夜叉九郎な俺
第37話 鬼の見る先





 ――――1580年12月




「ふむ……戸沢が庄内を平定した影響は思ったより早く出てきたようだな」

 為信が蠣崎家の動向を察し、盛安と今後の事について直接話し合おうと決めた時と同時期――――。
 南部家に属している九戸政実もまた、盛安の庄内平定についての影響を敏感に感じ取っていた。

「確かに戸沢が庄内を平定した事は事実だが……それは言い過ぎではないのか、兄者」

「いや、そうでもない。俺が探った限りでは蝦夷の蠣崎の跡取りが独自に動いたらしいからな。恐らく、誼を通じるつもりだろうが……。
 蠣崎の動きに呼応して為信も動くだろう。それに為信が動けば盛安も自然と動く事になってくる。……戸沢の安東攻めもそう遠くはないだろうな」

 政則が政実の予測に疑問を見せるが、政実はそれをやんわりと否定する。
 今の戸沢家は昨年までとは違い、名ばかりの鎮守府将軍の官職を称する大名ではないのだ。
 朝廷より、正式に鎮守府将軍を拝命し、更には庄内を平定した事により、その勢力は出羽北部で安東家とまともに戦えるほどにまでなっている。
 しかも、戸沢家が其処まで勢力を拡大したのは盛安が当主がなってからであり、その名前は最早、有名無実ではない。
 由利十二頭を降し、小野寺家との戦においても雌雄を決している。
 歴とした傑物の一人であると言っても良いだろう。
 蝦夷の蠣崎慶広が独自に動いた事は今の盛安の立場と評価を明確に表していた。

「具体的には何時頃だと思う?」

「雪解けの時期を過ぎればすぐにでも動くだろう。あの盛安ならば、この機を逃すはずがない。蠣崎が動いた事で安東の屋台骨は揺らぎ、為信もそれに呼応する。
 また、戸沢の背後に居る最上も未だに八楯を掌握出来ておらぬ。故に戸沢は最上に対する抑えをある程度残しておくだけで、安東へ主力を向けられる事になる。
 本来ならば、此処で問題になるとすれば、庄内の事であろうが……盛安は不穏な動きを見せる可能性のある国人衆を討滅している。
 この庄内平定の際の果断とも思える対処は最上義光の事を警戒しての事であろう。庄内を欲する義光からすれば、戸沢が安東に目を向けた時が好機となるからな。
 盛安が大宝寺義興を残し、それに従う者共を受け入れたのも後の安東攻めの事を踏まえての事だ。義光に庄内に行かせる隙を極力、減らすためにな」

「こう聞くと意外に抜け目がないな……。その上で戸沢は上杉とも同盟を結んでいるのだから尚更だな」

「……それが盛安の侮れないところよ。為信が入れ込むのも無理はない」

 今後の動きを読み取りつつ、周囲の状況を安東攻めが可能な段階にまで勧めている盛安を評価する政実。
 庄内の件は果断に過ぎたため、場合によっては失策と成り得るのだが、最上義光の対策も兼ねているとなれば間違いとは言い切れない。
 史実での義光の庄内攻略は豪族達の切り崩しによって一気に進展した形で進んでいるからだ。
 切り崩すべき豪族が居なければ彼の義光とて攻め手を欠く事になってしまう。
 ましてや、最上八楯を抑えきれていない現状で庄内を狙うとするならば尚更だ。
 その上で最上家と敵対関係にあり、義光の行く手を確実に阻もうとするであろう小野寺義道の存在を踏まえて小野寺家に一定以上の力を残させている。
 盛安が其処まで見越していたかの断言までは出来ないが、調略すべき対象を失わせる事で義光を防ぐための一手を打っていたのは間違いない。
 政実には為信が入れ込む理由が良く解る気がした。

「むむむ……盛安がそれほどの者という事は戸沢が動けば為信は何時か敵となるのか?」

「俺が見た限りは何れ、そうなる。盛安が安東を落とせば、為信は背後の心配がなくなり、南部へと矛先を向ける事が可能となるからな。
 背後を気にしなくて良いとなれば津軽は南部の顔色を伺う必要がない。それに蠣崎が通じようとしているのも後押しする形でそうなるだろう」

