「フェイト……良く聞いてくれ。なのはさんもはやてもだ」
 少しの間があった後、悠翔がゆっくりと口を開き始める。
 その様子は余りにも真剣で……でも、何処か悲しそうで……。
 理由は解らないけれど、何処か不安になってしまう。
(悠翔……?)
 不安に思った私は悠翔の顔を覗き込む。
 悠翔は私のことをじっと見つめていて――――その視線は全く揺らいでいない。
 そんな悠翔の様子を見て、私は思わず胸がとくん――――って高鳴る。
 私が思わず頬を熱くしてしまっていると……漸く、ここで悠翔が口を開いた。
















「明後日、香港に帰ることになった――――」
















 何時かは言われるということが確定していた悠翔からの言葉――――。
 解っていてはいたのだけれど……まだ私はそのことを聞き届ける覚悟は出来ていなかった。

 悠翔が香港に帰ってしまう――――?

 それは当然のことだったのかもしれなかった。
 だけど、そのことは私との別離を明らかにしていて――――。
 その瞬間、私の目の前は真っ暗になった――――。























魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
















「フェイトっ!」





 私の目の前が真っ暗になる前に悠翔の声が聞こえた気がする。
 だけど、あれから私は何があったのか全く覚えていなかった。
 悠翔が香港に戻ってしまうって聞いて……。
 私の目の前が真っ暗になって……。
 その時の私は多分、意識を手放していたんだと思う。
「あれ……? 私、どうしたんだろ?」
 それで、私は今になって意識を取り戻したみたいだけど……。
 今の私がいるところは全くさっきとは違う場所で……。
「フェイトちゃん、目を覚ましたんやな」
「あ……はやて」
 目を覚ました私の目の前にははやての姿が。
 私が意識を失っていた間、はやてはずっと私を見ていてくれたのかもしれない。
「……大丈夫、フェイトちゃん?」
「なのは……」
 なのはもはやてと一緒に私のことを心配して傍についてくれていた。
(ああ……そうか。私は2人にも迷惑をかけちゃったんだな)
 周りを見るとここは私にも見覚えのある部屋……なのはの部屋みたいで。
 私が意識を失った後でなのはの部屋に移動させてくれたみたい。
 多分、私をここまで移動させてくれたのは悠翔なんだと思うけど……。
 この場に肝心の悠翔の姿は見えなかった。
「……悠翔は?」
「悠翔君は席を外して貰ってるよ……今は一緒にいない方が良いと思って」
 なのはは私に気を遣ってくれて悠翔をこの場から外してくれていた。
 だけど、悠翔は何も悪いことなんてしていない。
 寧ろ、私が意識を失ったのは……こうなることが解っていたのに覚悟が出来て無かったこと原因なんだから……。
 なのに皆の目の前でああなってしまうなんて……。
 そうなったのは私がいけなかったから。
「だけど、悠翔君もいきなりやな……もうやなんて」
「……うん。だけど……それは私も解っていたから」
「フェイトちゃん……」
「悠翔がいなくなるのは解っていたことだから」
 そう、悠翔が海鳴からいなくなってしまうなんて初めから解っていたこと。
 私が好きになった人――――悠翔はこの海鳴の人じゃない。
 だから、何時までもここにいるなんてことは考えられなかった。
 それに悠翔がここの人じゃないって解っているのに好きになったのは私の意志。
 初めて出会った時から悠翔に惹かれて……。
 その思いは止まることを知らなくて……何時しか私達は恋人同士になっていて。
 心の何処かで何時かは別れの時が来るって言うのも解っていた。
「でも……でも……やっぱり、寂しいよ……」
 だけど、解っているのに――――涙があふれてしまう。
 悠翔――――私、どうしたら良いんだろう……。
















「フェイトちゃん、泣かないで……」
「そうや、フェイトちゃんがそんなやったら悠翔君も安心して香港に帰ることなんて出来んで」
「なのは、はやて……」
 涙の止まらない私を見兼ねてなのはとはやてが私を慰めてくれる。

