この霊石自体は古くから伝わってきていた物であり、特別な物ってわけじゃない。
確かに邪気払いと言った力が強いと言った感じだけど、神咲家の霊剣ほど特別な物とは言い辛い。
管理局がこれを欲したのは神咲家の存在を知らなかったからかもしれない。
だけど、それだけじゃ理由としてはまだ弱い。
霊剣の存在を知らなくても霊石を狙うだけの理由があったんだから。
多分、管理局が霊石を本気で保護と言う名目で確保しようとしたのは母さんが原因なんだと思う。
若くて優秀な魔導師だったと言う母さんが触れてしまっただけで魔力を失ってしまった――――。
このことから霊石は危険な代物と判断されたためだろう。
結局は父さんが再度、霊石を確保しようとした魔導師達を全員、斬って捨てることによってこのことは終わった。
しかし、今度は霊石では無く、父さんが魔導師を斬ったと言うことが今の事態を引き起こしている。
要するにこの霊石を取り巻く状況が事件を引き起こした――――要するにこう言うことなんだろうと思う。
だからこそ、俺は今回で全てに決着をつけないといけない。
父さんのこと、母さんのこと――――どちらにも関わりがあったのなら俺が決着をつけるまでだ。
だけど、まずは利き腕を治してからにしないといけない。
今のままでは万が一だって考えられるのだから。
とりあえず、全ては明日の手術次第だな――――。
魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
あれからすぐに眠りについた俺が目を覚ますと既に手術の日になっていた。
時間はまだ、早朝と言っても良い時間帯だが、普段起きている時間とそう変わらない。
今日は午後から手術を控えていると言うことで激しい動きは禁じられている。
とは言っても軽く慣らすくらいなら良いだろう。
俺は早速、装備を一式整えて、高町家の道場へと向かった。
道場の方まで近づくと人の気配がする。
中で剣を振るっていたのは恭也さんだった。
「む、悠翔か」
「おはようございます、恭也さん」
俺の様子に気付いた恭也さんが八景を納めながら俺の方に振り向く。
夏織さんから激しい動きを禁じられているのを聞いていたのか俺の姿を見て少しだけ恭也さんも驚いたらしい。
「悠翔は今日、手術じゃ無かったか?」
「ええ、そうなんですけど……慣らしだけでもきっちりとやっておこうと思いまして」
「……成る程な」
俺が慣らしだけでもやっておこうと思ったのには恭也さんも納得したらしい。
そのまま、何もせずに朝を過ごすと言うのは剣士としての習慣が身についている俺達にとってはあまり、考えられないことだった。
俺が軽くウォーミングアップに出てきたというのは普通のことだ。
今から俺が行うのはストレッチを含めた準備体操。
身体をほぐすと言うのが主な目的だが、こう言った準備運動は大事なこと。
こう言ったことを疎かにすると後でキツイと言うことも多々あるのだから。
今日の場合は激しい運動を禁じられているので、尚更だ。
身体を慣らしておいて、軽く動かす――――それが今回の目的だ。
これくらいなら別にやったって何も言われたりはしないだろう。
それに、身体を動かさないと言うのはどうにも落ち着かない。
そう言った点では俺もやはり、剣士でしか無かった。
恭也さんに見られながら、身体をゆっくりとほぐす。
関節などのストレッチは勿論のこと、全身をきっちりと伸ばすようにすすめていく。
特に利き腕である左腕のストレッチは念入りに。
俺が特に痛めているのは肘の辺りだ。
剣を振るう上でもここは当然、多く遣うし、腕を動かすのにも多く遣う。
俺が痛めている部分と言うのは重要な箇所だと言っても良かった。
「漸く、悠翔の利き腕も治せるんだな。長かったとでも言うべきか?」
「そう、ですね……」
一通りのストレッチをすませたのを見届けた恭也さんが声をかけてくる。
俺が左腕を怪我した時のことは恭也さんも良く知っている。
恭也さんもその場の当事者だったのだから。
俺が左腕を壊したのは約、3年前――――思えばなのはさん達が魔法を遣うようになって1年後くらいのことだった。
大きなパーティーがあった時にアリサとすずかの話し相手兼、護衛役として参加したのはその時だった。
思えば、アリサもすずかも俺のことには思ったより驚いていなかったような気がする。
