「うん、少し腕が痺れたくらいかな。大したことないよ」
「そうなんだ、良かった……」
ユーノが大したことないと答えるとなのはさんも漸く、安心したような表情をする。
とりあえず、俺はこう言ったことに関しては信用されていないらしい。
別にこう言ったことは信用されて無くても良いけど……。
面と向かって言われると苦笑するしかない。
俺が危ない人間だと思われているのと同義だからだ。
「――――っ!?」
俺が自分のことに苦笑していると一瞬だけ、空気が底冷えするような感覚が走る。
なんだ……今の感じは?
何かが、誰かが近付いているのか?
いや……違う。
誰かが視線を送っているに過ぎない。
しかける気配は感じられない。
俺は底冷えするような感覚が走った方向に向かって殺気を飛ばす。
だが……次の瞬間にはその気配はまったく無くなっていたのだった。
魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
(今のは気のせいだったのか――――?)
だが、俺の勘がそれを否定する。
今のは明らかに人の気配だ。
それも、空気が底冷えするような気配……殺気をぶつけてきたということだ。
なのはさんとユーノには全く、感じられなかったことを見ると、その殺気自体はそんなに強くはなかったと言える。
いや、もしくは俺に対してピンポイントに殺気をぶつけてきたか、だ。
空気が底冷えするほどの殺気を感じたのだからその線が一番、近いと考えられる。
(明らかに俺を意識していた……ってことは夏織さんか)
その可能性は充分に考えられる。
夏織さんは今日、来ると言っていたが”何時”にとは言っていない。
だから、今の殺気は夏織さんだと考えても良いのだろう。
すぐに立ち去ったところを考えると、今のでテストの第一段階は終了ということか。
(全く、夏織さんらしい)
俺は気配が完全に消え去ったことを認めると向けていた視線を元に戻す。
念のために周辺の気配を読み取ることは継続しているが。
「どうしたんだい、悠翔?」
「ん、ああ。なんでもないんだ」
ユーノが俺の行為に気付いていたのか尋ねてくる。
流石に自分に向けられていた殺気と戦っていたと言うわけにもいかない。
そんなことを言ったら、また説明がややこしくなってしまうだろう。
俺が誰かに狙われているとでも思われてしまう可能性だってある。
いや、狙われていると言うのは間違っていないけど――――。
「とりあえず、俺はそろそろ中に戻るよ。2人はどうするんだ?」
このまま、長居しても何にもならない。
俺は先に戻ると言う旨をなのはさんとユーノに伝える。
「私は、魔法の訓練をしてから戻るよ」
「じゃあ、僕はなのはに付き合うかな」
なのはさんは考えていたとおり、魔法の訓練をするつもりらしい。
ユーノが付き合うというのも当然だな。
唯、問題もある気がする。
「……解った。とりあえず、あまり遅くならないようにな? 特になのはさん」
念のため、なのはさんに言い含めておく。
下手をすると色々な意味で長引きそうな気がするからな――――。
「そ、そんなことしないもん!」
なんか俺の言った意味を違う意味で受け取ったなのはさん。
いや、別になのはさんの言ったとおりの意味も入っているけど。
なのはさんの反応を見る限り、野暮なツッコミだったみたいだ。
でも、先程の様子を見てるからあまり信用出来ない気も。
まぁ……俺が気にすることでもないんだけど。
なのはさんたちを置いて家の方へ戻ると、士郎さんが待っていた。
「悠翔。先程の殺気は感じたか?」
「……ええ。感じました」
「ふむ……やはり、悠翔もか」
「と言うことは士郎さんもですか?」
「うむ、感じたな」
先程、向けられていた殺気を感じていたのは俺だけでは無かったらしい。
士郎さんも感じていたと言っている。
ならば……俺達、御神の剣士に向けられた殺気だということか。
「とは言っても先程の殺気は見知ったものだったが、な」
「……そうですか」
しかし、士郎さんは苦笑しながら答える。
士郎さんは夏織さんの気配だとはっきりと解ったらしい。
