「それもそうですね。俺も暗器等のチェックでもしておきます」
 夏織さんが何をしかけてくるかなんて全く解らない。
 だからこそ、万全の準備をしておく必要がある。
 例え、ここが高町家だとしても夏織さんが手加減をする可能性は全く存在しない。
 尚更、本気を出してくるだろう。
 夏織さんの行動に冷静に対処して応じることが出来るか――――。
 それも今回の課題の一つだと言っても良い。
 後は俺が海鳴に来て、どれだけ成長出来ているか――――。
 それも、夏織さんの見たいポイントの一つだろう。
 しかし、夏織さんが一番気にしていたのは、俺に大切な人が出来たかと言うこと――――。
 今、俺の心の中にいる人は海鳴で出会った人達――――。
 でも、今の俺の中で一番大きく心の中にいるのは――――彼女の存在だった。
 俺が初めて海鳴りで出会い、俺の思いを少しでも汲み取ってくれた同い年の少女――――。
 彼女の存在が最も、大きくて愛しく感じる。  その彼女の名前は――――。















 ――――フェイト=T=ハラオウン






















魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
















 暗器の確認をし、全ての装備を身に付けた俺はダイニングルームへと向かう。
 士郎さんも既に準備は終わったのか席に着いていた。
「あら、士郎さんも悠翔君もどうしたの? 只成らないような様子だけど……」
 テーブルに朝食を置いていきながら桃子さんが尋ねてくる。
「……もう暫くしたら俺の保護者の人が此方に来るんですよ」
「へ〜……それは、良かったじゃない。でも、どうしてそんなに深刻そうなの?」
「いや、俺の保護者の人がちょっと問題でして」
「問題……?」
「……ええ」
 そう言って俺は軽く溜息をつく。
「桃子は夏織を覚えているか?」
 溜息をついた俺に代わって士郎さんが桃子さんに尋ねる。
「うん、覚えてるけど……。え、もしかして?」
「……そうだ。悠翔の保護者は夏織なんだ」
「夏織さんが……そう」
 士郎さんの説明に少しだけ複雑そうな表情の桃子さん。
 夏織さんは恭也さんの実の母親でもあり、士郎さんの元の妻であると言うこともあって桃子さんには何かと複雑な存在みたいだ。
 多分、なのはさんに夏織さんのことを伝えていないのはそう言った事情もあるのかもしれない。
 だが、今回はそうもいかない。
 夏織さんは高町家に直接来るのだから。
 以前に夏織さんと恭也さんが再会した時はゆっくりと話す余裕なんてあまりなかった。
 でも、今回は夏織さんも任務が目的で海鳴に来るわけじゃない。
 久しぶりに海鳴で羽休めをするために来ると言った感じだ。
 恭也さんとも士郎さんとも積もる話はいっぱいあるだろう。
 それに、桃子さんとも――――。
 俺も夏織さんにはたくさん伝えないといけないことがある。
 海鳴で会った人達のこと、それから俺の心の中にいる大切な人のこと――――。
 言葉に出来ない思いもあるけど、夏織さんには全部、正直に話しておきたい。
 特にフェイトのことは絶対に話そう――――。
















 俺が朝食を食べ終わると入れ替わりでなのはさん達が戻ってきた。
 魔法の訓練をしていた分で遅れてきたと言ったところか。
 俺はなのはさん達がダイニングルームに入って行ったのを確認し、もう一度家の外に出る。
 そして、意識を集中し、感覚を研ぎ澄ませる――――。
(人の気配は――――)
 今のところは歩行者くらいしか感じられない。
 それも、数人程度の気配と言ったところか。
 俺が感じる範囲では怪しげな人の気配は感じられないか――――?
(いや、一人だけ気配が違う。これは、気配を消しているのか?)
 高町家の外から僅かに感じる違和感。
 人の気配が”感じられない”。
 だが、そこに人はいると言った状態。
 所謂、気配を消した状態だ。
(夏織さんか――――)
 こう言った芸当をしかけてくるのは夏織さんくらいしかいない。
 恐らく、間違いはないだろう。
(しかし、夏織さんが動く気配はまだ、感じられない。一体、どういうつもりだ?)
 夏織さんは動かない。
 向こうには俺の気配は既に解っていると言うのに。
 それでも夏織さんは俺の様子を窺っている。
 先程とは違うかたちで俺が気配を読めるかどうかを確かめているのだろうか。
 だったら、俺がやるべきことは――――。
 俺は再度、意識を集中し直し、夏織さんの”消えている気配”の方向へ殺気をぶつける。
 気配が消えているなら燻り出せば良い――――。
(動いた――――)
 俺が殺気をぶつけたことを認めた夏織さんの気配が周囲から離れていく。
 これで、テストの第2段階も終了と言ったところか。
 と言うことは……そろそろ、夏織さん本人が来る――――?
















 とりあえず、試験の第2段階をクリアした俺は家の中に戻る。
 次はほぼ、間違いなく来るだろう。
 頭の中でイメージを構成していく。
 夏織さんの撃ってくる手は幾らでも考えられる。
 無数にある可能性の中から正解の答えを導き出さなくてはならない。
 正攻法から、策略まで……夏織さんは一流の人物だ。
 それに、技量も恭也さんや士郎さんにも匹敵する。
 この上なく遣りにくい相手だった。
「悠翔、夏織が何か試してきたんだろ?」
 俺が考え込んでいると後ろから士郎さんが声をかけてくる。
「ええ。先程は”気配を消す”と言うかたちで俺を試してきました」
「成る程な。だから、悠翔の殺気が強かったのか。夏織を燻り出すために殺気を放ったんだろ?」
「あ、はい」
「だが、今の殺気は少し強すぎたな。なのはがびくっとしてたぞ?」
「え……?」
 なんてことだ――――。
 夏織さんを燻り出すために放った殺気がなのはさんを怖がらせてしまうなんて。
 殺気の調整はしていなかったが、まさかここまで強く放っていたとは自分では思っていなかった。
「すいません、迂闊でした――――」
「いや、構わん。寧ろ、良い勉強になっただろう」
「……はい」
 既に先程のやり取りは終わったことだ。
 最早、気にしていてもどうしようもない。
 しかし、士郎さんの言うとおり、良い勉強になったと言える。
 殺気で燻り出すにしてももっと考えなければならない――――そう言うことだ。
 士郎さんのアドバイスを受け、俺は再度意識を切り替える。
 夏織さんが来るまでもう、時間はかからないだろう。
 俺が集中力を途切らしたらここまで試されたことが全て無駄になる。
 玄関の外から感じる気配に意識を集中する。
 その気配は少しずつ、高町家に近付いてくる。
 感じる気配は1人――――いや、2人――――?
 少なくとも恭也さんと忍さんではないことを考えると……。
 フェイトとはやてか――――?
 それとも――――夏織さんと誰かなのか?
 考えられる可能性は幾らでもある。
 俺は在り得る可能性を考慮しつつ、警戒心を強める。
 やがて、その気配は高町家のすぐ傍にまで近づき……。
 家のチャイムを鳴らした――――。



































 From FIN  2008/12/30



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