「……だが、悠翔は既に限界だ。とりあえず、今日のところは勘弁してやってくれ」
「そう……ですか」
恭也さんがクロノさんに対してやんわりと拒否をする。
俺の左腕のことを気遣ってくれているのだろう。
だが、クロノさんも真剣な表情で頼んでいる。
「……俺は別に構いません。後、一戦くらいなら出来ますから」
俺は再度、立ち上がり、恭也さんに戦う意思を伝える。
「……馬鹿をいうな。ここで無理をしたら俺と同じになってしまうだろう。悠翔がクロノの相手をするぐらいだったら、俺が相手として応じる」
「恭也さん?」
恭也さんの返答に一瞬、理解が出来なかった。
俺がクロノさんと戦うくらいだったら恭也さんが戦う……確かに恭也さんはそう言っている。
「……俺も一度、クロノとは遣っておきたかったからな」
一言だけぽつりと呟いて、恭也さんが八景を掲げる。
そして、恭也さんの発する気配が一変する。
悠翔が見た恭也の気配――――。
それは普段の恭也とは全く異なる気配。
それは――――悠翔の知っているもう1つの恭也の姿――――。
――――御神の剣士、高町恭也。
魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever
「さて……俺で良ければクロノの相手を務めさせて貰うが……」
御神の剣士としての空気を纏ったまま、恭也さんがクロノさんに尋ねる。
「……解りました。寧ろ、此方からお願いします」
そう言った途端、クロノさんの気配と姿が変わる。
これが……魔導師としてのクロノさんの姿か
恭也さんと同じように全体的に黒い印象の魔導師。
一目見た感じではクロノさんはそんな印象だった。
しかし、その気配はシグナムとも全く違う。
シグナムの場合は騎士という言葉、そのままだと言っても良いような気配をしていた。
だが、クロノさんの場合は全く、タイプが違う。
如いて言えば……クロノさんは多芸に秀でているタイプだろうか。
俺が感じた限りではそんな感じだ。
「なら……早速、始めるとするか。条件は悠翔の時と同じで構わないな?」
「……ええ、此方こそお願いします」
そう言ってクロノさんも杖……確か、デバイスと言ったか……を準備する。
何やらいきなりの展開に俺を除いた全員が唖然としている。
なのはさんもフェイトもはやても驚いて言葉が出ないみたいだ。
唯、忍さんだけは苦笑している。
なんとなく、忍さんには恭也さんのとった行動が解っていたのだろう。
それとも、恭也さんは初めからこういう状況になったらクロノさんを相手にして戦うつもりだったのかもしれない。
恭也さんが初めから八景と暗器の類を身に付けていたことがそれを示している。
だが、いきなりの展開とはいえ、恭也さんの剣が見られる。
それに……クロノさんの扱う魔法まで見られる。
これは――――かなり大きなことかもしれない。
距離を取り、対峙する恭也とクロノ。
御互いが構えるものはそれぞれ、小太刀二刀とデバイス二つ――――。
恭也が構えるのは父、士郎から受け継いだ不破家の小太刀――――八景。
そして、クロノが構えるのは母、リンディから受け取ったデバイス――――S2U。
もう1つは今は引退している元、恩師グレアムから受け取ったデバイス――――デュランダル。
漆黒の色をした二人の男性がそれぞれの得物を構え、対峙する。
どのくらい対峙したまま動かなかっただろうか――――。
「時空管理局、提督……クロノ=ハラオウン」
先にクロノが名乗りを上げる。
「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範、御神の剣士・高町恭也」
恭也もクロノの名乗りに応じる。
御互いが名乗り終わった後、どちらからともなく動きだす。
先に動いたのはクロノ。
恭也が動く前に距離を取り、すぐさま魔法の詠唱を開始する。
既に魔法の構築の準備が出来ていたのか、クロノは恭也が仕掛ける前に魔法を撃つ。
《Blaze Cannon》
クロノが得意とする熱量を伴う砲撃魔法――――ブレイズキャノン。
ブレイズキャノンは大威力の瞬間放出を上手く制御して、長時間放出による隙を作らないような調整をされている。
そのため、直射の砲撃魔法としては速度も速く、隙も少ない。
しかし、恭也はブレイズキャノンの弾道が初めから解っていたのか、既にクロノに対して間合いを詰め始めていた。
(――――速いな)
恭也はブレイズキャノンの射線から離れ、間合いを詰めながら考える。
クロノの魔法を撃つ速度はなのはよりも速い。
いや、フェイトよりも魔法の発射速度は上回っているかもしれない。
(そして……俺の取ろうとしている間合いに何かがあるな。恐らくはトラップだろう)
恭也はクロノに間合いを詰める寸前で進路を変え、飛針を投げつける。
恭也が飛針を投げた個所で魔法が発動する。
クロノがブレイズキャノンの詠唱前に設置していたストラグルバインドが発動したのだ。
しかし、恭也は間合いを詰める時点でそれに気付いていた。
元々、恭也も鋼糸を使用したトラップを設置したりする。
この手のトラップの対処は慣れたものだった。
(気付かれた……!)
