(来た――――)
夏織は士郎の小太刀が閃いたのを見逃さなかった。
虎切が夏織の剣より速く迫ってくる。
しかし、夏織はこのタイミングで踏み込むタイミングを意図的にずらす。
抜刀術の利点は剣速の速さにある。
しかし、欠点として抜刀術を遣った後には大きな隙が発生する。
謂わば、硬直時間とでも言えば良いだろうか。
抜刀術は一撃必殺だと言っても良い。
だが、抜刀術は外すと自分の命も縮めるものなのである。
踏む込むタイミングをずらしたことにより士郎の放った虎切が空を切る。
(そこ――――)
それを見た夏織は勝利を確信する。
虎切を外した以上、士郎には必ず隙が生まれる――――。
夏織はそう考えていた。
しかし――――士郎は虎切から次の動作に移る。
夏織が虎切を凌ぐことを既に予測していたらしい。
(しまった――――)
夏織が自分の読みが甘かったことに気付いたその時には――――。
士郎の二刀目の虎切が夏織に向けられていた――――。
魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
(夏織は虎切を凌いでくるだろう)
夏織に対して虎切を放った瞬間、士郎は既に夏織の動きを予測していた。
士郎自身が最も得意とする奥義は虎切。
そして、小太刀を納刀して構えを取った時点でその選択肢はほぼ、確実となる。
士郎も薙旋を遣うことは当然出来るのだが、同じ薙旋で速さに劣る士郎では夏織の薙旋に対抗するのは難しい。
士郎はそのことを冷静に理解していた。
速さで劣る士郎が唯一、夏織を上回っているもの――――それは剣速である。
虎切であれば夏織の速さを上回ることも出来るだろう。
しかし、虎切は抜刀術であり一撃必殺の技だと言っても良い。
それは虎切を最も遣い込んできた士郎が尤も理解している。
(だからこそ、出来る術と言うものがある)
士郎は夏織の薙旋を虎切のみで凌駕するだけの方法を既に解っている。
御神流でも遣われていない士郎特有の小太刀の差し方である二刀差し――――これが虎切を最も活かすことの出来る差し方である。
二刀差しは一刀のみで戦う場合と連続で抜刀をする時に適した差し方である。
抜刀と納刀を繰り返すのに適している裏十字も方向性としては同じ部分がある。
二刀差しの場合は決定的に違うのはあくまで抜刀する側に重点が置かれている点だろう。
一刀のみで戦うことを前提としているのも大きな違いの一つだ。
裏十字も一刀のみで戦うことを前提としているが、連続で抜刀を繰り返すというものとは少し違う。
裏十字は抜刀と納刀を繰り返すことを前提としているが、抜刀術を主軸とする差し方では無い。
どちらかと言えば士郎の戦闘スタイルでは無く、恭也の戦闘スタイルに合っている差し方だと言える。
士郎の戦闘スタイルは抜刀術を主力とする――――二刀差しはそのための差し方なのである。
そして、二刀差しだからこそ出来る虎切の遣い方がある――――。
(二刀の極意は後の先にある――――)
二刀術と言うものは相手よりも後に行動し、そして先手を取る――――。
それが二刀の最大の利点であり、極意である。
士郎が行ったのはその二刀の極意を活かした方法である。
二刀差しとは後の先を取るのに適した差し方でもあった。
そして、二刀刺しにしか遣うことの出来ない奥義の遣い方もあるのである。
夏織が一刀目の虎切を凌いだ瞬間、士郎は二刀差し特有の虎切の遣い方――――二段抜刀術を放ったのであった。
決着は一瞬だった。
夏織さんが斬り込んでいって士郎さんが虎切で応戦する。
ここまでは普通に考えられる形だった。
しかし、ここから先の動きが俺の予測を上回っていた。
士郎さんが虎切を放ったのを確認した夏織さんが踏み込みのタイミングをずらす。
これで士郎さんの虎切を無効化したかに見えたが、そうでは無かった。
士郎さんは初めから虎切が夏織さんに避けられることを見切っていた。
