夜叉九郎な俺
第1話 戸沢盛安





 さて、自分の名がはっきりしたところで簡単に自己紹介してみようと思う。





 ――――戸沢盛安





 1566年生まれ、1590年没。
 桓武平氏である平衡盛を祖とし、丸に輪貫九曜の家紋を持つ戸沢家、18代目当主。
 夜叉九郎または鬼九郎の異名を取る事で知られ、総大将でありながら常に陣頭に立ち、単騎で敵を蹴散らしたという猛将。
 しかしながら、戦の中で負傷し、捕虜となった武将や兵士は斬らずに敵の陣まで送り届けたという側面も持つ、優しい部分もある人物である。
 後に豊臣秀吉の小田原征伐に僅か9騎の手勢で参陣し、所領を安堵されたが陣没する。





 というのがまぁ、一般的に知られているであろう簡単なプロフィールなのだが……正直、反則気味だ。
 単純に見ても並の武将ではないし、下手をするとチート様と呼ばれても可笑しくないほどの人間である。
 それに武将としてだけではなく、先見の明も持ち合わせていた人物であった事も有名だ。
 何しろ、家督を継承して僅か1年後の1579年には織田信長へ使者を派遣しているのである。
 地方の小大名でありながら、中央の動向を見極める事が出来るほどの広い視野を持つ人物であった事が窺える。
 が、これほどの人物でありながらもこの時代の奥州には独眼竜こと、伊達政宗が存在するため今一つ印象が薄い。
 まぁ、現実の事をいうとするならば若すぎる死を迎えている点も理由の一つだろう。
 何しろ、戸沢盛安という人物は享年25歳という若さなのだ。
 これでは、世間一般的にはどのような評価をするべきか悩む。
 しかし、若くして亡くなった人物でありながらも戸沢家の全盛期を築き上げたその手腕は本物である。
 智勇を兼ね備え、戦乱の中を流星のように駆け抜けていった若き武者。
 それが現代における戸沢盛安という人間の評価である。















「九郎よ。これからは戸沢盛安の名を名乗るが良い」

「……はい。確かに盛安の名、拝領致しました。この戸沢九郎盛安、戸沢家当主として恥じぬよう精進致します」

 意識の擦り合わせが進んでいく中で元服の儀もつつがなく進行していく。
 本来ならば、手間取る事ばかりであろうが俺は”戸沢盛安”だ。
 既に元服の儀は経験している。
 記憶の中では随分と昔の事だが、戸沢盛安という人間が表舞台に出る初めての日だ。
 遠くなってしまった記憶の中でも大きなイベントであるとも言える。
 まさに盛安という人間にとってはスタート地点なのだ。

「若殿、おめでとうございます」

 戸沢盛安の名を貰い、正式に戸沢家当主となった俺に祝いの言葉が投げかけられる。
 周囲にいるのは戸沢家の家臣団。
 俺の意識では解らなくとも戸沢盛安の意識ならば誰なのかは一瞥するだけで解る。
 いや、もう既に戸沢盛安としての記憶が覚醒した今となっては戸沢盛安という一人の人間なのだからその表現は可笑しいか。
 この場にいる者達は紛れもなく当家に仕える者達であり、戦で共に戦った人間達。
 戸沢盛安の短い25年の人生の中でも、自分の後ろを従いてきてくれた者達だ。
 この者達には短い間であったがこの者達には世話になったし、戦においては多く助けられた。
 だからこそ、俺は史実通りの短い人生を辿ろうとは決して思わない。
 戸沢盛安が何処まで乱世を征く事が出来るのか。
 何処まで名を上げる事が出来るのか。
 それが見たくて従っていた者も少なくないからだ。
 戸沢盛安が奥州に覇を唱えるに足る人物であるか如何かも含めて。
 なればこそ、再び廻る事となった乱世を存分に駆け抜けていくのみだ。
 遠い先の時代の歴史を知り、2度目の人生を歩む機会を得たからには史実では成す事が出来なかった事も成してみせる――――。
 それが、戸沢九郎盛安の新たな誓いである。














 元服の儀と家督継承の儀も終わり、宴が催されている最中。
 戸沢家の家臣達が次々と家督を継いだ祝いの言葉を伝えに訪れる。
 とはいっても、元より小大名である戸沢家に従っている者は余り多くはなく、現在においても知られている人物は少ない。
 名前が辛うじて知られているであろう人物をあげるならば、戸沢盛吉や戸蒔義広あたりといったところか。
 中でも戸沢盛吉は重鎮中の重鎮で史実でも盛安から3代に渡って家老を勤めた人物だ。
 小田原征伐の際も状況次第では国元から軍勢を出す手はずになっており、それを率いる役を任せられていた事からも重要な立場にあった事が窺える。
 また、戸蒔義広は出羽国にある城の一つである戸蒔城を治める有力な家臣だ。
 角館城を中心とした小大名でしかない戸沢家にとっては貴重な人物であると言える。
 他に名前がそこまで知られていないであろう人物達も含めれば、他にも門屋宗盛、白岩盛重と盛直の親子、八柳盛繁といった家臣もいる。
 小大名でしかないとはいえ、戸沢家の力は悲観するものではない。
 例え、後の時代では知られてはいなくとも盛安の身の回りには極めて優秀な人物もいるからだ。

