夜叉九郎な俺
第46話 唐松野の戦い
唐松野の戦い
・戸沢家、安東家 陣容
戸沢家(合計3000)
・ 戸沢盛安(足軽400、騎馬500、鉄砲100) 1000
・ 矢島満安(足軽150、騎馬100、鉄砲50) 300
・ 的場昌長(足軽50、鉄砲150) 200
・ 鈴木重朝(足軽100、騎馬100、鉄砲250) 450
・ 戸沢政房(足軽125、騎馬50、鉄砲25) 200
・ 前田利信(足軽200、騎馬75、鉄砲25) 300
・ 大宝寺義興(足軽400、騎馬150) 550
安東家(合計4000)
・ 安東愛季(足軽800、騎馬300、鉄砲200) 1300
・ 南部政直(足軽500、騎馬200、鉄砲100) 800
・ 安東種季(足軽300、騎馬100、鉄砲100) 500
・ 嘉成重盛(足軽200、騎馬150、鉄砲50) 400
・ 泉玄蕃(足軽200、騎馬200) 400
・ 五十目秀兼(足軽200、騎馬100、鉄砲50) 350
・ 三浦盛永(足軽150、騎馬100) 250
「浅利勝頼は出陣していないか……」
俺は遥か先に見える安東家の軍勢から見える旗印を見ながら呟く。
布陣する前に俺の傍にて戦に加わらせている康成に探らせてみたが、聞いた報告からしても勝頼の姿はない。
恐らく、愛季は勝頼が不穏分子となる事を読み取っているのだろう。
為信に対しても警戒を緩めていない事が間違いない事からしても全く油断が出来ない。
事前の俺達の行動は愛季の掌の上でしかなかったのかもしれない。
「はい。旗印からして、愛季以外の一門衆と五十目秀兼が居るのは間違いありませんが……嘉成重盛が居るのが尤も厄介です」
俺の呟きの内容に沿うように義興が安東家の軍勢について補足をする。
一目見ただけで、安東家の陣容に目星を付けたのは流石に義氏と共に安東家と戦ってきた義興といったところか。
他の家中の者で判断出来るのは長年に渡って戸沢家に仕えている利信と由利十二頭の一つである満安くらいだろうが、それでも此処まで正確には判断出来ないだろう。
由利の支配権を争って、幾度となく戦ってきた大宝寺家の人間だからこそ見極められるのである。
義興を参陣させた強みは早速、現れているとも言えるかもしれない。
愛季が出陣しているのは俺が事前に探った段階でも間違いないが、安東家の旗がもう一つ見える事を考えれば義興の言っている事は間違いではない。
雌雄を決する重要な戦において、信用の出来る一門衆や家臣を中心戦力として参陣させるのは当然だからだ。
唯、義興の言う通り、嘉成重盛が居るというのは非常に厄介である。
重盛は鹿角城を巡る戦を始めとし、対南部家の最前線で戦ってきた歴戦の猛将で安東家の主な戦においては度々、その名前を見かけるほどの人物だ。
彼の九戸政実とも渡り合い、史実においても愛季死後の安東家の混乱に乗じて動いてきた南部家の攻撃を撃退している。
その名前こそ知られているとは言えないが、安東家中でも屈指の武名を誇る名将である重盛が強敵となるのは想像に難くはなかった。
「重盛殿の噂は俺も聞いている。侮れない相手だぞ、盛安殿」
義興に続き、満安も重盛が強敵である事に同意する。
若くして、自ら最前線で数多くの戦を経験してきた満安も南部家と戦ってきた重盛は余程の相手であると見ていた。
鹿角を巡る安東家と南部家の争いは由利方面にまで聞こえていたし、政実の武名は言わずもがなだ。
遅れを取ったはいえ、奥州随一の武将と名高い政実と渡り合ってきた重盛の実績は決して侮れるものではない。
満安が義興の話に同意するのも無理はない事だった。
「……ああ、解っている」
俺は安東家の事情を知る2人から高い評価を受けている重盛の事を思いつつ、頷く。
主に南部家との戦の最前線で戦ってきた人物がこうして、戸沢家との戦に出てきたという事は此方が相応の身の丈になった事を証明している。
愛季は俺の事を政実には及ばないであろうが、強敵であると考えて重盛を連れてきたのだから。
それに安東家の中でも泉玄蕃の旗印も見える。
史実では俺が首を取った相手ではあるが、確実に討ち取れるかまでは解らない。
重盛と並んで突き進んでくれば此方も相手に出来る武将は限られてくるからだ。
此度の戦がそう簡単にはいかない事を実感しつつ、俺は愛季の旗印をじっと睨み付けるのであった。
