「そうですか……だったら良いんです。それじゃあ……早速、診ましょうか」
俺がうろたえていることには全く気付かないままフィリス先生は診察を始めようとする。
「あ、はい。お願いします」
俺もここで漸く、落ち着きを取り戻し、返事をする。
見た目はとても可愛らしいがフィリス先生は紛れもなく医者だ。
普通には感じられないが、この人は俺よりも当然、年上で恭也さんよりも年上だ。
年上の女性に対して失礼な真似をするわけにはいかない。
俺はそう心に決めて診察に臨む。
しかし、恭也さんが何故、覚悟はしておけといったのかは全く解らない。
フィリス先生を見てもそのような雰囲気は感じられないのだが――――。
――――それが、大きな間違いだったということを
――――俺は身を持って知ることになる。
魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
「えっと……左腕でしたね」
「はい」
フィリス先生に尋ねられ、左腕をみせる。
暫く俺の左腕を診ながら、フィリス先生は頷く。
「う〜ん……極度の疲労が溜まっていますね。それに……以前、腕の筋や神経を一度、斬っていますね? 今は、組織とかも繋がっていますが……」
「……ええ、そうです」
「腕の筋や神経自体は繋がっています。ですが、完全に治っているとは言い難いですね」
どんどん俺の腕の状態を言い当てていくフィリス先生。
「自分でも気を付けてはいるみたいですが……それでも、時々、無茶をしてるのも大きいみたいです。左腕に反動が溜まっていますよ?」
簡単に腕の診察をしているだけのはずだが、俺の左腕のことを大体、理解したフィリス先生。
恭也さんが推奨してくれただけあって医師としての力量も非常に高い。
まさか、普通に俺の腕の筋が斬られたことをすぐに解るとは思わなかった。
今の俺の左腕の筋は一応、繋がっているのだから。
「う〜ん……とりあえず、今日のところはマッサージでもしておきましょうか。溜まっている分の反動を軽くしておかないといけませんしね」
「あ、はい。お願いします」
俺は頭を下げてフィリス先生にお願いする。
実際、俺の左腕に反動が溜まっているというのは本当だろう。
自分でも抑えて遣ってはいるが、それでも剣士として利き腕である左腕を遣わないということは無い。
寧ろ、左腕を遣うことは多いといえば多いといっても過言では無い。
先日の士郎さんとの立ち合いの時も、今日の朝の恭也さんとの立ち合いの時も。
そして……シグナムとの戦闘の時も俺は左腕を遣っている。
しかも、シグナムとの戦闘では雷徹を2回、更には徹自体なら何度も遣っている。
今日だけで一気に反動が溜まるのは当然だ。
「では……」
フィリス先生が遠慮がちに一言、言いながら俺の左腕のマッサージを開始する。
初めは、確かに気持ち良かった。
マッサージは普通そういうものだと思う。
だが、フィリス先生のマッサージは色々な意味で常識を超えたものだった。
これは……マッサージとかいう問題じゃない。
確かに効果は大きそうだが、尋常なレベルとは言い難い。
恭也さんが”覚悟”しておけと言った意味がここで漸く、理解出来た。
フィリス先生のマッサージは……洒落にならないほどの激痛が伴うものだった。
しかし、それを理解した時、全ては遅すぎた。
恭也さんが”覚悟”しておけと言ったのはこういうことだったんだな――――
俺がそんなことを考える暇も無く、医務室には俺の叫びにならない声が響いたのだった。
「悠翔……大丈夫かな?」
私は悠翔が名前を呼ばれた後、ぽつりと呟く。
「大丈夫や、フェイトちゃん。フィリス先生はこの病院でも評判の医師やし」
「そうなの?」
「ん、本当やで。私の場合は石田先生が担当やったけど……その石田先生もフィリス先生のことを優秀だって言うとったし」
「でも……」
それでも、私は悠翔のことが心配で不安になってしまう。
はやてが言っているんだから間違いはないと思うんだけど……。
私はあまり、普通の病院にお世話になったことは無いからいま一つ不安。
管理局にある病院の方が設備とか整っているだろうし……。
「そんな、顔をするな。フィリス先生は普通の医者じゃないからな。悠翔もきっと大丈夫だろう」
「……恭也さん」
「そうよ、フェイトちゃん、あの病院嫌いな恭也も認めているし……それにフィリス先生はあの手の怪我の診察は慣れているから大丈夫」
「……忍さん」
はやてだけじゃなくて恭也さんと忍さんの大人2人まで大丈夫だと言っている。
私は、フィリス先生のことを知らないから解らないけど……。
はやても恭也さんも忍さんも優秀だと言っているのならフィリス先生は本当に優れた先生なのかもしれない。
けど、私には何故、悠翔が魔法で治して貰わなかったのかが解らない。
多分、悠翔の左腕も私達の世界の技術なら治せると思う。
ううん、多分じゃなくて、絶対に治るんじゃないかとも思う。
でも……悠翔にそのつもりは無くて。
どうして……悠翔は魔法のことを疎遠にするのかな……?
私にはどれだけ考えても悠翔がそうする理由が解らなかった。
「はい、また明日にもう一度だけ来て下さいね。念のため、様子を見ておきたいですから」
「……解りました」
俺はげんなりとした様子で医務室を後にする。
正直な話、恭也さんが覚悟をしておけと言った意味がそのままの意味だったことを本気で理解した。
フィリス先生のマッサージがこれほどのものだったとは思わなかった。
確かに効果はあった。
現に、俺の左腕の調子は先ほどに比べればずっと調子が良い。
だが、フィリス先生のマッサージは地獄と呼んでも良いほどだった。
普通、あれは無いだろう。
と言うかフィリス先生は見かけによらず強引なのかもしれない。
理に適った方法ではあったのだが、あれは効果を実感できるまでは唯の拷問でしかない。
多分、恭也さんも幾度となく経験しているんだろう。
俺に覚悟しておけと言ったのはその辺りの経験からきているのは間違いない。
「……大丈夫だったか?」
恭也さんが俺の顔を見ながら尋ねてくる。
「大丈夫に見えますか?」
「いや、そうは見えん」
俺が少しだけむっとしながら反論すると、恭也さんはさらっと受け流す。
まぁ……恭也さんは俺に忠告はしてくれていたわけだしな。
別に恭也さんに非は全く無い。
忍さんも俺と恭也さんのやり取りが可笑しいのか、苦笑しながら俺と恭也さんを見つめている。
とりあえず、俺は面白がられたのもあるらしい。
俺はもう一度、溜息をつく。
腕の調子が戻ったのだから別に良いか――――
「大丈夫、悠翔?」
溜息をついている俺の顔を覗き込みながらフェイトが尋ねる。
「ああ、お陰さまでな。明日ももう一度、来ないといけないが……腕の調子は大分、良くなったよ」
「そうなの? でも、無理はしないでね?」
「……解ってる」
あくまで心配そうにしているフェイトを安心させるように俺は頷く。
実際に腕の調子は良くなっているのだから、誤魔化す必要は無い。
だが、今日はこれ以上、左腕を行使させるわけにはいかないだろう。
そう思いながら、俺は左腕を軽く動かしてみる。
やはり、フィリス先生から見て貰った左腕の調子は先ほどよりずっと良い。
普段であれば、雷徹を撃ち過ぎた左腕からは痛みが残ったままなのだが――――。
俺の左腕から痛みは無くなっていた――――。
From FIN 2008/7/26
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