「多分、言っても無駄でしょうから、これ以上は言いませんが……。自分をもっと大事にして下さいね。悠翔君のことを見てくれる人のためにも」
「……はい」
俺はフィリス先生の言葉に頷く。
自分をもっと大事にしろ――――か
フィリス先生の言ったことは忠告のようでもあり、俺のことを考えて言ってくれた言葉だった。
俺はそれをもっと実感しないといけないのかもしれない。
再度、その言葉に頷き、部屋を後にする。
俺がどうするべきかはまだ、解らない。
自分を大事にすることは出来ないかもしれない。
だけど、フィリス先生の言葉は胸に刻み込んだ。
俺のことを見てくれる人のためにも――――。
だが、俺のことをそこまで見てくれている人はいるのだろうか?
恭也さんや士郎さん、それに夏織さんに美沙斗さん……そして、啓吾さん。
この人達は別として、俺のことを見てくれている人……。
フェイトは俺のことを見てくれているとは思うが、まだ彼女には本当の俺は見せられない。
そういった意味でも、俺は自問する。
だが、その答えが出ることは無い。
それは――――今の俺が一番、理解出来ていることだった。
魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
フィリス先生に言われたことを考えながら、俺は暫く、待合室でぼ〜っとしていた。
今の俺に自分を見てくれる人がいるのかとか。
剣を振るう上で無理をしないとか。
自分をもっと大切にするとか。
フィリス先生に言われたことで色々と思うところもある。
俺は、もう一度、自分の左腕を見つめる。
痛みは全く、無い。
寧ろ、昨日よりも調子は良くなっているくらいだ。
だが……完全に治すには手術をしたほうが良いかもしれないということ。
しかし、手術をしても、痛みは残るかもしれないということ。
裏を返せば俺の左腕はそこまで思わしくない状態にあるということだ。
遣い続ければ、いつかは、嘗ての恭也さんの膝のようになってしまうのかもしれない。
だが、俺は利き腕である左腕を遣うのを止めるわけにはいかなかった。
一度、斬れた筋や神経は繋がっても完全に治るとは限らない。
ましてや、俺のように腕を行使しているとすれば尚更、繋がっていたとしてもまた、反動が溜まっていくだけだ。
現に昨日、診て貰った時は俺の左腕には相応の反動が溜まっていた。
いや、以前から左腕を遣っていたからその分の反動も含めていたんだろう。
雷徹を撃ったにしては反動が大きく溜まっていたような気がする。
それとも……シグナムの甲冑の強度が俺の予想を上回っていたことにもあるのかもしれない。
雷徹を遣っただけじゃなく、斬も徹も遣っている。
どちらも御神流では基礎の段階のものでしかないのだが、それぞれが刀剣の斬撃を最小の動作で最大の効果を出すためのものと衝撃の威力を徹すためのものである。
当然、利き腕ではない右腕でも遣えるが、昨日は左腕でもそれを遣っている。
シグナムの甲冑は斬と徹の両方を遣わなければとても、貫けるものでは無かったから、な。
俺はそう考えながら、もう一度左腕を動かしてみる。
やはり、痛みはなく、溜まっていた反動も殆ど感じられない。
俺は一度、息を整え直し、立ち上がる。
さて、今日は時間に余裕があるし、病院の中でも見て回るか――――
とりあえず、暇を持て余している俺は病院内を歩き回ってみる。
ここは大きい病院なだけあって、色々な人がいる。
とは言っても今は、平日の午前。
お見舞いに来たりしている人はあまりいないみたいだ。
人の通りがあまり無い。
寧ろ、俺みたいな年齢の人は全くいないと言ってもいいくらいだ。
いるとしてもこの病院に世話になっている人達だろう。
だが、今のところは俺と同年代くらいの人は見かけていない。
と言うより俺の方が他の人に見つめられているような気がする。
(もしかして、目立ってしまっているのだろうか)
声には出さないが、とりあえずそう考える。
こんな時間に病人っぽくない中学生が病院内をうろうろとするのは案外、目立つのかもしれない。
実際に俺は病人ではないし、悪いところに関しても利き腕だけだ。
別に他の身体の部分が悪いということはない。
いや、俺の身体のどこかが他に悪かったらフィリス先生に気付かれているだろう。
昨日と今日と、フィリス先生からの診察は受けさせて貰ったが……それを見逃すような人ではないと思う。
あまりよくは覚えていないが、もしかしたらマッサージの時についでにやっていてくれていたかもしれない。
最も、マッサージの時に関しては、俺は痛みしか覚えていないんだが……。
(効果は凄かったけど……アレは覚悟が要り過ぎだよな……)
あのマッサージのことを思いだした俺は、少しだけ身震いする。
しかし、これ以上考えても何もならないので、俺は思案するのを止めて歩きだす。
(折角、天気も良いし……病院の外でも歩いて回ってみるか)
一つの考えが纏まった俺は病院の外へと向かっていく。
病院の外に見える空は良い天気だった。
(良い天気だな)
外に出た俺は軽く背伸びをする。
診察の時も含めて、待つ時間もずっと座っていたのだから身体が少しだけ固まっているような感じだ。
朝だって鍛錬は剣を振るわずに、精神統一の鍛錬だった。
身体を動かしたのはランニングの時くらいだ。
一応、今日までは様子を見て、剣を振るのは止めようとは思っている。
別段、フィリス先生も剣は絶対に振るうなとは言っていない。
ある程度、気を付けておけば大丈夫なんだろう。
とりあえず、明日からはまた、剣を振るうつもりだ。
軽く背伸びをした俺は病院の外を歩き回る。
病院の構内だけで、あれだけ広いのであれば周囲の方も広いのは当然だといえる。
歩き回るだけでもかなり、時間が潰せそうな感じがする。
ところどころで歩いている人がいるが、雰囲気からすると入院している人達だろう。
俺くらいの年齢の人は見当たらない。
どちらかといえば、年をとった人達だ。
こういった良い天気の日はなるべく、外を歩いたほうが良いんだろう。
今の季節は春、日差しも風も空気も……良い頃合いの季節。
俺も春は好きな季節の一つだ。
他愛もないことを考えながら、病院の周りを歩き回る。
ここまで広いと、ここが病院だというよりは大きな公園だと錯覚してしまう。
そのくらい、ここは広いし、天気のほうも良かった。
更に、暫くの間、俺は歩き回る。
すると、なんとなくだが、目立たないと感じるような場所に開けた場所を見つけた。
なんだ、この感じ……?
俺は赴くままにその開けた場所へと歩いていく。
人の気配――――?
俺がその開けた場所に近付くと人の気配がした。
こんなところに人がいるのも珍しい。
入院している人がこんな場所に来るというのも考えにくい。
だが、その気配に俺は何かを感じたような気がする。
なんとなく、その気配が気になって近付くと――――。
そこには、見覚えのない人間の集団がいた。
From FIN 2008/7/29
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