魔導殺し事件――――。

 管理外世界に手2度に渡って起きた魔導師が全滅したと言う事件――――。
 その結果が齎したのは果たして何だったのか。
 このことは1人の少女のみがその事件の顛末を知っている――――。
 しかし、この少女は管理局と関わりの無い道を歩むことを決めた。
 少女からは詳細が語られることも無く、こうして多くの死傷者を出したこの事件は一応の終結を見た。
 結果として関わった魔導師は全滅したが、任務は達成したと言うことにより全てが闇に葬られることになった。
 この事件に関わった執務官、フェイト=T=ハラオウン――――。
 少女はいったい、何をこの事件で見たのか――――。
 少女からは何も伝えられることは無かった。
 そして、その背景には1人の少年があったと言うことも含めて――――。
 結局のところは真相は誰にも解らないままであり、任務自体も完遂されたと言うことでこの話は自然と経ち消えていく――――。
 新たにこの地球と言う世界が管理局ですら手に負えない世界であると言う明確な認識を与えると共に――――。
 こうして、魔導殺し事件と呼ばれた事件は人々に知られることは無く、その背景にいた少年と少女の存在も闇へと消えていくのであった。























魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
















「ふ〜ん……私がいない間に随分と色々なことがあったんだね」
 俺からの説明を聞いて頷く一人の女性――――高町美由希さん。
 美由希さんは恭也さんの従妹にして、俺にとっては従姉と言う関係にある。
 今回の件の時は母親である美沙斗さんに招かれて、俺と入れ替わりと言う形で香港へと出向していた。
 だから、俺が説明した段階で魔導殺しの事件のこともフェイトとの間に色々とあったことも初耳だ。
「フェイトちゃんのことは残念だったけど……悠翔の方は一臣さんのことに決着をつけられてる。だから、一応は解決してるってことで良いのかな?」
「はい、そう言っても良いと思います」
 自分でも言っている通り、魔導殺しと言われていた父さんに関係する事件に一応の解決が見られたことで俺の方も漸く、一段落ついたと言う感じになっている。
 フェイトの方もごたごたしていたけど、何とか話の方も纏まりそうらしい。
 後はなのはさん達にどう説明するかだけど……それについては今日の間に済ませてしまうつもりらしい。
 本当は俺も同行するべきだったのだろうが、フェイトからは「私だけで大丈夫」と念を押されてしまった。
 と言うことで俺の方はこうして、帰って来た美由希さんと一緒に道場で話をしているのだった。
 今回の件では結局、証拠不十分であると言うことから俺が関わったと言うことは明らかにされなかった。
 しかし、この事件に関わった魔導師の中で唯一人の生存者であるフェイトは事件の内容の一切を明らかにせず、魔導師を辞めることでその責任を負った。
 俺に関する証拠も無く、フェイトの置かれている立場からすれば何かしらの責任を負うしか無かったとは言え……残念な結果であったと思う。
 その半面、フェイトが魔導師としての自分のことよりも俺のことを選んでくれたのが嬉しかった。
 俺を選ぶためにここまでの行動を起こすなんて……フェイトは自分が想っている以上に俺のことを想ってくれていた。
 そんな彼女の想いを俺は汲み取らなくてはいけない。
 だから、今回の結果のことについては何も言わない。
 フェイトだってそれを解っていることだと思う。
 御互いに想いを通わせた者として――――。
