俺には夏織さんだと言う予測までは出来たが、特定することまでは出来なかった。
この差も単に経験の差から来るものか。
それとも、士郎さんと夏織さんの関係が深い故のことなのか。
しかし、それは俺には解らない。
唯、単に俺が未熟なだけなのかもしれない。
どちらにしろ士郎さんは完全に存在を読み取り、俺はそれが出来なかった。
「悠翔もあの殺気を感じられたのなら大したものだがな。少なくとも普通に殺気をぶつけて来たのなら、なのはも気付いたはずだ」
だが、士郎さんからは俺が殺気を感じれたと言うことを褒める言葉が。
普通に殺気をぶつけて来たのであれば、確かになのはさんやユーノにも感じられたはずだ。
そのことは自分自身が試していて、理解出来ていることだ。
実際に、殺気をぶつけて見たことはあるからな――――。
「しかし、あの殺気はあえて俺達が感じれる程度の段階で放って来た。裏を返せば殆ど、殺気は放っていないことになる」
「はい」
確かにそれは士郎さんの言うとおりだ。
普通の人と俺達では感じられるものが違う。
感覚というのはそれだけ大きく差が出るものだからだ。
殆ど、殺気を放っていないのにそれを感じ取る……それは剣士として当然のことだ。
しかし、なのはさんやユーノは魔導師であり、その領分では無い。
先程の殺気もそう言った意味合いだろう。
「最も、俺が記憶している限りでは、悠翔の段階では先程くらいの殺気は感じられるか、感じられないかと言った感じだったんだが」
……そうだったのか。
いや、全く気付かなかった。
俺が気付くか気付かないくらいの殺気だと言うことは相当小さな殺気だったと言える。
何時の間に、俺はそこまで殺気を読めるようになっていたのだろうか。
もしかして、ここ数日での戦闘や訓練が影響しているのか――――?
「ま、今のを感じられるくらいになったのなら悠翔も成長したってことだ。夏織も喜ぶだろう」
「あはは、そうだと良いですけど」
確かに怒られるってことは無いだろうけど……ちょっと複雑だな。
また、次の段階へは進めたんだろうけど、士郎さんのようにはまだまだいかない。
焦る必要なんて全く無いが、やはり士郎さんのような段階は一つの目標だ。
少しずつ成長は出来ていると言う実感はある。
後は、俺自身もその努力を続けていくしか無い。
「さて……夏織が来るんなら俺も準備しておくか」
「士郎さんもですか?」
「ああ。夏織がどのタイミングで来るかは解らんし、誰が出迎えるかも解らないからな」
確かに士郎さんの言うとおりだが。
夏織さんは時間を指定していないから何時来るか解らない。
だったら、初めから準備しておくのが普通だろう。
そもそも、夏織さんが俺にテストをするのは”戦闘”に関すること。
戦闘の開始に時間なんてものは関係ない。
時間の指定がある戦闘なんて唯の決闘でしかないのだから。
「それもそうですね。俺も暗器等のチェックでもしておきます」
夏織さんが何をしかけてくるかなんて全く解らない。
だからこそ、万全の準備をしておく必要がある。
例え、ここが高町家だとしても夏織さんが手加減をする可能性は全く存在しない。
尚更、本気を出してくるだろう。
夏織さんの行動に冷静に対処して応じることが出来るか――――。
それも今回の課題の一つだと言っても良い。
後は俺が海鳴に来て、どれだけ成長出来ているか――――。
それも、夏織さんの見たいポイントの一つだろう。
しかし、夏織さんが一番気にしていたのは、俺に大切な人が出来たかと言うこと――――。
今、俺の心の中にいる人は海鳴で出会った人達――――。
でも、今の俺の中で一番大きく心の中にいるのは――――彼女の存在だった。
俺が初めて海鳴りで出会い、俺の思いを少しでも汲み取ってくれた同い年の少女――――。
彼女の存在が最も、大きくて愛しく感じる。
その彼女の名前は――――。
――――フェイト=T=ハラオウン
From FIN 2008/12/26
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