「ならば、水属性による攻撃は私に任せてくれ。コウイチ君は射撃に徹し、フィーナは援護を頼む」

 龍の力の大きさを認めたウォーティスが晃一とフィーナの2人に指示を出す。
 ガンブレイクによる属性弾が通じないならば、水の属性による攻撃は水の魔法剣を持つ、ウォーティスが引き受けるまでだ。
 フィーナは攻撃に防御に補助にと多数の水の魔法を使う事が出来る優れた魔導士だ。
 この場においては臨機応変に動いて貰うのが望ましい。

「了解だ」

「解りました」

 ウォーティスの的を射た指示に晃一とフィーナは頷く。
 2人もそれが良い判断だと感じたからだ。
 戦う相手が強大な存在であるため、役割の分担が重要になってくる。
 個々がバラバラに戦っては決して勝つ事は出来ない。
 レジェンドアームに選ばれた人間である3人の思いは一つだ。





 龍はここで止める――――。





 それがこの場にいる全員の思いだった。


















龍殺光記レジェンドアーム
















(ごめん……コウイチ、フィーナ、ウォーティスさん)

 遂にその姿を現した火の龍の前から立ち去りながら、カインは謝罪する。
 本来ならば、自身も龍と戦うべき身だ。
 カインは元から竜殺しを成せるだけの力がある剣士であり、この場にいる誰よりも神話の龍と言う存在に詳しい。
 戦う術も持っているし、どのように対抗するべきなのかと言う事も全て解っている。
 ある意味で龍と戦う事に関して言えば尤も適任な人間であった。
 しかし、カインの場合は龍と戦う以前に大きな問題を抱えている。
 カインはレジェンドアームを持っていないのだ。
 そのため、個人としては龍と戦うには相応しいものを持っていながら、違う役割で動いているのである。
 レジェンドアームを持っていないと言うのは余りにも決定的だった。
 実力が追いついていても対抗するための武器がなければ龍と戦うのは自殺行為に等しい。
 龍は人間や魔物とは比較にならない強靭な身体と巨大な翼、それに鋭い爪と牙を持つ。
 この特徴は飛竜と似ている点があるのだが、龍の場合だとその格が違う。
 龍は飛竜が幾ら束になっても敵わないほどの強さを誇るのだ。
 それも百や千ほどではない。
 崩界中全ての竜が挑んだとてしても、龍には敵わない。
 寧ろ、歯が立たないと言っても良いだろう。
 神話の存在である龍とはそれだけの存在なのだ。
 世界を守護する力を持っていると言うのは決して伊達ではない。
 世界を創世する力を持つ神と比べれば”力”の大きさと言う点では同格ではあるが、龍の”強さ”は神をも凌ぐのである。
 そういった意味では神とは違う方向性の力を持っていると言うべきだろう。

(神話の存在はレジェンドアームでなければ、戦えない)

 だからこそ、龍と戦うにはレジェンドアームが必要だ。
 強大な存在には同じく強大なものをぶつけるしかない。
 神話の存在である龍と戦うにはそれを受け継ぐ力でなければ対抗する事は叶わないだろう。

(……そういった意味で僕は無力だ)

 生憎とカインはその力を受け継いでいない。
 この場にいる人間の中で唯一人、神の力を受け継いでいないのだ。
 神話の存在である龍と戦うにはあまりにも役者が不足している。

(だったら、龍は何故、僕を呼んでいたんだ?)

 だが、龍はレジェンドアームを持っていないカインにだけ聞こえるように嘶いていた。
 神から受け継いだ力を持たない身に何を求めているのだろうか。
 カインはそれだけが解らなかった。

(いや、今は考えるのはよそう。考えるのは自分の役割が終わってからだ――――!)

 意識が思考の中に埋もれようとした中で頭を振る。
 今はやるべき事がある。
 龍が何故、呼んでいたのかの答えをはっきりさせるのはそれが終わってからだ。
 カインは人の気配のする方向へと歩みを進めて行った。
















 龍から離れ、人の気配のする方向――――戦いの場から1000メートルほどの場所。
 カインはそこでアルカディアの黄金闘士団の姿を見つけた。
 多くの者は傷を負い、エレクトラム製の武具も破壊されている。
 皆が重軽傷者で、辛うじて命を失わなかった者が殆どだった。

「ラゼルト王!」

 その中に見知った顔を見つけたカインは人物の名を呼ぶ。

「カイン殿か!?」

 名を呼ばれた1人の人物がカインの下へと歩みよってくる。
 カインが王と呼んだこの人物。
 その名をアルカディア王、ラゼルト=ヴィ=アルカディアと言う。



 ――――ラゼルト=ヴィ=アルカディア



 現、アルカディア王。
 カインの友人、ディオンの実の父親であり、レーバストの大魔導士、エクストの父親。
 崩界有数の大国であるアルカディアに相応しい、器の大きい人間で国民の全てに慕われていると言われるほどの人物で魔導士としても一流の人物。
 その純粋な力量においてはレジェンドアームの使い手をも上回り、崩界の中でも大魔導士と呼ばれる数少ない人間でもあった。
 ラゼルトは本来ならばカイン達とは出会う事のない人物であるが、一時期はカイン達親子を客人として城においていた事があり、その時に面識を持っている。
 この場に現れたカインの事を一目で解ったのは過去の事があったからである。



