夜叉九郎な俺
第80話 天正出羽会戦
――――1582年4月10日
・天正出羽会戦陣容
戸沢家(合計13500)
・ 戸沢盛安(足軽2000、騎馬700、鉄砲300) 3000
・ 戸沢盛重(足軽2200、騎馬200、鉄砲100) 2500
・ 前田利信(足軽1400、騎馬200、鉄砲200) 1800
・ 鮭延秀綱(足軽800、騎馬600、鉄砲100) 1500
・ 矢島満安(足軽900、騎馬500、鉄砲100) 1500
・ 白岩盛直(足軽900、騎馬200、鉄砲100) 1200
・ 奥重政(足軽400、鉄砲600) 1000
・ 戸蒔義広(足軽800、騎馬200) 1000
最上家(合計13500)
・ 最上義光(足軽2100、騎馬600、鉄砲100) 2800
・ 楯岡光直(足軽1800、騎馬550、鉄砲50) 2400
・ 天童頼貞(足軽1400、騎馬550、鉄砲50) 2000
・ 氏家守棟(足軽1200、騎馬250、鉄砲50) 1500
・ 志村光安(足軽750、騎馬600、鉄砲50) 1400
・ 延沢満延(足軽900、騎馬300) 1200
・ 楯岡満茂(足軽1000、騎馬200) 1200
・ 里見民部(足軽800、騎馬200) 1000
伊達家(合計7500)
・ 伊達政宗(足軽1500、騎馬600、鉄砲200) 2300
・ 伊達成実(足軽1000、騎馬650、鉄砲150) 1800
・ 片倉景綱(足軽1100、騎馬200、鉄砲100) 1400
・ 萱場元時(足軽450、騎馬150、鉄砲400) 1000
・ 原田宗時(足軽700、騎馬300) 1000
戸沢家は常備兵力の6割以上もの軍勢を編成し、最上家も動員出来る兵力の大半を注ぎ込んできた。
双方共に13500にも及ぶ大軍を繰り出す事になったのは奥州でもほぼ、類を見ないものだろう。
事実上で出羽の覇者を決める事にもなるであろう、この戦は正に戸沢家と最上家の命運をも決める事に成り得る。
正にそう思わせるほどの陣容であり、30000もの軍勢がぶつかり合う戦いは会戦と呼ぶに相応しい。
また、戸沢家、最上家という出羽屈指の力を誇る大名同士の戦に援軍である伊達家が最上家に味方する事で鎮守府将軍対羽州探題、奥州探題の構図が出来上がっている。
そのため、奥州の旗頭として立つ者を決める戦という捉え方も出来るだろう。
戸沢家と最上家――――何方が出羽の地に覇を唱えるか。
奥州では未曾有とも言うべき決戦の火蓋が切られるその時は刻一刻と迫っていた――――。
「最上家とは数の上では互角……問題は伊達家の援軍か」
互いに睨み合う形となった陣容の報告を斥候として従軍している康成に聞いた俺は思案する。
戸沢家と最上家だけの戦であれば一先ずは互角であるが、伊達家の援軍を得ている以上は敵方の方が数の上で優位だ。
それでも、自前で鉄砲を生産出来る環境を整えている此方の方が鉄砲の数に関してのみは勝っているが……。
「仕方が無い事とはいえ、昌長と重朝が居ないのは厳しいな。重政ならば撃ち負ける心配はないが……敵の数が数だ。圧倒は出来ないだろう」
敵の数が多いと言う事もあり、鉄砲の火力で圧し切る事は難しい。
最上、伊達両家を合わせたの鉄砲数よりも此方の方が鉄砲は多いが、数としては極端な差があるわけでは無い。
このまま普通に戦えば、難しい戦になる事は明白だった。
「利信は如何見ている?」
そのため、俺は従軍している者達の中で最も長い間に渡って戦場に立っている利信に意見を求める。
「……此度の戦はあくまで侵攻する最上家を撃退するのが目的。故に腰を据えてじっくりと当たるのが上策かと存じます」
「ふむ……」
やはり、利信は時間をかけるべきであるとの意見を具申してくる。
腰を据えて堅実に戦う事こそが勝機を掴む事なのだと利信は言う。
だが、あくまで上洛するつもりで居る俺としては速戦で片を付けるべきだと考えているため、利信の意見が正しいと解っていても受け入れる事は出来ない。
時が残されていれば利信の進言通り、じっくりと対策を練るべきなのだが……。
遅くとも4月下旬までには全ての片を付けなければ上洛しても、彼の事件の日に軍勢を率いて介入する事は不可能だ。
確実に勝つための方策だけでは如何にもならない。
「兄上は如何思われますか?」