例え、史実では勝利する事の出来た戦であるとはいえ、決して油断出来るものではないのだ――――。
「やはり、戸沢家には矢島満安と雑賀衆の何者かが居るか……難しい戦になる」
盛安が此度の戦が容易なものではないと判断していた時と同時期――――。
安東愛季もまた、難しい戦になると予測していた。
戸沢家の軍勢に見える旗印で特に目を引く、満安の旗印と雑賀衆の八咫烏の旗印。
特に雑賀衆については畿内の事情を知っていなければ、その恐ろしさが解らないだけに一部の者達が何処かで油断してしまう可能性もある。
そのため、南部政直や嘉成重盛といった信頼出来る家臣達を中心に軍勢を編成している。
本来ならば、安東家に従っている豪族の中でも力の強い浅利勝頼も連れておきたところであったが、彼の人物は如何にも信用出来ない。
以前、愛季に対して叛乱を起こしたという経緯からして、盛安からも為信からも調略し易いのは明らかだからだ。
雌雄を決する戦となる重要な局面で重用する訳にはいかない。
「はい、悪竜の異名を持つ矢島満安殿は勿論の事、雑賀衆の鉄砲も注意せねばなりませぬ。生憎と今日の天気は雪も雨も降っては居りませぬし」
愛季と同じく、畿内の事情を知る政直が空を見上げながら言う。
今の季節は真冬であり、奥州は雪が多い時季である。
無論、晴れる時も少なくはないのだが、雑賀衆を加えた事により鉄砲を数多く揃えた戸沢家を相手にする上ではこれは望ましくはない。
「だが、それは彼方から見てもそうだろう。此度の戦は此方も相応の数の鉄砲を揃えている。……雑賀衆特有の撃ち方がある分で戸沢家の方が有利なのだろうが」
しかし、政直の懸念は戸沢家にとっても同様である。
安東家も戸沢家よりは僅かに数が少ないとはいえ、相当数の鉄砲を揃えてきているのだから。
とは言っても、鉄砲に関する戦は戸沢家の方が有利である事には変わりはない。
雑賀衆には奥州では知られていない鉄砲の運用の方法があるらしいからだ。
愛季も流石に詳細までは把握している訳ではないが――――これは少しでも知っているか知らないかでは大きく違うだろう。
鉄砲による戦が浸透しきっているとはいえない奥州では未だにその戦を知らない者も居るからである。
「尤も、この天候が戦の間ずっと晴れたままであったならば――――な」
だが、雑賀衆も天候が大きく崩れてしまえばその力を限界まで発揮する事は難しい。
雑賀衆ならば雨が降っていても射撃は可能だろうが、運用の方法に気を使わなければならなくなるからだ。
それを察している愛季は空の様子を見ながら呟く。
視線の先には徐々に増えつつあるように見える雨雲の姿が見えていた。
まだ、雨雲は空全体を覆うには至ってはいないが、それでも暫くすれば雨か雪が降る可能性は決して低くはない。
火力に劣っている部分を除けば、優っているために雨や雪によって鉄砲に制限がかかれば有利に立ち回れる。
盛安がそれに気付かないはずはないが、少しでも条件が有利でなくては侮れない相手ではないだけに天候が変動する事は愛季にとっては都合の良いものであった。
正面からの野戦となれば、軍勢に勝る安東家の方が有利だからである。
だが、それでも愛季は戸沢家との戦は楽に進める事は出来ないと踏んでいる。
夜叉九郎の異名を持つ盛安と悪竜の異名を持つ満安の両名の武名は出羽国内どころか、奥州でも屈指のもの。
そのような武将が相手となれば、軍勢の統率を維持する事は難しい。
恐るべき戦いぶりに足軽達が動揺し、我先にと逃げ出すのは無理もない事だからだ。
盛安が数が劣っているにも関わらず真っ向から戦を挑んできているのはそういった自らの武名も計算のうちなのかもしれない。
何れにせよ、軍勢の数の多さは関係ないものとして戦には臨まねばならない。
愛季は若くして奥州でも屈指の武名を誇るに至った盛安達の姿を旗印の先に見据え、自らの覚悟を定めるのであった。
――――1581年2月初旬
戸沢家と安東家の双方が唐松野に布陣して睨み合う事、数日後――――。
双方共に様子を見るかのように静観していた唐松野の地に変化が現れた。
先に動き始めたのは戸沢家。
布陣した日より、雨や雪が降ったり止んだりと天候が安定しない事を見た盛安は密かに精兵を集め、夜半に安東家の布陣する唐松岳の麓に接近させた。
