そもそも、自分にはこの闘気を遣った剣術以外には何もないのだ。
 魔法を遣う事も出来ないし、銃を扱う事も出来ない。
 崩界でも剣術のみで戦うと言うスタイルの人間は殆どいない。
 事実、水の騎士であるウォーティスですら魔法との併用で戦っている。
 他の騎士や戦士達もそうだ。
 大抵の人間は魔法を使い、使えない者は銃等のような他の武器を扱う。
 裏を返せば、剣のみで戦う人間が殆どいないと言う事はカインのように闘気を扱う術がないと言う事でもある。
 何しろ、この崩界と言う世界全体を探してもカインの父親以外には今まで存在していなかったと言うのだから。
 異能の力とは全く別の物であるこの力は最早、カイン唯1人しか持っていないのだ。
 現状における竜や魔物達の活発な活動――――。
 今、正に何かが起きる前触れが見えつつあるこの時こそカインの力が役に立つ時がきたのかもしれない。
 カインは自分の力が必要となるかもしれない自覚を強めつつ剣を振るい始めるのだった。

















龍殺光記レジェンドアーム
















 改めて言うが、カインがこうして剣の訓練を行うのは日課である。
 趣味と化していると言っても良いこの行為ではあるが、これは幼い頃に父に剣を教わり始めた時から続いている。
 そう言った意味ではカインにとっては生活の一部だと言っても良い。
 1人で旅をしている時でも朝は剣の訓練に始まり、夜も剣の訓練を欠かさない。
 カインが若くして剣士として1人立ち出来ているのはこうした積み重ねがあるからであろう。
 資質に恵まれているとしても、努力を怠れば何もならないと言う事をカインは良く理解している。
 そして、資質の上にに胡坐をかく事がどれだけ愚かであると言う事も。
 剣を取るようになって1度も手放した事もなく、こうした努力をしているカインが弱いと言う事は断じてない。
 成人の儀を迎えたばかりの年齢であるにも関わらず、竜と真っ向から剣のみで戦えるのは一重に地道な積み重ねがあったからである。
 それに剣のみで竜と戦うと言う人間が他にいないというのもカインの珍しさを物語っている。
 この崩界と言う世界において竜と戦う手段は主に魔法や銃に頼る傾向にあり、剣や槍、斧と言った得物で挑む事は少ない。
 そもそも人間と竜とでは大きく間合いの差があるからだ。
 しかも、竜は通常の魔物と比べても身体能力が非常に高く、人間ではその動きに追いつく事も難しい。
 単身で竜と戦うには相当に鍛え上げなくてはならないのだ。
 竜の牙や爪を正面から受け止める事が出来るだけの腕力。
 突撃してくる際のスピードに対して余裕で反応できるだけの速さ。
 他にも様々な要素があるが、簡単に言えばこのくらいだろうか。
 とは言っても竜を単身で圧倒出来る人間はカイン以外にも決していないわけではない。
 崩界においても名のある武人や魔導士ならば竜と単身で戦う事は可能だからだ。
 しかし、そのような人間は国の要人であったりするなどの事が多く、例外的な人物である。
 一般の旅人や傭兵にもそれほどの実力を持っている人間は本当に数が限られているのだ。
 だが、他にそう言った人間がいるとはいえど、剣のみで竜と戦う人間はカインのように一芸に秀でている者くらいしかいない。
 竜と戦える人間がいるとは言っても物好きと言うのは少ないとでも言うべきだろう。
 それはカイン自身も自覚している。
 しかし、カインにはこの剣以外に戦う術は存在しない。
 戦う手段が限られているのならばその限られた一点を徹底的に鍛え上げる。
 カインのような人間にはそれしかないのである。
 それに自分を磨く事は決して無駄にならない。
 必ず身になるものである。
 だから、こうして剣を振るい続けるのだ――――。
 カインはその心構えで今日も黙々と剣の訓練に励むのだった。
















「……」

 カインは剣を正眼に構え、意識を集中させる。
 僅かな間の後にゆっくりと湯気が立ち上るかのように闘気がカインの周囲に現れる。

「――――!」

 そして、その闘気を剣に纏わせて更に意識を集中する。
 カインの意志に応えるかのように闘気が風となり、薄く剣の周りを包み込む刃となる。

「はぁっ!」

 風の刃が形成された事を確認したカインは虚空へと向かって剣を振るう。

 ヴァーティカル――――。

 闘気によって形成された風の刃を飛ばす遠当ての技。
 通常の魔法とは全く異なる方法で発現するこの風の刃は異能の力を使っているものではない。
 武術を極めた一部の達人が発する闘気にウィルヴェントの人間が持つ属性の力を上乗せしたものだ。
 知らない人間が見れば魔法にしか見えないが、カインの放つこの刃はあくまで闘気によるものなのである。
 見た目は魔法と大差がないように見えても大きく違うと言っても良い。