 ……私が泣いてたら悠翔が安心して帰れない

 はやての言っていることは本当に的を射ていて。
 私がこのままだったら悠翔を見送ることすらできない。

 そうだよね……悠翔のことをちゃんと見送ってあげないと

 悠翔が香港に戻ると言うことを決意した以上、私もそれに殉じなくちゃいけない。
 それに私がちゃんと見送ってあげるのは悠翔のためでもある。
 悠翔がいなくなるのは悲しいけれど……。
 でも、大好きな人が海鳴を離れると言うのなら私はそれを後押しする。
 それが、悠翔と心を通い合わせた私のするべきこと……。
 そう思えばちゃんと悠翔を見送ってあげられる――――そんな気がした。
 どうするべきか決まった以上、私はもう泣いてなんていられない。
 私は涙を拭って、なのはとはやてを見据える。
「2人ともありがとう。私……もう大丈夫だよ」
 なのはとはやての言葉で私の意志は決まった。

 ……うん、もう大丈夫

 そう、私の心はもう決まってる。
 悠翔を見送るのが私に出来ることなら……それをやり遂げること。
 大好きな人だからこそちゃんと見送ってあげたい――――。
 心が決まった今、はっきりとそう言える。
 少しさびしい気持ちはあるけれど……大好きな悠翔を見送ることには何も躊躇いなんてない。
 きっと悠翔も私に見送られて戻りたいと思うから……。
「私、悠翔のところに行ってくるよ」
 だから、私は大好きな悠翔を見送ろう。

 それがきっと……私にとっても大切なことだから――――
















「フェイト……」
 俺が香港に帰ると聞いて、気を失ってしまったフェイトをなのはさんの部屋に連れていった後、俺は外に出て1人でぼんやりとしていた。

 俺はフェイトを悲しませているだけなんだろうか……

 先程のフェイトの様子を見ているとそうにしか思えない。
 俺が香港に帰ることは初めから決まっていたことだが……それとこれとは話が別だ。
 彼女を悲しませるのは本意じゃない。
 だが……俺が帰るのは絶対に変わらない事実だ。
 どうやってもそれは覆らない。

 ……俺にはどうすることも出来ないのか?

 フェイトのことを考えるとどうしてもそんなことを考えてしまう。
 覆らない事実がある以上、俺の行動は変えることが出来ない。
 何をどう考えても俺には何も出来なかった。
 自分で考えても何も出来ないのなら、せめてフェイトと直接、話すしかない。
 しかし……フェイトに話すと言っても俺に言えることは――――。

 いや――――あるな

 確かに俺は香港に戻る。
 だが、海鳴で大切な人を俺は見つけた。
 俺の剣は大切な人を守るためにある――――。
 ならば、俺の剣はフェイトのためにあると言うことと同義だ。
 大切な彼女を守り抜くための剣――――それはフェイトの傍にいなくては振るうことは決して出来ない。
 だから、俺は香港に戻ったとしてもフェイトの下に戻ってくるか、またはフェイトを香港に迎えることも出来る。
 今はまだ、どうするかは決められないけれど……後にフェイトの傍にいることは出来る――――。
 そう考えればこれから香港に戻るとしても希望は充分に持てるだろう。
 大切な彼女の傍にいれるだけの力を身につけるために戻ると考えれば良いのだから――――。
















「悠翔っ!」
「……フェイト」
 なのはとはやてに後押しされた私は外に出ていた悠翔の下へと駆け寄る。

 悠翔に伝えたいことがある――――

 その想いは止められなくて、溢れそうで――――。
 私はいても立ってもいられない気持ちで悠翔の傍へと向かう。
 悠翔も私が来たことを見て嬉しそうにふわっと微笑む。
 その表情を見て、私も悠翔に微笑み返す。

