出てきておらぬが、此方も輝道が出てきておらぬ故、事実上五分の戦。此度で戸沢との力関係もはっきりするであろう」

「ふんっ……道為に言われるまでもない」

 道為の言葉に義道らは三者三様に頷く。
 因縁の深い戸沢家との雌雄を決する事は小野寺家の悲願なのだ。
 悲願を達成出来るとなれば秀綱が離反した事も些細な事であると考える事も出来る。
 そのため、道為の言う事には間違いがなく、激情で動く気質の持ち主である義道にとっても納得がいくものであった。

「それならば、良いのです。では……皆様が落ち着かれたところで、拝謁ながら此度の戦において私見ではありますが、意見を申し上げまする」

 一同が納得した事を確認し、道為は此度の戦における見解を語り始める。
 此度の戦は奇しくも、秀綱と道為の互いの思うところの差異が勝敗の行方を左右しようとしていた――――。















「すまない、信基。御主には苦労をかける事になる」

「いえ、構いませぬ。殿の為ならば何時でも我が身を擲つ覚悟は出来ておりまする」

 満安と盛吉に戦に用いる策を伝えた後、秀綱は家臣である佐藤信基に謝罪する。
 秀綱が選んだ策は自らの旗印を信基に預け、野伏として動く事――――謂わば、信基を撒き餌として、道為の裏を欠く事である。
 何故、このような手段を取ったのかといえば、此度の戦が始まれば真っ先に狙われる事になるのは離反した秀綱の可能性が高いからだ。
 中でも義道は間違いなく、秀綱の首を取ろうと躍起になっている可能性が高く、機会さえあれば十中八九向かってくる。
 それ故に秀綱は伏兵を使うという策を選んだのだが、それだけでは道為の慧眼を欺く事は出来ない。
 八柏道為という人物を出し抜くには更に手を加えなければならないのだ。
 そのため、秀綱は旗印を預けて信基を囮とするだけではなく、工夫を加えるために盛吉からも戸沢家の旗を多数と鉄砲隊も一部の数だけ借りていた。
 戸沢家の家紋がついている旗を多く掲げる事により出来る限り軍勢の数を多く見せるという理由と盛安自らが此度の戦に駆け付けたと思わせるためだ。
 幸いにして盛安は家督を継承して1年ほどしか経っておらず、自分自身の旗印をまだ定めてはいない。
 実際に満安と戦った時も戸沢家の家紋が描かれた旗印を掲げて戦っていたのである。
 秀綱はその事を満安から聞き、戸沢家の一門衆という事で同じ旗印を持つ盛吉に多数の旗を借りる事にしたのだ。
 また、旗以外にも鉄砲隊を借りたのも、先の満安との戦で盛安が主力の一端として運用していたからである。
 本気で道為を相手取るならば、この場にはいない筈の軍勢を生み出してしまうくらいのつもりがなくては到底、敵わない。
 そう答えを出したが故に秀綱は矢島満安と戸沢盛吉といった歴戦の武将達ですら思い付かなかった奇策を導き出したのだ。
 これは秀綱の援軍に来た武将が満安と盛吉だったからこそ出来た事であり、政房や利信が援軍であった場合は不可能であった策。
 その場にあるものを存分に活用し、臨機応変に動くのが秀綱の真骨頂である。
 史実でも北の関ヶ原と名高い長谷堂の戦いにて、同僚である志村光安と共に奇襲で大戦果を上げている事からも寡兵である事を最大限に活用していた事が窺える。
 此度の戦で秀綱が選んだ策は奇襲が得意であったとされる彼らしいものであるといえる。

  「それ故、殿は存分に御働き下され。此度の戦にて鮭延秀綱の名が轟く事こそが我が望みにござる」

「……解った。信基がそういうのであれば、某も存分に暴れるとしよう。何しろ、彼の矢島満安殿と共に戦うのだ。生半可な戦い振りでは目も当てられぬ」

「その意気にございますぞ、殿」

 信基からの後押しもあり、秀綱は奇襲に懸ける意気込みを更に強くする。
 ましてや、悪竜と名高い満安と共に同じ陣営で戦うのだ。
 奥州に鮭延秀綱在りと証明するには相応の戦果を出さなくてはならない。
 自らの得意とする奇襲が出来る環境があるだけに尚更である。
 それに戸沢家の陣営に加わると表明したのだから、手ぶらというわけにはいかない。
 小野寺家との戦に勝利し、雌雄を決する切欠をつくる事こそが何よりの手土産となるだろう。
 秀綱は決意を新たにし、来るべき決戦に備えての準備を始めるのであった。































 From FIN



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