「大丈夫、悠翔?」
 溜息をついている俺の顔を覗き込みながらフェイトが尋ねる。
「ああ、お陰さまでな。明日ももう一度、来ないといけないが……腕の調子は大分、良くなったよ」
「そうなの? でも、無理はしないでね?」
「……解ってる」
 あくまで心配そうにしているフェイトを安心させるように俺は頷く。
 実際に腕の調子は良くなっているのだから、誤魔化す必要は無い。
 だが、今日はこれ以上、左腕を行使させるわけにはいかないだろう。
 そう思いながら、俺は左腕を軽く動かしてみる。
 やはり、フィリス先生から見て貰った左腕の調子は先ほどよりずっと良い。
















 普段であれば、雷徹を撃ち過ぎた左腕からは痛みが残ったままなのだが――――。
















 俺の左腕から痛みは無くなっていた――――。






















魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
















 腕を診て貰ってから1日が過ぎた。
 昨日はあれから翠屋に戻って、なのはさん達とお喋りをしていた。
 聞かれたのは主に俺のこと。
 どうして、シグナムを圧倒出来たのか、とか。
 何時から御神流を遣っているのか、とか。
 まぁ……このあたりに関しては流石に誤魔化しておいたが。
 御神流のことはなのはさん達には教えられない。
 特に俺が遣っているのは”裏”である御神不破流だ。
 シグナムと戦った時は基本的に”表”の御神流で戦ったが、”裏”の御神不破流は遣っていない。
 御神不破の技を遣ったのは恭也さんの方だからな。
 とは言っても、恭也さんが遣ったのもほんの一部ですらない程度だ。
 対人という点においては俺も恭也さんもまだ、本来の戦い方はしていない。
 恐らくは殺気だけでもなのはさん達を追い詰めることだって出来るだろうからな。
 恭也さんも俺も昨日の戦闘では殺気に関しては一切遣っていなかったからな。
 それに、恭也さんの場合は殺気や気配すらも完全に消すことが出来る。
 裏を返せば、恭也さんの場合は何も躊躇うこともなく人を斬ることが出来るということ。
 俺はまだ、恭也さんほどまでそういった芸当は出来ないが、ある程度の段階までなら出来る。
 まぁ……殺気をぶつけて、相手の戦意を削ぐとか、威圧するとかだったら俺も出来るのだが。
 なのはさん達にはそれはキツ過ぎる。
 殺気や気配を読み取るという術を知らない魔導師達では俺や恭也さんの放つ殺気に対する対処など出来るとも思えないし。
 それに、本当の殺気というもの底冷えするほど、冷たくて恐ろしい。
 俺は初めて海鳴に来た日に一度だけ、皆の目の前で殺気を放ったことがある。
 ほんの一瞬のことではあったが、その時の様子を思いだすと、なのはさん達の前では迂闊に殺気を放つことも出来ない。
 もし、殺気を出しっぱなしにしていたら、耐えられないだろうからな。
 そういった意味でも本来の戦い方はなのはさん達に見せるべきものでもないし、遣うべきものでもない。
 なんにせよ、昨日は一通りお喋りをして、桃子さんの差し入れを貰って……。
 色々と楽しい時間を過ごすことが出来た。
 そして、今日の朝、俺は恭也さん達の訓練を見学する傍ら、精神統一の訓練をしていた。
 昨日、雷徹を撃ち過ぎたのもあり、今日は腕をあまり遣うわけにもいかない。
 調子に関しては今までに比べてもずっと良いくらいだが、昨日の時に念のため来るように言われているから迂闊な真似は出来ない。
 また、あのマッサージを受けるのかと思うとぞっとするが……。
 何はともあれ、俺は今日も病院へ向かう。
 問題を抱えた、利き腕である左腕を見て貰うために。
















「どうぞ〜」
「……失礼します」
 フィリス先生に呼ばれ、俺は医務室へと入る。
 今日は昨日とは違って、来るように言われていたので、待ち時間は短かった。
 今回は1人で来てるのもあるからあまり長くは待ちたくはなかった。
 因みになのはさん達は、今日は学校があるとのこと。
 世間ではゴールデンウィーク前の平日といった感じか。
 最も、俺の方は海鳴では学校に通いようもない。
 正式に海鳴の方に引っ越さないと此方で学校に通うのは不可能だからな。
 とまぁ、なのはさん達の事情とは関係なく、俺は病院の方に来ている。
「えっと、悠翔君。昨日も診ましたけど……左腕の調子の方はどうですか?」
「あ、はい。左腕の方は……問題ありません。寧ろ、今までより調子が良いくらいです」
「そうですか……。では、念のため、診せて貰えますかね? 調子が良いからと言って無理をしたりしたら元も子もありませんし」
「はい、解りました」
 フィリス先生に言われ、俺は左腕を出す。
 暫く、俺の左腕を診察しながらフィリス先生は頷く。
「うん、確かに悠翔君の言っているとおり、左腕の調子は良好みたいですね。あれから、訓練とかはしなかったみたいですね?」
「っ……!? 何故、それを」
 俺はフィリス先生の言葉に驚く。
 何故、俺が訓練をしているのかが解ったのか。

