夏織さんは逆手持ちにしているが系統的には薙旋で来るだろうと思う。
士郎さんが狙っているのは多分、虎切で間違いないだろう。
士郎さんは抜刀術を最も得意とする御神の剣士。
二刀差しも今では遣い手が殆どいないと言う差し方なのに士郎さんがそれを愛用しているのは抜刀術を極めているからにあるだろうと思う。
手数の点では圧倒的に夏織さんが有利だと言えるが、士郎さんの虎切は手数の多い奥義をも凌駕する。
士郎さんの抜刀術はそれだけ恐ろしいものがある。
それに、士郎さんの虎切には俺が知らない術があるんじゃないかと思う。
一撃で手数を無効化出来るだけの力量は士郎さんなら当然、持っているだろう。
しかし、夏織さんほどの剣士を相手にするのであればそれは難しいとも感じる。
幾らなんでも、夏織さんの薙旋を一撃のみで凌ぐのは難しすぎると思う。
だが、士郎さんは夏織さんの動きを見ても慌てることは無い。
寧ろ、予想どおりだと言う表情で夏織さんの動きに対して抜刀術の構えを取っている――――。
士郎さんはいったい、何を考えている――――?
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夏織さんが神速の領域の中で動くのが見える。
剣筋からすると恐らくは薙旋で間違いは無い。
だが、その動きは俺の遣う薙旋よりも速い。
今はこの場にいる全員が神速の領域の中にいる状態に近いと言えるので普通に戦っているようにしか見えない。
しかし、神速の領域の中でも夏織さんの動きは速く見える。
速さにおいてはこの場にいる全員を凌駕する夏織さんだ。
この場の神速の領域の中での速さは最も上だと言っても良い。
夏織さんは二刀の小太刀で士郎さんに斬りかかる。
逆手の持ち方からの薙旋――――所謂、回転剣舞と言われる方法。
夏織さんの決め手の大技の一つでもある。
俺も何度か見たことのある技なのだが、俺自身は一度たりとも回転剣舞を凌ぎ切ったことは無い。
俺の場合は薙旋で対抗するのが定石だが、俺の薙旋では夏織さんの動きには追いつくことは出来ない。
今の俺が遣える薙旋でも夏織さんの動きを上回ることは出来ないだろう。
流石に以前に比べれば対抗することは出来るのだろうが。
(だが、士郎さんは何故動こうとしない?)
同じ神速の領域の中にいるのは間違いないが、士郎さんは夏織さんの動きを冷静に見極めるだけで動こうとはしない。
士郎さんですら夏織さんの動きを上回ることは出来ない。
寧ろ、士郎さんは神速の領域の速さにおいては速い方とは言えない。
元々から高速戦にはあまり向いているとは言えない二刀差しを基本とした立ち回りをしているのだから。
士郎さんが細かい動きにおいて夏織さんに不利だと言うのは間違い無かった。
しかし、士郎さんはそれも解っているだろう。
虎切の特性を最も理解しているのは士郎さんだ。
手数において勝っている夏織さんに対して、虎切をぶつけるのはどうしてか。
それが解るのは今、この時なんだろうか――――。
(やはり、夏織はこれで来るか――――)
冷静に夏織の奥義の動きを見極める士郎。
士郎と夏織は若い頃から何度も立ち合ったことがある。
御互いの動きなど見極めているものが多いと言える。
元々、御神流の奥義の一部を夏織に教えたのは士郎である。
夏織が御神流の奥義を遣って来るのであれば士郎には大体の動きが読めるとでも言うべきか。
だが、夏織は元々は違う流派の人間だ。
御神の奥義を遣ったとしてもアレンジが加えられているのは間違いない。
薙旋の初撃から逆手持ちでいくのは夏織ならではの方法だ。
恭也や士郎であれば逆手持ちで初撃を持っていくことは殆どない。
今の動作もそれが明らかだ。
速度で上回る夏織が士郎に対して有効な一撃を加えるためには先手を取るしか無い。
夏織の狙っている方法は決して間違いだとは言えないだろう。
寧ろ、常道手段だと言っても良い。
しかし、士郎の戦闘スタイルからすればそれは有利なこととは言えなかった。
(逆に好都合だ)
士郎が構えるのは御神流の奥義の一つ――――虎切。
虎切は御神流の奥義の抜刀術。
奥義の中では比較的難しい方では無い。
広範囲かつ、長射程の抜刀術――――簡単なようで奥が深い奥義だと言える。
相手が高速で先手を狙うのであれば尚更、抜刀術を極めている士郎が有利だと言える。
抜刀術の利点は剣速の速さにある。
速さの点で負けているにしても剣速で上回っている分でそれをカバーすれば問題無い。
それに、抜刀術は二刀術の極意にも直結する。
抜刀術の最大の特徴は後の先を取ることである。
そして、二刀の極意――――それも後の先と呼ばれるものなのだから。
(虎切で来るわね――――)
士郎の構えを見て夏織は虎切が来ることを判断する。
同じ神速でも速さに勝っている自分を捉えるには剣速で上回る方法を遣うしか無い。
士郎が最も得意とし、剣速の速い奥義と言えば虎切だと自然に結びつく。
(手数においては此方が有利――――)
今、此方の使おうとしている奥義は薙旋。
高速の4連続の斬りである薙旋であれば手数においては勝っている。
しかし、夏織が使おうとしているのは普通の薙旋では無い。
夏織自身は元々は他流派の剣士である。
その流派の剣術にも薙旋に近い技がある。
夏織はその技と薙旋をかけ合わせたのである。
(これで――――)
逆手持ちに小太刀を構え、夏織は士郎に肉薄する。
薙旋と合わせた手数と速さを兼ね備えた奥義――――。
刹那の瞬間に剣筋を描く、これならば士郎でもそう簡単には対処出来ないと夏織はそう考えていた。
しかし、士郎はそこまで甘い相手では無い。
士郎は夏織が肉薄するタイミングを見計らって小太刀を引き抜く。
(来た――――)
夏織は士郎の小太刀が閃いたのを見逃さなかった。
虎切が夏織の剣より速く迫ってくる。
しかし、夏織はこのタイミングで踏み込むタイミングを意図的にずらす。
抜刀術の利点は剣速の速さにある。
しかし、欠点として抜刀術を遣った後には大きな隙が発生する。
謂わば、硬直時間とでも言えば良いだろうか。
抜刀術は一撃必殺だと言っても良い。
だが、抜刀術は外すと自分の命も縮めるものなのである。
踏む込むタイミングをずらしたことにより士郎の放った虎切が空を切る。
(そこ――――)
それを見た夏織は勝利を確信する。
虎切を外した以上、士郎には必ず隙が生まれる――――。
夏織はそう考えていた。
しかし――――士郎は虎切から次の動作に移る。
夏織が虎切を凌ぐことを既に予測していたらしい。
(しまった――――)
夏織が自分の読みが甘かったことに気付いたその時には――――。
士郎の二刀目の虎切が夏織に向けられていた――――。
From FIN 2009/5/1
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