「呼んでる……?」
カインには今の雄叫びが自分の事を呼んでいるように聞こえた。
恐らく、この雄叫びの主が龍なのだろう。
断言する事までは出来ないが、カインにはそのように感じられる。
だが、龍の雄叫びは心にはっきりと語りかけてくる――――。
――――早く来い、と
龍殺光記レジェンドアーム
「カイン。何、ぼーっとしてんだ! そんな場合じゃねぇだろ!」
「あ、ああ……ごめん」
龍が自分に語りかけてきていたような感覚を覚えていたカインは晃一の声で我に返る。
カイン以外には今の雄叫びが何かを伝えようとしていたようには聞こえていなかったらしい。
そのため、カインが呆然としていたように見えていたのだろう。
(だけど、この雄叫びは確かに僕に向けられている。皆には聞こえずに僕だけにそう聞こえると言う事は……龍は僕が来る事を望んでいる?)
しかし、カインからすればこれは気のせいには思えない。
龍と言う存在は崩界の神と同格の存在であり、人智を超えた存在である。
例え、アルカディアの地に現れた龍が化身でしかないのだとしてもその存在は人間の理解を超えた者なのは想像に難くない。
現に龍は地震と言う形でレーバストにまで力の片鱗を届かせていたのだ。
雄叫びが空気を震えさせ、大地を揺さぶったのであろう。
その力の大きさはカインも把握出来ない。
ただ、解っている事は今まで戦ってきた竜や魔物とは別格であると言う事。
戦うとしても、太刀打ち出来るのかすらも解らない。
龍と言う存在はそれほどまでに強大な存在であった。
(いや、考えるのは後だ。今は龍を止めないと……!)
だから、カインは自分の頭に過った事を振り払う。
強大な存在を前にして、他の事を考える余裕なんてない。
今は暴れ始めようとしている龍を止める事が先決だ――――。
「やべぇな……。何か、ピリピリした感じがするぜ」
「……ああ、私もそう思う」
山道を進みながら、晃一とウォーティスが重くなってきた空気を敏感に感じ取る。
進めば進むほどにプレッシャーのようなものが強くなってくる。
「カインさん……」
フィーナも同じように感じているのか、不安な表情でカインを覗き見る。
「……」
だが、カインからの返答はない。
今、感じている感覚の事もあるのか、カインはひたすらに龍がいると思われる方向へと進み続けている。
(カインさん……どうしたのでしょうか)
先程とは全く違う様子のカインにフィーナは驚きを隠せない。
龍の雄叫びが聞こえた頃からカインの様子は明らかに変わっていたが、それは武者震いのようなものだと思っていた。
だが、カインの様子を見る限り、武者震いと言う事は考えられない。
どちらかと言えば、何かを考え込んでいるような表情だ。
その様子は晃一もウォーティスも気付いていない。
他の2人も余裕らしい余裕がないからだろうか。
尤も、フィーナがカインの様子に気付いたのは自身も不安だったためにカインの方を見たからにすぎない。
カインはそれほどまでに静かな様子だった。
「フィーナ?」
カインがフィーナの様子に気付く。
「いえ、何でもないです。カインさん」
だが、カインの考えは読めないためフィーナはそこで口を閉じる。
カインが龍に対して、他の人間とは違う目線で見ている事は先程見たばかりだ。
恐らく、龍の事を考えているのだろう。
「……そうか」
カインもフィーナが口を閉じた事については問い返さない。
話しかけてきたフィーナに対し、応じる余裕がなかったからだ。
不安に思っているであろうフィーナの事は解っている。
だが、今のカインの状態では気を遣っても逆効果にしかならない。
それほどまでにカインの意識は龍の方へと向いている。
心中が穏やかではないと言うべきだろうか。
しかし、この場にいる全員が同じように何かしらの不安を持っているのには違いない。
刻一刻と迫ってくる龍の気配の大きさは想像を絶するものがあった。
「そろそろ、山頂が近付いてくるな……。周囲の様子も変わってきた」
カイン達一行は重い空気の漂う山道をひたすらに進む。
