夜叉九郎な俺
第15話 髭殿と夜叉九郎





 ――――1579年5月





 港町を抱える重要拠点である酒田を得た後、新たに獲得した領地について方針を定めるために俺は一旦、本拠地である角館に戻った。
 酒田については俺の代わりに一門衆である戸沢盛吉を派遣して守りを任せている。
 盛吉は史実において、小田原征伐に赴いた際に俺が率いていた軍勢を託した人物であり、全面的に信頼出来る数少ない人物だ。
 発展途上にある現状の戸沢家で酒田の統治という大事を任せられるのは利信を除けば盛吉くらいしかいない。
 また、貿易については酒田の豪商である池田惣左衛門や戸沢家が以前より懇意にしている田中清六らを交えて相談している。
 北国海運に通じ、中央からの情報にも詳しい彼らの意見は重要なものであるからだ。
 俺の考えだけではなく、酒田の商人達の意見や提案も交えつつ、港を整備していく事で確実に発展の基礎を築いていく。
 様々な試みを試したいとも思うが、飛躍する土台であるからこそ、堅実に物事を進めていかなくてはならないのである。
 港を得た事で今までは不可能であった事も出来るようになったが、性急過ぎる真似が良い方向に傾くとは限らない。
 物資の流通、鉄砲等の武器の購入といったものも徐々に本格化させていく形が良好だ。
 現状は鉱山の開発により戸沢家の持つ財貨についてはかなり恵まれているともいえるが、貿易の序盤から躓くとそれも簡単に失ってしまう。
 元から一定以上の大きな勢力や恵まれた立地条件を持っていた織田家等のような大名とは違うのである。
 それに酒田を得たとはいっても奥州におけるもう一つの重要な交易拠点である土崎湊は安東家が抑えている。
 無闇に交易拠点を拡大させる事は中央や蝦夷を相手にした貿易を行なっている安東愛季を刺激しかねない。
 真っ向から安東家に挑むには早過ぎる現状においてはある程度、慎重にならざるを得なくなる。
 北国海運を行う日本海側の港町の中には土崎湊も含まれているのだから、尚更だ。
 俺が徐々に本格化させていく形が良好であるとしたのはこういった事情もあるのである。














「何? 津軽家の人間が俺に会いたいと?」

 酒田を得た事で定まった方針を提示し、今後の準備を行う事とした矢先――――俺の下に津軽家の人間が訪れたという報告が届く。

「はい。しかし……訪れられたのは御一人だけです。共の者も誰一人して連れてはおりません」

「……ふむ」

 津軽家から訪れたという人物はたった一人で来たという。
 一応、津軽の側からすれば戸沢の領内は別に敵地ではないのだが、これは流石に無用心過ぎる。
 だが、命を捨ててかかっていると考えるならばこの行動は間違いとはいえない。
 実際にも佐々成政が徳川家康と交渉するために山越えしたという話があるくらいだ。
 本気で相手と交渉するつもりがあるならば危険を承知でも自らが赴く。
 これくらいの事はやってのけるような気概を持つ人物は普通ではない。
 ましてや、共の者も連れずに来たというのだ。
 一人で訪れたという人物の恐ろしさが窺える。

「来たのは……津軽為信殿だな?」

 それ故に単身で訪れたという人物の予測が立つ。
 津軽為信――――彼の人物ならば単身で此方に現れても何の不思議もない。
 為信は以前にも単身で敵方であるはずの九戸政実の下に単身で訪れた事があるという過去がある。
 敵地である南部領内にすら平気で侵入する為信ならば戸沢家の領内に侵入する事など朝飯前でしかない。

「はい……」

「ならば、調度良い。俺の方も機会があれば会おうと思っていた。直ぐに此方に御通ししろ」

「はっ!」

 それに俺自身、一度目の人生の時に付き合いがあったという理由はあるが、為信とは直接腹を割って話したいと思っていた。
 同じ敵を持ち、互いの目的も殆ど被らないという稀有な立場にある為信とは長く付き合える事は明らかだからだ。
 互いの悲願である安東家と南部家の打倒という目的が尚更、それに拍車をかける。
 安東と南部は両方とも独力で勝つ事が出来ないほど強大な相手であり、俺と為信にとっては超えなくてはならない相手。
 だが、俺達が手を組めば勝てる可能性は充分にある。
 為信の持つ智謀と俺の武略が合わされば、敵となるであろう南部信直や安東愛季にだって負けはしない。
 寧ろ、互角以上に渡り合う事だって可能だろう。
 俺としては為信が自ら訪れたという事は願ったり叶ったりだ。
 もし、向こうが先に動かなければ俺が動いていたのだろうから――――。















「急な訪問で申し訳ない、盛安殿」

「いえ、構いませぬ。此方こそ会いたいと思っておりました」

 場に通された為信との初顔合わせが成り、互いに挨拶をする。
 6尺に及ぶ身体と三国志の英雄である関羽を彷彿とさせるかのような見事な髭を持つ、為信は俺が記憶している姿と全く変わらない。
 小田原にて俺が流行病で倒れた時に見舞ってくれた時よりも幾分か若いが、今は10年以上も前なのだから当然だ。
 思わず、久し振りだという言葉が口に出てしまいそうになるが、そこは表に出さないようにする。

「して、此度は如何なる御要件で? 為信殿が自ら参られるとは重要な話があると思うのですが」

「……うむ」

 俺の話の切り出しに対して為信は此方を見定めるかのように見つめる。
 恐らくは俺という人物を見極めようとしているのだろう。
 此方としては為信が奥州でも稀に見る大人物である事が既に解っているが、これは記憶が残っているからだ。
 初めて会った場合だと見極めようとするのは俺も同じだろう。
 尤も、単身で会いに来るという事をやってのけた相手が只者ではないと思うのは確実だと思うのだが。

