「はああっ!」
カインのヴァーティカルを受け止めたウォーティスは裂帛の気合と共に剣を縦に一閃させる。
ウォーレティスがその意志に応え、蒼く輝いたかと思うと闘気による風の刃を両断する。
両断された風の刃は目に見えないままにふっと消えていった。
ウォーティスはカインの技を見事に防いでしまったのである。
「……!」
その様子を見届けたカインは無言で剣をゆっくりと鞘に納める。
竜ですら斬り裂いてしまう遠当ての技であるヴァーティカルが通用しなかったのだ。
それも真っ向から両断すると言う荒技で防がれてしまったのである。
正直、尋常ではないと言っても良い。
ウォーティスと言う人間とレジェンドアームであるウォーレティスの力――――。
カインは水の騎士と言われるウォーティスのその名が伊達ではないと言う事を改めて実感したのであった。
龍殺光記レジェンドアーム
「ありがとうございましたウォーティスさん。……完敗です」
ウォーティスとの手合わせが終わり、カインはゆっくりと剣を納めて礼の言葉を告げる。
必殺の剣であるヴァーティカルをあっさりと凌がれてしまい自らの実力の未熟さを感じる。
闘気を操る術を習得し、剣においても竜と戦えるまでになっていたのだがそれでもウォーティスには敵わない。
気を抜いているつもりも慢心しているつもりも微塵にもないが、水の騎士と言われるウォーティスは想像以上だ。
レジェンドアームを持つ人間と言うのはやはり誰もが凄まじい何かを持っている。
ウォーティスとの手合わせでそれをはっきりと実感させられた。
「いや、私こそ良いものを見せて貰った。カイン君、流石だな」
「はは……全く歯が立ちませんでしたけどね」
ウォーティスはカインの剣術を随分と評価しているようだが、あそこまで歯が立たなかった身としては複雑だ。
カインの剣術はウォーティスの足元にも及んでいない。
数合打ち合っただけでしかないが、自分のペースを掴む事は出来ず、受け流されるのみだった。
闘気に関してだけならばカインはそれに特化しているため、劣ってはいないかもしれない。
だが、純粋な剣術で劣っている以上は実力の差は隠しようもない。
逆にレジェンドアームの使い手であるウォーティスの格の違いと言うものを見せつけられただけだ。
「そんな事はない。正直、カイン君の若さでここまでやれるとは思わなかった」
しかし、ウォーティスは逆にカインの実力に驚きを覚えていた。
まさかここまでの腕前を持っているとは。
「正直……君が何故、レジェンドアームに選ばれないかが解らないほどだ」
寧ろ、成人を迎えたカインがどうしてレジェンドアームを使えていないのかが不思議に思えた。
元々よりレジェンドアームは数の少ない物ではあるが――――カインのように名の知れている剣士ならば持っていても可笑しくはない。
レジェンドアーム自体は一つと言うわけではないからだ。
事実、レジェンドアームと言う物はC級、B級、A級、S級と言うように大きく分かれていて、ランクに応じて幾つかの数が存在している。
但し、C級の物はレジェンドアームの中でも量産型とも言うべき物のため、目を見張るほどの力はない。
入手が比較的容易で、尚且つ世間にも割と出回っているC級の物はレジェンドアームと言うよりも優れた業物と言うべきだろうか。
残りのB級とA級のレジェンドアームは数が限られており、その数の合計は約20あるかどうかである。
A級のレジェンドアームは主に自然四属性の力が込めれたレジェンドアームが該当し、その中でも最高位に属する物を指し――――。
B級のレジェンドアームはガンブレイクを始めとするC級の物を一回りも二回りも上回った武器を指す。
また、A級のレジェンドアームから生み出された属性の力を持つ下位のレジェンドアームもB級に該当する。
要するにレジェンドアームとは基本的にB級以上の武器を指すが、限られた人間しか使えないと言うのは条件以外にもその数の少なさにもある。
また、残るS級のレジェンドアームについては4つしか存在せず、S級のレジェンドアームの使い手の全てが例外なく特定の人間が持っている。
このようにレジェンドアームと言う物は通常の武器とは大きく違うのだ。
そのために選ばれた人間や特定の家系の人間しか持っていないと言われているのである。
