「正直、悠翔を甘く見ていたかも。次は奥の手でいくね?」
 美由希さんの方も俺の動きに何かしら思うところがあったらしく、更に構えを変える。
 間違いない、これが美由希さんの本気だ――――。
 美由希さんから伝わってくる途方も無いほどのプレッシャーが俺にそれを実感させる。
 しかし、今の美由希さんの構えは俺も一度も見たことが無い。
 御神流の奥義なのは間違いは無いのだろうが――――全く予想もつかない。
「……覚悟して」
 構えを変えたと共に普段からは想像も出来ないほど鋭く俺に言い含める美由希さん。
 今から美由希さんがやろうとしていることはそれほどまでに恐ろしいのか。
 そう思いながら美由希さんの動きをじっと見極める。
 俺の様子を確認した美由希さんは一呼吸だけおいて此方の方を見据える。
 美由希さんが動く――――。
 いや、今度のはそんな生易しいものじゃない。
 恭也さんが奥義の極みを遣った時と同じような感覚が全身を駆け巡る。
 本当にこれは唯では済まないと俺の全身がそれを訴えてくる。
 俺が何とも言えないような感覚に戦慄を覚えているのを余所に美由希さんが動き始める。
 そして、次の瞬間に俺の目の前に映ったその光景は――――。
















 ――――一瞬の剣閃だけだった。























魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
















「な……!?」
 いったい、何が起こったのか全く解らなかった。
 美由希さんが動いたかと思うと一瞬で俺の意識の外からの斬撃に襲われた。
(何だ、今のは!? 完全に意識の外からと言うことは――――貫なのか?)
 しかし、今の美由希さんの動きは皆目見当もつかない。
 そもそも、御神流の奥義に今のような技があったのだろうかと言う疑問すら湧いてくる。
「小太刀二刀御神流、正統奥義・鳴神――――。今のが私の遣った奥義だよ」
 そんな疑問を持った俺に対して美由希さんが今の奥義を教えてくれる。
「正統奥義、鳴神……」





 ――――小太刀二刀御神流、正統奥義・鳴神





 小太刀二刀御神流に伝わると言う正統奥義。
 それは表の御神家のみに伝わっていると聞いたことがある。
 美由希さんは御神流の剣士であり、御神不破流の剣士では無い。
 だから、美由希さんは正統奥義である鳴神を習得しているのだろうと思う。
「恭ちゃんにはあれがあるように、これが私の奥の手になるかな?」
 美由希さんはなんてことも無いように言っているが……正直、鳴神に関してはどう考えれば良いのか見当がつかない。
 とりあえずは……貫を基本としてなのか?
 いや、違う――――。
 貫の要素が強いのはあるかもしれないが……この奥義は神速を極めて漸く、初めて成立する奥義な気がする。
 だが、その場合は美由希さんのように神速を極限まで遣いこなせなくてはならない。
 御神流の正統奥義である鳴神は表の御神流にしか伝わっておらず、裏である不破流には伝わっていない。
 極意が解らないのはそう言った方向性の違いもあるんじゃないだろうか?
「もう、そんなに真剣に悩まなくたって大丈夫だよ」
「あ、はい。美由希さん」
 何時の間にか俺の頭の中は鳴神のことばかりで悶々としていて。
 本気で考え込んでしまっていたらしい。
 しかし、御神流の正統奥義ともなればそうなってしまうのも無理はないような気がする。
 武への追及とも言っても良い、この欲求は自分が剣士であることの証明かもしれない。
 それを喜ぶべきか悲しむべきか。
 どちらにしろ、今の俺には到底解らないものであると言うことだけは理解出来た。
 何時の日にかは俺も同じ領域に辿りつけるのだろうかとも思う――――。
 しかし、俺では美由希さんと同じ方向には進めないだろう。
 この奥義は美由希さんだからこそ遣うことが出来るものだ。
 それに俺は御神不破流の正統後継者である不破一臣の息子。
 父さんの後を継ぐのが筋目であり、御神正統の奥義を受け継ぐことは出来ないのだから――――。
















