「流れる水の名の下に……クレセントの血を受け継ぐ水の巫女、フィーナ=クレセントがレジェンドアームに命ず――――!」
自分の書き換えた水属性の力とウォーティスの水属性の力を合わせてフィーナはクレッセントノアを発動させるための準備の仕上げを行う。
魔法を発動させるためのキーとなるワードを唱えるために。
レジェンドアームであるクレッセントノアは自然四属性の魔法でありながら、上位の神素四属性の魔法に匹敵する力を秘めるほどの強大な魔法。
多くの水の属性の力が要求されるため、火の属性が力を増す場所であるローエン山脈の法則を書き換えなくては準備を終わらせる事は出来なかった。
だが、長い時間を準備に費やした甲斐もあり、魔法を唱える条件の全てが整う。
崩界に存在する全ての水の魔法の中で最上位に位置する唯一無二の極大魔法の準備が。
後はその魔法の名を唱えるだけだ。
「クレッセントノア――――!」
フィーナの呼びかけに応え、遂に水の属性の極大魔法であるクレッセントノアが解き放たれた――――。
龍殺光記レジェンドアーム
「ディオン! このまま、いく!」
フィーナが極大魔法、クレセッントノアを解き放った事を認めたカインとディオンは龍との距離を詰める速度を更に上げる。
周囲の火属性の法則を塗り替え、怒涛の瀑布のように溢れ出てくる魔力の水。
だが、カイン達はこの水が自分達を巻き込まない事を知っていた。
レジェンドアームに属する魔法はその効果を及ぼす対象を自分の意思で選べるのだ。
「クレセッントノアが龍を襲った後、ディオンは魔法で筋力を強化した状態でアルカディアを投擲! 後は僕が何とかやってみる!」
「解った、止めは君に任せる!」
クレッセントノアの持つ力の大きさを知っている2人は予定していた行動に僅かに修正を加える。
本来はディオンのアルカディアで最初に龍に斬り掛かり、その際に出来た傷にカインが剣を突き立て自分の闘気を流し込むのが予定だった。
しかし、考えていたよりも僅かに早くクレッセントノアが解き放たれたのならばその前提も大きく変わる。
クレッセントノアならば、アルカディアを主軸にするよりも確実に龍を確実に弱まらせる事が出来るからだ。
カインはそれを知っているためにディオンに次の行動の指示を与える。
クレッセントノアが龍にダメージを与えた後、ディオンに一撃を加えて貰い、止めを自分がさす。
一見、攻撃の順番が変わっただけに見えるが、これならば先程よりもずっと安全だ。
何しろ、レジェンドアームによる攻撃だけでも火龍を倒せる可能性がある。
これだけでも、充分な成果だった。
カインはディオンともう一度、目配せをし、火龍の懐に飛び込むための準備を進める。
火龍との戦いは次の局面へと向かいつつあった。
クレッセントノアによる水が瀑布となって火龍を襲う。
全長20メートルをゆうに超える火龍を軽々と包み込む巨大な水の奔流は周囲を全て水で包み込む。
本来ならば、火の属性が宿る火山で水の属性は力を発揮出来ない。
しかし、クレッセントノアはレジェンドアームであり、使い手のフィーナが周囲の属性の法則を書き換えた今となっては常識は通じない。
今のローエン山脈の一部はフィーナの支配下にあり、水の属性が力を持つ場所となっているのだ。
火龍が有利であるはずのこの場も全く意味はない。
これだけでもレジェンドアームの力の片鱗の凄まじさは充分に理解出来る。
だが、フィーナの解き放ったクレッセントノアはそれだけには収まらない。
火龍を包み込んだクレッセントノアは自らに意思があるかのように火龍を束縛し、じわじわとその力を殺いでいく。
火の属性に対して有利とされる水属性ならばこれは当然の事ではあるが、本来ならば龍に対して魔法ではここまでの効果は望めない。
非常に高い耐魔力を持つ龍は殆どの魔法を軽減し、その効力を防ぐ。
それは上級の魔法にカテゴリーされるものも含み、大魔導士と呼ばれる人間でも龍を傷付ける事は出来ない。
しかし、龍を相手にしてもレジェンドアームならば力を発揮出来る。
クレッセントノアは魔法にカテゴリーされるため龍の耐魔力の前提内ではあるが、S級に匹敵する力を持つこの魔法ならばダメージを与えられる。
同じ水属性のレジェンドアームであるウォーレティスがそれほど効かない事を踏まえればその力の大きさは歴然としている。
尤も、クレッセントノアとウォーレティスは得意とする相手が違うので、一概にレジェンドアームとしての能力の差があるとはいえない。
