「だったら、僕も気兼ねなく戦える。君になら後ろは任せられそうだ」
フィーナの力を認めたカインは彼女に後方支援を任せられると判断する。
元より、剣しか得物を持っていないカインでは戦闘では前に出るしかない。
後ろが不安と言う事であれば立ち回り方も随分と難しくなる。
だから、フィーナが充分な力を持っている事は有り難かった。
後方と言うのは信頼出来る仲間じゃなければ守れないからだ。
「はい、任せて下さい!」
フィーナもカインが認めてくれた事を嬉しく感じる。
カインが再会して間もない自分をここまで信頼してくれているのだ。
友人としてもそれは嬉しい事である。
それにカインとはこのままアルカディアまで行動を共にするのだ。
変にぎくしゃくしてしまっては元も子もないし、足を引っ張るなんてもっての外でしかない。
だから、カインが信頼してくれているのが嬉しかったのである。
今のフィーナは足を引っ張るだけの存在じゃないのだから――――。
龍殺光記レジェンドアーム
「レーバストまではまだ距離もあるし……今日はこの辺りで野宿かな」
賊を片付けながらレーバストの街まで向かう途中でカインが提案する。
時刻も日が沈み始める頃で、まもなく夜となる時間帯。
魔物の動きが活発になる夜に旅をするのは下手をすれば命取りとなりかねない。
いくら、カインや晃一が道筋を解っているとはいえ、道筋を知らない人間と一緒に動くのでは勝手が違う。
下手をすれば逆に逸れてしまう可能性も考えられるからだ。
それにレーバストに到着するまでは数日はかかる。
どんなに頑張っても今日中に到着するのは不可能だった。
「そうだな。レーバストにはどうやってもまだ、着かねぇしな」
その提案に晃一が頷く。
カインと同じく、レーバストまで行った事のある晃一はどれくらいの道のりがあるのかを知っている。
現状ではそうするしかないと言う事を理解していた。
「ふむ……2人がそう言うのであれば間違いないか。……私も同意する」
「私もです」
フィーナとウォーティスも今夜はここで野宿する事に賛成する。
流石にレーバストの場所は知っていても道のりがどのくらいあるかまでは解らない。
カインや晃一の方が詳しいのだからそれに賛成するのは当然だった。
「なら……早速、準備しようか」
そう言ってカインは1つの袋と石を取り出す。
「あ、カインさんもやっぱり持っているんですね」
「旅をするには必需品だからね」
カインが取り出した物は特殊な魔法がかけられた道具袋と簡易的な結界を張る事が出来る石である。
これらの道具は旅をする上では必需品であると言っても良い。
例えば、旅をする上では多くの道具が必要になってくるが、そのまま持ち歩いたのでは荷物が嵩張ってしまう。
そう言った事情を解決するのがこの特殊な魔法がかけられた道具袋である。
この道具袋は大量の道具などを収容する事が可能で、持ち運びにも困らないほどの大きさでしかない。
更に魔法金属の一つであるミスリルで編み込んであり、非常に軽くて丈夫に出来ている。
ミスリルは主に武器や防具に使われている金属で、軽く強度も優れている上に加工もし易い。
その加工のし易さは同じ金属である鉄とは歴然としており、銅のように打ち延ばせてガラスのように磨けると言われている。
こう言った側面からして、ミスリルは金属の中でも取り扱いに優れていると見るべきだろう。
鉄を鍛えに鍛える事で漸く生み出される鋼とは対照的とも言える。
特に大きな違いを挙げるとすればミスリルは溶かして加工する事により、糸を作り出す事が出来るほどなのだ。
鋼では溶かしても糸などは決して作る事は出来ない。
これだけでもミスリルが鋼とは違って、段違いに加工の幅が広いと言う事は明らかだ。
また、他の特徴として魔法を施したりする事にも向いている事から魔導士の身に付ける装飾品などに多く用いられている。
そのためか魔法を施した特別な道具にもミスリルの糸で編み込んだ道具なども存在し、カインの持つ道具袋もその一つである。
この特徴から魔法の銀とも呼ばれている。
カインの持つこの道具袋は持ち運びに便利なだけでなく、多少の無理をしてもまったく破れる事はない。
何しろ、魔法ですら平気で耐えてしまうほどなのだから。
カインのように魔物や竜と戦う事の多い旅人からすればこれほど都合の良い、道具袋は存在しないだろう。
しかも、食糧の保存なども出来るため普通の旅人にも重宝されている。
余りにも便利なためか、長旅をする上では常にお供として持っていくのが常識とまで言われているほどだ。
それにもう一つの道具である石も野宿をする場合に非常に役に立つ。
簡易的な結界を張る事が出来るこの石だが、主に魔物避けの効力と保温の効力を持ち合わせている。
謂わば、安全に休める結界を張る物――――結界石とでも言うべきだろうか。
野宿する上では魔物に襲われる事もあれば、余りの暑さや寒さに野宿する事が出来ない場合もある。
この結界石はその両方の問題を同時に解決する事が出来るのだ。
そう言った意味ではミスリルの袋と同じく、必需品だと言えるだろう。
だからフィーナもカインと同じ物を持っていたりするのだが、それも当然なのかもしれない。
旅をする上で万全の準備を整えるのは当然の事なのだから。