「では、単刀直入に言わせて貰う。盛安殿、我が津軽と盟を結んでくれないだろうか」

 暫し俺をじっと見つめた後、為信は本題であろう話を切り出す。
 為信が持ち出してきた話は同盟の打診。
 安東家、南部家と敵対している現状ならば当然の選択肢だ。

「それは願ってもない話。寧ろ、此方から御願いしたい」

 津軽家との同盟については俺の方も元から考えていた。
 断る理由は全く存在しない。
 寧ろ、逆に先手を打たれた形だ。
 為信の方も俺が断る可能性が皆無である事を理解している。
 此方の事を見透かされていたというべきだろうか。

「では、これより俺達は盟友だ。共に安東、南部と戦う、な」

「はい、若輩の身ではありますが、宜しく御願いします」

 俺と為信は共に手を取り、盟を結ぶ事を誓い合う。
 一先ずは互いの本題である同盟という目的は果たしたと言えよう。
 だが、これだけでは深い結び付きとは成り得ない。

「……盛安殿。盟を結んだという事で早速だが、幾つか尋ねたい事がある。宜しいか?」

 それを踏まえているのか為信は俺に対して改めて尋ねたい事があると言う。
 腹を割って話しあうという意味ではここからが本番だ。
 俺は家中の者が誰も立ち入らないようにとの命を下した後、為信と向き合うのだった。















 出入りする者を禁じ、2人きりとなった俺達は夜が明けるまで話しあった。
 治水工事の事から始まり、俺が何故、鎮守府将軍を称したのかにまで至る話。
 尋ねたい話の内容としては予測が付いていた範囲ではあるが、詳細に至るまで俺が今まで行なってきた事の全てを掴んでいた事には驚かされた。
 由利十二頭を皮区切りとした場合に酒田を狙うであろう事も小野寺家に備えて準備を進めている事等も全て見透かされている。
 為信の傍には奥州随一の軍師である沼田祐光がいるが、それでも為信自身の視野の広さにも恐れ入る。
 話によれば祐光の意見と為信の意見はほぼ一致していたのだというのだから堪らない。
 もし、敵対していたとすれば完全に掌の上で踊らされていた事になるのだから。
 つくづく、智謀で知られる人物達の恐ろしさというものを感じさせてくれる。
 だが、為信は俺の行なった動きについて、全て自分で考えた事だと伝えるとそれについては大いに評価していた。
 満安と戦って由利を抑えた事、酒田を抑えて港を得た事。
 何れも戸沢家の勢力を拡大し、奥州において一勢力を築く上で最も必要な事。
 為信は俺がそれを理解して、自らの意思で実践したという事が良いのだと言う。
 自ら考え、実際に現実に行動に起こす事が出来た事で為信は俺の器量が確かなものであると思ったらしい。
 それを見込んだからこそ、盟約を結ぶという行動を起こした。
 幸いにして戸沢家と津軽家の取り巻く状況は互いに協力出来、尚且つ妨害し合わないという稀有なもの。
 そのため、今後も目的が被る事は殆どない事を為信は読みきっていた。
 俺もこの点に関しては為信とは同じ見解をしていたので盟約を結ぶ相手として適していると思っていた。
 御互いに目的としている事に差異はあれど、安東家、南部家を打倒するという志は変わらない。
 ある意味では同志と言っても良く、俺と為信は語り合う中で同じ志である事を確かめあう。
 それが互いの本心であると。

「為信殿、貴方はこれからの日本は如何になると思いますか?」

 互いの志を語りあったからこそ、俺は自らの思い浮かべる天下の事を尋ねる。
 織田信長が天下に覇を唱え、統一への足音が聞こえてくる現在。
 もう形勢は定まりつつある今の中で為信が思う事――――それを聞いてみたい。

「そうだな……。既に畿内、東海を中心とした最大勢力である、織田信長殿が天下にまで手に届くが現状での唯一の人物だろうと思う。
 上杉謙信殿も逝った今、その眼前には大きく道が開けており、強大とも言える大名は山陽、山陰を抑える毛利、関東を抑える北条、佐竹くらいだ。
 故に俺に出来る事は義父より受け継いだ津軽を統一し、宿敵である南部からの独立と安東に競り勝つ。
 天下が近いのならば、その間に出来る限りの事を成す。それが、今の俺が思う事だ」

「……為信殿」

「それは盛安殿も同じだろう? 征けるところまで征くという心構えだ」

「……はい。その通りです」

 俺の問いかけに対し、為信は一切の迷いもなく応える。
 天下が定まりつつある中でも征けるところまで征く――――と。
 例え、難しい事であったとしても宿願は果たして見せる。
 奥州でも最北端に近い位置する勢力の大名でありながら、明確に中央の動向を把握し、見据える視野の広さは本物だ。
 それに自らがそれを成せない可能性を考慮する様子も微塵にすら見せない。
 俺の尋ねた今の天下について思うところを為信は見事なまでに言い切ったのである――――。















 こうして、天下の形勢についての話を最後に戸沢盛安と津軽為信の語り合いは終わった。
 共に安東家、南部家に対処するという盟約を結び、志を同じくする同志である事を確かめあった上で、互いが目指すものを語りあった戸沢盛安と津軽為信。
 2人が共に並んで奥州の歴史に名が記される事になるのはこの盟約が成ったその時からであった。































 From FIN



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