「久方である、と言いたいところだが……今はそれどころではないのだ。この場に来てしまったと言う事は……カイン殿も状況は解っているのだろう?」

「ええ、はっきりとこの目で見ました。龍の姿を」

「……そうか」

 カインの返答にラゼルトは大きく息を吐く。
 この場に来た上に龍の姿も見てしまった以上、隠し通す事は出来ない。
 なるべく、アルカディアの軍だけで事態を収拾するつもりではあったのだが。

「ならば、隠しても仕方がない。全てはカイン殿の見ての通りだ」

「……火龍が目覚めたと言う事ですか」

「ああ。だが……何故、龍が暴れているのかは皆目、見当もつかない。龍が世界の守護者であると言う話は偽りでだったのか?」

「それは……」

 ラゼルトの話にカインは思わず、言葉に詰まる。  暴れているのは龍の化身であり、真のではない。  カインは龍が暴れている理由に心当たりがある。
 その理由はカインが父親と旅していた時に内密の話として明らかになっていたからだ。
 崩界は神の遺した呪いによって何時かは滅びる運命にある。
 それは神話の時代が終焉を迎えた時から今に伝えられていた事だ。
 人間達はその滅びを免れるために神話の時代から遺された武器を元にしてレジェンドアームを創り上げようとした。
 これは世界の多くの人間の知るところであり、言わずとも明らかになっている。
 だが、レジェンドアームの全てが完成するには実に数百万の朝と数百万の夜の時が経過するほどの時間を要した。
 レジェンドアームと言う特別な武器を創り出すと言う事には相応の時間を求められたのである。
 その間、神の遺した呪いは崩界を滅ぼし、その後は他の世界をも滅ぼしかねなかった。
 レジェンドアーム以外にも呪いを抑える事の出来るものが必要だったのだ。
 この時、世界の守護と言う役割にあった龍は眠りについた自らに代わり、数匹の龍を化身として崩界の地へと封じた。
 龍は自らの化身に神の呪いを受け止める役割を与えたのである。
 守護者と言う役割にあり、その力を持つ龍だからこそ出来る芸当であった。
 だが、それでも神の呪いは龍の化身達の力を上回っていた。
 長い時を経て、蓄積されていく滅びの呪いは龍の化身達を侵食し、最終的には破壊の化身とその姿を変えさせてしまったのである。
 今回の龍が目覚めた上で破壊行為を行っていると言う理由にはこのような事情があった。
 カインはこの事を父親から深く聞かされており、肝心の父親自身も龍と直接、意志を疎通出来る人間であったため、今回の龍の事は紛れもない真実だ。
 しかし、父親はカインには全てを理解するまでは事情を口外しないようにと伝え、カイン以外には崩界のある人物のみにしか伝えていない。
 龍と言う存在は影響力の強い聖界以外の世界を含めた全てを護ろうとしていた事を。
 また、何時の日にか龍が暴走し、崩界を滅ぼす事になるであろうと言う事は全てが仕組んだものであると言う事を。
 崩界は神の影響力が強い世界であり、滅びの呪いをかけられたとしても何時かは神自身が呪いを解いてくれる事を信じる者が殆どだ。
 だが、実態は違い、呪いに対抗していたのは龍であり、神ではない。
 崩界と言う世界はレジェンドアーム以外に他の世界の管理者とも言うべき龍と言う存在によってその命脈を保ってきたのだ。
 神を信じている人間が多いこの崩界においてそれを口にする事は異端であり、畏怖されるものでしかない。
 そのため、事情を解っていながらもカインはラゼルトの言葉に何も答える事が出来なかったのである。
















「まぁ、今はそのような事を言っても意味はないか。目の前で起きている事態を何とかせねば。カイン殿は1人で此方まで来られたのか?」

「いえ、僕以外にレジェンドアームの使い手、3人が同行しています。……現在は龍と戦っている真っ最中ですが」

 内心、ラゼルトが追及を止めた事に安堵しながらカインは応じる。
 ここで事態の真相を答えてしまえば、大きな混乱が引き起こされる事が懸念されるため、ラゼルトの判断には助けられた形だ。

