「……これは」

 晃一の視線の先にある光景を見たウォーティスは驚く。
 そこに広がる光景は思わず、絶句してしまうような光景。
 ウォーティスも騎士として様々な戦いの場を経験しているが、流石にこれは初めてだ。

「っ……!」

 傍で同じく、その光景を見たフィーナも思わず言葉を失う。
 フィーナも巫女の修行として各地を周ってきたが、目の前に広がる光景は見た事がない。
 その光景の酷さは如何にも言葉に出来ないものがあった。

「……」

 それはカインも同じで、言葉を紡ぐ事が出来ない。
 カインもまた、各地を旅し様々な事を潜り抜けてきたが……今回のような光景は初めてだった。
 目の前に広がっていた光景はそれほどまでに酷いものがあったのである。
















 ――――カイン達一行の前に広がる光景
















 ――――それは
















 ――――火によって焼かれた多数の死骸の山だった。


















龍殺光記レジェンドアーム
















「酷いな……」

 一行の言葉を代弁するかのようにウォーティスが呟く。
 目の前に広がっている光景は騎士として生きてきたウォーティスですら見た事がない惨状だった。
 火によって焼かれた多数の人間の死体はどれもこれも嘗ては人であったと言う形跡以外は何も残っていない。
 その形跡を例えるなら、陰がそのまま地面に焼きついたような感じと言えば良いだろうか。
 真黒に染まった人がボロボロに崩れ落ちている様はそのように思えた。

「……はい」

 人の死体に近付いてそれが焼かれた人間で間違いないと言う事を確認したフィーナがこくりと頷く。
 巫女としての修行で北の地を旅した経験を持っている彼女もこのような形で命を失った姿は初めて目にする。
 魔物に襲われて、命を失った者。
 飛竜に襲われて、命を失った者。
 ならず者に襲われて、命を失った者。
 旅の途中で病に陥り、命を失った者。
 フィーナは北の各地を廻り、多くの死者を見た。
 だが、ここまで惨い命の失い方を目にしたのは初めてだった。

「しかし、火に焼かれた死体が朽ち果てるのは当然の事だが……普通ならばここまで焼きつくす事は出来ない。やはり、龍はそれほどまでの力を」

「……ああ。コイツは相当やべぇ。レジェンドアームでもここまで酷くはならねぇからな」

 ウォーティスと晃一も死体については同意見のようだ。
 恐らく、周囲の人の死体はアルカディアの兵士。
 ローエン山脈に他国の兵士が来る事など殆どない。
 また、アルカディア全体で転送魔法の禁止等の制限がかけられている中で一般の市民が立ち入る事も不可能だ。
 非常事態とも言える現状でローエン山脈に入る事が出来るのは王族や軍の関係者のみ。
 龍が目覚めたと言うのは国の存亡にも関わる事なのだ。
 軍が山脈に派遣されているのは当然であると言える。
 その証拠に所々で武器と思われる金属の破片も散らばっている。

「散らばっている金属は黄金の色……。アルカディアの黄金闘士団の物で間違いないと思う」

 金属をじっと見つめていたカインがアルカディアの物で間違いないと断言する。
 黄金の色を基調とした鎧や武具はアルカディアの精鋭の特徴だ。





 アルカディアの精鋭――――黄金闘士団





 崩界における大国の一つであるアルカディアが誇る精強な軍団。
 黄金色を基調とした武具を身に付けており、その姿からこのように呼ばれている。
 だが、一見すれば派手でしかない装いは実用的ではなく見える。
 しかし、崩界においては黄金と言う物は銀に並ぶほどの金属である。
 特にその中でも黄金に20%前後のミスリル銀が含まれた物はエレクトラムと呼ばれている。
 エレクトラムは純粋なミスリルとは違って、加工はしにくいが、その分で強度に優れ、魔法に対する耐性をも兼ね備える。
 また、エレクトラムは武器を創るよりも防具を創るのに適しており、崩界でもそれを前提として普及されている。
 黄金闘士団はそのエレクトラムで創られた装備を主力とした騎士や兵を中心に編成された軍団なのである。
 その優れた装備と鍛え上げられた軍団の強さは崩界の中でも有数であり、魔物や飛竜が相手であっても全く引けをとらない。
 個人の力量にもよるが隊を組めば、竜殺しすらも成せるほどだ。
 黄金闘士団とはそれほどの戦闘力を持っている軍団なのである。





 だが、耐魔力に優れたエレクトラム製の武具に守られた黄金闘士団の人間を塵しか残らないほどに火で焼きつくすには無理に等しい。
 エレクトラムはミスリル以上に硬度に優れ、守りも堅い。
 人智を超えた武器であるレジェンドアームを以ってしてもエレクトラム製の武具をここまで酷い姿にする事は難しいのだ。
 そもそも、エレクトラムはレジェンドアームにも使用されている素材であり、崩界の中でも優れた金属の一つである。
 正に通常の手段では焼き尽くす事は至難を極めるのだ。
 この先に存在する龍と言う存在は想像している以上に強大な者であると言っても良いのかもしれない。

















「……この感じは」

 人間が火に焼かれた時の独特の焦げ臭さを感じながら、カインはふとした違和感を覚える。
 目の前にあるのは燃え尽きたエレクトラム製の武具。
 甲冑一式とアルカディアでは最も多く普及されている武器である斧。
 何れも魔法金属の一つであるエレクトラムで創られ、耐魔力を付加されている。

