夜叉九郎な俺
第34話 戸沢三兄弟





 ――――1580年9月





 角館に帰還し、畿内にて新たに召抱えた的場昌長、鈴木重朝、奥重政、服部康成を家中で紹介し終えた俺は早速、領内の整備を改めて行う。
 現状、進めていたのは治水と軍勢の強化が主だったが、此等については重臣である前田利信の主導により殆ど完了している。
 不在の間の政務は父上、利信、盛吉といった重鎮達に任せていたが、俺の意図を理解してくれていたらしい。
 何より、驚いたのは畿内へ行く前よりも常備兵力が大幅に増えており、何と軍勢の数は2000にも到達していた。
 その理由を利信に聞いたところ、治水により米の収穫量が増える見込みが立った事と、日本海の交易が可能になった事で財貨の廻りが良くなったのが主な理由との事。
 戸沢家は元から鉱山資源に恵まれており、小大名ながらも侮れない資金力は持っていたが、勢力が拡大し、一定の落ち着きを見た事で成果が現れ始めたのだ。
 それ故に動員可能な兵力が増加し、兵農分離を行い易くなったという事らしい。
 また、利信は俺が今後の戦略上として庄内の平定を方針にしている事も予測していたらしく、大宝寺家に攻め入るための軍備は全て整え終わっていた。
 酒田を抑えた上で将来的には安東家を討ち、出羽北部を統一するには後顧の憂いとなる大宝寺家を降すか滅ぼすかするしかない。
 それに上杉家との同盟の関係を踏まえれば庄内の平定は必須であり、南の最上家を抑える事にも繋がる。
 利信が言うには現在の出羽国の情勢をそのように読み取り、父上に具申して準備を行ったとの事。
 俺が畿内から戻ってやろうと考えていた事を先読みし、方策を進めてくれていた利信の手腕には正直、恐れ入る。
 無論、盛吉も手助けしてくれたのと事らしいが、現状の戸沢家に利信ほどの手腕を持つ人物は居ないのは間違いない。
 資質的には康成や意外にも領地経営に関する理解が深いという事が会話で解った重政くらいだろう。
 後は俺の守役を務めてくれている盛直も候補だが、畿内を廻って招いた人物を除くと盛直くらいしか利信の次代を担う人物が居なかったのはぞっとする思いだ。
 若い人物達以外に後を任せられそうな人物は一応、酒田の代官を任せている盛吉も該当するのだが一門衆であるために利信のような役割を任せるわけにもいかない。
 それだけに尚更、利信の力量の高さは有り難くもあり、代え難いものである事を実感出来る。
 このような事情もあり、この場では盛直と利信以外にも康成と重政を交えて領内の事を話し合っている。
 特に康成と重政は新たに登用した人物であるために利信のように領内の事情に通じた人物による様々な講釈は重要だ。
 俺自身も利信ほどには領内の事情に通じているとは言い難いため、2人と同じく利信の話を聞いている。
 今後の事もあるしな――――。

















 利信からの話を聞き終え、今度は俺の方から畿内を廻って得た成果によって新たに可能となった方策を告げる。
 まずは農作業等を含めた多くの作業に適している、穴を掘る道具。
 現代の時代でいうところのスコップまたはシャベルに該当するもの。
 鍬や鋤よりも穴を掘ることに特化した物であり、本来ならば治水工事を行う前に準備しておきたかったと考えていたものである。
 実はこれについての発想自体は改革を始めた段階からあったのだが、戸沢家の領内には腕利きの鍛冶師が居らず、断念していた。
 だが、昌長と重朝が加わった際に紀州の鍛冶師も一緒に連れて来てくれた事で漸く、制作する目処が立った。
 これは非常に大きい。
 何しろ、シャベルは穴を掘る以外にも様々な用途に使える道具なのだから。
 例えば、先端を磨いでおけば武器にもなるし、綺麗な状態にしておけば構造の都合もあり、フライパン等の調理器具のような使用方法も出来たりする。
 そういった用途を踏まえれば、扱い方次第では戦でも平時でも使えるという中々に有用な道具だ。
 他にも現代の時代における荷車の役割を持つ、一輪車等についても利信達に説明し、落ち着いた段階で鍛冶師に依頼する旨を伝える。
 一応、図を書いて出来る限り、説明したが使い勝手に関しては実際に完成してから見て貰えば良いだろう。





