エクスの特徴はその驚異的な反応速度にある。
先程の悠翔との戦いを見ていてもそれは明らかだ。
特に驚くべきところは神速からの薙旋にも身体が動いていたと言うこと――――。
それを考えれば射抜では見切られる可能性も考えられる。
恭也はそう考えて、虎切を遣える体勢へと持っていったのである。
虎切は抜刀術――――。
相手の認識が西洋の剣と言うのが常識であれば抜刀術と言うものは常識外れの術だと言える。
誰しも、”初めて”見るものと言うのに関しては反応が遅れるものだ。
優れた反応速度を持っているとは言ってもそれは変わらない――――。
だからこそ、その一点を突く――――。
それが恭也の導き出した結論だった。
魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
八景の一刀を構え、恭也はエクスに向かって地を蹴った。
そのままエクスに向かって、加速していき――――。
――――小太刀二刀御神流、奥義之歩法・神速
恭也は神速の領域に入った。
自らの世界がモノクロに染まり、周囲の光景が止まったかのように見える。
しかし、ここで驚くべきことがある。
エクスは既に神速の領域に入っているはずの此方の動きを捕捉し始めているようだ。
完全に対応していると言うわけでは無いが、此方が狙っている方向に剣を構えようとしているのが見受けられた。
(やはり、反応するか)
グリフも美由希の神速に完全に対応していたと聞いていた。
グリフの場合も神速の領域から抜け出た瞬間に反応していると言うことだったが……あながち、本当のことらしい。
現にエクスは僅かながら反応しているのだから。
だからこそ、グリフと同じ剣を遣うエクスであればその特徴も同じようなものがあると踏んでも良い。
(グリフが美由希の神速にすら反応していたことを考えれば俺の神速に反応出来るのは当然だろう)
グリフは御神の剣士でも最速を誇る美由希の神速にすら反応していたのだ。
自身にも二重神速と言う方法があるが、それを除けばグリフの遣う剣の反応速度を超えるのは難しい。
美由希が止めを刺した時も射抜・追を遣ったと言っていた。
要するに高速でかつ、相手の予測の範疇外からの攻撃で止めを刺したと言うことになる。
今回も同じ理屈だ。
相手が刀の立ち回りを完全に理解していない。
だからこそ、抜刀術である虎切ならば反応速度が遅れる――――。
――――小太刀二刀御神流、奥義之壱・虎切
高速で抜き放った八景がエクスに向けられる。
エクスも神速には身体が反応していたが、流石にここまでは予測していない。
咄嗟に反応したが、八景が的確にエクスの身体を捉える。
捉えた瞬間、そのまま恭也はエクスを斬り抜き――――。
八景の二刀目を抜き放ち、エクスの首筋へと向けた。
(何が起こった――――?)
恭也が動いたその瞬間に自分は斬られ、首筋に八景を向けられている。
八景を納刀し、構えを取った状態から自分に斬り込んで来たのは理解出来た。
それだけなら悠翔やった手段とそうは変わらない。
身体も反応出来ていた。
だが、恭也の放った斬撃は予想以上に速く、対処のしようも無かった。
(まさか、鞘から抜き放った場合の方が速いなんて――――)
動きからしても元々、恭也の剣速は速い。
しかし、恭也が放った術はそれが更に速くなったと言う印象を受ける……少なくとも今のはそう感じられた。
今の恭也の術は自分の思考の中では考えられていない方法だった。
鞘に納めて一気に抜き放つことで相手を斬り伏せる――――。
そんな方法は考えてもいなかった。
しかも、恭也の行った術は小太刀の欠点と言うものを補っていた。
小太刀は得物の長さからして、攻撃の範囲が狭く、射程も短い。
だが、今の術は見た目以上に範囲も広く、射程も長かった。
小太刀の欠点を十二分に補っていたと言える。
それに、今の術は自分の得物では決して出来ないだろう。
一度、納刀すると言うことは西洋剣では考えられていない。
そもそも、聖洋剣は鞘内に納めて一気に抜き放つと言う行為には向いていない構造をしている。
西洋剣は叩き斬るものであり、斬り抜くと言うものでは無いのだから。
叩き斬る上では納刀すると言うことに関してあまり意味はない。
鞘ごと相手を殴り付けると言ったような行為にしか遣えないからだ。
そう言った構造上や思想の問題からそのようなことは出来ないと言える。
(まだまだ、僕も甘いってことか――――)
恭也の一撃を受けたエクスは改めてそう感じた。
「大丈夫か」
「ええ、大丈夫です。急所は外れています」
「……そうか。だったら良い」
虎切の一撃を受けたエクスの様子を確認する恭也。
とりあえずのところは無事だと言うことらしい。
加減はしていないからこそ、相手の無事を確認すると言うのは当然のことだった。
これで、急所を捉えていたとしたらすぐに手当てが必要になる。
急所から外れていたのであれば、それほど急がなくても大丈夫だと言える。
「恭也さん、貴方の剣を受けて感じたのですが……やはり、兄が貴方達に討たれたのは本望だと思います」
とりあえず、落ち着いたエクスが恭也との立ち合いの感想を述べ始める。
「貴方達の剣は迷いが無くて、その意思というものを強く感じられる。美由希さん本人は解りませんが……恭也さんの剣を受けた限り美由希さんもそうだと思いました」
「俺の剣からはそう感じられたか」
「はい。僕の剣とは全く違います」
エクスの言葉に感じることがあるのか恭也は少し考え込む。
「……俺はそうは思わない」
少し、考えた後、恭也が口を開く。
「どう言うことでしょうか」
「俺の剣がそう感じられたのは此方としても良かったと思う。だが、エクスの剣も良い剣だったと俺は思う」
「僕の剣が、ですか?」
「……ああ。その意思が御神の剣とは全く違うと言うのはその通りだろう。だが……エクスの剣からも意思と言うものは感じられた」
エクスの剣は御神の剣士とはその意思と言うものが違う。
所謂、方向性とかそう言ったものだろうか。
しかし、エクスが言うように全く違うと言うのは何処か間違っている。
エクスは自分の剣に意思が感じられないと思っているが、そうではない。
剣を合わせた限り、恭也にはそう感じられた。
「俺は心が読めるとか言うわけでは無いから深いところまでは解らないが……エクスの剣は邪なものでは無い。それは、はっきりしている」
恐らく、エクスが自分の剣を悪く見ているのは昨年の事件のことが影響しているのだろう。
自らと同じ剣を遣う人間がああ言った事件に関わっていたのだから。
「そう言った意思と言うものはグリフの剣と同じだとしても関係ないはずだ。エクスの剣はエクスの剣だからな」
「恭也さん……」
「だから、自分の剣を信じろ。俺に言えることはそれだけだ」
「はい!」
エクスの表情が明るくなったのを確認した恭也は満足そうに頷く。
自分が伝えるべきことはこのくらいだろう。
ここから先はエクス自身がやっていかなければならない。
あくまで、自分がやったことは方向性を示しただけに過ぎない。
(良い目をするようになった)
エクスも自分の言葉を受けたのが影響したか、目に宿る意思の光がはっきりとしてきた。
これなら、もう心配する必要はないだろう。
恭也はエクスから感じられるものを見ながらそう思う。
From FIN 2009/3/11
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