 うん、これなら――――悠翔に伝えられる

 悠翔との間に流れる穏やかな空気を感じながら私はそう思う。
 さっきは少し、ギクシャクしてしまったけど……。
 今の私と悠翔の間にはそんな空気は感じられない。
 だから、私はゆっくりと口を開き始める。
「ごめんね、悠翔。さっきはあんなふうになっちゃって……」
「いや……俺もフェイトのことを考えてやれなかった。本当にすまない」
「ううん、良いの。本当は悠翔が帰ってしまうってことはずっと解っていたから」
 そう、悠翔のことは初めから全部解っていた。
 動揺してしまった私だけど……なのはとはやての後押しの御蔭で今はもう大丈夫。
 心が決まった今なら私の想いを伝えられる。
 だから、悠翔に私の想いを伝えよう――――。
「「あのっ!」」
 そう、意を決して私は言おうとしたんだけど……悠翔と何故か言葉が重なってしまう。
「あ、えっと……その……」
「いや、その……」
 思わぬ悠翔の反応に私も戸惑ってしまう。
 だけど、それは悠翔の方も同じみたいで。
「くすっ……」
「ははっ……」
 思わず、笑みがこぼれてしまう。
 悠翔も私に何か伝えたいことがある――――それが凄く嬉しい。
 私が悠翔に何か伝えたいって言う気持ちと同じことが凄く嬉しい。
 今の私と悠翔は何から何まで同じことを考えていて――――。
 それが更に私の心を後押ししてくれる――――。
 でも、それは悠翔の方もきっと同じ。
 だって、悠翔の方も今の私と一緒の表情をしているから――――。
 今の私達の心はきっと同じことを考えている。
 もう、躊躇う必要なんてない。
 後は伝えたいことを伝えるだけ――――そう思って私は口を開いた。





「あのね、悠翔。伝えたいことがあるの――――」
















 ――――出発日




「悠翔、搭乗時間まで少しあるから……最後にフェイトちゃんに伝えたいことがあるなら済ませておきなさい。私は席を外してるから」
 そう言って私と悠翔の傍から離れていく夏織さん。
 悠翔と夏織さんが香港に戻る当日――――私は悠翔を見送りに来ていた。
 因みになのは達もここには来ているんだけど……私と悠翔に気を遣ってくれているのか離れた場所で待ってくれている。
 一昨日に私と悠翔は御互いの気持ちを伝えあったけど、それだけじゃ少しだけ物足りなく感じてしまって私はここまでついてきてしまっていた。
 でも、それは悠翔の方も同じだったみたいで。
 私がついてくると言ったら凄く嬉しそうな表情をしていた。
 悠翔も私と同じように少しだけ物足りないと感じていたことが嬉しい。
「フェイト。すまないな、ここまで見送りに来て貰って」
「ううん、気にしないで。これは私が好きでやってることだから……」
「……有り難う」
 悠翔と短く御話をして――――最後の別れの時までの時間を過ごす。
 空港まで見送りに来た私を見て、悠翔は少しだけ申し訳なさそうな表情をしたけれど……。
 私は全然、苦に思ったりしていない。
 寧ろ、悠翔と最後の時まで一緒にいれることが嬉しくて……。
 少しだけ心が舞い上がってしまう。
 そんな私の様子を見て、悠翔は少しの間だけ考える仕草をして……。
「フェイト、左手を出してくれないか?」
 私の瞳をじっと見つめた後、ゆっくりと口を開く。
「うん」
 悠翔がいきなり、どうして左手を出してくれなんて言ったのかは解らないけど……。
 大好きな悠翔がそう言うなら……私は喜んで言う通りにする。
 私が左手を差し出したことを確認すると悠翔は自分の服のポケットから小さな箱を取り出した。
 そして……ゆっくりとその箱を開いて、その中身を手にとった悠翔は私の左手の薬指へとそっと通す。
「悠翔……これは?」
 私の左手の薬指へと通された物は悠翔との初デートの時の御店で見かけた水晶の指輪。
 どうして、あの時に私が見とれていた物を悠翔が持っているのか全然、見当もつかなかった。
 私は気付かなかったけど……もしかしたら、あの時に購入していたのかもしれない。
 悠翔からの思わぬプレゼントに私は驚きを感じつつも嬉しいと思う。
 でも、悠翔が私の薬指にこれを嵌めてくれた理由が解らなくて、思わず尋ねてしまう。
「えっと、その……予約みたいなものだ」
 悠翔からの返答は予約って言葉が。
 だけど、いきなり予約って言われても何処か実感は無くて。
「じゃ、じゃあ……左手の薬指に嵌めたってことは……」
 私はもう一度、念を入れるように悠翔に尋ねる。
「……うん。そう思ってくれて構わない」
 悠翔の言葉を聞いて一気に私の頬が熱くなる。