「利信の申す通りだとは思う。だが、盛安に何かしらの策があるのならばそれを採用するべきだ。守りを固めるのでは無く、迎撃を選んだと言う事はそうであろう?」
「その通りです、兄上」
「ならば、何も言う事はない。……盛安に従おう」
俺の方針に反対する利信に対して、兄上に意見を求めると正反対の答えが返ってくる。
本来ならば侵攻してきた相手に対しては守りを固めるのが常道であり、実際に上洛の際に俺が不在の事を考慮して領内の守りを固めてある。
だが、此度の戦ではそれにも関わらず俺は守勢に徹するのでは無く、積極的に迎撃する事を選んだ。
兄上が何かしらの策があるのだろうと言ってきたのはそういった事情を知っているからに他ならない。
事実、不在の間は兄上と父上の力を借りる予定だっただけに俺が無策で迎撃を選んだ訳ではないと判断したのだろう。
「他の者は如何だ?」
兄上が俺の方策に従う旨を見せたためか、反対していた利信を含め、誰からもこれ以上の意見具申は出てこない。
守りを固め、ギリシャの火や小型投石機といった兵器を持ち込まなかったのも全ては機動を重視した速戦で片を付けるため。
上手く運用する事が出来れば絶大な威力を誇るであろう、それらは腰を据えてじっくりと当たるのであれば大いに力を発揮するであろうが……。
敵方の動きを待つと言う選択肢を取る訳にはいかない此度の戦では論外である。
猪突猛進の武将が敵大将であれば待ちの一手を打てば良いのだが相手は彼の最上義光だ。
如何足掻いても彼方から仕掛けてくる事が期待出来ない以上、此方から動いて相手の動きを誘わなくては如何にもならない。
「特に無いのであれば、これより策を説明する。良く聞いてくれ」
そのため、俺は既に一つの作戦を考えていた。
此方から動くしかないのであれば相手の動きを誘い、釣り上げるしかない。
相手が義光である以上、これしかないだろう。
俺が速戦で片を付けるために選んだ作戦――――それは釣り野伏である。
釣り野伏は軍勢を複数に分け、予め左右に伏せさせておき、機を見て敵を囲い込み殲滅する戦法だ。
まず、中央の部隊が正面から当たり、偽装退却を行う事が釣りと呼ばれる部分。
敵が追撃を行うために前進してきたところを伏兵に襲わせるのが野伏と呼ばれる部分である。
この釣りと野伏が揃って成立するのが釣り野伏と呼ばれる戦術だ。
基本的に寡兵を以って兵力に勝る相手を殲滅する戦法であるため、中央の戦力は必然的に敵と大きな兵力差がある事が多く、非常に難易度が高い。
しかし、頼貞の軍勢を叩くと言う事を主目的とする場合は兵力の差で釣り出す事は不可能。
ならば相応の釣りを用意するのが常道となる。
それ故、俺は自らが釣りの部分を担い、満安と盛直に野伏を任せる事にした。
これならば、充分に相手が釣られる可能性は高い。
何しろ、俺さえ討てばこの戦はすぐにでも終わるのだから。
余りにも大きい餌があれば、如何なる者でも賭けに出ようという心理が僅かにでも働くはずだ。
それに釣り野伏は敵が動かず、任意の場所に誘引出来ない場合でも別の部隊を迂回させて敵の側面を突かせるという方法がある。
この役目は奇襲、強襲といった機動力を活かした戦い方を得意とする秀綱に委ねている。
上洛するまでに只管に軍勢の練度を高め続けてきたが……皮肉にも此処でそれが活きてくる事になるとは実際に何があるか解らないものだ。
本来ならば明智光秀の軍勢を釣り野伏で殲滅するためのものであるが相手が義光ともなれば仕方が無い。
ましてや、残された時間はそれほど多くは無いのだ。
寡兵で一気に片を付けるのならば釣り野伏以外に手段は無いと俺は見ていた。
まずは天童頼貞、延沢満延らが率いる最上八楯の軍勢を撃破する――――。
戦の主導権を握らなくては短期決戦なんて夢のまた夢でしかない。
全てはこの初戦にかかっている。
何としても、勝たなくてはならないのだ。
だが、現実はそう甘くはない。
天童頼貞と言う人物は俺が思っている以上の名将であり、最上義光を幾度となく破り続けてきた知将でもある。
俺がそれを思い知らされる羽目になるのは――――これより僅か数日後の事だった。
「ほう……戸沢盛安殿が自ら陣頭に出てきたか」
戸沢家の軍勢の先陣を盛安自らが務めているであるとの報告を聞いた天童頼貞は面白いといった表情で呟く。
これまで聞いてきた盛安の戦いぶりは自らが陣頭に立って戦う事が多いようであったが……此度の戦でもそれを崩さない。
