夜叉九郎な俺
第48話 小雲雀は密かに佇む





 ・唐松野の戦い





        B
    CF  B→
      ↑    ↑    GC
      E    A
          E@D   DF
            A





 戸沢家(合計2510)
 @ 戸沢盛安(足軽300、騎馬460、鉄砲100) 860
 A 矢島満安(足軽115、騎馬75、鉄砲40)        230
 B 的場昌長(足軽50、鉄砲150)            200
 C 鈴木重朝(足軽130、騎馬90、鉄砲250)       420
 D 戸沢政房(足軽110、騎馬35、鉄砲25)        170
 E 前田利信(足軽105、騎馬30、鉄砲15)        150
 F 大宝寺義興(足軽360、騎馬120)          480



 安東家(合計2750)
 A 安東愛季(足軽630、騎馬150、鉄砲120)      900
 B 南部政直(足軽300、騎馬80、鉄砲30)       410
 C 安東種季(足軽270、騎馬80、 鉄砲85)        435
 D 嘉成重盛(足軽150、騎馬110、鉄砲35)      295
 E 泉玄蕃(足軽160、騎馬170)   330
 F 五十目秀兼(足軽105、騎馬60、鉄砲15)       180
 G 三浦盛永(足軽120、騎馬80)           200





「泉玄蕃殿か! 邪魔をするなっ!」

 騎馬鉄砲隊によって愛季の虚を突いた俺の目の前に主君を守る形で立ち塞がる泉玄蕃。
 絶好の好機を挫く頃合いで現れたのは今が愛季の危機である事を察しての事か。
 史実でも直接戦った相手であるだけにこうして、直に対面する事になると歴史の巡り合わせのようなものが感じられる。

「そうは参らぬ! 貴殿を此処から先に進ませぬ事が我が役目なり!」

 玄蕃は声高々に行く手を阻む事を宣言し、俺の首を取るべく槍を繰り出す。
 愛季を守るべく俺に戦いを挑んできた玄蕃からは並々ならぬ気迫が感じられる。

「ならば、推し通るまでだ!」

 玄蕃の様子を見て、戦う事は避けられないと踏んだ俺は此処で打ち破るしかないと判断する。
 堂々と俺の前に立ち塞がるだけあって武勇には自信があるつもりなのだろう。
 だが、既に満安との一騎討ちを経験している今となってはその動きは止まっているかのように感じられる。
 俺は真っ直ぐに向かってくる槍の側面を叩いて狙いを反らす。
 その感触は満安の太刀を受け止めた時に比べると余りにも軽い。

「ぬっ……!?」

 意図も容易く、槍を弾かれた事に驚いたのだろうか。
 玄蕃は思わず怯んだ様子で一歩後ずさる。
 誰しも腕に覚えがある身であっさりと流されてしまえば驚くのは無理もないだろう。
 俺からすれば奥州随一の豪勇の士である満安を基準として見ているだけに玄蕃が如何に安東家中で武勇に優れた人物であったとしても大した人物には感じられない。
 一人の武将として、此度の戦において強敵であると思えるのは少しだけ離れた場所で満安と激戦を繰り広げている嘉成重盛くらいだ。
 玄蕃が怯んだのは今の一合で力の差がはっきりした事を察したからかもしれない。

「その程度の腕前で行く手を遮ろうとは……俺を舐めるな!」

 本当の事を言えば、玄蕃は決して弱い訳ではない。
 唯、満安との戦いを経た今の俺にとっては数合も打ち合えば充分に打ち破れる相手だった事が不幸がったのだ。
 俺の行く手を阻むには些か、役者が不足していると言える。
 玄蕃の槍を反らしたところで後ずさった隙を見逃さず、槍を突き立てた。

「ぐっ……」

「主君を守らんがために俺の前に立ち塞がった気概は見事だ。首までは取らぬ故、大人しく寝ている事だ」

 俺は甲冑の隙間を的確に突いた槍をゆっくりと引き抜き、柄で強打させて玄蕃の意識を奪う。
 討ち取るのはそう難しい事ではないが、これほどの忠義の士の首を取るのは流石に憚られる。
 俺は玄蕃を馬上から叩き落とし、周囲で慄いている足軽達に玄蕃を連れて去るようにと目配せする。

「ひ、ひぃぃぃ! 玄蕃様が敗れた!」

 僅か数合で玄蕃の意識を奪い取った俺に恐れを抱いたのか、数名の足軽が怯えた様子で玄蕃を抱え去っていく。
 一先ずは俺以外の武将との戦に巻き込まれない限りは自分の身も保証はされると思ったのだろう。
 俺からの目配せにこれ幸いと周囲の足軽達は散り散りに逃げ出す。
 それを見届けた俺は再び、愛季の旗印を目指して馬を走らせるのであった。


















「おおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」

「ぬぅぅぅっっっ!!!」

 盛安が騎馬鉄砲隊を動員し、愛季との戦の趨勢を決めようとしていたその時、満安は安東家随一の名将と名高い嘉成重盛との一騎討ちを演じていた。
 かたや、出羽北部で名を馳せ、悪竜の異名を持つ豪勇の士。
 かたや、南部家と鹿角の地を巡る戦で九戸政実と渡り合った事で知られる勇士。
 両者共に奥州でその名を知られる武将同士であり、猛将として名高い人物。
 それだけに咆哮するかのように声を上げながら一合、また一合と打ち合うその様子は誰も立ち入れないかのような均衡を保っていた。

「な、何という光景だ……」

 裂帛の気合と共に打ち合う両者を前にして、安東家に属する周囲の足軽達は信じられない者を見たとしか言えない思いを抱えながら呟く。
 馬上で得物を自在に操り、思いのままに振るう事は武士として一流の人物である事の証明だが――――。
 目の前で繰り広げれている光景は鹿角の戦以外では一度も目にする事はなかったもの。
 幾ら満安が名高いとはいっても、まさか九戸政実と同等以上の武勇の持ち主でだった事は予想外の事であった。
 しかも、満安はまだ20代前半という若さであり、数々の戦をくぐり抜けてきた歴戦の将である重盛とは一回り以上も歳が違う。
 まだまだ若い部類である人物が脂の乗り切った家中随一の将と名高い人物と互角以上に渡り合える事が異常と思えても無理はない。
 だが、満安は由利十二頭の一つである仁賀保氏の当主を立て続けに討ち取った実績があり、盛安との戦でも一騎討ちに関しては圧倒しているほどだ。
 悔しい事に目の前で重盛を圧倒しかねないほどの勢いで打ち続ける満安の姿は紛れもなく現実の事である。

「流石は矢島の悪竜か――――見事な腕だ」

 政実とも一騎討ちを演じた事のある重盛から見ても、満安の恐るべき強さには惚れ惚れしてしまう。
 四尺八寸の大太刀を得物に一瞬でも気を抜いてしまえば斬られかねないほどの速さの太刀筋は北の鬼と呼ばれる政実をも超えている。
 如何に優れた武勇の持ち主であってもこれほどの人物とはそう戦えるとは思えない。

「……重盛殿の方こそ」

 感嘆するかのような重盛の感想に満安も同じ事を感じたらしい。
 満安を相手にして、まともに戦う事の出来た人物は今まで、先の大曲の戦いにて手を合わせた盛安以外に存在しなかったからだ。
 南部家との戦で名を馳せたその名は伊達ではないらしい。

「だが、この戦は安東に勝ちの目はない。重盛殿、貴殿の奮戦も無駄に終わる」

 満安は離れた場所から鉄砲による砲撃の音と騎馬が突撃を開始する音が聞こえてきた事で盛安が勝負に出た事を確信する。
 騎馬と鉄砲隊を同時に運用すると言う常識外ともいえる戦術で行くと告げられた時は驚いたものだが、これならば愛季が相手であっても確実に虚を突ける。
 盛安が言うには、家督を継承した段階から考えていたとの事。
 それならば、盛安は此度の戦における今の戦況も全て承知していた可能性が高い。
 奇襲を仕掛けて、先手を打ったのも全てはこの時のためだ。

「それは如何かな? 愛季様はそれほど甘くはないぞ?」

「……御互い様だ。盛安殿とて貴殿が思うような器ではない」

 しかし、愛季も満安が思うほど甘くはない。
 重盛の言う通り、慎重な人物とし知られる愛季ならば万が一の事態にも備えている事だろう。
 盛安が奇策を用いる事も想定している可能性は充分に考えられる。
 互いの主君の読み合いはこの戦における要であり、それに従う者達にとっても大きな影響を及ぼす。
 満安も重盛もそれは良く理解している。
 それ故に勝負を賭けた盛安の動きがこの戦の行く末を決める事も察していた。
 後は盛安と愛季の直接対決が如何なる結果になるか次第だ。
 満安と重盛の戦いもまた、終わりが近付きつつあった。


















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「騎馬隊で鉄砲を使用するとは――――何という機転の良さだ。やはり、只者ではない」