 また、京都にて曲直瀬道三と面会して話を聞いた際に貰った薬草関連の書物と流行病等について書かれた書物を読んで確認したが、意外にも正露丸が作れる事が発覚した。
 調合の内容としては木クレオソート、阿仙薬、黄柏,甘草、陳皮、それに桂皮、蜂蜜に澱粉といった物を少々入れて混ぜると言うものなのだが……。
 信じられない事にこれは天正年間でも可能な調合である。
 流石に現状の戸沢家の領内だけでは全てを賄う事は難しいが、酒田の町を抑え、交易が可能となった今ならば揃える事は不可能ではない。
 腹痛や下痢に悩まされる人間は多いので道三から貰った書物でこれが発覚した事は非常に大きい。
 今までは破傷風やコレラの対策や牛痘を用いた疱瘡の対策等を行う事くらいしか明確な対策を施せなかっただけに尚更である。
 それに神医と称される曲直瀬道三が纏めた内容から引っ張ってきた物である事も重要だ。
 漸く、15歳になった程度の若者である俺では領内の民も疑いの目を持つ可能性もあるが、道三のような高名な医者から得たものであると解れば疑われる事はない。
 医療関係については出来る限りの対策を行う事は重用なので、鎮守府将軍の件も含めて京での成果もまた大きなものであったといえる。





 後は庄内を平定し、その後における戦に備えて攻城戦向けに投石器を制作する。
 如何も日本では流行らなかった投石器だが、その威力のほどは天正年間となった今でも健在だ。
 但し、投石器はあくまで西洋の城塞都市のような構造の城に対して効果を発揮するものであり、日本の城に対しては有効とはいえない。
 そのため、焙烙玉を投射する際に使用する小型の物を改良しての運用となる。
 本来ならば大筒等を準備したいところではあるが、これは織田家のような強大な勢力を持つ大名でなくては運用や維持するための財貨が足りない。
 如何に鉱山開発が進み、交易が可能となった事で財貨が得られやすくなったとはいえ、戸沢家で運用するには些か際どいものがある。
 後は投石器で飛ばす物だが……通常の焙烙玉以外にもギリシャの火の調合を利用した物を使用する考えでいる。
 幸いにして、出羽国には自噴する石油が存在し、その石油に松脂、硝石、硫黄、脂肪酸を調合する事でギリシャの火に使われたとされる火工品が作成可能だ。
 この頃の日本の問題である硝石に関しても家督継承時から製造を開始していたため、徐々にではあるが集まりつつあり、ある程度は実用出来る段階にある。
 そのため、作成する事は不可能ではない。
 しかし、絶大な威力を誇る反面、使用するには気を付けなくてはならない。
 それ故に俺は本来の使用方法である火炎放射のような運用を断念し、焙烙玉や火矢としての使用を前提として考えている。
 あくまで現在用いられている火攻めに使用する物を一回り強化するような感じといったところだろうか。
 だが、水では消えない特徴を持つギリシャの火は日本では広まっていない事もあり、本来の使用方法でなくても大きな効果が望める。
 そういった意味ではギリシャの火は戸沢家が出羽国に根拠地を持つが故に運用出来る切り札とでも言うべきものだろう。
 何しろ、石油が自噴する場所なんて限られているのだから。

















「励んでいるようだな」

 領内の件と今後の改革について利信達との話を終えて、解散したところで俺の兄である盛重が平九郎を伴って俺の下を訪れる。
 こうして直接、顔を合わせるのは俺の家督継承の儀の時以来だろうか。
 兄弟全員が揃うのは実に久々の事だといえる。

