「……感謝する」
カインと晃一の瞳に偽りの光がない事を認めたウォーティスは感謝の言葉を伝える。
単独でフィーナを守る事は出来ても、1人では後がない。
それに行く手を阻む相手が多数となればウォーティス1人でフィーナを守りながら戦うのは至難の業だ。
ウォーティスの力ならば並大抵の相手でも後れをとる事などはないが――――それでも確実とは言い切れない。
しかし、カインと晃一が一緒ならばその心配も殆どなくなる。
晃一の力量は確かなものだし、銃の使い手として彼は若さに見合わないだけの修羅場をくぐっている。
本来なら報酬などを払わなくてはいけないような人物である。
それに対してカインも成人の儀を迎えたばかりとは言え、単独で竜を撃破出来るほどの剣士だ。
竜殺しのカインとでも言えばその名は剣士の中でも評判になっている。
若干、12歳と言う若さで竜殺しを中心とした活動をし、何の見返りも求めずに人を助ける――――。
余りにも真っ直ぐで生真面目で。
若いのに、力も技も心もある――――と。
まだまだ若いとはいえ、同行者としては申し分ないくらいだ。
それに何より、フィーナと同い年であり友人同士と言うのも大きい。
フィーナにとっては慣れていない旅の道中においても精神的な支えになってくれるだろう。
ウォーティスは2人が特に理由もないにも関わらず、同行してくれる事を感謝をするのだった。
龍殺光記レジェンドアーム
「ガラットさん。今、戻りました」
「おぅ、お疲れさん。無事で何よりじゃ」
フィーナ達と言う新たな同行者を連れてカインはアップルヒルの町へと帰還した。
方針について話をするにしても町に戻らなくては落ち着いて話も出来ない。
そのため、カイン達はアップルヒルに戻る事にしたが、元から町へと戻るつもりであったため、移動はスムーズだった。
現在の状況は事情を説明した後ですぐにカインが拠点にしている宿屋へと移動し、今に至る。
そんなカイン達をアップルヒルの宿の主人、ガラット=グランバードが出迎えた。
「その様子を見ると……首尾は上手くいったみたいじゃな」
「ええ、なんとか」
「また謙遜なんかしおって。今のお前さんなら飛竜くらいは余裕じゃろう」
「……そんな事ないですよ」
ガラットはカインの事を良く褒めてくれるが、正直に言えば気恥かしい。
カイン自身はまだ、このように言われるような人間ではないと思っているからだ。
「それより、僕以外にも泊めて欲しい人達がいるんですが」
ガラットの賞賛の言葉を受け流し、カインは要件を伝える。
「おお、構わんよ」
ガラットの方も宿の常連であるカインからの頼みとあれば拒む理由はない。
カインはアップルヒルで依頼を受けた時は必ず一日以上は宿に泊ってくれる常連だ。
それも各地を旅している時も道中であれば必ずこの宿に寄ってくれるほどの。
ガラットはそんなカインの事を彼が父親と旅をしていた頃から見ている。
カインとの付き合いはかなり長い方と言っても良いだろう。
それにカインには依頼の方も任せたばかりだ。
存分に疲れをとって貰いたいとガラットは思う。
「じゃあ、フィーナ。ウォーティスさん。コウイチ」
ガラットからの返事を確認したカインはフィーナ達に名前を伝えるようにと促す。
「解りました、カインさん。フィーナ=クレセントです、よろしくお願いします」
「ウォーティス=クレセントだ。……世話になる」
「山場晃一だ。久し振りだな、ガラットのおっさん」
それぞれに名前を伝えられたガラットは彼らを一瞥し、その姿を確認する。
晃一もカインほどではないが、この宿に足を運ぶ客の1人だ。
時には依頼を頼む事もあり、晃一とは顔を合わせる機会は割と多い。
だが、残りの2人はまだ会った事がない。
見たところ、1人はカインと同じ年頃の少女。
もう1人は晃一よりも僅かに年上くらいの男性。
2人とも身なりが整っており、フィーナは魔力の籠ったローブを纏い、ウォーティスは軽装の鎧を身に付けている。