 一度、距離を取り直して騎馬隊に突撃の指示を出した愛季の采配に対応するかのように同じく騎馬隊を前面に押し出してきた盛安。
 普通ならば騎馬隊に長槍を装備した足軽を前面に出して防ぐのが常道であり、騎馬に騎馬で対抗するのは余程自信があるのかと思ったのだが、その予測は大きく外れた。
 盛安は騎馬隊の武器を槍ではなく、鉄砲に変えてから反撃してきたのである。
 馬上で鉄砲を撃つ事は足場が安定しない上に臆病な生き物である馬は鉄砲の音に怯え、射手を振り落としてしまうのが当然だ。
 それ故に騎馬と鉄砲を同時に運用する事は難しいとされている。
 しかし、盛安はその欠点をものともせずに此度の戦で取り入れてきた。
 鉄砲の音でも馬が怯えないように余程、鍛えていたのだろう。
 それに馬上の者達も不安定な馬の背でも狙いを付けられるように訓練されており、その練度は安東家の騎馬隊を圧倒している。
 流石に鉄砲の数に限りがあるのか、それほどの数ではないように見受けられたが――――。
 盛安はその少ない数の騎馬隊が安東家の騎馬隊の足を止め、僅かに生じた隙を見逃さずに精鋭とも言うべき騎馬を突撃させてきた。
 騎馬隊による突撃と鉄砲隊による射撃を組み合わせた謂わば、騎射突撃とでも呼ぶべきこの戦術。
 初めて見る軍勢の動かし方に愛季も唯々、驚くしかない。

「……未知の戦い方をする軍勢が相手となれば流石に分が悪いか!」

 こうして、愛季自身が驚いているのだから率いている、兵達の動揺ぶりは如何ほどのものになるだろう。
 鉄砲の音に驚いた一部の馬達が怯え、撃ち抜かれた兵達は後に続く騎馬隊の突撃を前にして散り散りになっている者も居る。
 このままの状態では盛安率いる本隊が突撃してきた場合に迎えうつ事は叶わない。

「止むを得ない、か。此処は退く! 各、将達にも退く旨の早馬を出せ!」

「ははっ!」

 残念な事ではあるが、軍勢を素早く立て直す事は不可能であると判断した愛季は退くという指示を出す。
 その指示には僅かな逡巡すらも見られない。
 目にした事のない戦術を見たとはいえども、この程度で正常な判断を見失うほど愛季は愚かな人物ではないのだ。
 数に優っているとはいえども、軍勢が混乱している状態で押し返す事が至難なものである事は今までの経験から良く理解していた。
 それに愛季という人物は南部家との鹿角を巡る戦においても引き際であると判断した時には躊躇う事なく退いている。
 進退の見極めを明確に見極められる愛季は盛安が思っている以上の人物である事は間違いないだろう。
 だが、その愛季でも読み切れない事はある。
 如何に的確に状況を判断し、見事なまでに指示を出していく人物であってもイレギュラーとも言うべき存在が密かに接近していたとするならば、それに気付く事は難しい。
 この時、怒涛の勢いで攻め立てる盛安の軍勢に気を取られていたためか、愛季自身も知らない部分で余裕がなかったのだ。
 故にやや離れている場所で戦っていた南部政直が押し切られ、雑賀衆の一部の軍勢が間近にまで迫りつつあった事は正に思わぬ事態であったといえよう。
 しかも、その雑賀衆の軍勢が接近してきている事は盛安すらも気付いていない。
 戸沢家と安東家の両家の軍勢が入り乱れての戦であるとは言えども、盛安にも愛季にも気取られる事なく、密かに軍勢を近付けるなど並大抵の芸当ではない。
 例え、雑賀衆随一の武将と名高い鈴木重秀ですら出来ないだろう。
 だが、その重秀の名前が余りにも名高いが故にこのような真似が出来るにも関わらず、それほど名を知られていない者が唯一人存在した。
 此度の唐松野の戦いで政直を相手に圧倒的な強さを見せつけ、盛安の騎馬鉄砲隊以外の常識外の戦術ともいうべき鉄砲の運用方法を見せつけた人物。
 彼の人物ならば、この戦場に居る全ての人物達の虚を突く事もけっして不可能ではない。
 誰にも気取られる事なく、人知れずに愛季の軍勢に接近する150もの鉄砲を抱えた総勢、200ほどの数の軍勢――――。

「あれが総大将か。悪いが……此処で眠って貰おう――――!」

 その軍勢を率いている者の名は――――小雲雀の異名を持つ、雑賀衆随一の豪勇の将として畿内でその名を知られている的場昌長であった。


































 From FIN



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