「しまった――――!?」

 その動きに晃一は目を見開く。
 火龍の方も吐息でレジェンドアームを迎撃したために力を大きく消費しているはずだったからだ。
 普通ならばガンブレイクによるガンブレイカーの一撃を受け止めて唯で済むはずがない。
 ガンブレイカーの威力の高さは晃一自身が尤も良く理解している。
 しかし、火龍は意に返す事なく、吐息の狙いを定め――――一気にフィーナへと放射する。
 ウォーティスもそれに気付いたが、ガンブレイカーの射線上から離れるために距離を取っていたために間に合わない。
 最早、万事休すか――――と思われたその瞬間。
















 1人の人間がフィーナとの間に割って入り、龍の吐息を闘気で僅かに威力を殺し――――同時に何処から飛来した戦斧が龍の吐息を両断した。


















龍殺光記レジェンドアーム
















「おおおぉぉぉっっっ!!! エクスプロージョンっっっ!!!!!」

 フィーナの間に割って入った影の正体――――カインは龍の吐息に対して火の闘気剣で応戦する。
 龍の吐息に対し、闘気剣。
 同じ火の属性を持つ力だが魔法とは異なる術同士であり、自らの身体が発する力という同質の系統の力であるため、互いの優劣はない。
 だが、カインと龍では力に大きな差がある。
 如何にカインが剣士として優秀であっても、レジェンドアームを持っていない身では正面から対抗するには荷が重過ぎる。
 しかし、それは承知の上であった。 
 カインは自分の力で龍の吐息を完全に相殺出来るとは考えていない。

(火は瞬間、燃え上がるもの……。拡散する吐息に対して、一点の爆発で限られた範囲のみを相殺すれば――――!)

 龍の吐息はフィーナを中心にして周囲を焼き尽くすのが狙い。
 クレッセントノアによって書き換えられた水の属性の魔力を霧散させるのが目的だ。
 そのため、力が分散している。
 分散しているならば、同質の力を一点のみに集中させて突き崩す事は十分に可能だ。
 カインはその点を突いたのである。
 火の闘気剣であるエクスプロージョン対火龍の吐息。
 同じ属性で同質の力同士の組み合わせ。
 しかしながら、龍との力の差はレジェンドアームのない身ではどうやっても縮められない。
 カインは自身の技と工夫によって龍に対抗したのだ。

「くっ……!」

 だが、火の闘気剣であるエクスプロージョンではカインの狙っている限られた範囲での相殺で限界だ。
 後ろで魔法の準備を進めているフィーナを守りきるには決め手が足りない。
 カインの力と剣術ではどうしても、限界があるのである。
 しかし、レジェンドアームを持たないカインに取れる手段はそれしかないのも事実であった。
 カインが現在において使う事の出来る闘気剣の属性は風と火。
 風は火に対して不利であるため、選択肢としては論外だ。
 そのため、カインが使う属性は火しか残っておらず、遠当ての技である風の闘気剣であるヴァーティカルでの相殺は選択肢から消える。
 自然四属性を相殺するには有利な属性か同じ属性しかないのだから。
 フィーナとの間に割って入り、エクスプロージョンで限られた範囲を相殺するという行動は必然的なものであったといえる。
 カインにはそれ以外に手段がなかったからだ。
 だからこそ、割って入った瞬間に他者の介入があった事は幸運であった。

「黄金の戦斧……? まさかっ!?」

 何処からか飛来し、火龍の吐息を両断した斧はカインの身の丈以上もある巨大な黄金色の物。
 黄金闘士団という軍団を持つアルカディアを象徴するかのようなそれは紛れもないレジェンドアームの一つ。
 龍の火を両断してしまうほどの常識外の力を持つ斧、黄金戦斧アルカディアを投擲した人物は堂々とした足取りでカイン達の下へと歩み寄ってくる。
 黄金の武具――――エレクトラム製の武具に身を包む成人を迎えたばかりの少年。
 その姿は正に黄金の騎士そのものであり、レジェンドアームの使い手だけが持っている空気を纏っていた。
















「待たせたね。カイン」

 カイン達の前に現れた一人の少年はゆっくりと地面に突き刺さった黄金斧を引き抜く。
 自身の身体よりも明らかに大きな戦斧を軽々と持つその姿はカインと同年代であるにはアンバランスだ。
 だが、黄金斧は持ち主に応じるかのように手に収まる。
 アルカディアの王族だけが持つ事の出来るこの斧を手足の如く使うこの少年――――ディオン=アルカディア。
 崩界の各地を旅して回ったカインが出会った友人の一人であった。