ウォーティスが見る限り、カインのような人間なら最低でもB級くらいの物を扱えるはずなのだが――――。
「まぁ、僕はレジェンドアームを扱えるだけの人間じゃないって事です。ウォーティスさんやフィーナとは違います」
カインはウォーティスの言葉をやんわりと否定する。
別に嫌味で言っているわけではない。
カインは自分でもそう思っているのである。
レジェンドアームに選ばれるなんて在り得ない――――何故なら。
「僕はこの崩界においては異端ですし……レジェンドアームを使える家系でもありません」
「そう、だったな……」
カインの言葉にウォーティスは何も言えなくなる。
そう――――カインはこの崩界においては異端とも言うべき存在なのだ。
一切の魔法を使わず、単身で竜と戦うのを旨とする剣士。
魔法や銃を持つ事が前提の崩界において、カインは何処までも異端な存在だった。
崩界において誰も使う事の出来ない術を用い、優れた身体能力で竜や魔物を圧倒する。
これはある意味で常識とはかけ離れていると言っても良い。
それに闘気で属性を操る術は他の人間には一切、使う事が出来ないのだ。
現状においてもカインは特別な物を既に持っていると言っても良いかもしれない。
カインがレジェンドアームを扱えないと言っている理由の一端であろう。
そもそもウィルヴェントと言う名前自体がレジェンドアームを持っている家系ではない。
カインの父親とカインの2人以外にはウィルヴェントと言う名前の人間はこの世に存在しないのだ。
レジェンドアームを持っている家系であると言う以前に元からレジェンドアームとは関係ない家系であると言えるだろう。
それを踏まえれば、崩界に存在するレジェンドアームとは縁がないとも考えられなくもなかった。
「……君がそう言うのならこれ以上は言わない事にしよう。すまなかった」
何れにせよ、カインがレジェンドアームを使えない事実は変わらない。
レジェンドアームを使う事の出来るウォーティスがこれ以上尋ねるとそれは失礼に値する。
もしかすると、レジェンドアームを使えない事に何か思う事がある可能性だって考えられる。
ウォーティスはカインとの話題をここで打ち切る事にする。
余計な話はこれ以上、続けるべきではない。
今回はあくまで立ち合いをしていただけなのだから。
「しかし、それを差し引いても君の剣術は既に一人前だな。これからも剣の腕を磨けば私を超えるのもそんなに遠くはないだろう」
「ウォーティスさん……」
「後は君次第だ。カイン君」
カインとの話を切り上げ、ウォーティスはフィーナ達の下へと戻る。
純粋な剣においてならば自分すらも何時かは上回るであろうカインの力量に満足した様子で。
「おぅ、ウォーティス。カインはどうだ? 凄げぇもんだろ?」
ウォーティスの様子に気付いている晃一がニヤッと笑みを浮かべながら尋ねる。
「ああ。正直、あれほどの腕前だとは思わなかった」
「だろ? 俺もカインの剣は見させて貰ったが、アレは寒気すら覚えるぜ」
ウォーティスの返答に対し、晃一もカインの力量の事は知っているため、それに同意する。
カインの実力はまだまだ未知数であり、先がある。
「今はあいつはレジェンドアームを持ってねぇが……もし、あいつに使えるレジェンドアームがあったとしたら……」
だからこそ、カインがレジェンドアームを使えるとすればそれは大きな事である。
他の誰にも遣う事の出来ない術を持つ、カインにレジェンドアームと言う強大な力が合わされば――――。
「それは大きな力となるだろうな。それも、私達が思う以上の」
「……だな」
ウォーティスの言う通り、想像以上の力を身に付ける事になる。
闘気で属性を発現させ、レジェンドアームを振るう。
対魔力を持ちながら、竜をも斬り伏せる剣術と合わされば、どれほどの力となるかは解らない。
「だが……カイン君に合うレジェンドアームが無い。彼は魔法を遣う事も出来なければ、銃を使う事も出来ないからな」
しかし、ウォーティスはカインに合うレジェンドアームが”無い”と言う。
例えば、自然四属性のレジェンドアームはそれぞれが特定の家系に伝わる物であり、下級の物も属性に合った魔力がなければ使う事も出来ない。