一見すれば旅の魔導士と騎士に見えるが、その素性までは流石に解らない。
だが、2人から感じる気配は水のように純粋で。
汚れの一つも無い、澄んだ心を持っているように感じられる。
カインが同行していると言う事はガラットの見立ても決して勘違いと言う事ではなさそうだ。
それにガラットにはクレセントと言う名前には覚えがある。
北の街を治めるクレセントの統治者にして、水のレジェンドアームを扱う一族。
ある意味では大物と言うべき人間達だ。
クレセントと言う名前に何か事情があると感じたガラットはカインに視線でこのまま待つようにと伝える。
カインもガラットが言いたい事を理解し、頷く。
「おお、コウイチは久しぶりじゃな。無事に生きておったか。それで、フィーナのお嬢ちゃんとウォーティスさんは初めての客じゃな。
ならば、存分に腕をふるわせて貰うかの。コウイチ、皆が泊まる部屋に案内へと案内しておいてくれ」
「了解、カインは?」
「カインとはもうちょっと話す事があるでな」
「なるほど、そう言う事なら俺達は部屋の方に行かせて貰うぜ」
恐らく、カインはフィーナとウォーティスの事を話すのだろう。
それにガラットならアルカディアの現在の状況を少しは知っているかもしれない。
例え、アルカディアの事が解らなくても何かしらの助言を貰えるだろう。
晃一はカインとガラットがフィーナ達の話をする事を察知し、2人を連れて出ていく。
「うむ、行ったようじゃな。さて……カインよ。事情でも聞かせて貰おうかの」
フィーナとウォーティスが晃一に連れられて出ていくのを確認したところでガラットはゆっくりと口を開くのだった。
「フィーナはアルカディアの王子であるディオンに招かれて旅をしているそうです。ウォーティスさんはその護衛と言う事で」
ガラットに促され、カインは事情を説明し始める。
クレセントの事はガラットも知っているため、その部分の事については省いて。
「ふむ、ディオン王子にの……。しかし……今は平和とは言え、徒歩で旅とは些か可笑しい気もするのぅ」
「ええ。流石に可笑しいと尋ねたところ、アルカディアの方から転送魔法では来ないようにと言ってきているそうです。
正直、クレセントからアルカディアまでは随分と遠い。普通に徒歩で行くのは無茶だと思います。
ディオンは決して無茶な要求をする人間じゃない……だとすれば何かあったのではないかと」
「そうじゃろうの……アルカディアのディオン王子はそのような人間ではあるまい」
カインの予測にガラットも頷く。
アルカディアの王子であるディオンの事はガラットも良く知っている。
実際に宮廷に招かれた事もあるガラットはディオンとも顔を合わせた事があるからだ。
アルカディアの王子でありながら、ディオンは誰とでも分け隔てなく接し、誰が話しかけても優しく応じる。
立場に問わず、誰とでも話をするディオンは明快な人物だと言っても良い。
ディオンと話した時間は短かったが、50年以上も生きているガラットは人を見る目には自信がある。
彼もまた、カインと同じく若い身ながらも正しい心を持っている若者だった。
「ええ、だからこそ気になるんです。転送魔法を禁止すると言う事が」
「うむ、カインの言うとおりじゃな……」
カインの言い分にガラットも肯定する。
正直、転送魔法を禁止するとは尋常ではない。
転送魔法は旅人にとっては必須とは言わなくても一般の人々には必須の物だからだ。
戦う力のない人は転送魔法がなければ遠くの街や国へ行く事は出来ない。
そのため、この崩界においても重要な魔法の一つである転送魔法を禁止する事は余程の事情がなければ考えられない。
もし、考えられるとするならば国で何かしらの異変が起きている事くらいだ。
「ウォーティスさんほどの騎士なら、アルカディアまでの道中を心配する必要はないかと思います。
ですが……少し気になる事もありますので僕は彼女達に同行しようかと考えています。
アルカディアの異変の件もありますが――――他にもありますんで」
「気になる事とは?」