「ディオン、来てくれたか!」

「……うん。だけど、随分と遅くなってしまった。黄金闘士団にも随分と無理をさせたみたいだしね」

「それはディオンが悔やむ事じゃない。君はレジェンドアームの継承という最善の選択を選んだんだ。それは龍に立ち向かった全員が解ってる」

「カイン……」

「遅れてきた分はきっちりこの場で返せば良い。ディオンが来てくれた御陰で勝機も見えてきたし、な」

「うん、ありがとう」

 カインとディオンは軽く拳をつつき合わせる。
 長らく会えなかった分と窮地に駆け付けてくれた互いへの感謝を表したやり取りだった。

「ディオン王子……」

 友人同士の再会のやり取りを見届けたところでウォーティスがディオンに話しかける。
 水の巫女であるフィーナの護衛者であるウォーティスからすればその夫となるディオンもまた護衛すべき人間。
 幾ら敵が火龍だとしても守るべき人間に助けられたのは騎士として恥ずべき事である。

「騎士、ウォーティス。フィーナを連れてきてくれて感謝します」

 だが、ディオンが口にした言葉は感謝の言葉であった。
 本来ならば龍との戦場となるこの場にフィーナがいる事は望ましくない。
 しかし、レジェンドアームの使い手であり、火の属性に対して優位にある水の属性の使い手だ。
 火龍という脅威を退けるにはフィーナの力はどうしても必要になってくる。
 ウォーティスがフィーナ共々、戦いに参加してくれているのはアルカディアに属しているディオンからすれば礼の言葉しかないのである。

「貴方とフィーナが此処にいてくれなければ戦いにすらならなかったかもしれないのですから」

「……王子。勿体ない御言葉です」

 不甲斐ない姿を晒しているのにも関わらず、感謝の言葉を投げかけてくれるディオンにウォーティスは頭を下げる。

「礼の言葉にはまだ早すぎますよ。細かい話は火龍を討った後に考えましょう」

 申し訳なく思うウォーティスの心情を察してかディオンは火龍との戦いに専念するべきだという。
 幸いにして火流派先程のディオンの投擲した黄金斧の力を警戒しているのか様子を窺っている。
 ただでさえこの場にはレジェンドアームの使い手が4人も揃っているのだ。
 如何に火龍であっても警戒するのは当然の事である。
 だが、その事が逆にカイン達にとって有利な状態であった。
 何しろ相手が様子を窺っている事により、態勢を立て直す事が出来るのだから――――。
















「カイン、君から見て……どうだい? 僕達に勝ち目はあるだろうか?」

 未だにクレッセントノアの準備を進めているフィーナを守るようにして火龍と対峙しているカインに話しかけるディオン。
 火龍の力は吐息の凄まじさだけしか確認していないが、常識外の力を持った相手である事は明らかだ。
 それを示す事柄は黄金斧アルカディアの継承を行なっている最中や道中でも目にしているし、聞いている。
 ディオンが現状を踏まえて状況を尋ねるのは当然の事であった。

「ああ、充分に勝機はある」

 しかし、ディオンが思う不安とは裏腹にカインは軽く微笑みながら返答する。

「決め手になるのは黄金戦斧アルカディアの一撃とクレッセントノアの威力だ。

 ディオンが火龍の身体の急所部分に傷を付け、フィーナが水の力を全力でぶつければ――――流石に一溜りもない。

 それに幾ら龍が堅い身体を持っていても傷さえ付いてしまえばその一点から僕の闘気を直接、流し込む事も出来る。

 ディオンの黄金戦斧アルカディア、コウイチのガンブレイク、ウォーティスさんのウォーレティス……。

 これらのレジェンドアームで弱らせた上で龍の急所である心臓部に僕の闘気を全力でぶつければ……恐らく倒せるはずだ。

 あの火龍はあくまで龍の化身でしかないからな……本物の龍には程遠い。だからこそ、勝機がある」

 カインは火龍の様子を見ながら自分の考えを伝える。
 ディオンが急所に傷を付け、フィーナがクレッセントノアで一気にダメージを与える。
 魔法の耐性がある龍とはいえど、化身でしかない火龍ではレジェンドアームを完全に防ぐ事は出来ない。
 ましてや、火の属性に対して有利な水の属性の魔法なのだ。
 少なくとも、崩界で最大最強の水属性の魔法であるクレッセントノアが効かないという可能性はない。

「そうか……この場にいる全員の中で龍に最も詳しい君が言うんだから間違いはないだろうね。だったら、僕も気張るとしようか」

 カインの考えは道理に叶っていると判断したディオンは頷く。
 4つのレジェンドアーム全ての力を結集すれば龍に対抗出来ない道理はない。
 クレッセントノアを始めとしたレジェンドアームが如何に神話の時代の3つの武器に劣るとはいってもだ。
 B級以上のレジェンドアームの持つ力は人間が持つには大き過ぎるほどの力を持っている。
 相手が龍の化身である以上はカインの言葉通りだろう。

「……頼む。僕もディオンに合わせて斬り込むから。必ず、龍を――――」

「うん、やろう。僕達で必ず龍を倒すんだ――――!」

 だから、ディオンはカインに応じる。
 付き合いは決して長くはないが、深い付き合いをしてきた友人の言葉は信じるに値する。
 カインは決して嘘をつくような人間ではないからだ。
 友人として、同志として――――火龍と戦う。
 それが、カイン=ウィルヴェントとディオン=アルカディアの共通の意思であった。






























 From FIN  2012/2/11



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