「では……早速、皆さんをアルカディアまでお送りします。準備は良いですね?」

 この場に居る全員を見ながら、エクストが確認を取る。
 もう、このままアルカディアに行くとなれば後戻りは出来ない。
 アルカディアからは動けないだろう。

「はい、大丈夫です」

 その言葉にカインが代表して答える。
 エクストに問われずとも、既に覚悟の上である。
 目的はアルカディアに向かう事。
 例え、龍が出現しているのだとしてもそれは変わらない。
 アルカディアに危機が訪れているのならば、放っておく事なんて出来はしないのだ。
 助けると言う事に理由なんてものは必要ない。
 そのために自分の手が届くのならば、幾らだって手を差し伸べる。
 カインにはアルカディアを見捨てると言う選択肢なんて微塵にも存在しなかったのである――――。


















龍殺光記レジェンドアーム
















「では、いきます」

 エクストはそう言ったかと思うとカイン達には聞き取れない言葉を紡ぎ、転送魔法を唱える。
 魔法を遣う事が出来ないカインに複雑な呪文を理解出来ないのは当然の事であるが、魔法に精通しているフィーナやウォーティスにも解らないらしい。
 転送魔法は呪文が内容が複雑で崩界の各街に設置すると言うだけあって魔導士一人だけで遣う事は非常に難しく、複数の魔導士が合同で遣う事が普通と言われている。
 何しろ、準備だけでも転送魔法を使用するための魔法陣の構成、転送先の確定と言った要素が含まれるのだ。
 しかも、魔法陣に構成によって転送先は決まってしまうので、事実上、同時並行で準備を進めるしかない。
 更に場所や距離によっては複雑な魔法陣が要求され、一人の魔導士だけでは構成する事すら敵わない事も多々あるのである。
 だが、エクストは難解な魔法と言われる転送魔法を容易く唱えてしまう。
 アルカディア屈指の魔導士と言われる、その名に恥じないと言うべきだろうか。
 カインがそう思った瞬間、ふっ――――と身体の浮くような感覚が駆け巡る。

「アルカディアを頼みます」

 エクストが転送魔法の準備を終えたらしい。
 この間、僅かに10秒すらも経過していない。
 転送魔法が複数の魔導士が必要とされる魔法である事を踏まえれば異常なほどの早さである。
 だが、一刻を争う今の状況を考えれば早いに越した事はない。
 その逸る気持ちを察したかのようにエクストが準備した転送魔法が発動する。
 最後にエクストの言葉に見送られ、カイン達は月波亭からアルカディアへと移動するのであった。
















 ――――アルカディア





「着いた、か……」

 エクストの転送魔法によって一行はアルカディアへと到着した。
 徒歩でレーバストからアルカディアへと移動する時とは比較にならない早さだ。
 時間にして、10秒すら経過していない。
 レーバストからアルカディアまでは本来ならば1日中歩き続けたとしても2日〜3日ほどかかる距離。
 それを僅かな秒数にまで縮めてしまうのだから、転送魔法の便利さは凄まじいものがある。

「そうみたいだな」

 アルカディアに到着し、周囲を窺っているカインに晃一も同意する。
 周囲の建物はレーバストとは違い、正面の遠くには巨大な宮殿が見える。
 レーバストでは見渡す限りが建物で発展した街並みを見る事が出来るが、アルカディアはレーバストほどは建物も多くはない。
 国の中心とは言っても街が発展しているかなどは別問題だからだ。
 アルカディアと言う国は王都よりもレーバストが主要な大都市であり、多くの人々は其方に集まる。
 とは言っても、決して王都が都市として小さいわけではない。
 レーバストが異常なほど大きいのだ。
 しかし、カイン達が到着した現在のアルカディアは都市としては見る影もないほど、人の気配がない。
 完全に静まりかえっている。
 やはり、エクストの言う通り、変事が起きたと言うのは間違いないらしい。
 異質な空気が王都の中を漂っている。

