「そうだ……察しが良いようだな。そして、既に私はその魔法の準備が終わっている。君が距離を詰めたとしても斬ったとしてもこの魔法は発動する」
 スヴァン執務官の口から出てきたのは既に私に対して魔法の準備が終わっていると言う事。。
 今の私はAMFに閉じ込められているから完全に魔法はシャットアウトされている状態。
 だけど、スヴァン執務官はAMFごと私に対する魔法の準備を進めていて。
 確かにスヴァン執務官ほどの実力者ならAMFがあっても対処するなんて問題無いことで。
 私を閉じ込めたのも全て計算の上でのことだと理解出来る。
 それに魔法に距離なんて関係無い。
 悠翔とスヴァン執務官の位置が入れ替わったことによって私のすぐ傍に悠翔がいるけれど、相手からすればそれは取るに足らないこと。
 私を魔法で如何こうする距離なんて意味を成さないのだから。
 こんな状況では幾ら悠翔でも手を出すことは出来ない。
 スヴァン執務官は何処までも非道になれる人みたいで全く躊躇いと言うものが感じられない。
 私をどうこうするって言うのも間違いなく本気だと思う。
 それが解っているから私も悠翔も何も抵抗することが出来ない。
 悠翔も小太刀を腰だめに構えなおしたまま、一歩も動かない。
 私が人質に取られている形になっているから悠翔は動けないんだと思う。
 私のせいで悠翔は何も抵抗することすら出来なくて――――。
 このままじゃ悠翔は何も抵抗せずにスヴァン執務官に遣られてしまう――――。
 いったい、どうすれば良いの――――?























魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
















(っ……! 掠めどころが悪かったか)
 飛鳳を構えなおしたままで魔導師と対峙するが、先程受けた箇所から痛みがはしる。
 咄嗟に身を捩ることで掠めるだけに止めたのだが……数発の魔力弾が命中した左腕の調子は悪かった。
 受けた箇所は俺が何度も痛めてきている肘の近くの箇所であり、その他の箇所も動かすのに必要な箇所。
 魔力弾と言うことで貫通していったが、今の一発で筋でも斬られたかもしれない。
 前に一度、左腕に受けた傷の感覚と同じような感じがした。
「悠翔っ!」
 フェイトが心配そうに俺の名前を呼ぶ。
 何か結界のような物にフェイトは囲まれているが、それが無ければ俺に躊躇うこと無く抱きついてくるかもしれない。
「大丈夫だ、フェイト」
「悠翔……」
 余りにも心配そうにするフェイトに俺は大丈夫と宥めるように伝える。
 俺の感じる痛みなんてフェイトがこんな目にあっていることに比べればどうってことは無い。
 例え、俺の身体がどうなってもフェイトを守るためだったらなんだって出来る。
「……俺を信じろ」
 だから、俺はフェイトにこう伝える。
 それが俺の本心であり、御神の剣士としてフェイトを守ると誓った俺の言える本当の言葉だ。
「うん、信じるよ」
 フェイトが俺を見つめながら僅かに微笑む。
 俺のことを真っ直ぐに見てくれる大切な女の子――――絶対に裏切ったりはしない。
 根拠の無いような俺の言葉だが、フェイトは本気で信じてくれている。
 だったら、俺が遣ることは唯、一つだ。

 フェイトを守る――――守ってみせる

 俺の遣るべきことは守ることであり、俺の信念はそこにある。
 フェイトのことを想えば何だって出来る――――。
 無茶なことだとしてもやってやれないことなんて無い。
 俺のことを信じてくれる大切な女の子――――フェイトを守るためだったらこの身を投げ出したって構わない。
 だから、俺は一つのことを決断する――――。