水の都に属する騎士であるウォーティスの技量であれば野盗や魔物に不覚をとる心配はない。
それは多くの旅人を見てきたガラットの目からしても明らかであった。
ウォーティスに並ぶ人物は崩界の何処を探してもそうはいないだろう。
少なくともアルカディア方面にはそのような存在はいないはずだ。
しかし、カインが口にした気になる事と言う一言に疑問を覚えたガラットはその事を尋ねる。
「……最近の竜達の活発な動きです。今まででも時期によっては活発な時はありましたが……ここ暫くの竜の活動は異常です。
それに魔物達の動きも今まで以上に活発になっています。正直、僕の感覚では上手く言えませんが……何か嫌な予感がします」
「ふむ……」
カインの言った話の内容を思案するガラット。
確かにカインの言うとおり、最近は竜を含めて魔物達の動きが活発になってきている。
今回もそれが理由で顔見知りであるカインに飛竜の討伐を依頼したのだ。
嫌な予感と言うものもあながち、嘘ではないだろう。
竜や魔物達の活発な活動――――。
それが何かの前触れであり、何かが起きようとしているかもしれない。
カインが感じているその予感と言うものが本当にならないと言う事を祈るしかないのであった。
「そう言う事なら今夜は腕を振るうとしようか。明日からは次の町に到着するまでゆっくりする機会も少なくなるだろうしの」
カインから今後の行動の予定を聞いた自慢の料理を振るう準備を始める。
「ありがとうございます、ガラットさん」
こうした見返りが欲しくて今後の話をしたわけではないが、ガラットの心遣いにカインは感謝する。
アップルヒルきっての料理人であるガラットのつくる料理は非常に美味しい。
その料理を求めて諸国からも多くの人々が訪れるほどなのである。
これからの旅の事を考えれば景気付けにはちょうど良いかもしれない。
「お前さんには期待しとるからな。気にする事でない」
「ははは……」
ガラットはこう言ってくれるがカインはまだまだ自分が少年でしかない事を自覚している。
確かに成人の儀も迎え、崩界と言う世界においては一応、大人である立場になったとは言ってもまだまだだと思う。
1人で旅を続けてきてやっと、少年から毛が生えてきた程度でしかないのだから。
「では、僕は軽く汗を流してきます。ガラットさんの期待にも少しでも応えないといけませんしね」
「ほっほっほっ。言ってくれるの」
「お互い様ですよ」
ガラットと軽く話を終えたカインは剣を取って宿の外へと出ていく。
普段からの日課である剣の訓練――――。
成人の儀を迎える以前からもずっと続けているこの行為はカインにとっては趣味と化していると言っても良いほどだ。
まだまだ身体は発展途上であるとは言っても、剣術に関しても発展途上でしかないカインである。
1人でも竜を倒せるほどにまで力をつけるに至っているが、それでもカインは自分の力を高める事を止めない。
そもそも、自分にはこの闘気を遣った剣術以外には何もないのだ。
魔法を遣う事も出来ないし、銃を扱う事も出来ない。
崩界でも剣術のみで戦うと言うスタイルの人間は殆どいない。
事実、水の騎士であるウォーティスですら魔法との併用で戦っている。
他の騎士や戦士達もそうだ。
大抵の人間は魔法を使い、使えない者は銃等のような他の武器を扱う。
裏を返せば、剣のみで戦う人間が殆どいないと言う事はカインのように闘気を扱う術がないと言う事でもある。
何しろ、この崩界と言う世界全体を探してもカインの父親以外には今まで存在していなかったと言うのだから。
異能の力とは全く別の物であるこの力は最早、カイン唯1人しか持っていないのだ。
現状における竜や魔物達の活発な活動――――。
今、正に何かが起きる前触れが見えつつあるこの時こそカインの力が役に立つ時がきたのかもしれない。
カインは自分の力が必要となるかもしれない自覚を強めつつ剣を振るい始めるのだった。
From FIN 2010/9/12
前へ 次へ 戻る