クレッセントノアの場合は対象とするものが場であり広範囲に広がるもの。
ウォーレティスの場合は対象とするものが魔物や人間であり、限られた範囲に効果を及ぼすもの。
レジェンドアームにはそれぞれには得意分野があるのである。
龍に対してウォーレティスの効果が薄かったのは無理もない。
これはガンブレイクにも同じ事が言える。
ガンブレイクもまた、対象を魔物や人間を前提としているため、龍のような相手だと不利になる。
そのため、クレッセントノアでなくては龍に対して有効なダメージを与えられず、この魔法が決め手となったのである。
場を対象とし、その場の中心にいる火龍にクレッセントノアが猛威を振るう。
その様子を見ながら、カインとディオンはそれぞれの武器が届く20メートルほどの距離まで龍に近付いた。
「ここからは僕一人で懐に飛び込む、ディオンは僕の剣が届くより先にアルカディアを火龍の胸元へ全力で投擲してくれ。今なら……通用する」
「解った、君も気を付けて」
距離を詰め、得物の届く距離に近づいた今、後は討つために動くのみ。
ディオンのアルカディアで火龍の胸元を斬り裂き、その傷口からカインの闘気を直接、身体の中へと流し込む。
それが火龍を討つ最後の布石。
クレッセントノアの力が牙を剥いた今、火龍を打倒する事は夢物語ではなくなっている。
カインもディオンもそれを良く理解していた。
「黄金の戦斧よ――――!」
ディオンはカインが火龍へと向かって一人で駆け出すのを確認し、アルカディアに力を注ぎ込む。
火龍に対し、投擲でダメージを与えるのならレジェンドアームであっても相応に力を込めなくてはならない。
クレッセントノアが魔法としての力を解放するために時間がかかったようにアルカディアも投擲するには準備がいる。
流石に極大の魔法であるクレセッントノアとは違い、アルカディアを投擲する場合に要する力は10秒もあれば充分に注ぎ込める。
カインが火龍の攻撃を掻い潜って、懐へ肉薄するまでは15秒くらいであるため、時間としても狙い目だ。
「いっけぇぇぇぇぇっっっ!!!」
ディオンはカインが火龍の剛爪を掻い潜り、それを踏み台として駆け上がっていく姿に合わせ、アルカディアの力を解放し、投擲する。
エレクトラムをベースに鍛え上げられた黄金の戦斧。
レジェンドアームとしてはB級のものでしかないが、力を注ぎ込めば火龍の分厚い鱗を斬り裂く事は不可能ではない。
そもそも、相手となる火龍は龍の化身であって、龍ではない。
レジェンドアームによる有利不利はあるだろうが、アルカディアからすれば龍の化身は決して不利な相手ではなかった。
――――グォォォォォン!!!
胸元をアルカディアに斬り裂かれ、火龍の身体が大きくぐらつく。
クレセッントノアを身に受けながらのアルカディアによる攻撃は龍の化身であれども無事ではすまない。
極大の水の魔法と黄金の戦斧の一撃は火龍に大きなダメージを与える。
「その隙は逃さねぇ!」
「一気に押し切る!」
龍の身体がぐらついた事を認めた晃一とウォーティスが更に追撃を加える。
ガンブレイクの力を開放したガンブレイカーとウォーレティスから発せられる水の波動が火龍に身を貫く。
クレッセントノアを皮区切りにしてこの場に揃った4つのレジェンドアームの全てが牙を剥いたのだ。
一度に4つものレジェンドアームが会し、その力を解放する事など今の崩界では考えられない。
龍の化身のような強大な力を持った存在と戦う事など本来ならば有り得ない事だった。
しかし、有り得ないはずの状況が生まれた事により、4つのレジェンドアームの力が開放されるという稀有な状況が生まれたのだ。
クレッセントノア、アルカディア、ガンブレイク、ウォーレティス――――2つの水属性のレジェンドアームと2つの武器のレジェンドアーム。
これらの武器と魔法が火龍に攻撃をかける中でカインはただ一人、レジェンドアームとは異なる1本の鋼の剣を持って火龍の懐へと飛び込む。
「おおおぉぉぉぉっっっっ!!!!!」
カインが狙うのはアルカディアが傷付けた胸元のみ。
大きく削がれた胸元の傷から見えるのは火龍の心臓とも呼ぶべき器官。
そこに向かってカインは躊躇いなく、剣を突き立て――――自分の持つ闘気を注ぎ込んだ。
From FIN 2012/4/27
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