魔法と言う世界の一端に触れたと言うのもあって俺が御神流を修めていることなんて驚くことでも無かったんだろう。
すずかの場合はまぁ、普通に驚くようなことでも無かったとは思うんだが。
「俺も膝を治すまでに随分と時間をかけ過ぎた。悠翔が俺と同じようにならないうちに治すことにしたのは良かったと思う」
恭也さんも膝を壊していたと経緯を持つため、俺が利き腕を壊したことについては思うところがあったらしい。
多分、恭也さんの様に長い間引きずってしまうことを心配してくれていたんだと思う。
事実、俺も海鳴でフィリス先生に会わなければ未だに手術を受けようなんて言いださなかったかもしれない。
恭也さんの膝も治したと言うフィリス先生の力量は信用に値する。
俺の左腕もきっちりと治すと言ってくれた医師もフィリス先生だけだった。
だからこそ、フィリス先生のことは信じられる。
壊した左腕が完治しようがしまいが、フィリス先生ならそれを預けても構わない。
恭也さんも膝を治した時は同じような気持ちだったのかもしれない。
こうして、膝を治った恭也さんを見ていると俺の左腕も同じように治るんだと確信出来る。
数日前までは治そうとは思わなかったけど、今は本気で治そうとはっきりと思える。
左腕を治せば、きっと今よりも先に進める――――だからこそ、今日の手術は大事なんだ、と。
「さて、悠翔のウォーミングアップも終わったし、軽くやるか」
「……良いんですか?」
俺のウォーミングアップを見届けていた恭也さんが終わった頃合いを見て提案をしてくる。
今の俺は利き腕を遣うわけにもいかない状態だ。
恭也さんに見て貰えるとは考えてもいなかった。
流石に利き腕を遣わずにとなると少し考えてしまうが――――。
(万が一もある。敵は俺の事情なんて関係無いからな)
俺の戦うべき相手が出てきた以上、俺の方も万全を喫しておかなくてはならない。
何時、仕掛けられても良いようにしておくのは当然だろう。
「右手一本で戦うことは悠翔も得意としているだろうが、決め手に欠けるきらいもあるからな」
「……その通りです」
恭也さんの言う通り、利き腕では無い右手だけでは決め手に欠ける。
そもそも俺は一刀だけで遣える技は射抜以外は何も遣えないのだから。
「悠翔は抜刀術が得意じゃない。だが、二刀流を決め手にしていると言うのは悪くない」
更には抜刀術が得意ではない俺は一刀で戦う場合、瞬速の一手と言うものが無いに等しい。
二刀で戦う場合は二刀術……基い、二刀流と言う方法でカバーしていると言った感じだ。
奇襲の意味を持つ二刀目の特性を活かすと言う意味合いでは有効な一手だ。
しかし、それも利き腕である左腕を遣うと言うことを前提とした場合でしか無い。
やはり、恭也さんの言う通り右手一本では決め手に欠ける。
「とりあえず、一刀だけで撃ちかかってきてくれ。軽く受けておきたい」
「解りました」
恭也さんに促されて俺は飛鳳をゆっくりと抜き放ち、右手の方で構える。
俺の動作を確認した恭也さんも八景を抜き、構える。
そして、互いに抜き放ったのを確認し、
斬りかかる。
軽くやると言う言葉通り、恭也さんは本気で撃ちかかってきているわけじゃない。
しかし、一撃の重さは俺とは比較にならないほど重い。
一撃を受け止めるだけで、小太刀同士がぶつかる鈍い音が鳴り響く。
俺も片手のみで戦うことが多いため、相応に鍛えているが恭也さんの場合はそれを悠々と上回る。
流石に恭也さんは伊達じゃない。
「悠翔、合わせてみろ」
俺が弾かれるように恭也さんとの間合いを取り直したのを確認した恭也さんが八景を鞘に納め、抜刀術の構えを取る。
咄嗟に恭也さんの構えを理解した俺は同じく抜刀術の構えを取る。
――――小太刀二刀御神流、奥義之壱・虎切
士郎さんだけでは無く、恭也さんも扱うことの多い御神流の奥義。
高速の抜刀術であり、一刀で戦う場合には主力となる奥義――――。
そして、俺が海鳴に来て初めて恭也さんから教わった奥義だ。
俺の場合は二刀目を抜き放つ際に決め手とすると言う運用法で考えていたが、今回は完全に瞬速の一手として放つ。
飛鳳と八景が目にも止まらない速さで抜き放たれる。
そして、二刀の小太刀がぶつかり合い、道場全体に伝わるように金属音が鳴り響いた。
From FIN 2009/7/19
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