「2人とも見事な立ち合いだったわね」
「夏織さん」
 俺と美由希さんが立ち合いを終えたところで夏織さんが姿を現す。
 立ち合いを見ていたと言うことは先程からずっと俺達のことを見ていたのは間違い無かった。
「悠翔も良い判断が出来るようになってきてるわね。美由希を相手にあそこまで戦えるなら大したものだわ」
「……ありがとうございます」
「だけど、美由希が鳴神を遣うとは思わなかったわ。悠翔はそこまで強くなってた?」
「ええ。以前に立ち合った時とは別人みたいでしたよ? もしかしたら、今の悠翔は昔の恭ちゃんと同じくらいかも」
 いやいや、流石にそれは買いかぶりだと思います美由希さん。
 昔の恭也さんがどのくらいの剣士だったかは解らないが……恭也さんと同等の段階になっている自分なんて今一つ想像出来ない。
「美由希もそう言っているなら、悠翔も海鳴に来る前よりも力がついたのは確実ね。悠翔から見て実際のところはどう?」
「そうですね……奥義を教わったり、戦い方について教わったりもしていますけど……どうと言われるとそこまでの実感は湧かないですね」
 自分の視点から見てもそこまで俺が伸びたのかは解らない。
 しいて言えば、薙旋の遣い方を恭也さんに近づけることが出来たくらいだろうか。
 一応、虎切に関しても形が見えてきているが……完全な形とするには時間も経験も足りていない。
 まだまだ剣士としての先は長いのだと思う。
 結局のところは完全に習得出来ていなかった奥義はそのままの形でもあるわけだから……。
「ま、実際にはそんなものかしら。急激に伸びるなんて余り考えられなかったしね。でも……悠翔とすれば大きな出来事はあったんじゃない?」
「……はい」
 御神の剣士としての修行はある程度の前進であったと言う感じだが、俺個人としては大きな出来事があったとはっきり言える。
 高町なのはさんや八神はやてとの出会い――――。
 アリサ=バニングスや月村すずかとの再会――――。
 そして、フェイト=T=ハラオウンと言う大切な少女との邂逅――――。
 どれもが大切な出来事であり、大きな出会いと再会だった。
 こうしたことがあったと言うのも海鳴と言う地に導かれたからなのかもしれない。
 人との出会いや心境の変化と言うものは大きな影響を及ぼすと言うが……正にその通りだと思う。
 俺が短期間のうちに力をつけたのもこの地で出会った大切な人の存在が大きい。
 まぁ……少し無茶をしたような気もしなくもないが――――。
 これもこの海鳴に来て色々とあったからだろうと思う。
「だけど、もう……海鳴に居られるのも後少しね」
「……はい」
 だけど、夏織さんの言う通りこの海鳴に居られるのも後少しだ。
 美由希さんが帰って来た今、俺と夏織さんは香港に帰らないといけない。
「明後日にはもう、ここを立つわよ。悠翔は荷物をそんなに持ってきてないから準備は大丈夫よね?」
「……ええ。大丈夫です」
 俺は夏織さんの言う通りに頷くが、内心は大丈夫じゃない。
 確かに荷物はそんなに多くなかったから既に片付け終わっている。
 元々から何時まで滞在するかは美由希さんが戻ってから数日後までと決まっていたからだ。
「だけど、悠翔はまだ、忘れ物があるみたいね」
 そう――――夏織さんの言う通り、俺には忘れ物がある。
 俺はまだ、彼女に帰ると言うことを伝えていない。
 誰よりも大切な人、フェイト=T=ハラオウン――――。
 俺は彼女にこのことをちゃんと伝えなくてはならない。
 だけど……このことをフェイトが聞いたらどんな反応をするのだろうか。
 そう考えると帰ると言うことを伝えるのを躊躇ってしまう。
「悠翔、フェイトちゃんの所に行ってきなよ。悠翔にはちゃんと彼女に伝える義務があるはずだから」
「……はい、美由希さん」
 躊躇っている様子に気付いたのか美由希さんが俺の背中をそっと押してくれる。
 美由希さんの言う通り、俺には彼女に伝える義務がある。
 このまま黙って香港に戻ったとしたら彼女はどんな表情をしてしまうのか。
 どう考えても悲しませてしまうのは間違い無いと思う。
 心を通わせた彼女には絶対にそんな表情はさせたくない。
 だけど、伝えたとしても結局は彼女に寂しい思いをさせてしまう。
 しかし、俺に選択肢と言うのは残されていない。
 彼女に――――フェイトに別れを伝えること。
 それが俺のしなければならないことであり、伝える義務だ。
 暫しの思案の後、決断した俺は美由希さんと夏織さんに見送られて道場を後にするのだった。
