「凄いですね、カインさん」

 カインが風の刃を虚空に向かって飛ばしたところで何時の間にか外に出てきていたフィーナが声をかける。

「……フィーナ」

 意識を闘気を操る事に集中していたカインは若干の驚きを覚えながらもフィーナに応じる。

「あ……気を悪くしたのならごめんなさい、カインさん。外に出ていくカインさんが気になったもので……」

 フィーナはカインがガラットとの話を終えて、外に出ていく姿を見ていたらしい。
 カインの様子に黙ってついて来た事を申し訳なさそうにする。

「いや、別に気を悪くしたわけじゃないよ。特に見られても困るような事をしていたわけでもないし」

「そうなんですか?」

「まぁ、剣の訓練くらいは見られても大丈夫だからね」

「良かった……」

 カインが気分を害したわけではないと言う事に安堵するフィーナ。
 普段ならフィーナが現れるよりも先に気付くはずのところを気付かなかった事をみると余程、集中していたのだろうと思う。
 一人旅が長い人間は基本的には周囲の気配などに敏感であるからだ。
 カインを良く見つめてみると少し汗をかいているように見えるのがそれを物語っている。
 そこまで集中していたのだとするならカインの言っている事は嘘ではない。
 フィーナはここで漸く、落ち着きを取り戻すのだった。
















「さて、と……今日はここまでするかな。とりあえず、フィーナは僕に用があって来たんだろ?」

 フィーナが落ち着いた事を確認したカインは呼吸を整えて尋ねる。
 もう辺りも暗くなってきて外も肌寒く感じてくる時間に態々、様子を見にくるなんて何かがあると思うのは当然である。
 特に魔導士であるフィーナにはカインの剣を見る理由は見当たらないからだ。

「いえ、そう言うわけじゃないんですけど……こうでもしないと2人きりで話をする機会なんてなさそうだったもので」

「ああ……確かにコウイチやウォーティスさんと一緒だったらそんな暇はないか」

「ええ、だからこうしてカインさんが1人になるタイミングを見計らっていたんです。少し個人的に話もしたかったですし」

「……なるほど」

 フィーナの言い分にカインは納得する。
 個人的に話をしたいと言うのであれば他に人がいた方が都合が悪いと言う時もある。
 晃一はカインにとって気のおける人間だが、フィーナにとってはそうではない。
 ウォーティスはフィーナにとって気のおける人間だが、カインにとってはそうではない。
 互いの同行者がこの場にいる当人同士にとっては余り気のおけない人間なのだ。
 これでは話を切り出そうと思っても上手くいかないと言うのも無理はないだろう。

「それで、お話なんですけども……」

「うん」

「こうして、カインさんと向かいあってみると何を話したいのか解らなくなってしまいました」

 カインを見ながらフィーナは困ったように笑う。
 本当なら話したい事がたくさんあるはずなのに。
 実際にこうして向かいあってみるとどうしたら良いのか解らない。
 カインもフィーナも以前に会った頃に比べて大人になっていた。
 昔はあどけなかった少年と少女も今はもう成人の儀を迎え、大人の階段を上り始めている。
 人によっては成人の儀を行う事を16歳まで先送りする者も多いが、それはあくまで個人差でしかない。
 世間的には成人の儀を迎えても大人と認識されるまでは更に数年かかるからだ。
 だが、成人の儀を迎えたというその事は思っている以上に2人に思わぬ印象を与えていた。

「……僕もだ」

 そんなフィーナの様子にカインも頷く。
 同じように思っていたのはフィーナだけではなく、カインも同じだったからだ。
 昔から可愛らしい少女であったフィーナだが、成人の儀を迎えた今では可愛らしさと美しさを兼ね備えている。
 フィーナを見て、ちょっとした仕草にも惹きつけられる何かがあるような気がする――――とカインは思う。
 女性とは余り接する機会のない身であるが、そんなカインから見てもフィーナは魅力的な女性になっていたのだ。
 幼い頃に接点を持っていた少女がそんな姿になっていれば戸惑うのは当然の事かもしれない。

「だけど、何も話をしないのは何だし……今まで自分達がどうしてきたのかでも話そうか」

 戸惑う気持ちを抑えつつ、カインはフィーナに尋ねる。
 態々、フィーナは訓練をしていた自分の所に来てくれたのだ。
 彼女の気持ちには応えなくてはならない。

「はい!」

 そんなカインの気持ちを汲み取ったのかフィーナは笑顔で頷く。
 フィーナの気持ちもカインと同じだったからだ。
 同じ事を思っていた事に気付いた2人は顔を見合わせて軽く微笑みを交わす。
 話す事を難しく考える必要なんてない。
 伝えたい事を話せば良いだけだ。
 カインとフィーナはどちらからともなく話を始める。
 今まで会っていなかった分を少しでも埋めるかのように――――。





























 From FIN  2010/9/25



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