「……そうなっては我らにも都合が悪いのではないか?」

 盛安が安東家との戦に勝利し、その地を得たとしたら南部家に属する九戸党にも都合が悪い。
 政則を危惧し、政実に尋ねる。

「いや、都合が悪いのは確かだが……これは南部が一つに纏まる良い機会だ。津軽が完全に敵となり、戸沢が安東に成り代わるほどになれば流石のお館とて黙ってはいまい。
 戸沢の安東攻めが南部のためになるのであれば、戸沢の勢力が増す事は喜ぶべきだ。……その代わり、為信と戦う事は覚悟せねばならぬがな」

 だが、政実からは戸沢家が安東家との戦に勝利した方が良いという答えが返ってくる。
 今の南部家は当主である南部晴政と次期当主と杢されていた南部信直が啀み合っている状態にあり、他国と戦をする余裕などない。
 無論、政実が軍勢を率いれば奥州の如何なる大名が相手であっても遅れを取る事はないが、南部の実情を踏まえれば戦を行う事は論外である。
 しかし、戸沢家が安東家を凌駕する大勢力となり、津軽を完全に掌握した為信が存在するのならば話は別だ。
 今でこそ、南部家との和睦が成立しているが、戸沢家の盟友の立場を明確にすれば只事ではない。
 信直との確執以来、半ば隠居している状態にある晴政も重い腰を上げる事になるだろう。

「為信と戦う可能性を覚悟せねばならぬのは残念ではあるが……其処まで先を見通しているとは。……流石は兄者だ」

 政実の全てを見透かしたかのような言葉に政則は感嘆する。
 兄の視野の広さとその深謀には常々驚かされていたが、先の先まで見通している読みの深さには一層恐れ入る。

「……何、俺の見立てくらいは為信とて見越している。俺の思う通りに動いたとしても一筋縄では行くまいよ。何れにせよ、此処からが見所だろうな」

 感嘆する政則に対し、政実は苦笑しながら自分の推測程度は為信も見越していると言う。
 正直、一目で盛安の才覚を読み取り、彼の人物の動きに合わせた為信の対応の良さは政実も舌を巻くほどだ。
 政実からすれば自分の教え子であると言っても過言ではない為信だが、その器量と智謀は既に奥州でも屈指のものであると言っても良い。
 今の南部家にはそのような人物は誰一人として居ないため、奥州でも見過ごせない存在となった為信を誇らしくも思う。
 政実は思うように動けない自分の立場を苦々しく思いながら、政則と今後の事に関する予測を立てながら話を続けるのであった。

















「政実殿、政則殿も此方に居られたか。儂らも話に加えて下され」

「おお、友義殿に七戸殿か。構わぬ、ちょうど戸沢と津軽の事で盛り上がっておったところよ」

 政実が政則と戸沢家、津軽家、伊達家、安東家といった大名の今後について論じている中、新たに2人の人物がその下を訪れる。
 九戸党と付き合いの深い、長牛友義と七戸家国である。
 長牛友義は政実が嘗て安東愛季と戦を交えた時からの付き合いで七戸家国は政実の妹婿であり、七戸を治める城主でもあった。

「ほう、戸沢と津軽の話にござるか……」

「それは嘸かし盛り上がろうな。儂とて、戸沢の拡大には驚いておるし、津軽の成長ぶりにも驚いておる」

 政実が政則と今の奥州でも新たな注目株とも言える戸沢家と津軽家の話ならば盛り上がっても無理はないと同意する。
 今や、出羽北部でも一大勢力を築き上げた盛安の話題は南部家でも噂になっており、為信も敵でありながら優れた手腕で瞬く間に津軽を平らげた手腕を評価されている。
 決して、政実だけがその動向を注目しているわけではない。

「……うむ、その点については俺とて同じよ。たかが家督を継承したばかりの小僧が此処までやるとは思わなんだ。こればかりは為信の見立てに完敗したと言うべきだろう」

「ははは、政実殿に其処まで言わせるとは。為信も大きくなったものよ」

「確かに。浪岡北畠を落としたばかりの頃とは比べ物にならぬ」

 友義も家国も南部家に属する者として周囲の動向には気を配っている。
 如いて言うならば、政実が飛び抜けているだけだとでも言うべきだろう。

「為信も盛安に触発されて更に伸びたのかもしれぬな。俺が見込んだ以上の者になったのは嬉しく思う」

「うむ、兄者の言う通りだ。為信とは何れは戦う事になるやもしれぬが……久慈を預かる者として、彼の地の人間がそう言われるのは誇らしい」

 政実も政則も為信が優れた器量を見せている事を我が事のように喜んでいる。
 何れは南部家の敵となるであろうが、幼き頃の為信を知っている者としては、その幼かった者が成長して立ち塞がる事になるのは子供の成長を見届けた気分でもあった。

