何れにせよ、カインはレジェンドアームの使い手ですら届かなかった龍の心臓部にまで剣を届かせる事に成功した。
 そして、今は火龍の闘気を侵食せんと自らの闘気をぶつけている。
 レジェンドアームの力を得ていない身であるカインは劣勢である事をものともせずに侵食せんと火龍の心臓部に闘気を注ぎ込む。
 自分の持っている唯一つの武器である闘気――――それ以外に龍に挑む武器はない。
 だが、神の力を受け継いだとされる崩界のレジェンドアームに頼らずに挑むその姿は一人の人間というには余りにも強大な存在に見える。
 一人で最後の戦いを挑むカインに応えるかのように――――





 ――――ウィルヴェントよ





 カインの頭の中に人ならざる者の声が響き渡った。


















龍殺光記レジェンドアーム
















 ――――ウィルヴェントよ、我の声が聞こえるか

 カインの頭の中に重々しい声が語りかけてくる。

「ああ、聞こえている。戦う前に僕だけに聞こえるよう、呼んでいたのは貴方だな」

 それに対し、カインは闘気を注ぎ込む事を続けながら応じる。
 火龍と戦う前にローエン山脈で感じた早く来いと呼ばれるような感覚。
 頭の中に響く声はあの時と全く同じ感覚だ。
 火龍がカインを呼んでいたというのは決して間違いではなかった。

 ――――その通りだ。我がお前を呼んでいた。

「そうか。なら……何故、レジェンドアームを持たない僕を呼んだんだ?」

 カインは火龍に尋ねる。
 何故、レジェンドアームを持たない自分の事を態々、呼んだのかを。
 本来ならば神話の時代から受け継がれる力であるレジェンドアームを持つフィーナ達が呼ばれるべきだからだ。

 ――――それはお前がザイン=ウィルヴェントを継いだ者であるからだ。

「……父さんの?」

 ――――ああ。我ら龍と同質の力を持ち、神界の理から外れた唯一の人間であるウィルヴェントでなければ、我の言葉は通じぬ。
 ――――それ故にお前だけを呼んだのだ。して、ザイン=ウィルヴェントを継ぐ者よ、名をなんという?

「カイン……。カイン=ウィルヴェントだ」

 ――――そうか。カイン=ウィルヴェントよ、お前がこのまま我を討ち取る前に伝えておきたい事がある。聞いてくれるか?

 火龍はカインの父親であるザインの事を継いだからと理由で呼んだのだという。
 理由としては突拍子もないものとも思えるが、ザインは2人で旅をしていた頃は稽古をつけると共に龍の事もカインに教えていた。
 細かい部分までは流石に語らなかったが、ウィルヴェントという名が龍と深い関わりがあるとは常日頃から語っていた。
 こうして、龍の言葉を実際に聞く事になった今を思えば、ザインの語っていた事は間違いではない。

「ああ、聞こう」

 ザインとの会話を思い出しながら、カインは火龍の言葉に深く頷いた。
















 ――――我が何故、目覚め、アルカディアを襲うに至ったかについてだが……。これは神の呪いによるものだ。
 ――――緩慢に病んでゆく世界へとなって何れ滅びゆくようにと――――かけられた呪い。
 ――――神が古に死する際にかけたこの呪いを抑える事が我の役目であった。
 ――――だが、呪いから世界を守護する役を任されたとはいえ、龍の化身でしかない我が身では1億以上もの時には耐えられなかった。
 ――――それ故に我は呪いの力に屈し、暴走する事になってしまったのだ。

 火龍が語る事の真相にカインは黙って頷く。
 アルカディアを火龍が襲った理由が神の遺した呪いによる影響であるという事は充分に考えられる事だったからだ。

 ――――こうして、呪いの力に屈した身でお前に語りかけているが……これが我に残った最後の自我だ。
 ――――自我を維持出来る時間もそう長くはない。恐らく、我以外に存在する龍の化身達も自我を保っていても何時かは同じようになろう。
 ――――龍達の下を廻り、ウィルヴェントの人間が持つ龍と同質の力である闘気を以って我らを討ち果たしてくれ。
 ――――それにより、龍に封じられていた一時的に神の呪いは霧散する事になり、時を稼ぐ事が出来る。
 ――――その間にお前は呪いを打ち消す術を探すのだ。出来るか、カイン=ウィルヴェント。

