最近、円花の様子が可笑しい。
 なにやら、以前とは違って台所にいることが多い。
 それも彗の母親である愛生と一緒に。
「まぁ……良いけどな」
 愛生と円花が仲良くしてくれているのならそれで良い。
 自分の恋人と母親の仲が悪いなんて正直、良い気持ちはしない。
 仲良く料理をすると言うのも良いだろう。
 少しだけ微笑ましいと思いながら彗は自分の部屋に戻る。
 しかし、彗は気付いてもいないが……もうすぐ2月14日。
 その日は女の子にとっては大事な日なのである。
















スタンプ・デッド
バレンタインは恋の味
















「愛生さん、これで良いですか?」
 チョコレートを混ぜ終わった円花は愛生に尋ねる。
「うん、良い感じよ。円花ちゃんは良いお嫁さんになれるわね〜」
「あ、愛生さんっ……!」
 円花は愛生の言葉に頬を紅く染めながら言う。
「円花ちゃんは可愛いわね〜」
 愛生は円花の様子を気にした風も無く円花を軽く抱き締め、頭を撫でる。
 円花は少しだけ照れくさそうにしながらも愛生に頭を撫でられる。
 暫く、愛生とスキンシップをした後、円花は再びチョコレートの準備を始める。
 もうすぐ、バレンタイン。
 今までは死神見習いで渡す相手なんて言うのもいなかったが……今回は全く違う。
 円花には彗と言う大好きな人がいるのだから。
 愛生もそれが何となく解っているからこそ、チョコレート作りのアドバイスをしているのだが。
 円花は彗の顔を思い浮かべる。
 彗は端整な顔立ちをしていると言っても可笑しくはない。
 実際に彗は割と女の子にも人気があるのである。
 彗がチョコレートを貰っている姿を想像した円花は少しだけむっとする。
「あら、どうしたの? 円花ちゃん」
 少しだけ頬を膨らませていた円花に愛生が話しかける。
「あ、いえ……なんでもないんです」
 円花の言いたいことが何となく解った愛生は円花を微笑ましく見守る。
 愛生が何も言わなかったのに気付いた円花はまたしても頬を紅く染める。
 恐らく、愛生は自分が彗の事を考えていたことはお見通しだろう。
 大好きな人の母親からこう言う風に見られるのは少しだけ気恥ずかしかった。
 彗とのことも自分の想いも見透かされているみたいで。
 でも、愛生が自分のことを反対するどころか応援してくれていると言うのは嬉しい。
 円花はそんな愛生に感謝しながらチョコレート作りを続ける。
 彗に対する愛情の想いを込めて。















 そして、バレンタイン当日。
 円花は朝早くから起きてお弁当の準備をする。
 料理の方も愛生から指導を受けているため随分と上達している。
 なるべく栄養のバランスと彗の好きなもののバランスを考えてお弁当を用意する。
 二人分のお弁当を用意した円花は冷蔵庫からチョコレートを取り出す。
 中身を確認し、美味く出来上がっていることを確認すると円花はチョコレートにラッピングをする。
 そして、ラッピングで包んだチョコレートを大事そうに鞄に入れる。
 当然、チョコレート自体も味や見た目に関しても太鼓判を貰っているため、問題無い。
 愛情も出来る限り込めた。
 後は、彗に渡すだけなのだが……本日はあいにく学校である。
「円花、そろそろ行くだろ?」
 ちょうどチョコレートをしまい終わった時に彗が声をかけてきた。
「あ、はい」
 彗に声をかけられ円花は玄関の方に向かう。
 玄関では彗が円花を待っていた。
「何をやってたんだ?」
「なんでもありませんよ」
「そうか……まぁ、良い行こうか」
「はい……!」
 円花の言葉に彗は気にした様子も無い。
 円花にはそれが少しだけ悲しくもあり、嬉しかった。
 彗の反応を見ている限り、もし、他の女の子からチョコレートを貰ったとしてもその意味に気付くことは少ないと言えるからだ。
 円花がそんなことを考えているとは知らず彗は円花に手を差し出す
 差し出された彗の手に円花はそっと手をのせる。
 そして、しっかりと手を握り合う。
 数ヶ月前に恋人になって以来、この手を繋ぐと言う行為も自然な行為となっていた。
 円花はそれが嬉しくて彗に微笑みかける。
 彗は円花の微笑みを見て、少しだけ頬を紅く染めて目を逸らす。
 そんな彗を見て円花をくすくすと笑う。
 微笑ましい朝の光景。
 これが今の円花と彗の日常だった。
















「彗さん、今日はバレンタインなんですよ?」
「あ〜……そう言えばそうだったか」
 円花が学校に着くまでの会話でバレンタインの話を彗に振ってみたところ予想通りの返答が返ってきた。
 彗の返答が予想通りだったことが可笑しくて円花は少しだけ不満そうな顔をする。
「いや……悪い。今まで縁があまり無かったんでな」
「え……そうなんですか?」
「ああ」
 円花は意外そうな目で彗を見つめる。
 彗は少しだけとっつきにくい雰囲気ではあるが、顔も性格も良い。
 そんな彗があまり縁が無いと言ったことは意外だった。
「確かにチョコレートを貰ったことはあるんだが……そう言う意味かは解らなかったな」
「そう……ですか」
 彗はそう言ったが恐らくは本命のチョコレートも混ざっているのだろう。
 円花も鋭い方では無いが、なんとなく感じる。
 彗は鈍感だと言えるので本命のチョコレートを貰っても義理だと思っていると言う可能性は高い。
「ん……? どうしたんだ円花?」
 少しだけ落ち込んだような表情をしている円花の顔を彗が覗き込む。
「な、なんでもありませんっ!」
 間近で彗の顔を見つめる形になった円花は顔を真っ赤にして視線を逸らす。
 彗は円花の態度を見て少しだけ怪訝そうにする。
 死神とはいえ円花も女の子。
 何か思うところでもあるのだろう。
「ま、良いか。行くぞ、円花」
 そう結論付けた彗は円花に学校に行くように則す。
「はい、彗さん」
 円花は彗があまり問い詰め無かったことに少しだけ感謝する。