頼貞は盛安の用兵に好感を持つ。
「大将自らが出てくるとは面白い! 頼貞殿、この延沢満延に先陣を命じてくれ。夜叉九郎など叩き潰してくれよう」
盛安が自ら先陣として出てきた事で逸るのは延沢満延。
出羽が誇る無双の勇士と名高い満延は典型的な武辺者であり、名立たる猛者と戦える事を悦びに感じる武将だ。
悪竜の異名を持つ、無双の勇士である矢島満安と渡り合ったほどの武勇の持ち主である盛安と戦える機会などまたとない。
満延は是非とも先陣を務めたいと思った。
「いや……満延には矢島の悪竜を相手にして貰わねばならぬ。あれとまともに打ち合えるのは御主しか居らぬからな」
しかし、頼貞からの返答はあくまで満安と戦ってほしいというもの。
確かに満安との一騎打ちを演じる事となれば、満延以外にまともに戦える者は存在しない。
それほどまでに満安は圧倒的な武勇を誇る勇士なのだ。
頼貞が満安と戦えと言うのも無理は無い事であった。
「それに悪竜が居るにも関わらず、自らが先陣を務めてくるとは如何にも腑に落ちぬ。斯様な真似は彼の者が尤も適任なはずであるからな」
「ふむ……頼貞殿は何か裏があると見ているのだな?」
「ああ。盛安殿は若いとは言え、既に安東愛季殿をも打ち破った猛者であり、紛れもない名将と言っても過言では無いだろう。故に裏があると見ている」
「そうか……頼貞殿が斯様に言われるのであれば、その通りにしよう」
頼貞の言い分を聞き、満延は納得した様子で頷く。
確かに出羽北部の傑物である愛季を打ち破った盛安がそう無策で先陣に出てくる訳がない。
裏を返せば、自らが身体を張ると言う事は相応の策があり、命を懸けるだけの何かがあるに相違ない。
天文の大乱を始め長年に渡って奥州の戦乱を生き抜いてきた頼貞にはそれが容易に感じられた。
盛安が速戦で片を付けるために策を巡らせている事を。
ならば、此方が動く道理は一切無い。
自らの武勇を頼みとし、戦を優位に進めるような武将であれば受けて立っても良いのだが……盛安のような知勇兼備の武将となれば動いた段階で勝敗が決する。
最上義光と言う奥州随一の智謀の持ち主と戦ってきた頼貞にはそれがはっきりと解っていた。
「すまぬ。満延には窮屈な真似をさせる事になってしまうが……必ずや、御主の武勇が必要となる時が来る。それまでは動くな」
「承った。他の者達にも頼貞殿の命を厳命させるとしよう。夜叉九郎が何かを仕掛けようとしても此方は動かぬ、と」
「……うむ、それで良い」
満延も頼貞の言わんとしている事の意味を察し、その旨に従う事で同意する。
盛安が知勇共に優れた武将である事は先の唐松野の戦いが全てを証明しているからだ。
出羽北部における最大の勢力を決める事になった彼の戦は盛安の実力が本物である事を奥州全体に知らしめた。
若くして愛季を破ったと言う実績は当人が思っている以上に重く、その事は領地を接している最上八楯が解らないはずがない。
義光と争っていた間も絶えず、戸沢家の動向を注視してきた頼貞が盛安が如何なる武将であるかを見極める事は難しい事では無かった。
「さて、夜叉九郎の異名を持つ、その器量のほど見せて貰おうか」
故に頼貞はこの初戦で盛安の器が自分の感じているものと相違が無いかが明らかになると見ている。
真に出羽の覇者たる資質があるか否か。
此処で敗れるようであれば、盛安は決して義光に届く事はない。
頼貞は自ら陣頭に立って戦う形を崩さずに挑んできた事に好感を覚えつつ、全力で迎え討つ事を決断するのであった。
戸沢家と最上家の両雄がぶつかり合う戦いはこうして火蓋が切られる。
盛安からすれば最上家は自らの悲願に立ち塞がる最大の敵。
義光からすれば戸沢家は何時、牙を剥くか解らない脅威。
双方の思惑が全く違うところにある形でこの会戦は勃発する事になる。
初戦でぶつかる事になるのは最上家の先鋒を務める天童頼貞。
義光が超えられなかったこの頼貞を超えられなければ盛安はこれ以上先に進む事は出来ず、最上家を超えられなければ出羽の覇者になる事は出来ない。
それに自らの悲願を達成するためには頼貞よりも後ろに居る義光を打ち破らなければならないのだ。
いよいよ、盛安の真価が問われる事になる戦が始まろうとしていた――――。
From FIN
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