「解った、やってみる」

 言われるまでもない。
 カインは火龍の言葉に躊躇う事なく応じる。
   ウィルヴェントの人間は闘気で属性の力を操る事が出来るが、その術は出自に些か事情があるからこそのもの。
 父、ザインがカインに伝えた事の中にはその事情の秘密も含まれていた。
 人間という存在は神が創造した存在とされるが、ウィルヴェントの人間だけは神に創造されたものではない。
 ウィルヴェントという人間は龍が創造したものであるのだと。
 龍が創造した存在であるからこそ、ウィルヴェントは闘気によって属性を発現させる事が出来る。
 火龍をはじめとする龍は全てが魔法によるものではなく、闘気によるもので属性の力を操っているが、カインの持つ属性の力を持つ闘気もそれと大差はない。
 正にこの事はザインの遺した言葉通りである。
 違う点があるとするならば、龍を討った際に神の呪いを一時的に浄化してしまう事。
 これは属性の力を持つ闘気と同じく、ウィルヴェントの人間が特有に持つもう一つの術。
 神に選ばれた聖職者や光、星のレジェンドアームの使い手が呪いを抑え、浄化する事が出来るようにウィルヴェントの人間も自らが同じような力を持つ。
 未だに属性の全ての闘気を扱えるわけではないが、ウィルヴェントの人間の持っている術に関しては全てを継承している。
 属性の闘気ではなく龍を殺し、浄化するための闘気――――これをカインは受け継いでいるのだ。
 自分が受け継いだ力が一時的にでも神の遺した滅びへと向かう呪いを食い止められるのならば、断る理由なんてない。
 カインは火龍の言葉を受け止め、それを実行する事を誓った。


















「――――!」

 龍の言葉を受け止めたカインは心の蔵に剣を突き立てたまま、意識を集中する。
 カインの放出している闘気が白系統の光り輝くような色から徐々に黒と紅の稲光に激しい輝きを持つ光へと変わっていく。
 龍を殺し、浄化する事が出来る封龍と呼ばれるウィルヴェントの人間のみが持つ、唯一無二の属性の力を持つ闘気。
 カインは父親から受け継いだ秘奥義ともいうべき最後の術を解き放った。

 ――――そうだ、それで良い

 龍を殺す属性の闘気を心の蔵に受け、火龍は満足そうに最後の言葉を漏らす。
 神界を含む、全ての異世界に唯一人存在する、龍と密接な関わりを持つウィルヴェントの人間。
 1億もの夜を越えても尚、神話の時代の繋がりを忘れずに彼の人間のみが委ねられる使命を忘れてはいなかった。
 龍の化身達がそれぞれ呪いによる影響により、己の使命を果たす事が叶わない今、それは最後の救いともいえる。
 世界の守護を役割とする龍にとって、世界の破滅を齎す事は不本意以外の何ものでもないからだ。

「火の龍よ、確かに貴方の言葉を受け取った! ウィルヴェントの名を継いだ者として、僕は役割を全うする。だから――――!」

 カインの発した言葉が届くか届かないかのところで火龍がゆっくりと崩れ落ちていく。
 龍を殺す属性の闘気が遂に火龍を討ち、浄化を始めたからだ。
 黒と紅の激しい稲光のような闘気が火龍の生命を焼き尽くし、その身に溜め込んだ神の呪いも焼き尽くす。
 その光景を目にしながら、カインは龍の心の蔵から鋼の剣を引き抜いて鞘に納める。
 浄化が始まり、龍の姿が崩れていく今、もうカインにはそれを見届ける事以外には何も出来ない。
 もし、出来る事があるのならば龍が迎える最後の姿をその目に焼き付ける事だけだ。
 世界を守護する役目を持っていた龍と神の呪いがその役目を誤らせ、破壊者へと変貌させた事を決して忘れてはならない。
 龍の最後の言葉を聞き、その頼みを聞いたカインは死に逝く龍の姿を自分の心に深く刻み込む。
 そう、自らが成すべき事とその裏に潜んでいる神の呪いの事を思い浮かべながら――――。
 カインは火龍の最後を見送るのであった。































 From FIN  2012/6/29



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