「……どうしたもんだろうな?」
 1ヶ月前のバレンタインで円花から甘過ぎるほどのチョコレートを貰った彗は悩んでいた。
 円花から貰ったチョコレートは余りにも刺激的で今でも余韻が充分に残っている。
 互いに恋人同士になってからの事だったとはいえ、アレは流石に凄かったと断言出来る。
 何しろ、円花の作ったチョコレートを全部口移しで食べさせて貰ったのだから。
(あの時は円花がああ言った事をするとは思ってもみなかったが……。恋人同士だしああ言った事はやるもんだろ?)
 彗も正直、あの時の円花の行動には驚いた。
 円花のしたいようにさせていたが……今、思えば物凄く恥ずかしい事をしていた事を実感する。
 だが、悪い気はしなかった。
 誰よりも大切な人である円花とそう言った事が出来たのは彗としても望む事だったのだから。
 だからこそ、お返しに妥協するつもりはない。
 彗はそう言った思いを抱きながら街を歩いて行くのだった。
















スタンプ・デッド
お返しは愛ある印
















「しかし、探してみてもこれと言ったものがないな……」
 円花へのプレゼントを探して街をさ迷い歩く彗だがこれと言ったものが見つけられない。
 流石に円花から貰ったバレンタインの時ほどのインパクトに匹敵するものなんてそうはないと言える。
 円花は彗がくれるものなら何でも良いと言いそうだが……あれだけのものを貰ってしまっては彗としてもそうはいかない。
 心が籠っているどころか籠り過ぎているくらいの贈り物だったからだ。
「円花からあんなのを貰った以上はそれに見合ったものを返してやりたいが……」
 とは言ってもピンとくるようなものは中々見つけられない。
 円花がくれたのはチョコレートだったから彗も御菓子でも良いのかもしれない。
 だが、彗としては自分の想いを形に残しておけるものを渡したかった。
 中々、思った通りの物が見つからないとぼやきつつも歩いていると彗の目にあるものが止まる。
「ん、なになに……?」
 その目にとまったものに近付いてじっくりと見てみる。
 中身の内容はアクセサリーについての一文。
 それだけであれば、彗の目には止まらなかっただろう。
 だが、この文の内容にはある内容のものが追記されていた。
「……よし、これだな」
 彗はその一文を確認すると店の中へと歩みを進めた。
 これなら自分の気持ちをそのまま伝えられるし、形にも残る。
 それにホワイトデーの日までは幸い、時間はある。
 残りの時間の事も考えれば特に問題もないだろう。
 彗は漸く、自分の眼鏡に叶うものを見つけたのだった。
















「彗さん……最近、どうしたのでしょうか?」
 ここのところの彗の様子が普段と違う事に溜息をつく円花。
 学校が終わって放課後になった途端に彗は急ぎ足でいなくなってしまう。
 普段なら円花と一緒にゆっくりと帰宅するのだが――――。
「でも、彗さんは聞かないでくれって言ってましたし……」
 彗からは気にしないようにと言い含められていると言うのもあって円花は自分から動く事が出来ない。
 本当は気になるのだが、彗は如何しても円花に内緒にしておきたい様子だった。
 だから、円花が彗から話を聞くわけにはいかない。
 それは彗の事を良く知っている円花が一番、解っている事だった。
「はぁ……」
 だけど、こうして先に帰るのも何か寂しいものがある。
 最近の彗は夕方以降にならなくては戻ってくる事はない。
 何かをやっているのは間違いないのだろうが、円花にはそれが何かまでは解らない。
 だからこそ、もどかしくも感じるのだ。
 彗の事を考えているとどうしても、熱くなってしまう胸のどきどきが治まらない。
 そう言った止められないような気持ちが彗の事を想う度に感じられる。
 こうした想いを感じれば感じてしまうほど、円花は彗の事が好きなのだと実感する。
「彗さん……」
 彼の名前をぽつりと呟いてみる。
 名前を呟くだけでも彗の事を求めたくなってしまう。
 バレンタインで熱烈なアプローチをして以来、すっかり円花は彗がいなくてはどうしようもないほどの想いに捕われている。
 彼の事が余りにも好きで、大切で。
 その想いがどんどん大きくなっている事が円花の中でもはっきりとしている。
 彗の事を想うだけでこんなふうになってしまうなんて以前は全く、考えられなかった。
 それだけ彗に夢中なんだろうと思う。
 だから、彗がこうして円花に内緒で何かをしていると言う事に関しても黙ってしまう。
 円花は彗の事を信じているから。
 だから――――後、少しだけ待ってみよう。
 円花はそう決心したのだった。
















 あれから数日後――――ホワイトデー当日。
「円花、一緒に帰ろう」
 学校が終わったところで円花は彗に呼びかけられた。
「あ……はい!」
 久し振りの彗の誘いに円花も嬉しそうに答える。
 かれこれ一週間以上も彗とは一緒にいられなかった。
 家なら顔を合わせる機会もあったはずなのだが、間が悪かったらしく彗とは思うように話す事も出来なかった。
 だから、彗からこうして誘ってくれた事はとても嬉しい。
 円は思わず天にも昇るような気持ちだった。
 彗からの誘いは余りにも魅力的で。
 ずっと円花が待っていたものでもあった。
 そんな誘いを円花が断る理由なんてない。
 だから、円花は喜んでそれに応じるのだった。





 彗に連れられて帰り道を歩いていく。
 こうして、一緒に行くのは久し振りだった。
 尤も、少し前までは一緒に歩く事の方が普通だっため、本来の形に戻ったと言う方が正しいのかもしれないが。
 しかし、彗が足を進めている方向は自宅ではない。
 違うところに向かっているのは円花にも解った。
 彗が歩みを進めているのは明らかに街中の方だった。
 それもその場所は円花にとっては身に覚えのある場所だ。
「彗さん、どうしたんですか?」
 初めて出会った場所に連れてこられた円花は首を傾げる。
「実は円花にお返ししようと思って」
「え……?」
「あんなものを貰ったんだから相応のものを返さないと、な」
 そう言って彗は小さな箱を取り出す。
 そして、その箱から取り出したものは彗が円花に黙って準備していたもの。
 箱からそのものを取り出した彗はゆっくりと円花の左手の薬指へととおす。
「す、彗さんっ! こ、これって……!?」
「駄目、だったか?」
「いいえ、嬉しいです!」
 円花は自分の左手の薬指にとおされたものをうっとりと見つめる。
 彗からの思わぬプレゼントに円花は頬が緩むのを止められない。
「俺が自分で円花に合うようにって選んだんだが……良かった」
「彗さん……」
 彗が自分で選んでくれたって言う事に感激する円花。
「それに……ちょっとそこを見てみてくれ」
「はい」
 感激を覚えたまま彗の言葉に従って指輪を見つめてみる。
 するとそこには――――彗と円花の名前が彫ってあった。
「あ……」
 思わず、それを見て惚けてしまう円花。
 これはまるで――――。
「……一応、そう言う意味のつもりだ」
 彗が円花の考えた事を肯定する。
「彗さんっ――――!」
 その答えに円花は彗に思わず抱きつく。
 街中でも関わらずに抱きついてしまうほどに溢れた想いは止められなかった。
 初めて出会ったこの場所で彗が指輪をくれた――――しかも、そう言う意味で。
 バレンタインの時からちょうど一ヶ月――――。
 彗がお返しとしてくれたプレゼントは円花にとって余りにも大きな意味のあるものだった。


















 ――――大切な人からのお返し。


















 それは愛ある印――――。































 From FIN  2010/7/18



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