「さて、と……僕はちょっと剣を振ってくるよ」
野宿の準備を終えたところでカインは一日の締めである剣の訓練に行く事を告げる。
「おぅ、行ってこい。ただ、魔物には気をつけろよ」
「……うん」
カインが剣の訓練中に不覚をとる事などは考えられないが、念のため晃一は気をつけるようにと言う。
普段の行動だからと言う慢心こそが不覚をとる最大の要因だからだ。
カインも晃一がそれを踏まえて一言告げてくれた事を理解し、頷く。
何時も自分で慢心する事の愚かさを戒めているために他の人からの忠告は尚更ありがたい。
晃一の言葉を背に受けてカインは結界の中から出て行くのだった。
「ふっ――――! はぁっ――――!」
一行から離れたカインはひたすらに剣を振るう。
袈裟斬り、振り下ろし、薙ぎ払い、突き、斬り抜け――――どれも剣で相手を殺すための手段。
カインは一連の動作を流れるように行っていく。
剣は振り方一つでも相手によっては大きく変わる。
竜が相手の時は懐に飛び込んで斬り抜くか、突きで一気に貫く。
人間が相手の時は袈裟斬り、薙ぎ払いで斬り捨てる。
魔物が相手の時は振り下ろしで一刀両断にする。
一概に型が決まっているわけではないが、相手によって比較的多く行う動作と言うべきか。
例えば竜と戦う時は僅かな躊躇いが命取りにしかならないし、魔物が相手の時は一撃で仕留めた方が後が楽だ。
人間が相手の時は相手が同格以上でなければ基本的に一度の交錯で決着がつく。
だが、実際には例外とも言えるべき相手もいるため、そう上手くはいかない。
今のカインの実力ではウォーティスに勝つ事は不可能だし、晃一に勝つ事も難しい。
竜殺しが出来る=どんな人間にも引けを取らないと言う事にはならないのだ。
だからこそカインは竜や魔物と戦う事だけを前提とした剣技ではなく、対人戦も踏まえた剣技を磨いている。
どんな相手と戦うにしろ、咄嗟に対応出来なければ如何にもならないからだ。
これは一人旅を続けてきて肌で感じ取った事である。
何事も常日頃からの積み重ねなのだ。
カインはそれを踏まえて黙々と剣を振るうのだった。
「カイン君は……何時もああなのか?」
先程のカインと晃一とのやり取りが終わったところでウォーティスが口を開く。
「ああ、アイツは毎日あんな感じだ」
「ふむ……まだ、成人したばかりで若いのに大したものだ」
カインが出て行った方向に視線を向けながらウォーティスは感心する。
集団での旅の途中だから気負っているのかと思ったがどうやらそうではないらしい。
晃一からもカインは元々からああだと断言されれば間違いはないだろう。
カインは相当に剣の訓練に熱心だ。
しかも、12歳であれだけ剣を扱える事を踏まえれば経験だけではなく、才能も恐ろしいほどに秘めている。
なのに決して努力を怠らない。
「カイン君のような人間は凄まじく伸びるぞ。コウイチ君」
ウォーティスは確信する。
直向きに努力をする姿勢を持ち、自らの才能の上に決して胡坐をかかない。
ああ言った人間は凄まじいほどの力を身につけられる。
勿論、才能がなくとも努力すれば相応の力を身につけられる事も知っているが、カインの場合はそういった型から外すべきだろう。
カインのような気質の人間は才能があろうが、なかろうが関係ないからだ。
実際にカインは剣術に対する才能は持ち合わせていても、この崩界では常識とされる魔法の才能は全く持っていない。
ある意味で極端な人間なのである。
だが、カインは自分の持っている資質の方向を見定め、一途に伸ばし続けている。
自身が身につけられる技術をひたすらに磨き、心を高めているのならば強くなるのは当然の事であった。
「ああ? それを言ったらフィーナの嬢ちゃんもそうじゃねぇか」
カインの行動に感心しているウォーティスに対し、晃一がフィーナを指差しながら言う。
晃一とウォーティスがやり取りをしている間にフィーナは本を開きながら、小声で呪文を唱えている。
目を閉じて、周囲から完全に隔離されているかのように集中しているフィーナは本に書かれた魔法を読みあげる。
その様子は晃一とウォーティスですら割って入る事は出来ない。
フィーナはそれほどまでに集中力を高めている。
何しろ、今のフィーナの周囲には近付くだけでも弾かれそうなほどの魔力が集まっているからだ。
恐らくウォーティスと晃一がフィーナの事を話している事など全く気付いていない。
いや、それどころか2人の姿は全く移っていないだろう。
フィーナはとにかく、魔力を集中させる事に精神を向けている。
魔法に集中している姿はカインが剣を振るっている時の姿に似ているのかもしれない。
「……そうかもしれないな」
フィーナの様子を見ながらウォーティスは軽く笑みを浮かべる。
幼い頃からフィーナの事は傍で見てきたが、こうして本を読みながら魔法に集中している姿を見るのは日課となっていた。
余りにも自然に魔法の訓練を行っているフィーナはカインと全く変わらない。
成人を迎えたばかりの若い少年、少女の姿を見てウォーティスは満足気に頷くのだった。
From FIN 2010/11/27
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