「これは兄上、御久し振りにございます。それに平九郎も元気そうで何よりだ」

「兄上の方こそ、御忙しいと聞いておりましたのに、存外に御元気そうで何よりにございます」

「……ああ。だが、暫く見ない間に平九郎も随分と大きなったものだな」

「そう言って頂けると光栄です」

 挨拶をしてきた2人に俺も挨拶を返すが、平九郎が思いの外、流暢に話せる事に僅かに驚きを覚える。

「もう、平九郎も5つになったからな。父上が家督を継承した歳とは然程、変わらないからこのくらいは出来なくてはな」

 驚いた俺の様子を察してか兄上が俺の気持ちを代弁するかのように言う。

「成る程、父上の事を踏まえれば、可笑しい事ではありませんか……」

 確かに兄上の言う通り、6歳で家督を継承していた父上の事を考えればそれほど可笑しいような気はしない。

 事実、俺もそのくらいの年齢の頃は大叔父に鍛えられていただけに普通なような気もする。 

「……うむ。それに平九郎は早く盛安の力になりたいと言って必死に勉学や武芸に励んでいるからな。盛安が思うより成長が早いのは当然の事だ」

「盛重の兄上! それは言わぬ御約束だったではありませんか!」

 更に兄上の口は止まらず、平九郎が何故、こうも早く成長し始めているのかを暴露する。
 平九郎が俺の事を考えて、精進してくれていると言うのは兄として非常に嬉しいが、平九郎の事情的にはまだ知られたくはなかったらしい。
 兄上に対して、文句を言っている。
 これについては微笑ましいと言うか、まだまだ年齢相応であると言うか。

「……平九郎、そう怒るな。兄上も誂うのは御止め下さい」

「兄上ぇ……」

「ははは、すまぬな」

 苦笑しながらも俺は平九郎を諌める。
 兄上の方は確信犯なのか、肩をすくめた様子で俺の言葉に頷く。
 自分でも大人気ない事は解っているのだろう。
 これ以上、問い詰めたりするのは止めにしようと思う。

「全く……久方振りに兄弟が全員揃ったと言うのに喧嘩等をしては面白くありません。折角、こうした機会が出来たのですから遠乗りにも出かけませんか?」

 珍しく兄弟が全員揃っているというのに態々喧嘩をするだけというのも勿体無い。
 幸い、利信達と今後の方針は話し終えているために時間があるという事情もあり、俺は2人を遠乗りに誘う。
 兄弟揃って領内を見て回るというのも悪くないだろう。

「む、それは妙案だな。平九郎は流石に馬までは乗れぬが、盛安が乗せてやれば良いだろうしな」

 俺の意図に気付いた兄上は俺が平九郎を馬に乗せる事を条件に遠乗りの案に賛成する。

「それは良き御考えです」

 平九郎の方もこの案には賛成なのか嬉しそうな表情で俺の方を見つめてくる。
 2人としても折角の機会を逃したくはないのだろう。
 俺の方も兄弟水いらずで過ごす事なんて、これから先に機会があるか如何かと思っていただけに反対されなかったのは嬉しい。

「では、急いで準備をすませて行くとしましょう」

「……うむ」

「はいっ!」

 こうして俺達、戸沢家の兄弟は揃って遠乗りへと出かけて行く。
 家督を継承して以来、ずっと動き続けていた事と俺が畿内へと出向いてしまい不在であったりしたためか、短いとは言えども時間が空いたのはまたとない機会だ。
 今後は出羽北部の統一を目指して勢力拡大のために動き始めるので、次に機会をつくるとするならば何時になるか解らないだけに尚更である。
 俺も兄上も平九郎もそれが解っているから、こうした機会を逃さずに遠乗りに行く事をあっさりと決めた。
 領内を自分達の目で見る事も兄弟揃ってふれあう機会を設けたのも全ては今後の戸沢家の進もうとしている道が明らかになっているからに外ならない。
 いよいよ、宿願であった安東家の打倒への道を歩み出すのだ。
 その前に兄弟揃って楽しむ事は今後の事を思えば、悪くない。
 ましてや、この遠乗りの機会を逃せば、次の機会はない可能性だってある。
 これから先に控えている敵である安東家の現当主、安東愛季とはそういった人物なのだ。
 現状でも、殆ど勝機が見い出せる段階にまで出来る限りの手を打ってはあるが、万事全てが予定通りに運ぶとは限らない。
 戦は水物であるし、何が起こるか解らないのだから。
 そうした思いを抱えつつ、俺は兄上と平九郎を連れて厩へと足を運ぶのであった――――。
































 From FIN



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