「ああ? それを言ったらフィーナの嬢ちゃんもそうじゃねぇか」

 カインの行動に感心しているウォーティスに対し、晃一がフィーナを指差しながら言う。
 晃一とウォーティスがやり取りをしている間にフィーナは本を開きながら、小声で呪文を唱えている。
 目を閉じて、周囲から完全に隔離されているかのように集中しているフィーナは本に書かれた魔法を読みあげる。
 その様子は晃一とウォーティスですら割って入る事は出来ない。
 フィーナはそれほどまでに集中力を高めている。
 何しろ、今のフィーナの周囲には近付くだけでも弾かれそうなほどの魔力が集まっているからだ。
 恐らくウォーティスと晃一がフィーナの事を話している事など全く気付いていない。
 いや、それどころか2人の姿は全く移っていないだろう。
 フィーナはとにかく、魔力を集中させる事に精神を向けている。
 魔法に集中している姿はカインが剣を振るっている時の姿に似ているのかもしれない。

「……そうかもしれないな」

 フィーナの様子を見ながらウォーティスは軽く笑みを浮かべる。
 幼い頃からフィーナの事は傍で見てきたが、こうして本を読みながら魔法に集中している姿を見るのは日課となっていた。
 余りにも自然に魔法の訓練を行っているフィーナはカインと全く変わらない。
 成人を迎えたばかりの若い少年、少女の姿を見てウォーティスは満足気に頷くのだった。

















龍殺光記レジェンドアーム
















 ――――次の日










「お願いします、ウォーティスさん」

「ああ。何処からでも打ちかかってこい、カイン君」

 早朝からカインとウォーティスが自らの得物を構えて向き合っている。
 カインが構えるのは愛用の鋼の剣。
 ウォーティスが構えるのはレジェンドアームであるウォーレティス。
 ウォーレティスは水属性の力が込められた剣で、選ばれた人間にしか使う事が出来ない物である。
 レジェンドアームの一つと言うだけあり、強度も斬れ味もカインの持っている鋼の剣とは段違いだ。
 武器として言えば格が違うとでも言うべきだろう。
 例えば、鋼の剣で竜を斬るにはカインのようにひたすら、剣術や体術を極めるしかない。
 カインの場合は魔法が遣えないがために剣一筋で鍛え上げてきたのだ。
 剣や身体能力に特化しているからこそ、鋼の剣だけで竜とも戦えるのだと言っても良い。
 だが、ウォーレティスであればそんな事は関係ない。
 竜であろうが魔物であろうが容易く、一刀両断に出来る。
 鋼の剣とは斬れ味そのものが違いすぎると言っても良い。
 魔法金属であるミスリルと水の力が込められた鉱石で創られたウォーレティスは今の時代では創る方法が殆ど解らないほどだ。
 剣に込められた魔力の量も通常の武器とは段違いで、同じように水の魔法が込められた剣と打ち合えば瞬く間にウォーレティスが勝ってしまう。
 魔法の剣と言う分類の中でもウォーレティスは頂点に位置するほどの剣であり、対抗出来るのは同じレジェンドアームしかない。
 カインの持っている鋼の剣が如何に業物であろうとも、比べる方が酷と言うものだろう。

「いきます!」

 だが、カインはそれに臆する事は全くない。
 元より鋼の剣だけで竜と戦ってきたカインからすれば相手の方が格上と言うのは普通の事だからだ。

「はああっ!」

 ウォーティスの打ちかかってこいと言う言葉に応じ、カインが袈裟斬りに挑みかかる。
 一撃。
 剣と剣がぶつかり合う鈍い音が鳴り響くが――――。

「っ!?」

 鈍い音と共にカインの剣が弾かれる。
 それも僅かに剣が触れ合っただけの瞬間に。
 竜や魔物をも両断するほどのカインの一撃――――。
 それはウォーティスとウォーレティスの前に易々と弾かれてしまう。

「どうした、驚いている暇はないぞ?」

 カインの一撃を容易く弾き返したウォーティスは余裕の表情である。
 今の一撃を弾き返したウォーティスは偶然で弾いたわけではない。
 カインが剣を振る前の動作から、振り抜く動作まで全てを見切った上で剣を弾いたのだ。
 あっさりとこのような事が出来るウォーティスの技量はカインを大きく上回っていると言っても良いだろう。
 これは決して得物の差というだけではない。

「解っています――――!」

 ウォーティスに促され、カインは更に斬りかかる。
 今度は正面からの突き。 
 突きは普通に斬りつけるよりも弾かれにくい。
 しかも、カインの突きは竜の鱗すらも貫いてしまうほどの威力と速さを兼ね備えている。
 タイミング良く弾いたとしても腕が痺れてしまう可能性は高いだろう。

「良い突きだ――――! だがっ!」

 しかし、ウォーティスはカインの突きを身を捩ってかわす。
 そして、そのままウォーティスは側面からウォーレティスをぶつけ、鋼の剣を弾き返す。
 カインの動きに対し、的確にウォーティスは一撃を防いでいく。
 傍目から見てもカインとウォーティスの力量の差は歴然としている事がはっきりと解るのだ。
 幾らカインが竜殺しが出来るほどの剣士であっても敵わない相手はいる――――。
 この立ち合いはそれを示唆するかのようなものであった。
















「か、カインさんは大丈夫でしょうか……」

 カインとウォーティスの立ち合いを見ながらオロオロとするフィーナ。
 何度か剣をぶつけあっている2人の様子を見たところ、カインの方が完全に圧されている。

「まぁ、大丈夫なんじゃねぇか? 嬢ちゃんが心配しないくらいには」

 心配しているフィーナに対し、晃一はつくづく冷静である。
 一見すればウォーティスが普通の剣ではなく、レジェンドアームであるウォーレティスを持ち出しているので本気で戦っているように見える。
 だが、ウォーティスがカインを相手にしながらも手加減をしているのは晃一の目からすれば明らかだった。
 もし、本気でウォーティスがカインと立ち合うのならば、数合ほど打ち合うだけで決着がつくからだ。
 カインとウォーティスの間にはそのくらいの力の差があると晃一は見ている。