「確かに政実殿と政則殿の言う通りじゃ。儂も為信の事は若き時分の政実殿のようだと思っておったからな」

 その思いは安東家と長年に渡って敵対している友義も同じである。
 和睦が成立した際に為信とは一度顔を合わせているが、友義はその時の堂々とした振る舞いを見てそう思えた。
 智謀に優れるしたたかな人物でありながらも、大義を知る為信は確かに政実に似ているとも言えなくもない。
 その為信が見込み、政実もまた評価している盛安は未だに目にした事がないために如何なる人物かは解らないが……。
 友義の知る、2人の人物の両方が評価しているのならば、相応の人物なのであろう。
 話題として盛り上がっているのは当然の事なのかもしれない。
 こうして、九戸党の中でも中心人物ともいえる人物達の会談は更なる盛り上がりをみせる事となった――――。

















「ふむ……侭ならぬものだ」

 政則らを交えての盛安と為信の両名の話が終わり、夜も更けた頃――――。
 政実は一人で夜空を見上げながら一息吐く。
 奥州でも若き傑物と言うべき人物達の話題を肴にして盛り上がるのは中々に有意義な時間であった。
 しかし、話を終えて一人になったところで思うのが、やはり今の南部家の姿の事である。
 為信が津軽の地を抑えて10年近くも経過した今でも南部家はあの頃と大差はない。
 その間に戸沢家も伊達家も最上家も安東家も目まぐるし動き、蘆名盛氏という巨星も墜ちた。
 奥州の諸大名は明らかに動いているのに南部家だけが大きな変化を見せていない。
 いや、寧ろ”三日月の丸くなるまで南部領”とまで謳われた勢力を築き上げた南部晴政が往年の姿ではなくなっている事を踏まえれば明らかに差を付けられているだろう。
 晴政の後継者である晴継も未だに10歳を越えたばかりであり、政実が見た限りでは一門の信直も無能ではないが、それなりの器量の人物でしかない。
 到底、盛安や為信には及ばない上に安東愛季にも及ばない事だろう。
 ある意味で南部家の先行きは暗いとも言える。
 政実にとって幸いなのは晴継の後見人を務めるのが弟の九戸実親であると言う事だが……。

「実親を含め、お館も信直も此処ぞという時に俺の思う通りには動いてはくれぬ」

 このところの実親は南部家を守ろうとする事で手一杯で強気の動きを見せる事がない。
 悪く言えば、誰も彼もの機嫌を取ろうとして、小さく纏まってしまっているとも言える。
 そのため、実の弟である実親が南部家の中枢に居るのは大きな欠点にもなりつつあった。
 実親の後見人という立場と忠実な弟である事が迂闊に動くような真似を許さない。
 こうして見れば、つくづく南部家を含め政実の周囲は今一つ、恵まれていないともいえる。
 政実としては南部家を盛り立て、奥州を平らげるつもりであったのだが、盛安の力が大きくなり、為信が津軽を平らげた今となっては最早、遅い。
 今の南部家では殆ど対等の力を持つ安東家はおろか、勢力的に劣っている津軽家にすら苦戦する可能性があるのは明らかだからだ。
 これで戸沢家が津軽家と完全な形で連合すれば南部家は死力を尽くすしかない。
 1570年代から戦に明け暮れた両家は下手をすれば、録な動きを見せなかった南部家よりも強いと言っても可笑しくはない。
 政実が中心となって戦わなくては撃退する事は不可能だろう。

「これでは、先行きを見通せない者ばかりの今の南部が他の家に遅れを取るのも無理はない事なのだろうな――――」

 そういった意味では奥州は確実に新たなる段階へと進み、次の世代へと移りつつあるのかもしれない。
 南部家も晴政が老いてしまった事もあり、それは決して他人事ではないのだから。
 政実はそのように思いながら、一人で夜空を見上げながらそれを実感するのであった。
































 From FIN



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