「……今のアルカディアは一つの危機に瀕しようといます。ある一つの存在によって」
「なっ……!?」
だが、エクストからの答えは予想以上に深刻なものだった。
アルカディアに異変が起きていると言う予測はカインも立てていたが、まさか危機とまで言われるほどだったとは。
しかし、自然現象を揺るがすほどのものともなればエクストの言っている事もあながち、間違いではない。
自然現象そのものに干渉する術などA級のレジェンドアームかそれに匹敵するものでなくては不可能だからだ。
あるいはエクストくらいの魔導士ともなれば可能かもしれないが……アルカディアにエクストに方を並べる魔導士は存在しない。
そのため、カインは驚きを全く隠す事が出来なかった。
エクストの言っている事は人知では到底、及ばないであろう事を平気で引き起こすような存在だという事を証明しているからだ。
「カイン、貴方は龍と言う存在を聞いた事がありますか?」
そんなカインの様子を後目にエクストは核心とも言うべき一つの名を尋ねる。
エクストが口にしたアルカディアを危機に導こうとしているその存在の名――――。
それは『龍』と呼ばれる存在であった。
龍殺光記レジェンドアーム
「竜ではなくて、龍……? もしかして、神話の時代に存在していたと言う龍の事ですか?」
「はい、その通りです」
カインはウォーティスに尋ねられた龍と言う存在の事を答える。
龍とは今から、遠い昔に嘗て存在していた者の一つだ。
「ですが、龍が危機を呼び起こそうとするなんて……」
カインは龍と言う存在については世界を守護する力を持っていると聞いていた。
神話の時代に神が自らの闇の力によって死した際にかけたと言われる呪いを受け止める役を買って出たのが龍であるからだ。
龍の存在意義とは世界を護る事にある、とカインは父親に強く言われていた。
だからこそ、カインは龍がそんな真似をするはずがないと言ったのである。
「カイン君の言いたい気持ちは解らなくもないが……それは身も蓋もない話だろう。この崩界はあくまで神の創りし世界だ。龍は守護者などではない」
龍が崩界に危機を呼び起こそうとしている事を信じられないと言ったカインに対し、ウォーティスが反論する。
崩界と言う世界を創ったのはあくまで神であると言う事――――これは事実であった。
神話の時代において、神が成した事は世界を『創世』した事。
つまり、世界そのものを創ったのは神であるからだ。
それに対し、龍は創られた世界を『護る』と言う役割を持っていた。
護ると言う役割はその言葉の如く、世界に対する脅威を防ぐ事。
だから、龍は神話の時代に世界を滅ぼそうとした魔と戦ったのである。
しかし、龍と魔が争った事により神は死ぬ事となり、世界に呪いがかけられた。
皮肉な話ではあるが、今の時代では世界に呪いをかけた要因の一つとして龍の存在があげられている。
神話の時代から1億もの時が過ぎ去り、その話も伝説と昇華されてしまった今では龍が世界を護ると言う存在だなんて信じている人間は殆どいないと言うべきだろう。
それはウォーティスのようにレジェンドアームを使う事の出来る人間ですら例外ではない。
「そうだぜ、カイン。龍は確かに力を持った存在だってのは聞いてるが……それはあくまでも神話での話だろ?