暫くの間、歩き続けたところで徐々に周囲の温度が上がってきた事を実感する。
アルカディアは火に所縁のある地。
それを象徴するかのようにローエン山脈には火山が存在している。
現在の火山は神話の時代以降から活動を完全に停止しているはずなのだが……。
「この感じ……火山が活動を始めている」
カインは火山が活動している事を直感する。
大地の下で何かが駆け巡る感覚。
周囲から感じられる熱気。
これは溶岩が流れている言う事の証明でもある。
神話の時代以来、火山がこのように活動していたと言う話はなく、現在の事態が異常であるという事は明らかだ。
だが、これも龍が目覚めた影響であると考えるならば決して可笑しくはない。
アルカディアの地に眠る龍は『火の龍』。
また、火の龍は火山で眠りについていると言われていた。
そのため、火山が龍の影響によって活動を再開する可能性は否定出来ない。
火山は最も火の属性の力が集まる場所。
火属性の力を持つ龍が動くとなれば確実に何かしらの影響が出る事は確定している。
それに火山はもう、動き始めているのだから龍が目覚めたと言う事は間違いないだろう。
「ああ、まさか……こんな影響があるなんてな。龍ってのはそこまでの力を持ってんのか?」
晃一もカインと同じように火山が活動を再開した事に驚いている。
神話の時代より活動していなかったはずの火山が再び活動を始めたと言うのは誰から見ても脅威的に思える。
それにカインとは違って龍を評価していない目線の人間からすれば尚更、その驚きは深い。
崩界においては龍と言う存在は世界に影響するほどの力がある存在としての印象がないからだ。
これは神話時代における神が崩界を含めた幾つかの世界を『創世』したと伝わっているため。
龍はあくまでその創世された世界を『護る』存在なのである。
だが、神話の時代において龍は魔と呼ばれる存在と戦い、神を殺す要因を担ってしまった。
崩界はあくまで神の下にある世界であるため、龍が守護者と言う存在でも敵としか見做されない。
そもそも、龍が最も強く影響力を持っている世界は崩界ではないのだ。
崩界とは違う世界においてその存在を持つ、龍が崩界においても守護者の役割をしているのは可笑しい。
それが、崩界に住む多くの人間達の共通意見であった。
「奇しくも神話の存在であると言う事の証明だろうな。龍もまた人間の理解を越えた存在だ。無理もない」
ウォーティスが晃一の言葉を捕捉するように口を開く。
龍もまた神話の時代における存在であり、その力の強大さは神にも劣らない。
その事は龍と言う存在を否定的に見ているとしても認めざるを得ないほどだ。
龍は世界を守護する存在と言うだけあり、世界そのものに対して大きな影響を及ぼす事も出来るのである。
「そうだな……。そればっかりは認めるしかねぇな。あそこを見てみろよ」
足を進めながらウォーティスの言葉に頷く晃一。
間もなく火山の中でも開けた場所に到着すると言うところで先に何かが見えたのか、先を見るように促す。
「……これは」
晃一の視線の先にある光景を見たウォーティスは驚く。
そこに広がる光景は思わず、絶句してしまうような光景。
ウォーティスも騎士として様々な戦いの場を経験しているが、流石にこれは初めてだ。
「っ……!」
傍で同じく、その光景を見たフィーナも思わず言葉を失う。
フィーナも巫女の修行として各地を周ってきたが、目の前に広がる光景は見た事がない。
その光景の酷さは如何にも言葉に出来ないものがあった。
「……」
それはカインも同じで、言葉を紡ぐ事が出来ない。
カインもまた、各地を旅し様々な事を潜り抜けてきたが……今回のような光景は初めてだった。
目の前に広がっていた光景はそれほどまでに酷いものがあったのである。
――――カイン達一行の前に広がる光景
――――それは
――――火によって焼かれた多数の死骸の山だった。
From FIN 2011/8/6
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