「若……いえ、殿。初陣の際にはそれがしに先鋒をお申し付け下され」

「ああ、期待しているぞ。政房」

 特にその中でも歴史上に名前が残っている人物の一人が戸沢政房。
 南部家の一族でありながら戸沢家に従っている稀な人物であり、史実においては九戸政実の乱で勇名を馳せた人物である。
 豊臣秀吉、豊臣秀次からの覚えも目出度く、彼の有名な直江兼続と同じく陪臣でありながら直臣に招かれた数少ない人物の一人だ。
 盛安が家督を継承した頃は南部五郎または杉山勘左衛門と称しているはずだが、それでは余計な混乱を招くため、ここでは戸沢政房とする。
 主に目覚しい活躍をしたのは盛安死後の事ではあるが、遠い先の知識もある今ならば政房の活躍も頭の中にある。
 正直、戦において先鋒を任せられる武将がいるというのは何かと心強い。
 戦においては全体の指揮を執る武将が重要であると思われがちだが、緒戦にて劣勢になってしまえば元も子もない。
 だが、政房のような武勇に優れた武将が先鋒として敵方と槍を合わせる事で戦の流れを序盤から引き寄せる事も可能だ。
 そのため、先鋒を任せられる人物がいるかは意外に重要である。
「盛安様。解らぬ事がありますれば、この利信に聞いて下され。非才の身ではありますが、お役に立てるかと存じます」

「うむ。利信の才覚は解っているつもりだ。何かと尋ねる事もあるかと思うが、宜しく頼む」

「ははっ! この前田利信、粉骨砕身の覚悟で御仕え致しまする」

 戸沢政房に続いて、一番最後に訪れたのは前田利信。
 前田利信もまた、戸沢政房と同じく歴史上に名を残している人物であり、知勇兼備の武将として知られている。
 史実においては由利十二頭の赤尾津氏や羽川氏と戦った人物であり、盛安が織田信長に鷹を献上した際の使者を務めるなどその活躍は多岐に渡る。
 更には信長に鷹を献上した際に独断で行動を起こし、盛安の名義ではなく、自らの名義で鷹を献上するという大胆な事までやってのけている。
 この行動はある意味では謀反とも取れるが、この事に関しては盛安が信長に交渉して撤回させている。
 利信も事実上の天下人を相手に交渉したという盛安の器量を認め、素直に従ったため盛安が健在の間は大きな問題とはならなかった。
 尤も、前田利信の家系は後の時代にその報いを受ける事になったのだが。
 まぁ――――何れにせよ、戸沢家の中にも面白い人物がいたという事である。















(……これで、一先ずは終わり、か)

 戸沢家の家臣団からの祝いの言葉を受け取り、宴が一段落した事で俺は天を仰ぐ。
 間もなく、宴が終わろうとしている。
 宴が終われば、後は夜を迎えるのみ。
 そして、夜が明けた後は戸沢家当主としての日々が始まる。
 戸沢盛安の生きた25年という歳月の中で重要な位置を占める後半生。
 1度目は流星のように駆け抜けた人生だが、今回はそうもいかない。
 何しろ俺は既に先の事を知っているし、2度目の人生である以上は史実に基づくだけの生き方をするつもりもない。
 だが、歴史を変える事によって何が変わるかは解らない。
 小田原征伐で死を迎えるか、それとも全く違う形での死を迎える事になるのか。
 幾ら、先の事を知っているとはいえ全てが解るわけではない。
 例え、遠い先の時代に遺された歴史の結末を知っていたとしても、知らない事だって幾らでもある。
 俺の前世だって全てを知っている賢者のような人間ではないからだ。
 決して、自分が思うほど万能な物ではない。
 確かに2度目の人生を送る事になった戸沢盛安という人物ではあるが、先の時代の知識が加わった事で微妙に変わっている点もある。
 統合されたといえ、一部の記憶は戻らなかったからだ。
 主に先の時代において不明とされていた部分の記憶に関しては一切、頭の中に残っていない。
 そういった意味では過信は禁物なのだ。
 史実では知られていなかった事については大差がないと言う事でもあるのだから。
 まずは戸沢家の置かれている状況の確認と取り巻く状況の確認。
 そして、現在の段階で史実では出来なかった事のうち一つでも何かが出来るか如何かを確認する。
 如何のような方針で行動を起こしていくか、それが新たな一歩を歩む前に考えなくてはならない事。
 正直、出来る事がそれほど多いとは思えないが何事も少しずつでいいから実行してみる事が大事だ。
 2度目となるこの人生において目指すものが何かはまだ、見えないが――――やれる事をやって歴史を変えて見せる。
 今はその決意で駆け抜けるのみだ。































 From FIN



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