唯々、天候が安定するのを待つよりは先手をとって動いた方が状況を動かせるとの判断からであろうか。
数で劣り、絶対的に有利な戦場へと導けないのならば自らの手でそれを切り開くしかない。
盛安が戦術として選んだのは奇襲という選択肢であった。
不意を突く形で一気に攻めかかる盛安、満安を中心とする1300の軍勢は烈火の如く暴れまわり、この戦の火蓋を切る。
だが、愛季も手を拱くだけではない。
奇襲を仕掛けてきたと知った段階で愛季は慌てふためく軍勢を一括し、態勢を立て直して果敢に応戦する。
今までの戦の噂を聞く限り、先手を打ってくる可能性は充分にあっただけに戸沢家の動きに対する愛季の判断は素早かった。
とはいっても、流石に相手が戸沢盛安、矢島満安という奥州屈指の猛将達が相手ともなれば、軍勢の数を優位があっても簡単には押し切れない。
武名が轟いている身を意図的に利用しての戦運びは為政者としての名声の方が高い愛季には不可能な戦術であった。
また、雑賀衆を抱えており、鉄砲を中心とした戦の方が有利であるはずにも関わらず、一気に軍勢を動かしてきたのもその強みを活かしての事か。
それとも、晴れてはいるが天候が安定しない現状では鉄砲を主力として運用する事は難しいとの判断か。
何れにせよ、一気に接近戦を挑んできた現状では距離も迂闊には取れないし、他の武将達に命を下そうにも既に後から続く盛安、満安の率いる軍勢と交戦を開始している。
愛季としては早急に戦を進めるよりも有利な条件を維持したままでの戦に持ち込みたかっただけに予測以上に難しい戦となった事を実感する。
速攻とも呼べる戦運びは盛安の方が得意とする手段であり、愛季の方はそれほど得意とする手段ではないからだ。
待つだけでは相手が釣れない以上、先に動く事で戦況を動く事を身を以って知っている盛安は愛季の性格を良く読み取っていると言える。
本来ならば盟友でもなく、互いに接点を録に持とうとしなかった事を踏まえれば此度の戦が初対面であるはずなのだが――――。
先を読んだかのような采配で戦を進める盛安の強さは正しく本物だ。
このような采配をする武将は今まで、九戸政実以外に覚えはなかった。
僅か10代半ばにして、夜叉とも鬼とも呼ばれるその名は伊達ではない。
愛季は依然として苛烈な攻めで突き進む盛安の率いる軍勢の姿を認めながら、若き宿敵の姿を思う。
出鼻こそ、くじかれる形となってしまったが……出羽北部の雌雄を決するこの戦はまだまだ序盤であり、これからが勝負どころだ。
愛季とて長年に渡って、陸奥国随一の力を持つ南部家と渡り合ってきた身である。
その南部家に力で劣る戸沢家に容易く戦の流れを掴まれるのは面白くない。
盛安や満安が如何なる猛将であるとはいっても完璧である訳がないのだ。
隙を見い出せないなんて事は決してない。
そう判断した愛季は前線の足軽に激を飛ばし、盛安の率いる軍勢と僅かばかりの距離を取るための時間を稼がせる。
乱戦で鉄砲が使えないのならば一度仕切り直し、騎馬を突入させるのみだ。
その判断で愛季は軍勢をゆっくりと下げる形で動かしていく――――。
盛安の奇襲により、明朝からその火蓋を切った唐松野の戦い。
現状の段階では戸沢家有利の形から安東家が軍勢を立て直し、一進一退の攻防へと流れが進んでいる。
傍目から見れば、数の劣勢にも関わらず押している戸沢家が有利なのだが、それを見事に押さえ込むのは流石に出羽北部で最大の勢力を誇る安東家といったところか。
ひたすらに突き進むかのように攻め立てる盛安の動きに対して、徐々に軍勢を下げる動きを見せる愛季。
だが、その愛季の動きは陣頭に立って戦い続ける盛安も察していた。
盛安もまた、愛季が仕切り直すであろう頃合いを狙っていたのである。
最前線で戦う事により、愛季の思惑を早くも察した盛安は自らの後ろに続いている騎馬隊へと装備の変更を指示する。
乱戦を避けるために軍勢を下げるとなれば、次に来るのは騎馬の可能性が高いと踏んだからだ。
互いの思惑が交錯する最中――――愛季が乱戦から一度、仕切り直すために軍勢を動かした事によって戦は次なる段階へと進んでいくのであった。
From FIN
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