 ――――神速と雷徹を以って全てに決着をつけるということを。
















「うん、信じるよ」
 悠翔の言ってくれた「俺を信じろ」と言う言葉。
 状況としてはどうすれば良いのか解らないような感じだけど、悠翔の言葉なら信じられる。
 私の大好きな人――――悠翔を見ながら私は軽く微笑む。
 こうなってしまったのは私のせいだけど、きっと悠翔ならなんとかしてくれる……そう私は思う。
「俺がフェイトと戦った時に遣った技を覚えているか? あれなら、相手に魔法を遣わせるリスクを与えない」
 スヴァン執務官をじっと見つめながら様子を窺っている悠翔が相手に聞こえないように呟く。
 確かに私と戦った時のように神速を上手く遣えば相手に何もさせずに対処出来る。
 あの時のように動く前に斬り伏せてしまえば何も出来ない。
 でも、悠翔とスヴァン執務官の距離は大きく開いていて、悠翔の神速でも届かないように見える。
 それに今の悠翔は魔力弾による傷を受けている。
 脚もそうだけど……何より、利き腕である左腕にも受けていて。
 このままの状態で私と戦った時の方法なんて遣ったらどうなるか解らない。
 それに悠翔は決め手にもう一つ奥義を放つつもりだと思う。
 私と戦った時の方法だけではスヴァン執務官を倒すことは出来ないから。
 恐らく、悠翔が遣う奥義はシグナムと戦っていた時に遣っていたものだと言うのは明らかで。
 でも、それを遣ってしまったら悠翔が危ないと言うのも私にははっきりと解っている。
 特に今の悠翔は左腕にかなりの負担をかけてしまっているんだから……。
「でも私の時とは状況も距離も違うし……それにその傷じゃ……」
 だから、悠翔の言っていることは無茶だとしか言えなくて……私は悠翔に無理だと伝える。
 今の悠翔の傷の状態であの奥義なんて遣ってしまったら、本当に悠翔の腕も壊れてしまうかもしれない。
「大丈夫だ。ちゃんと考えもあるし、何とか出来るさ」
 でも、私の心配に反して、悠翔は決して揺らがない。
 本当は今にも左腕が動かなくなりそうなのに悠翔は何とか出来ると言っていて。
「それに、俺の剣はフェイトを守るためにあるんだ。絶対に君を守り抜いてみせる――――」
「悠翔……」
 悠翔は私のことを絶対に守ると言ってくれている。
 だけど、私のために無理なんてして欲しくない……私はそう言いたかった。
 でも、私の心配を余所に悠翔は軽く微笑む。
「だから、フェイトは待っていてくれ」
 本当はそう振る舞うのも辛いはずなのに――――悠翔は私に待っていてくれとまで言っている。
 悠翔の言っていることは根拠の無い言葉なんかじゃない――――本気で出来ると思っているからこう言っている。
 ここまで悠翔が言い切るのなら私にはもう、何も言うことは出来ない。
 だったら、私に出来ることは悠翔が決着をつけることを見届けることだけ――――。
「……うん」
 悠翔なら大丈夫と言い聞かせながら私は頷く。
 私が頷いたことを確認した悠翔はもう一度、スヴァン執務官と睨み合う。
 そして、1分にも満たない時間が流れたその時――――スヴァン執務官の傍にある木々から鳥が飛び立つ。
 誰も予想しなかった周囲の鳥達の行動に私もスヴァン執務官も思わず、目を逸らす。
 だけど、悠翔だけは視線を全く動かさず――――ほんの数秒にも満たない間隙を導き出す。
 私達、魔導師では何も出来ないこの僅かな隙でも悠翔達、御神の剣士なら充分な時間――――。
 今のを合図にして悠翔が一歩を踏み出していく――――。
 私とスヴァン執務官が目を逸らしたほんの僅かの間に――――悠翔の姿が掻き消えた。
















 ――――小太刀二刀御神流、奥義之歩法・神速





 僅かに相手の視線が逸れたのを認めたと同時に俺は神速の領域に入る。
 ほんの僅かな一瞬の時――――だが、御神の剣士にとってはそれだけで充分だ。
 多少、神速を継続出来る距離よりも長いが、問題は無い。
 今の俺ならそのくらいの限界なら超えられるはずだ――――。
 フェイトの身がかかっているんだから、俺の身を案じるような方法を取る必要は無い。
 大事なのはフェイトを守ることなのだから。
 相手との距離を4分の1くらいにまで詰めたところで、俺の世界にゆっくりと色が戻り始める。
 神速の領域から抜け出始めている瞬間だ。
 しかし、今は神速の領域から抜け出るわけにいかない。
 抜け出た時点で魔法が発動してしまう可能性が高いのだから。
(まだ、いける――――)
 モノクロに染まった視界に色が戻り始める瞬間を待たずにして俺は更に神速の領域に入る。
 今、俺が行ったのは恭也さんが遣っていた神速の二段がけ――――謂わば、二重神速とも呼べるべきもの。
 神速の領域の中で更に神速の領域に入ると言う、切り札。
 まだ、成長途上である今の俺の身体では相応の無理がかかってしまうほどリスクの伴う方法だ。
(しかし、一度だけであればなんとかなる――――)
 そう、一度だけならば遣れないことは無い。
 フェイトの身がかかっている以上、限界なんて超えられる。
 遣ってやれないことは無い――――。

 例え、俺の身体がどうなろうとも構うものか――――

 俺はその一心で恭也さんの遣っている方法である神速の二段がけを使用した。
(ぐぅっ――――!?)
 壊れるかと思うほどの痛みが身体の中を駆け巡る。
 脚の筋肉が千切れるかのような感覚――――。
 恭也さんが俺に遣うなと言った意味がはっきりと理解出来る。
 だが、大切な人を助けるためにはこの手段以外に方法は無い。
 身体を駆け巡る痛みを無視して神速の領域から更に神速の領域の中に踏み込んだその世界の中で俺は相手との距離を一気に詰める。
 相手の魔法は今にでも発動してしまうかもしれないが、今の領域の中では相手は僅かに動くことすらも敵わない。
(相手が動くより先に、相手の魔法よりも先に――――斬り伏せる!)
 間合いが完全に小太刀の届く間合いに入ったところで俺は奥義を放つ。