「この感じだと既にアルカディアに住んでいる人達は何処か違うところに避難しているか、城に匿われているいるかもしれないな。

「どうする、カイン。とりあえず、城の方にでも行ってみるか? もしかしたら、王や王子に会えるかもしれないぜ?」

 アルカディアに到着したとは言え、状況がまだ掴み切れていない現状に晃一が提案する。

「……いや、そんな時間はないみたいだ」

 しかし、カインはその提案に首を振る。
 晃一の提案は魅力的だが、今は城に寄る時間も惜しい。

「コウイチ、南の空を見てくれ」

「なっ……!?」

 南の空を見るようにとカインに言われた晃一はその光景に驚愕する。
 空が真っ赤に染まっていた。

「多分、あそこに龍がいる」

 驚く、晃一を後目にカインは南の空を見据えながら呟く。
 何故、南に龍がいると断言出来る理由は解らないが、何となくカインには感じるものがある。
 もしかすると、自分に流れる血は龍に反応するのかもしれない。
 崩界には存在しない名前であるはずのウィルヴェントの名。
 父親が龍について自分の事のように話していたのはウィルヴェントの名がそれだけ龍と深い関わりを持っている事の裏返しではないだろうか。
 崩界で生まれながらも一切の魔力を持たず、レジェンドアームにも拒絶されるのは龍の力に対して影響を持っているからかもしれない。
 それにレジェンドアームは神から受け継いだ物であり、龍から受け継いだ物ではない。
 龍から何かを受け継いでいるか、力を託されているのだとすればレジェンドアームに拒絶されるのは当然の事だ。
 崩界と言う世界はあくまで神の影響力の強い世界なのだから。
 カインは龍の存在を感じ取る事で何となく、そのように思うのだった。
















 ――――アルカディア





 ――――ローエン山脈





 アルカディアに到着して、4時間後。
 時刻は夕方になると言ったところで一行は目的の場所へと到着した。
 アルカディアの王都から程なく近いこの場所は多数の山が連なっている。
 この多数の山の中の一つは火山であり、その場所は火の自然四属性の最も強い場所とされている。
 そのためかアルカディアは火の魔法を使用する人間が多い。
 また、アルカディアにはクレセントに水の巫女と水の騎士が存在するように、火の巫女と火の騎士が存在する。
 勿論、火の巫女も火の騎士もそれぞれがレジェンドアームを持っている。
 そのような事情もあり、アルカディアは火とは縁が深いのだ。

 ――――グオォォォォォッッッ!!!!!

 火山に近付くに連れ、空気が震えるほどの雄叫びが聞こえてくる。
 そのおぞましさにフィーナがびくっとする。
 無理もないだろう。
 晃一やウォーティスですら今の雄叫びには威圧感を覚えるほどなのだから。
 レジェンドアームの使い手として、相応しい心の強さを持っているにも関わらず圧倒してしまう――――。
 火山から聞こえる雄叫びの主は崩界に存在する魔物とは格が違う。
 また、魔物よりも大きな力を持つ竜と比べてもその威圧感は比べものにならない。
 晃一やウォーティスほどの力量を持つレジェンドアーム使いは決して、魔物や竜に後れを取る事はない。
 しかし、火山にいる存在はレジェンドアームの使い手ですら戦慄を覚えるほどの威圧感を放っている。
 だが、カインはその雄叫びを前にしても全く怯む事はない。
 理由までは解らないが、カインにはこの雄叫びが怖いものには思えなかったからだ。

「呼んでる……?」

 カインには今の雄叫びが自分の事を呼んでいるように聞こえた。
 恐らく、この雄叫びの主が龍なのだろう。
 断言する事までは出来ないが、カインにはそのように感じられる。
 だが、龍の雄叫びは心にはっきりと語りかけてくる――――。





 ――――早く来い、と






























 From FIN  2011/6/19



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