また、B級に該当する属性の力を秘めていないレジェンドアームは銃のように特殊な機構をしたものが基本で通常の剣と言う物は殆ど存在しない。
それにカインの得物である剣に当たるB級のレジェンドアームも既に持ち主が特定されているため、既に残っている物はない。
「そうだな。俺もカインと同じように魔法を使えねぇが……銃なら使う事が出来る。だが……」
「ああ。その点を踏まえてもカイン君はレジェンドアームを使う事が出来ない。銃のレジェンドアームも既に持ち主が確定している」
「……だな。銃のレジェンドアームは2つしか存在しねぇ。俺のガンブレイクともう1つのヤツは他の人間が持っているからな。
一応、魔法銃と呼ばれるレジェンドアームもあるが、そっちも持ち主が決まっちまってる。……お手上げだな」
更に晃一の言う通り、純粋な銃のレジェンドアームは2つしか存在せず、魔法銃と呼ばれている者も持ち主が決まっている。
元より、複雑な構造をしている銃は剣や槍、斧、弓などのような武器とは大きく違う。
それ故に数が少ないのだ。
銃は鍛冶師でも創る事は出来ず、特別な技師にしか創る事が出来ない。
それもレジェンドアームともなれば更にそれは限られてしまう。
今では創る方法が解らないとされるレジェンドアームは剣ですら創る事は不可能と言われている。
だから、銃のレジェンドアームを創りだす事も出来ないのだ。
何れにせよ、カインに合ったレジェンドアームは存在しないのは事実である。
「残念ながらカイン君には縁がないのだろうな……やはり」
ウォーティスはそれをつくづく残念に思うのだった。
「カインさん。お疲れ様です」
ウォーティスが戻って来たのを確認したフィーナがカインに駆け寄る。
先程から2人の様子をずっと見ていたためか、漸く手合わせが終わった事に安堵している様子だ。
「ありがとう、フィーナ」
手合わせを見守ってくれていたフィーナに礼を言うカイン。
ずっと手合わせを見ていたフィーナには心配をかけてしまっただろう。
カインはそれを察し、大丈夫だと軽く手を振る。
「ふふっ……凄かったですよ。カインさん」
カインの様子に安心したフィーナは柔らかく微笑む。
先程までの立ち合いは本当に凄いものだったとフィーナは思った。
カインはクレセント随一の力量を持つウォーティスと真っ向から剣を合わせる事が出来たのだ。
実力においては遠く及ばなかったとはいえ、ウォーティスと戦えるだけの力量があると言うカインは凄いと思う。
「いや、フィーナには恥ずかしいところしか見せられなかった。僕もまだまだだよ」
また、カインは謙虚な気質らしくフィーナの賞賛の言葉をやんわりと否定する。
手合わせが終わった後のウォーティスとのやり取りでもカインは否定していた様子であったし、余程謙虚なのだろう。
それとも、単に自分に厳しいだけか。
「カインさんは自分にとても厳しいんですね。そう言うところ、羨ましいです」
「そうかい?」
「はい」
しかし、フィーナはカインが自分に厳しいと言う事を羨ましいと言う。
カインのように自分を高める事に一途な人間は例外なく大成する。
自身も水の魔導士として自分を磨いく日々を送っているだけに自らには厳しくしているつもりだ。
だけど、カインのようにひたすらにとは出来ない。
もしかするとカインは珍しいタイプなのかもしれない。
「っと……こんな話ばかりじゃ、疲れちゃいますよね。そろそろご飯にしましょう?」
「あ、うん。解ったよ」
このまま話を続けていてはきりがないと判断したフィーナは話の方向を転換する。
どうもカインとは真面目な話ばかりになってしまっていけない。
「もう準備は出来ていますんで。後はカインさんが席につけばご飯ですよ」
「うん、ありがとう」
カインはフィーナの言葉に甘えて後に続く。
ウォーティスとの手合わせがあったせいか既にお腹も大分すいてしまっている。
実際にはそれほどの時間は経っていないはずだが、自分で思っていた以上に時間は経過していたらしい。
カインはフィーナの心遣いに感謝しながら準備された席へと向かうのだった。
From FIN 2011/1/29
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