 ――――小太刀二刀御神流、奥義之肆・雷徹





 御神流の奥義の中でも最大級の威力を誇る雷徹が相手の胴に叩き込まれる。
 斬と徹を重ねがけした飛鳳による雷徹――――殺傷を前提とした最大の一撃。
 それが、魔導師のバリアジャケットごと斬り裂く。
 俺の左腕が悲鳴を上げているが、この際構うことは無い。
 相手をこの一撃で仕留めるためにも俺の左腕がどうなろうとも関係無い。
 雷徹の一撃によって相手から骨などが砕ける鈍い音が鳴り響き、俺の左腕からは血飛沫があがる。
 神速の二段がけからの雷徹――――その反動は俺の想像を絶するものだった。
 だが、これも解っていたことであり、こうなることなんて承知している。
 この一撃で左腕の筋がまた切れたのかもしれないがそんなことはお構いなしだ。
 そのくらいのことなんて元から気になんかしていない。
 雷徹は意識を完全に奪い去るには充分な一撃かもしれないが、それだけではまだ足りない。
 俺は懐から霊石を取り出し、残った右腕で相手に向かって押しつける。
(この霊石は触れた者の魔力を消滅させるもの――――だったら!)
 俺に魔力は無いため霊石による影響は一切、受けない。
 だが、相手はかなりの力を持つ魔導師だ。
 魔力を失うと言うことは相当な痛手を与えられるはずだ。
 相手の魔力に反応したのか俺の持っている霊石が光を放つ。
「ごふっ……。ば、馬鹿な……!?」
 霊石が魔力を打ち消していくことに驚愕の表情を浮かべる魔導師。
 全ての魔法がたった一つの石によって消されていく――――。
 だが、相手の魔導師にはそこまで考えるだけの意識を保つことは出来ないだろう。
 俺の雷徹は確実に相手の急所を捕え、バリアジャケットごと貫通しているのだから。
「ぐ、ぐ……だが、これだけでは終わらん!」
 しかし、相手の魔導師も然る者だった。
 俺の持っていた霊石を奪い、そのまま力を込め、残った全ての力を注ぎこむようにして霊石を握り潰す。
 既に相手の魔導師の魔力を限界まで祓っていた状態にある霊石にはそこまでの耐久力は残っていなかったらしい。
 相手の信じられないような力によって霊石が悲鳴をあげ――――そして、砕け散った。
「っ……!?」
「任務だけは……果たさせて貰ったぞ。魔導殺し――――!」
 俺の雷徹しを受けた相手の魔導師の最後の抵抗――――それは霊石を砕く事。
 それは見事に上手くいったと言っても良い。
 最早、最後の切り札として役目を終えた霊石は相手の怨みを全て引き受けるかのようにして砕け散ったのだった。
 相手の任務である霊石の回収は失敗したが、今回の事件に関わりのあった霊石の破壊には成功した。
 ある意味では負けなのかもしれない――――俺は霊石を最後まで守り切れなかったのだから。
 結局のところは痛み分けと言った形だと言えるだろう。
 相手の魔導師もそれは解っているらしい。
 自分の命と引き換えに今回のような結果になってしまったのだから。
「だが……私がこのまま逝ったとしても貴様の思うようにはならんよ」
「……黙れ。そのくらいのことなんて解っている」
「くくく……だったら良い。精々、足掻いてみることだ」
 そう言って不敵な笑みを湛えつつ血を噴き出す魔導師。
 そして、最後に魔導師は一言だけ口を開いた。
「すまない、敵はとれなかった……。私も今から逝く……。その時は私を――――」
 辺り一面に広がっていく霊石の白い光の中で、俺は魔導師のその言葉を聞き届けた。
 この言葉からして相手にも正義があったのだろう。
 もしかしたら、俺の父さんと戦った時に大切な人を失っていたのかもしれない。
 そう考えたが、既に魔導師は息を引き取っていた。
 結局のところ相手の真相と言うものは解らなかった。
 決して交わることの無い、互いの正義がぶつかりあってこの結果となった――――。
 だから、この結果が正しいものでは無いとしてもそれで良い――――。
 そう思った俺は僅かに瞑目した後、周囲を見渡す。
 今のところ、俺が倒した魔導師達とフェイトの気配以外は感じられない。
 重く感じた空気も一気に祓われたような感覚だった。
(これで、全て終わったんだな……)
 戦いが終わったことを確認した俺は漸く、一息吐く。
 魔導師が倒れ、霊石によって魔力が失われたと言うことでフェイトを捕えていた結界も消えたはずだ。
 そう思って俺はフェイトの方にゆっくりと振り向く。
 俺が振り向く前にフェイトは既に俺の下へ走り出していたらしい。
 そのままの勢いでフェイトが俺に抱きついてくる。

 良かった、フェイトは無事だ――――

 フェイトの暖かさが感じられる。
 たった一人の大切な彼女はここにいる。

 俺は彼女――――フェイトを守りきったんだ……

 胸に込み上げてくるこの想いを感じながら俺はフェイトを優しく抱き寄せた。




































 From FIN  2009/8/20



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