「もしや、同行者と言うのは……フィーナ殿とウォーティス殿か? 後、1人が誰かまでは流石に解らぬが」

「はい、その通りです。最後の1人は山場晃一。彼もまたレジェンドアームの使い手です」

「……そうか。フィーナ殿とウォーティス殿には迷惑をかける。本来ならば我が国に迎えるはずであったのに。

 特にフィーナ殿は我が息子、ディオンの妃となる身。このような場で彼女の力が必要になるとは不徳の致すところだ」

 カインの告げた同行者の名前にラゼルトは謝罪の言葉を返す事しか出来ない。
 本来ならば、フィーナとウォーティスはアルカディアの大事な客人である。
 特にディオンとの結婚を控えているフィーナは尚更だ。
 にも関わらず、火龍の前では2人の力を借りなくてはならない。
 アルカディアの王としては言葉もない状態である。
 それにもう1人の同行者である山場晃一に至ってはアルカディアとは何の所縁もない。
 カインの仲間であると言う理由だけで戦いに加わっている。
 しかも、レジェンドアームの使い手であると言うのだ。
 ラゼルトとしても彼の参戦には頭が上がらない。

「仕方がありません。相手は例え、化身であっても龍は龍であり、神話の存在です。レジェンドアームの使い手でなくては戦う事は難しいです」

「……そうだな」

 カインの言う通り、化身と言えども龍は神話の存在なのだ。
 人間の人智を超えた存在であり、力の大きさも絶大なものである。
 単体だけでも、アルカディアのような大国ですら滅ぼす事も可能なほどの力を持っている。
 龍の力は大国の軍勢すらも凌ぐ。

「だが、カイン殿は我らアルカディアの人間の無事を見届けたら龍の所に行くのだろう?」

「はい。ラゼルト王がこの場にいる以上、最後まで見届ける必要はなくなりましたし。……それにレジェンドアームを持っていなくても戦いようはあります。

 仲間が戦っているのに僕だけ、このままアルカディアの人達と下がると言う選択肢はありえません」

「そうであったな。カイン殿はそういう人間だった」

 だが、カインはそのような相手であっても、レジェンドアーム抜きで戦うと言う。
 しかし、ラゼルトはカインのその言葉には納得出来るものがあった。
 カインは崩界各地を旅しており、その際にあった出会いを大切にしている。
 その中にはディオンも含まれており、ディオンは常々、ラゼルトにカインは勇気のある人だと伝えていた。
 如何な苦境であっても、立ち向かえるだけの強い意志。
 そんな意志を持った人間がカインであるとディオンは高く評価していた。
 ラゼルトもカインと顔を合わせた時に瞳に宿る意志の光に並々ならぬものを感じている。
 今、この場で迷いなく、龍と戦うと言い切ったその表情にラゼルトは息子の評価と自分の感じた事が間違いでなかった事を確信する。

「ならば、せめてもの選別だ。カイン殿、手を私の前に」

「こう、ですか?」

「それで良い。――――むんっ!」

 ラゼルトはカインに自分の前に手を出すように告げ、差し出されたそれをしっかりと握る。
 そして、ラゼルトはカインに自らの力を移すかのようにイメージを伝える。

「っ!? これは――――!?」

 ラゼルトの手から伝わってくるイメージにカインは驚きの声を上げる。
 今、行われている方法は相手に自らの持っているイメージを伝える特殊な魔法。
 謂わば、心に秘めるものを見せる魔法であり、その見せる内容次第で受けた相手に様々な影響を齎すと言う秘術。
 下手をすればイメージを伝える前に術者の方が壊れてしまうと言われている術をラゼルトは一瞬の迷いもなく、実行する。
 カインの中に映し出されていく火のイメージは余りにも鮮明で強い意志の力を感じさせる。
 余程、深いところで火と言うものを理解しており、伝えられてくる強いイメージだ。
 そこまで深くイメージを映すと言うのは崩界でも数少ない、大魔導士と呼ばれる人間だからこそ、出来る方法であった。

「そう、火のイメージだ。火は瞬間的に燃え上がるもの……カイン殿、闘気の技に役立ててくれ」

 ラゼルトが伝えるのは火を連想するイメージ。
 火は瞬間的に燃え上がり、その大きな力を解放する。
 映像のように見せられるそれをカインはしっかりと自らの心の中に焼きつけていく。

(火のイメージ――――これを闘気に置き換える)

 ラゼルトから齎されるイメージの中でカインは火の闘気を練り上げる。
 瞬間、燃え上がるもの。
 それを連想し、ひたすらにイメージ。
 闘気を集中させての斬撃を初撃とし、相手を斬った時に生じる傷痕を起点として火の闘気を一気に解放して滅する。
 火の闘気剣――――『エクスプロージョン』
 相手に紅の闘気をぶつけ、その箇所から一気に爆発させる――――それが、闘気による火の剣。
 浮かび上がる火のイメージと現実を統合し、カインは火の闘気を発現させる術を得たのだった。






























 From FIN  2011/10/15



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