「火の闘気、か?」

 にも関わらず、容易くそれを焼き尽くしてしまうには魔法の耐性に影響されない術である闘気による火しか考えられない。
 自身も属性の力を持つ闘気を操る事の出来るカインは明確に火の闘気の感覚を読みとっていた。

「え……? 私には何も感じられませんけど……」

 塵と化した兵士と武具を見ながら、焼き尽くした手段を見極めるカインにフィーナが疑問の表情で尋ねる。
 フィーナはレジェンドアームに選ばれるほどの魔導士であり、水の祝福を受けた巫女である。
 それが例え、水以外の魔力であったとしてもその気配を感じ取る事は可能だ。
 だが、目の前の惨状では火の魔力は一切、感じられない。
 上級の魔法以外の火ではエレクトラムほどの金属をぼろぼろにする事は敵わないはずだった。

「……僕の場合は魔力がない上に闘気で属性の力を扱えるからだよ。フィーナ達とは違う感覚で感じ取っている……だから、何となく解る」

 フィーナの疑問に対し、カインは自らが闘気で属性の力を発現出来る事が理由だと答える。
 事実、闘気の術に長け、魔法の使えないカインは気配の察知や魔法の感知と言った分野に関しては飛び抜けた部分を持っている。
 カインからすれば魔法や属性の力と言ったものの全てが違和感のようなものと捉える事が出来るからだ。
 闘気に関しても自分がその術を使っているために同質の術が相手であれば容易に感じ取れる。
 それに闘気で属性の力を発現出来る人間は自分以外に存在しないのだ。

「龍は僕と同じような術を使って黄金闘士団を焼き尽くしたって、ね」

 だからこそ、龍が魔法以外の方法でエレクトラム製の武具を焼き尽くした事が解る。
 優れた耐魔力を持った武具であっても、闘気ならば耐魔力の効果は発揮出来ない。
 そのため、エレクトラムの持つ純粋な防御力のみで龍の火を受けてしまったのである。
 例え、黄金闘士団の人間と言えども耐える事は敵わない。
 何しろ、相手は化身でしかないとは言え『龍』なのである。
 神話の時代の存在と言う者は桁の違う存在であると考えるべきだ。
 龍が闘気を使えると言う事については不思議な事ではない。
 それに、この場にいる全員の中でも最も深く龍と関わりのある身であるカインからすれば目の前の光景は何も可笑しいとは思えない。
 龍は神や魔と同格の存在。
 普通の人間ならば”戦いの場”に立つ事すら出来ないのだから。

















「カインさん……」

 フィーナはカインの見せた表情から龍の脅威を垣間見る。
 エレクトラム製の武具の強さはフィーナも良く解っている。
 魔物の攻撃を弾き返し、飛竜の爪や牙ですらも防いでしまう防御力。
 それに多少の魔法程度ではびくともしない耐魔力。
 エレクトラムはどれを取っても一級品だ。
 しかし、龍はそのエレクトラムを無残な姿にまで焼き尽くしてしまったのである。
 火のレジェンドアームを以ってしても容易には出来ない事を易々と行ってしまった。
 これだけでも龍の持っている力は驚異的だと言える。

「……フィーナ。これから向かう所にいる相手は生半可じゃない」

「はい、解っています」

「それでも、君はこのまま先に進みたいと思うか?」

 自分の言葉で龍の脅威を感じたであろうフィーナにカインは最後の通告を伝える。
 ここから先はもう、後戻りは出来ない。
 龍の前に立つと言う事はそれほどまでの覚悟がいる。
 晃一とウォーティスは既にその覚悟が出来ているのか、自分のレジェンドアームを取り出していた。
 砕く者の名を持つ銃のレジェンドアーム、ガンブレイク。
 水の都クレセントに伝わる水の力を秘めた2つのレジェンドアームの一つ、水の魔法剣ウォーレティス。
 アルカディアの黄金闘士団の持つエレクトラム製の武具よりも優れているレジェンドアームは龍と戦うには相応しい武器だ。
 晃一とウォーティスは戦う覚悟も龍と場に立つ準備も出来ていると言える。
 2人には尋ねる必要もなかった。

「私も……先に進みたいです。それに火の龍を鎮める事。それは巫女としての役目ですから」

 フィーナはカインの通告に躊躇いもなく答える。
 目の前の惨状を見ておきながら、見て見ぬふりをすると言うのはフィーナの選択肢には存在しない。
 それに自身も水のレジェンドアームに選ばれた身であり、龍を鎮める事は巫女としての役割でもある。
 自然四属性の祝福を受け、崩界における水の力に認められているフィーナはこの場にいる誰よりも龍の前に立つには相応しい。
 それはフィーナ自身も自覚していた。

「解った。だったら、僕は何も言わない。……一緒に行こう」

 フィーナの答えを聞き、カインは頷く。
 その言葉と覚悟が本物かは瞳を見れば解る。
 フィーナの眼差しには一点の揺らぎも存在しない。
 レジェンドアームに選ばれた人間として、相応しい瞳だ。
 覚悟も完了したと言うところだろう。
 ならば、カインに申し出を拒否する理由はない。
 この場にいる全員が覚悟完了と言う事ならば――――後は龍の前に立つのみなのだから。






























 From FIN  2011/9/12



 前へ  次へ  戻る