――――人は死ぬ時に何処に逝くのであろうか。
――――命の火が消えたその時で全てが終わりなのだろうか。
――――はたまた、一つの命が終わった時、次の人生をおくるために違う人間となるのだろうか。
――――それは誰にも解りはしない。
――――実際に死後の世界を見たと口にする人なんて存在しないからだ。
――――だが、自分が死んだ後に本当に違う人生を送る事になるとすれば如何であろうか。
――――今から始まる物語はそのようなもしもがあったとすれば始まる物語である。
(ここは何処だ?)
俺はゆっくりと目を覚ます。
目の前に見える光景は今までの自分が見ていた光景とは全く異なるもの。
辺りを見回すと如何やら、何処かの城か武家屋敷の一室のように見える。
部屋の広さや造りからすると町人の住むようなものではないし、立てかけてある武具等は飾り物ではない。
とりあえず、今居る部屋に置いてある物を見て判断する限り、日本である事だけは間違いないだろう。
「九郎! 九郎はおるか!」
俺が周囲を眺めていると若干、年老いていると思われる男性の声がする。
だが、九郎と言う名に全く覚えはない。
男性は迷いなく、此方の部屋へと足を進めているようだから九郎とは俺の事なのだろう。
だが……九郎と言う名前。
ありきたりではあるだろうが、このような失われたはずの物が存在する場所の中で現代では考えにくい名前が出てくると言う事は時代は現代よりも随分と昔らしい。
一瞬、舞台のワンシーンでも演じているのかと思ったが、周囲を見渡す限りとてもそうは思えない。
天井に照明もなければ、舞台装置なども見当たらないため、本物の城か武家屋敷だといった方がしっくりするような感じだ。
そもそも、普通に考えれば今まで見ていた光景の次に見た光景が城や武家屋敷の中などという事はない。
夢ではないだろうかと思って、軽く頬を抓ってみると確かな痛みがあるため、夢ではないようだ。
この城はあくまで本物であり、この場にいる俺も間違いなく本物である。
とりあえず、心を落ち着かせて、じっくりと城の様子を見たところ、室町時代(戦国時代含む)かそれとも江戸時代か。
少なくとも城といった形の建造物が少なかった時代である鎌倉時代とは考えられない。
昨日まで生きてきた現代では小説の中にある朝に起きてみたら戦国時代だったとか言う話もあるし、車に轢かれて死んだら違う人間になっていたと言う話もある。
可能性としては決して零ではない。
不思議な事というものは幾らでも存在しているからだ。
定義が何であるかまでは断言出来ないが、俺は確かに現代と言う時間において、死亡している。
死因は爆発に巻き込まれての死亡。
良くある人間とは少し違う人生の終わり方ではあるが……予期せぬ死に方という意味では要素としては同じだ。
前世の最後に見た記憶は一人の女性を爆風から庇ったところ。
大学を卒業するだけに控え、自分の彼女と一緒に学生生活最後の旅行を楽しもうとしていた矢先に起きた飛行機の墜落事故。
俺はそれに巻き込まれたのだ。
最後に見た光景は飛行機の残骸の周囲に溢れかえる火の海と彼女の身を庇い、身を焼かれる俺の姿。
そして、その直後に疾った閃光。
俺はその閃光を見たのを最後に意識を手放している。
恐らく、最後の一瞬まで彼女を守ろうとしたのであろうが、それ以上の事は解らない。
そもそも、自分の最後の瞬間なんて一瞬だ。
何が起こったかの全てを理解するのは難しい。
ましてや、全く予期していなかった事故の中で命を失ったのだ。
唯一、気がかりなのは俺と同じく閃光に包まれた彼女がどうなったかだが……何がどうなったのかさっぱり解らない。
何故、こうして違う人間となって再び人生を送ろうとしているのだろうか。
俺の意識が覚醒したのはたった今の事であるが、身体に違和感は全く感じられない。
寧ろ、この身体も俺自身の感覚との相違は殆どない。
誰かに憑依しているのかと問われれば、そうだとは言いにくいが、転生したかと言われればしっくりくるかもしれない。
何しろ、ゆっくりとではあるが元々からこの身体にある意識と俺の意識が擦り合わされていくのが解るからだ。
元々からあるこの身体に残る記憶は小田原征伐の参陣中に流行病に倒れ、僅か25歳で没したという事。
そして、脳裏に過ぎる最後の風景は髭が特徴的な一人の人物に「俺の分まで生きて下さい」と後を託すところ。
どうやら、元々の記憶の人間も時間を逆行した形らしい。
流れてくる記憶の限りでは元の人間が活躍したのは天正年間――――要するに戦国時代だ。
とりあえず、時代の目安は見えたが……俺がこの時代に転生し、元の人間も死亡した時から逆行した事により、記憶が大きく混乱しているようだ。
そのため、完全に意識が統合されるまではまだ時間がかかる。
これは俺という人間と元々の人間というそれぞれの前世に残る意識の覚醒が遅かっただけに過ぎない。
正直、頭の収拾が追いつかないが……このパターンは俺も同じなのか!?
などと、心の中で驚愕していると九郎と呼びながら俺のいる部屋に向かっていたであろう男性が顔を見せる。
「おお、九郎よ。このような所におったか。ん? 何を惚けておる?」
俺の前に現れた男性が怪訝そうな表情を見せる。
「い、いえ……何でもありません。して、如何したのですか?」
男性の様子に慌てて返事をする。
間違いなく、俺の事を九郎と読んでいる相手に対して知らないと言う顔をする事は出来ない。
「なんじゃ? 忘れておるのか? 今日はお主が我が戸沢家の18代目当主として家督を継ぐために元服の儀を迎える日ぞ? 既に其方の兄である盛重も待っておる」
「ああ、そうでしたね。すぐに参ります」
男性の口から出てきた元服と言う言葉に思わず頭を下げる。
元服の儀と言う事は俺は今から大人になると言う事だ。
そのような重大な事を忘れていたなどとは自分の口から言うわけにはいかない。
俺は慌てて男性の後をついて行く。
(しかし、戸沢か……)
たった今、男性が口にした戸沢と言う苗字だが……何処か引っかかる。
それに俺の兄と言う盛重の名前。
恐らく、戸沢盛重と言う人物の事だろう。
俺は頭の中にある人物の名を思い浮かべる。
(で、俺は九郎と言う名前で戸沢盛重から家督を継ぐ……? そして、俺が18代目の当主……まさかっ!?)
その浮かび上がっていく名前からキーワードが少しずつ一致していく。
俺の名前は戸沢九郎。
今日、これから兄である戸沢盛重から家督を継承する身。
キーワードとしては少ないと言えるがこれはもう、間違いないだろう。
元々の記憶からもはっきりと今日が自分の運命を決めた日であるという事がはっきりと伝わってくる。
何しろ、今の俺の身体は13歳ほどの少年であるのだから。
13歳にして戸沢家の家督を継いだと言う事で有名な人物なんてそう居たりはしない。
しかも、戸沢家の18代目当主となれば自ずと正体が絞られてくる。
そう、俺の名前は――――。
――――戸沢盛安だ。
From FIN
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