「で、ですけど……ウォーティスの実力は私が良く知ってますし……。いくら、カインさんでも……」

 それにウォーティスの力は長年、共にいるフィーナが一番良く知っている。
 ウォーティスはただ、レジェンドアームが使えると言うだけの騎士ではない。
 レジェンドアームを使える条件の全てを兼ね備えた騎士なのだ。
 レジェンドアームに振り回されないだけの力、その力に溺れない心の強さ、汚れのない真っ直ぐな意志――――。
 そして、レジェンドアーム自らが持ち主として認めている人間――――。
 ウォーティスはそれら全てを兼ね備えている。
 人智を超えた武器であるレジェンドアームに選ばれると言うのは伊達ではないのだ。
 フィーナはそれを知っているためにカインの心配をしている。

「だが、あくまでもアレは訓練だ。間違っても戦闘じゃあない。それはカインもウォーティスも解ってるだろ」

「それは確かにそうですが……」

「だからよ、嬢ちゃんは心配しなくても大丈夫だ。じっくりと見てれば良い」

「……はい」

 カインと付き合いの長い晃一がそう言っているのならば大丈夫なのだろう。
 フィーナはその言葉に頷き、カインとウォーティスの立ち合いに目を戻す。
 晃一と話していた間にも2人の立ち合いは続いていた。
 カインが打ちかかる度にそれを容易く弾き返すウォーティス。
 正直、全く相手にすらなっていない。
 それは剣術に詳しくないフィーナが見ても明らかである。
 だからこそ、晃一はウォーティスが全力でカインをねじ伏せたりする事はないと言っているのだろう。
 晃一の言った意味を何となく理解しながらフィーナは2人の立ち合いを見つめる――――。
















「カイン君。一つ技を放ってこい。それで締めにしよう」

 打ち合いを続けるウォーティスはカインの様子を見ながら提案する。
 10分程度の短い時間の立ち合いではあるが、カインも少し息が上がり始めている。
 力の差が大きい相手と延々と打ち合い続けると言うのは想像以上に疲れるものなのだ――――精神的にも体力的にも。
 何しろ、一挙一動の全てがプレッシャーとして伝わるのだから。

「はい!」

 ウォーティスの言葉に応じ、カインは剣を構えて闘気を集中させる。
 闘気を集中させたカインが軽く剣を振るうと、瞬く間に剣の周囲に闘気による風が刃を形成する。

「ほう……これは凄いな」

 カインが闘気で風の刃を形成する様子を見て、ウォーティスは思わず驚いた。
 一部の達人であれば闘気を使う事の出来る人間もいると言うのはウォーティスも知っているが、流石に闘気で属性を操るのは目にした事はない。
 特定の血筋の人間のみしか扱えないこの術は世界でもカイン以外には使う事の出来ないものだ。
 それにカインが以前にウォーティスと会った時はまだ、この術を使う事は出来なかった。
 ウォーティスが見た事がないのも無理はない。

「いきます! ヴァーティカル――――!」

 カインが剣を一閃させる。
 その瞬間に闘気で形成された風の刃がウォーティスに向けて放たれた。
 目に見えない風の刃を防ぐ事は困難に等しい。
 魔法で形成された風の刃であれば魔力を感知する事で対処する事も可能だが、闘気の刃ではそうはいかない。
 闘気の刃は同じ達人と呼ばれるような人間でなければ察知する事は出来ないからだ。
 それに闘気の刃は魔法の刃とは違い、防御の魔法で防ぐ事も難しい。
 闘気には対魔力の効果があり、魔法が効かない相手にも効果があるため、簡単な防御魔法程度では一瞬で貫いてしまう。
 魔法で闘気を防げるような魔導士なんてそう多くはない。
 そんな真似が出来るのは余程熟練された魔導士か賢者と呼ばれるほどに魔法を極めた人間くらいだろう。

「むっ……!」

 だが、ウォーティスはウォーレティスを構えて真っ向から闘気で形成された風の刃を受け止める。
 対魔力を持つ、闘気の刃であってもウォーレティスの前には関係ない。
 レジェンドアームに対抗出来るのは同じレジェンドアームしかないのだ。
 例え、竜ですら斬り裂くほどのものであっても例外ではない。
 それにウォーティス自身も剣の達人であるため闘気の刃を見極める事が出来るのである。
 得物がレジェンドアームでなくてもカインの技を受け止める事は可能であった。

「はああっ!」

 カインのヴァーティカルを受け止めたウォーティスは裂帛の気合と共に剣を縦に一閃させる。
 ウォーレティスがその意志に応え、蒼く輝いたかと思うと闘気による風の刃を両断する。
 両断された風の刃は目に見えないままにふっと消えていった。
 ウォーティスはカインの技を見事に防いでしまったのである。

「……!」

 その様子を見届けたカインは無言で剣をゆっくりと鞘に納める。
 竜ですら斬り裂いてしまう遠当ての技であるヴァーティカルが通用しなかったのだ。
 それも真っ向から両断すると言う荒技で防がれてしまったのである。
 正直、尋常ではないと言っても良い。
 ウォーティスと言う人間とレジェンドアームであるウォーレティスの力――――。
 カインは水の騎士と言われるウォーティスのその名が伊達ではないと言う事を改めて実感したのであった。





























 From FIN  2010/12/29



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