「さて、と悠翔の話も聞けたことだし……そろそろ、やろっか?」
「はい、美由希さん」
 美由希さんに事件のことの全てを話したのは当然のことだが、こうして久しぶりに会った以上はやることも決まっている。
 今回の件で利き腕の手術も終わって経過も良好であると言うことで俺の方も既に再び剣を取れる状態になった。
 以前に比べても利き腕を存分に扱えると言うのは本当に素晴らしいことだと今更ながら実感している。
 まぁ……流石に遣い過ぎると多少の痛みは尾を引いたりするのだが。
 とりあえずはもう、剣を振るっても問題は無いくらいにまで治っている。
 元々から左腕を鍛えていたと言うのも多少は影響しているのかもしれない。
 逆に遣い過ぎたからこそ手術をしなくてはいけなくなったとも言えなくもないが……。
 そんなことを考えているのを余所に俺の返事を確認した美由希さんは愛用としている小太刀を取り出す。
 美由希さんが取り出した小太刀の銘は”龍鱗”。
 御神家の正統後継者が持つと言う伝統の小太刀にして、不破家の正統後継者が持つ小太刀である飛鳳と対を成す小太刀である。
 正統な御神の剣士が持つと言う龍鱗は飛鳳と比べても鮮やかな印象を与える。
 裏の家である不破家の小太刀である飛鳳とは違って、表の家である御神家の小太刀であると言うことを象徴しているかのようだった。
 数年前までは美沙斗さんが龍鱗を遣っていたのだが、美由希さんが名実と共に小太刀二刀御神流を極めた剣士となった時に譲られている。
 何だかこうして、龍鱗を見るのも久しぶりな気がする。
 美沙斗さんが持っていた頃は見る機会も多かったのだが、美由希さんに譲られてからは全く見ていない。
 そんなことを思いながら俺の方も自分の得物である飛鳳を取り出す。
 龍鱗と対を成す小太刀である飛鳳――――。
 此方も俺が御神不破流を修めた時に夏織さんから渡された物だ。
 小太刀二刀御神流に伝わる二つの小太刀だが、既に美由希さんや俺の様に次の世代へと託されていると言っても良いのかもしれない。
「こうやって悠翔とやるのも2年ぶりくらいになるのかな? 今回の事件を解決させたことも含めて悠翔がどのくらい成長したのか楽しみだよ」
「……御手柔らかにお願いします」
 久しぶりに立ち合うと言うことで美由希さんも俺がどのくらいの実力になったのかを楽しみにしているらしい。
 確かに2年前と比べても成長したと言う自負はあるが……果たして何処まで美由希さんとの実力差を縮めることが出来ているかは解らない。
 だから、俺が何処まで美由希さんの動きに対応出来るかもポイントになってくるだろう。
 俺と美由希さんは御互いに距離を取り、ゆっくりと小太刀を構える。
 美由希さんの流れるような立ち振る舞いに俺は一瞬だけ見惚れてしまう。
 だが、その僅かな思考の乱れが美由希さんほどの剣士との立ち合いでは大きく作用し、命取りとなる。
 それは俺も良く理解していることであり、これで揺らいだりすることも無い。
「悠翔とは久しぶりにやるんだし……存分にいかせて貰うよ」
 俺が飛鳳に手をかけたのを認めたところで美由希さんが口を開く。
 今までの穏やかそうな印象とは一線を期した凛とした印象――――これが御神の剣士としての美由希さんだ。
 美由希さんが動く――――。
 俺がそう思った瞬間――――美由希さんの身体が弾かれるように飛んできたのだった。
















(速いっ――――!?)
 弾かれたように間合いに飛び込んできた美由希の動きに対して、悠翔は一瞬だけ虚を突かれる。
 美由希の速度は悠翔と比較にならないほど速い。
 恭也をも上回るその速度は正に瞬速であり、悠翔を遥かに上回っている。
 しかし――――悠翔も美由希と同じく御神の剣士である。
 咄嗟に飛鳳を抜刀し、美由希へとその刃を向ける。





 ――――小太刀二刀御神流、奥義之壱・虎切





 普通に刃を反すだけでは到底、美由希に対応出来ないと踏んだ悠翔は咄嗟に高速の抜刀術である虎切を放つ。
 しかし、美由希は悠翔の放った剣閃が掠めることもなくその視界から一瞬で消えてしまう。 
「ちっ……」
 悠翔はその動きに思わず舌打ちを鳴らす。





 ――――小太刀二刀御神流、奥義之歩法・神速





 美由希は神速の領域に入ったことで悠翔の放った虎切を僅か一瞬の動きで対処したのである。
 いや、寧ろ悠翔が虎切を遣うと言うことを初めから考えていたと言った方が良いのかもしれない。
 美由希には悠翔が虎切を教わったと言うことは伝わっていないはずだった。
 しかし、美由希は一目で悠翔が虎切を遣ってくるだろうと予測し、神速の領域から次の動作に移ろうとしていた。
(不味い――――来るっ!)
 そう思った瞬間、神速の領域に入った美由希が飛び込んでくる。