設置していたストラグルバインドが飛針で強制発動させられる。
ブレイズキャノンといった砲撃魔法を遣えば恭也は必ず間合いを詰めてくると考えたクロノはストラグルバインドを設置していたのだが……。
恭也は初めからクロノの狙いに気付いていた。
飛針を投げ、バインドを強制発動させた恭也はその間隙をついて鋼糸を投げつける。
投げた鋼糸がクロノの腕に絡みつく。
(ぐっ……)
恭也が遣ったのは恐らく、悠翔が遣っていたものと同じだろう。
腕に痛みがはしるが、クロノは魔力を込めて鋼糸を断ち切る。
しかし、その隙に恭也はクロノの目の前にまで距離を詰めていた。
クロノは咄嗟にシールドを展開し、恭也の八景を防ごうとする――――。
(――――障壁か。だが、問題ない)
クロノがシールドを展開したのを確認した恭也はお構いなしに八景で斬撃を放つ。
斬撃がシールドとぶつかりあった瞬間、クロノに衝撃がはしる。
――――小太刀二刀御神流、基礎乃参法「徹」
徹により、シールドを突き抜けた衝撃がクロノの腹部に叩き込まれる。
だが、クロノは僅かによろめくだけである。
(……成る程、この程度なら耐えるということか)
恭也は斬撃を放った体制からすぐに立て直し、クロノの様子を冷静に判断する。
だが、恭也に油断といったものは全くない。
クロノがどれだけの実力者かは理解している。
現にクロノはよろめきながらも既に魔法の発動をしていたらしい。
恭也に一つの魔力弾が迫ってきていた。
恭也は咄嗟に間合いを取り直すが、魔力弾は恭也を追尾してくる。
(――――誘導の魔法か)
恭也はクロノの放った魔法を見ながら特性を判断する。
なのはの遣っていたものとは違い、クロノのものは数が一発しかない。
だが、その追尾性と速度に関してはなのはのものより優れていると恭也は判断する。
斬り払おうとしても、その魔力弾は進路を変え、恭也を狙ってくるのだから。
(これは完全にクロノの意志で操っているということか。ならば、遣りようはある――――)
恭也は誘導する魔力弾から距離を取り、意識を集中する。
その瞬間、クロノの目の前から恭也の姿が霞む。
クロノは恭也が神速を遣ったのではと思ったが、そうではない。
――――小太刀二刀御神流、基礎乃参法「貫」
恭也は御神流の基礎の一つである貫を発動させたのである。
しかも、”表”の御神流の遣い方ではなく、”裏”の不破流の遣い方である。
恭也は貫を対象者であるクロノのみならず、全方位に向けて実行している。
クロノの目に恭也の姿が霞んで見えるのは、”見えている”はずなのに”認識出来なくなる”といった状態なってしまっているからである。
恭也は貫を発動させたまま、クロノの魔力弾の弾道を見極め――――。
八景を一閃させた――――。
From FIN 2008/7/6
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