「あ……悠翔」
 私がはやてに色々と弄られて暫くの後、雑談をしていた私達のところに悠翔がやってくる。
「……フェイト。それに……なのはさんもはやても居るんだったらちょうど良いな」
 そう言って私の隣に腰を下ろす悠翔。
 悠翔がこうしてここに来たのは道場で美由希さんと御話をしていたのはもう終わったからみたいだけど……悠翔の表情には若干の陰りが見える気がする。
「悠翔君。何か御話でもあるの?」
 陰りのある表情をしている悠翔に対して話を切りだせない私になのはが先に悠翔に尋ねてくれる。
 本当はなのは達も悠翔には色々と聞きたいことがあるんだろうけど……悠翔の様子からそうじゃないと言うことを察したみたい。
「ああ。そうなんだけど……まずはなのはさんとはやての話から聞くよ。言いたいことがあるんだろ?」
 だけど、悠翔は先になのは達からの話を聞くと言う。
 さっきからなのはとはやては悠翔に何か言いたいことがあったみたいだし……悠翔もそれに気付いてくれたのかもしれない。
「まぁ……そうやな。って言ってもフェイトちゃんがああ言ってたんやから私達に悠翔君をどうこう言うつもりは無いんやけど……」
「うん。今回のことはフェイトちゃんから全部聞いてるしね」
「だから私達の言えることは……」
 なのは達は私から今回の事件のことは全て聞いている。
 結果としては思うところがあるんだと思うけど……2人はもう、何処かで納得している。
 だから、悠翔に言いたいことなんて余り無いとは思うんだけど……?

「「フェイトちゃんを助けてくれて有り難う」」

 なのはとはやての口から紡がれた言葉は悠翔への感謝の言葉。
 悠翔にはその言葉が余りにも意外だったのか驚いた様子をしている。
「そんなに驚かんでもええのに……」
「い、いやっ……すまない。なんと言うか……俺の性でこうなったのに感謝されるとは思わなくて」
 はやてに呆れられて慌てて謝る悠翔。
 でも、今回の事件のことを考えたら悠翔の反応は当然かもしれない。
「まぁ、確かに結果としては私らとしても残念なやけど……フェイトちゃんが無事やったのは悠翔君の御蔭やしな」
「はやて……」
「だから、悠翔君の事情があったとしてもそれは気にせんでもええよ」
「……有り難う、はやて」
 はやての言葉に頭を下げる悠翔。
 本当にはやての言葉は予想してもいなかったみたい。
 私もはやて達が今回の件においてこう思うなんて考えてもいなかった。
 はやての言葉を聞いて少し驚いた様子を見せた後、悠翔は言葉を探している様子を見せる。
 もしかしたら、さっきの言いたいことについての言葉を探しているのかもしれない。
「フェイト……良く聞いてくれ。なのはさんもはやてもだ」
 少しの間があった後、悠翔がゆっくりと口を開き始める。
 その様子は余りにも真剣で……でも、何処か悲しそうで……。
 理由は解らないけれど、何処か不安になってしまう。
(悠翔……?)
 不安に思った私は悠翔の顔を覗き込む。
 悠翔は私のことをじっと見つめていて――――その視線は全く揺らいでいない。
 そんな悠翔の様子を見て、私は思わず胸がとくん――――って高鳴る。
 私が思わず頬を熱くしてしまっていると……漸く、ここで悠翔が口を開いた。
















「明後日、香港に帰ることになった――――」
















 何時かは言われるということが確定していた悠翔からの言葉――――。
 解っていてはいたのだけれど……まだ私はそのことを聞き届ける覚悟は出来ていなかった。

 悠翔が香港に帰ってしまう――――?

 それは当然のことだったのかもしれなかった。
 だけど、そのことは私との別離を明らかにしていて――――。
 その瞬間、私の目の前は真っ暗になった――――。




































 From FIN  2009/12/20



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