 そのまま悠翔の言葉を解釈するなら……悠翔は私のことを婚約者として考えてくれているってことで――――

 そう考えると尚更、頬が熱くなっていく。
 何時かはそうなれたら良いなって思ってたけど……本当にそうなれるなんて思わなかった。
 悠翔と心を通いあわせられたところでも充分だったはずなのに悠翔はそれ以上に私のことを想ってくれていて――――本当に嬉しくなる。
「本当に私で良いの?」
 でも、本当に私で良いのか少しだけ不安になってしまう。
 悠翔の気持ちは解っているけれど……今の私は悠翔とは釣り合わない――――そんな気さえする。
 こんな私なんかじゃ――――そう思った矢先に悠翔が微笑みながら口を開いた。
「ああ、フェイトが良いんだ。君以外には――――考えられない」
 だけど、悠翔からの返答は私の心をもっと熱くさせてくれる言葉で。
 悠翔は私が良いと言ってくれる。
 本当に悠翔には敵わない――――。
 悠翔の私が良いって言ってくれたことが本当に嬉しくて……。
 もっと深く気持ちを伝えたいと思った私は悠翔の瞳を見つめて、そっと目を閉じる。
「悠翔……」
「フェイト……」
 今の私の仕草を理解してくれた悠翔がそれに応えてくれる。
 私の顔と悠翔の顔がゆっくりと近づいて――――。
 そして、そのまま――――私達は唇を重ね合わせた。
















 暫くの間、悠翔とキスを交わして――――ゆっくりと唇を離す。
 ほんの少しだけ名残惜しさを感じながらも私達はほんの少しだけの距離を取る。
 もう、悠翔はゲートを通って搭乗口の方まで行かなくちゃいけない。
 本当に御別れの時まで後、僅かになってしまった。
 奥で夏織さんが呼んでいることに気づいた悠翔が荷物を持ってゆっくりと歩き始める。
 このまま、私とも最後の御別れになる――――そう思った瞬間。
「フェイト。俺は何時か必ず君の傍に戻ってくる。どんな形になるかは解らないけど……待っててくれるか?」
 悠翔がもう一度、口を開いた。

 何時か必ず君の傍に戻ってくる――――

 それは悠翔との約束の言葉。
 一昨日に悠翔が私に伝えてくれた想い。
 悠翔はもう一度、それを口にしてくれた。
 だったら、私もそれに応えないといけない。
「うん、待ってる。私の方も悠翔の傍にいられるように頑張るから――――!」
 それが悠翔と私の最後の約束。
 今から自分のあるべき場所へと戻る悠翔へ送る私からの言葉――――。
 悠翔は私の傍へ戻ってくるって言ってくれてるけど……。
 私からだって悠翔の傍へ行きたい――――。
 そんな想いを込めて私は悠翔へと言葉を伝える――――。
 悠翔は私の言葉を聞いてしっかりと頷いた。
 御互いの言葉を確認した私と悠翔にはもう、何も要らない。
 後は私と悠翔の行くべき道を進んでいくだけ――――。
 それを確認し合った後、悠翔の姿は搭乗口へと消えて行った。
 悠翔の姿が見えなくなったのを確認して、私もゆっくりとその場を後にする。
 次に悠翔と会うのは何時になるのかは全く解らない――――。
 だけど、私と悠翔の想いは一緒――――。
 それは海鳴と香港と離れてしまっても変わらない。
















 大切な――――
















 大好きな人と通い合わせたこの想いは――――
















 ずっと、想い続けていける――――
















 だって、それが――――
















 私と悠翔の――――
















 『愛』という形だから――――























Sweet Lovers Forever
















FIN













 From FIN  2009/12/31



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