実際に龍はこうして、暴れてるんだ。ウォーティスの言っている事は何も間違っちゃいない」
無論、晃一もウォーティスと同じ意見であった。
現実に龍はアルカディアの脅威となっている。
神話で語られていた龍の事など偶像に過ぎないのだ、と晃一はそう思ったのだ。
「だけどっ……!」
だが、カインはそれでも龍が意味もなく暴れるはずがないと思う。
父親が言っていた事に嘘偽りは何一つない。
その事は父が死ぬその時までずっと、共に居たカインが一番良く知っている。
カインの父親は龍の事をまるで自分の事のように話していたのだ。
詳しい事までは聞けなかったが、父親が龍と何かしらの深い関わりがある事は間違いない。
例え、晃一やウォーティスが何と言おうとも、カインにとって龍とは脅威となるべき存在とは思えなかったのである。
「ふむ……カインは他の皆さんとは違う形で龍の事を知っているのですね」
カインが晃一やウォーティスの意見とは全く違う意見を持っている事を認めたエクストが頷く。
崩界の多くの人間が龍に対して良い印象を持っていない中でカインのように好意的な印象を持っている人間は貴重だ。
「しかし……アルカディアに現れた龍はカインの言っている龍とは全くの別物です。
確かに龍はカインの言う通り、世界の守護者として存在していると言われていますが、この崩界に存在している龍は守護者の代役みたいなものでしかありません。
崩界の龍は神話に存在していた龍が自らの力を分けて生み出した化身とも言うべき存在だからです」
「龍の化身ですか……?」
カインはエクストの違う言い回しに首を傾げる。
龍の化身とはどういった意味なのだろうか。
「ええ、そうです。神話の時代に眠りについた龍は崩界に自らの化身を守護者として置いたのです。役目を果たす事が出来ない身の代わりとして。
ですが……何故、その守護者の代役として存在しているはずの龍が目覚め、破壊活動を始めたのかは解りません。
流石に私も全てを知っていると言うわけではありませんからね」
「……なるほど」
エクストの説明にカインは父親から聞いていた龍とは違うと言う事を理解する。
カインの父が言っていた守護者と言う存在の龍ではないと言うならば、納得も出来る。
それも守護者の化身でしかないと言うのならば。
「だからこそ、カインの言っている龍の見方と言うものは変わっていると思いますけどね。
カインの父君は龍とは浅計らぬ因縁があったと聞いていますが……カインが龍に対して他の方々とは違う印象を持っているのはそのためでしょう。
2人ともそう悪く言うものではありませんよ」
「そうか……悪かったな、カイン」
「すまなかった、カイン君」
エクストに諭され、カインに謝罪する晃一とウォーティス。
流石に先程の言い分は悪かったと思ったようだ。
「いえ……僕の方こそすいませんでした。思わず、熱くなってしまって……」
「……気にしなくて良い。私達が神を敬うのとカイン君が龍を敬うのは同じようなものだ。食い違いがある事は当然の事だ」
「はい」
カインはウォーティスの謝罪に頷く。
ウォーティスの言っている事は正しいからだ。
自分が龍を敬っているようにウォーティスは神を敬わっている。
また、崩界の人間が龍の事を忌み嫌っているのも間違った事ではない。
崩界は神が最も影響力を持っている世界で、龍の影響力はそれに比べて弱い。
龍が強い影響力を持っているのは崩界とは違う世界だと言われている。
そのため、崩界において龍の存在は否定的だ。
晃一やウォーティスが龍に対して、悪い感情を持っているのは無理もない。
カインが例外なのである。
だが、カインの意見も間違っていると言うわけではない。
龍を敬っている人間は決してゼロではないのだから。
「それで、どうするんだ? 龍がアルカディアで暴れてんなら急がねぇと不味いぜ」
「……うん、解ってる。エクストさん、何とか出来ませんか?」
とりあえずのところで互いの言い分を受け止めたところでカインはエクストに方策を尋ねる。
現状はアルカディアに瞬時に行くための転送魔法は使用禁止となっている。
しかし、龍が暴れていると言う状況を踏まえると早急にアルカディアへと向かわなくてはならない。
「そうですね……送る事に関しては大丈夫です。私が何とかします」
「……すいません、助かります」
だが、幸いにしてエクストが名乗りを上げてくれる。
エクストはアルカディア屈指の魔導士。
自分の力だけで転送魔法を使用する事が出来るほどの人間なのだ。
転送魔法は必要とされる魔力が非常に多く、自分の力だけで使用出来る人間は少ない。
崩界の人間の中でも数人ほどしか存在しないのである。
「では……早速、皆さんをアルカディアまでお送りします。準備は良いですね?」
この場に居る全員を見ながら、エクストが確認を取る。
もう、このままアルカディアに行くとなれば後戻りは出来ない。
アルカディアからは動けないだろう。
「はい、大丈夫です」
その言葉にカインが代表して答える。
エクストに問われずとも、既に覚悟の上である。
目的はアルカディアに向かう事。
例え、龍が出現しているのだとしてもそれは変わらない。
アルカディアに危機が訪れているのならば、放っておく事なんて出来はしないのだ。
助けると言う事に理由なんてものは必要ない。
そのために自分の手が届くのならば、幾らだって手を差し伸べる。
カインにはアルカディアを見捨てると言う選択肢なんて微塵にも存在しなかったのである――――。
From FIN 2011/5/29
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