 ――――小太刀二刀御神流、奥義之参・射抜





 母親である美沙斗が最も得意とし、娘である美由希が継承した御神の奥義。
 悠翔も恭也も射抜を遣うことは出来るが、美沙斗や美由希に比べればその完成度は劣る。
 謂わば、美由希の遣う射抜こそが本物であり、その精度も高いと言える。
 悠翔は咄嗟に射抜に対して身を捩るがこれだけでは美由希の射抜には対処をすることは敵わない。
 普通には避けられないと踏んだ悠翔は自身も神速の領域へ入る。
 視界から色が失われ、周囲の光景がスローモーションとなるような感覚を覚える領域へと踏み込んだ悠翔はそのまま迫って来た刃を弾き返す。
 幸いにして悠翔は美由希よりも利き腕の握力が強く、その刃を弾き返すことは然程の問題では無かった。
 しかし、美由希が得意とする奥義である射抜を遣って来ている以上、それだけのはずが無い。
 僅かコンマ秒台での攻防が終わり、悠翔の視界に色が戻る。
 だが、御神の剣士でも最速と言われる美由希は悠翔が神速の領域から抜け出たと同時に再び、神速の領域へと入った。
 御神の剣士の中でも神速を極めている美由希は悠翔や恭也に比べても連続で神速を遣うことが出来るのである。
 美由希がすぐに神速の領域に入ったことを認めた悠翔は自身も神速の領域に入ろうとするが――――それをすぐに思い直す。
 自分では美由希の様な形での神速の連続使用は出来ないからだ。
 確かに連続で神速を遣うと言うことは悠翔にも出来るし、一度だけなら二段がけも出来なくは無い。
 しかし、美由希の場合は神速をある程度、連発出来ると言うことが大きな違いである。
 悠翔は身体が発展途上と言うこともあるので5回前後が最大の回数だと言われている。
 フェイトを助けるために神速を連続使用したのは無理でも遣うしか無かったからである。
 実際にあの時以上の無理を続けたら腕だけでは無く、脚の方も壊してしまうことになっていただろう。
 御神流を極めた剣士は神速を中心に戦うことも出来るが、まだ悠翔はそこまでの領域では無かった。
 だが、美由希は御神流を極めた剣士の一人であり、神速を極めた剣士でもある。
 恭也ですら膝を壊したために神速を多用する方法が出来なかったのに対し、美由希は逆に中心することが基本とすることが出来る。
 美由希が行っているのは神速を遣うと言うことを前提とした御神の剣士の戦い方の一つであると言っても良い。
 この手の部分に関して見れば、美由希は恭也と比べても大きく違うと言えるだろう。
 それに対して恭也の場合はその神速を前提とした戦い方を極められなかった故に神速の二段がけを遣うと言う方向を見出したのである。
 悠翔もある意味では恭也と同じ方向に神速の活用方法を見出している。
 これは身体が発展途上であると言うのもあるが、怪我の点などでも問題があったからであるとも言える。
 それに美由希のように神速を多用すると言うことは緻密な動きをすると言うことが難しい。
 しなやかな身体の遣い方が出来る美由希だからこそ神速を多用出来ると言うべきなのかもしれない。
(射抜からそのまま次の動作に移ったと言うことは――――)
 次に美由希が遣ってくる一手は悠翔も遣うことの多い御神流の奥義の派生形――――射抜・追で間違い無い。
 そう思った悠翔は美由希が飛び込んでくると思われる位置を見極めて刃を向ける。
 この選択肢が功を奏したのか――――辛うじて悠翔が刃を向けた箇所は美由希の向けていた刃の先であった。
















「うん。中々、良い反応だね」
「……それはどうも」
 今の射抜・追を対処出来るとは思っていなかったのか俺に対して賞賛の言葉を送る美由希さん。
 しかし、俺の内心は冷や冷やものだ。
 考えるよりも先に動かなかったら今の攻勢だけでこの立ち合いの決着がついていた。
 少なくともそれに間違いは無いだろう。
 だけど、今までだったら反応する前に片が付いていただろうし、美由希さんの神速をここまで引き出したのは初めてだ。
 何とかここまでの段階には至ったと言っても良いのかもしれない。
 だが、美由希さんと俺の実力差は歴然としている。
 縮まるどころか何処までも美由希さんとの力量には大きな差があるような気がしてならない。
 それほどまでに美由希さんは強いと言える。
「正直、悠翔を甘く見ていたかも。次は奥の手でいくね?」
 美由希さんの方も俺の動きに何かしら思うところがあったらしく、更に構えを変える。
 間違いない、これが美由希さんの本気だ――――。
 美由希さんから伝わってくる途方も無いほどのプレッシャーが俺にそれを実感させる。
 しかし、今の美由希さんの構えは俺も一度も見たことが無い。
 御神流の奥義なのは間違いは無いのだろうが――――全く予想もつかない。
「……覚悟して」
 構えを変えたと共に普段からは想像も出来ないほど鋭く俺に言い含める美由希さん。
 今から美由希さんがやろうとしていることはそれほどまでに恐ろしいのか。
 そう思いながら美由希さんの動きをじっと見極める。
 俺の様子を確認した美由希さんは一呼吸だけおいて此方の方を見据える。
 美由希さんが動く――――。
 いや、今度のはそんな生易しいものじゃない。
 恭也さんが奥義の極みを遣った時と同じような感覚が全身を駆け巡る。
 本当にこれは唯では済まないと俺の全身がそれを訴えてくる。
 俺が何とも言えないような感覚に戦慄を覚えているのを余所に美由希さんが動き始める。
 そして、次の瞬間に俺の目の前に映ったその光景は――――。
















 ――――一瞬の剣閃だけだった。




































 From FIN  2009/11/21



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