夏織さんに虎切が凌がれるのを確認するまでも無く、士郎さんは虎切の二撃目を放つ。
この士郎さんの動きは流石の夏織さんも予測はしていなかった。
結局はこの二刀目の小太刀からの虎切で士郎さん夏織さん相手に勝利を収めたのだった。
(射抜・追と同じような扱いで虎切を遣うだなんて――――)
士郎さんの行った虎切の連撃は俺も考えもしなかった方法だった。
抜刀術は一撃必殺――――。
刀を鞘内で走らせて、一気に抜き放つことによって相手を一瞬で斬り伏せる大技だ。
しかし、この一連の動作が終わった後には抜き放った直後の硬直が発生する。
夏織さんその抜刀術の欠点が解っているからこそ今のような動きをしていた。
だが、士郎さんにはその動きすらも予想の範囲内でしか無かった。
夏織さんが虎切を避けた時には二刀目の小太刀による二撃目の虎切――――。
要するに士郎さんは抜刀術を二段構えにしていたと言える。
士郎さんは抜刀術の欠点を良く踏まえていた。
その上で二段抜刀術と言う形で虎切を放ったんだと思う。
しかも、士郎さんの差し方は一刀を連続で抜刀するのに適した差し方である二刀差し――――。
今の一連の動作は二刀差しを遣っている士郎さんならではの戦い方だった。
二刀差しは今の御神流では絶滅したと言っても良い珍しい差し方――――。
士郎さんがあえて遣い手のいないこの差し方を遣っているのはこう言ったことが出来るからだったのか――――。
「っ……完全にしてやられたわね」
「夏織の技に対抗するにはこれしか無かったからな」
小太刀をゆっくりと納めながら苦笑する夏織さんと士郎さん。
最後の交錯は士郎さんが虎切による二段抜刀術で制した。
夏織さんの先の先に対して、士郎さんの後の先が勝った結果だと言っても良いのかもしれない。
「やっぱり、士郎の後の先――――ううん、二刀の極意には敵わないわね」
二刀の極意――――士郎さんが遣っていた今の方法がそうなのだろうか――――。
後の先を取ると言う術に関しては俺も良く遣っている方法なのだが……。
「二刀の極意は後の先にある――――。とある古流剣術の言葉だな。今の動きはそれと同じだと言える」
「恭也さんも知っているんですか? 俺も後の先については理解しているつもりなんですけど……」
「ああ。良く知っている」
夏織さんとの会話を聞いた恭也さんがぽつりと言葉を漏らす。
やはり、士郎さんが遣っていた方法は恭也さんも知っているものだったらしい。
「そう言えば、悠翔も二刀差しを遣っているだろう。父さんが遣ったのはあの差し方でしか出来ない」
「あ、はい。それはなんとなく解ります」
「だが、悠翔の場合は利き腕の負傷の分と虎切を極めていないからそれが出来ないと言ったところだろうな」
「……はい」
士郎さんの遣っている二刀差しは俺も遣っている方法だ。
しかし、俺の場合は一刀のみで戦うと言うことを前提にしているために二刀差しを遣っていると言う側面が強い。
だが、俺の場合は二刀差しの特徴を活かし切れているとは言い難い。
一刀のみで戦うと言うことであれば、裏十字もそれに適しているからだ。
そう言った意味では俺は裏十字を基本とした方が良いのかもしれない。
「なんにせよ、父さんが遣った方法は二刀差しならではの方法だ。参考になったんじゃないか?」
「はい。今の俺では遣えませんが……出来るようにはなりたいと思います」
今の俺では士郎さんのような二刀差しの遣い方は出来ない。
だが、一刀のみを前提とした戦い方も行う上では士郎さんの戦い方は参考になる。
それに、後の先がどれだけ有効な手段かと言うのも改めて確認出来た。
今回の立ち合いは見て損は無かったな――――。
From FIN 2009/5/3
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