 昨日の段階ではフィリス先生にそのあたりの事情は話していなかったはずだ――――

「恭也君の紹介でしたからね。なんとなく、そんな気はしていたんです。それに、悠翔君は雰囲気とかが恭也君に似ていますしね」
 フィリス先生には俺のことは気付かれていたらしい。
 恭也さんの紹介ということで解るという可能性は充分にあったのだが……まさか、雰囲気とかでばれるとは思わなかった。
「悠翔君も……剣を遣っているんですよね?」
「……はい、そうです」
「やっぱり、そうでしたか……。恭也君を診ている時と似たような感じがしたのもそのせいですね」
 納得したように頷く、フィリス先生。
 この人は……やはり、只者ではなかった。
 俺を雰囲気だけで判断出来るなんてそうそう出来るとは思えない。
 恭也さんとも色々とあったのだろう。
 それに、フィリス先生から感じる気配……この人は唯の医者じゃない。
「……フィリス先生こそ、貴方は……只者じゃないですね。俺も何処かで似たような雰囲気を感じたことがあります」
「……成る程。悠翔君も御存知だということですね。いえ、悠翔君の場合は過去に誰かに会ったことがあるということでしょうか?」
 フィリス先生が俺の問いかけに対して尋ねる。
「……はい。詳しくは話せませんが」
「そうですか……」
「……フィリス先生はHGSですね。俺の感じている雰囲気に間違いがなければ」
「そうです」
 俺がHGSのことを尋ねるとフィリス先生は躊躇することなく頷く。
「私も詳しくは話せませんが、色々とありましたからね……なんとなく、悠翔君のような人のことは解るんですよ。悠翔君は……他にも色々と関わりがありますね?」
 今度はフィリス先生が俺に尋ねる。
 まさか、普通に色々とあることに気付かれるとは思わなかった。
「ええ、そうです」
 フィリス先生も昔に色々とあったと言っていた。
 多分、そういった事情からも俺のことを見破ったのだろう。
 最も……HGSの分もあるのだろうが。
「多分、これ以上は悠翔君も言えないでしょうし、私からもこれ以上は言えません。話が大きくそれてしまいましたが……念のため、マッサージしておきますね?」
「なっ……」
 真面目な話になったから、その方向に話がいくとは俺も予測出来なかった。
 確かに、俺もこれ以上は詳しく、フィリス先生に話すわけにもいかない。
 けど、それはフィリス先生にも同じことだ。
 だが……あのマッサージを受けるとなると話は別だ。
 正直な話、俺のことをもっと話す方がまだ、楽なくらいだ。
 しかし、現実にはそんな真似をすることは出来ない。
 結局、俺は観念し、フィリス先生のなすがままにされる。
 そして、先日に引き続き、医務室からは俺の叫びにならない声が響いたのだった――――。
















「はい、もう良いですよ。左腕自体は……あまり無理をしなければ、大丈夫です」
 マッサージを済ませた後、フィリス先生が俺の左腕の診断結果を伝える。
「ただ、もっと完全なかたちで治したいのであれば、手術が必要ですね。とは言っても、悠翔君の腕の場合は手術をしても何かしらの痛みとかは残るかもしれませんが」
「そうですか……」
 俺は少しだけ、肩を落とす。
 やはり、もっと完全な状態にするには手術が必要だというのは理解していた。
 だが、それでも手術を考えなくてはならないのは残念だった。
「とにかく……手術はしなくても一応、大丈夫ですが……無理をしないことが大事です」
 フィリス先生は念を押すように無理をするなと言う。

 だが……そういうわけにも――――

「とは言っても恭也君と関係のある悠翔君ではそれは望めないとは思いますが」
「ぐっ……」
 フィリス先生の言い方に俺は言葉につまる。
 たった今、考えていたこともあって言い返せない。
 フィリス先生の言うとおり、俺はこれからも剣士として左腕を遣い続けるのだから。
「多分、言っても無駄でしょうから、これ以上は言いませんが……。自分をもっと大事にして下さいね。悠翔君のことを見てくれる人のためにも」
「……はい」
 俺はフィリス先生の言葉に頷く。

 自分をもっと大事にしろ――――か

 フィリス先生の言ったことは忠告のようでもあり、俺のことを考えて言ってくれた言葉だった。
 俺はそれをもっと実感しないといけないのかもしれない。
 再度、その言葉に頷き、部屋を後にする。
 俺がどうするべきかはまだ、解らない。
 自分を大事にすることは出来ないかもしれない。
 だけど、フィリス先生の言葉は胸に刻み込んだ。
 俺のことを見てくれる人のためにも――――。

 だが、俺のことをそこまで見てくれている人はいるのだろうか?

 恭也さんや士郎さん、それに夏織さんに美沙斗さん……そして、啓吾さん。
 この人達は別として、俺のことを見てくれている人……。
 フェイトは俺のことを見てくれているとは思うが、まだ彼女には本当の俺は見せられない。
 そういった意味でも、俺は自問する。
 だが、その答えが出ることは無い。
















 それは――――今の俺が一番、理解出来ていることだった。



































 From FIN  2008/7/26



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