 やきもちを焼いていたなんて知られたら嫌われるかもしれませんし……

 そんなことを考えながら円花は彗に着いていく。
 勿論、その繋いだ手はそのままで。
















 学校に着いた彗と円花は教室に入る。
 二人揃って登校してきたのを見てクラスメイトは微笑ましそうに見守っている。
 クラスメイトに見られるのは良い気持ちはしないのだが、素直に祝福してくれてるあたりそれは幸いと言える。
「なぁ……円花」
「なんですか、彗さん?」
 円花は彗に呼ばれ、彗の見ている方向を見る。
 そこにはチョコレートの山があった。
「……何故か、置いてあったんだよ」
 彗は本当に机の上にチョコレートが置いてあると言う意味が解っていない。
 円花は少しだけ苦笑する。
 でも、少しだけ嬉しくて。
 彗が他の女の子からのチョコレートに興味を持たなくて。
 そんなことを思いながら彗を見つめていると教室の扉の影に見覚えのある顔があった。
 彗もその姿に気付いたらしく、声をかけにいく。
「井上か。どうしたんだ?」
 教室の扉の影にいたのは1年後輩の井上秋乃。
 円花にとっては恋のライバルでもある。
 秋乃は言いずらそうにしながらも意を決したのか彗に声をかける。
「あ、あのっ……昇神先輩……」
「どうした?」
「こ、これを貰ってくださいっ」
 秋乃が彗に差し出したものはラッピングされたチョコレート。
 見た感じでもかなり気合が入っており、とても市販のものとは思えない。
「ん、解った。後で食べさせてもらう」
 彗はあまり気にした様子も無く、秋乃からチョコレートを受け取る。
「あ、ありがとうございますっ」
 彗にチョコレートを受け取ってもらったことを確認した秋乃は頭を下げ、もの凄い勢いで自分の教室の方向へと戻っていった。
「………」
 彗は秋乃が去った後もチョコレートを見つめていた。
「彗さん?」
 押し黙った彗に円花は声をかける
「多分、これは本気……なんだな」
 彗がぽつりと呟く。
 円花の胸がちくっ……と痛む。
 秋乃が彗のことを好きなのは知っている。
 しかし、今は自分と付き合っているのである。
「……でも、俺は井上の気持ちに応えるわけにはいかない」
「彗……さん」
 円花の不安を他所に彗の言った言葉は円花にとっては嬉しいものだった。
 しかし、秋乃の気持ちを考えると少しだけ悲しくもある。
「……秋乃さんに気持ちだけでもはっきりと伝えて下さいね」
 そんなことを思いながら円花は彗に自分の意見を伝える。
「ああ……そうだな」
 彗も円花の言いたい意味が解ったのかそれに頷く。
 例え、受け止められない気持ちだったとしても相手には言葉を伝えなければならないのだから。
















 そして、時刻は昼休み……。
 昼休みに入ってすぐ彗は教室を出て行こうとする。
「彗さん、何処に行くんですか?」
「ああ、井上のところにな。……ちゃんと言葉で伝えないと駄目だろ」
 円花の質問にそう答え彗は教室を出て行こうとする。
「あ、彗さん。屋上で待っていますので……後で来てもらえませんか?」
「ん、解った」
 彗の返事を確認した円花も教室を出て行く。
 先日から準備をしていたチョコレートと今日の朝に容易しておいてお弁当を持って。





 屋上に着いた円花は彗が来るのを待つ。
 彗が何故、秋乃のところに行ったのかは創造がついている。
 恐らく、自分の言葉で今の気持ちを伝えるのだろう。
 暫く、物思いにふけっていると屋上の扉が開く。
「彗さん」
「……円花」
 屋上に上がってきた彗の表情は少しだけ暗かった。
 秋乃は彗と円花が付き合っていることを知っていた。
 それでも、チョコレートを贈っていたと言うことはそれだけ本気だったとも言えた。
「秋乃さんは……」
「ああ、はっきりと円花に対する気持ちを伝えた。あいつには悪かった……がな」
「そう……ですか」
 円花は秋乃の気持ちを考え俯く。
 自分が秋乃の立ち位置だったらどうだっただろうか?
 正直な話、素直に祝福出来るか解らない。
 円花もそれだけ彗に対する想いが強いのだから。
 そんなことを考えていたら携帯にメールが入っていた。
 円花は携帯を確認する。
 メールの中身は秋乃からだった。

 昇神先輩から死之神先輩のことは聞かせて頂きました。
 正直な話、死之神先輩に負けたことは悔しいですが……。
 お二人には私にも解らないような絆があるみたいです。
 それなのに私が無理やり引き剥がすなんて出来るわけが無いです。
 遅くなりましたが……私からも祝福させて頂きます。
 でも、昇神先輩を悲しませるようでしたら許しませんよ?

 「秋乃さん……ありがとうございます」
 秋乃からのメールを確認した円花は素直に感謝の言葉を述べる。
 あれだけの良い女の子が自ら身を引いて彗との仲を祝福してくれるのは嬉しかった。
「……円花」
「はい、秋乃さんも……祝福してくれるそうです」
「そう、か。井上には感謝しないとな」
「はい、そうですね」
 円花は笑顔で彗の顔を見つめる。
 秋乃の気持ちも確認した。
 後は、自分の気持ちを彗に渡すだけである。
 しかし、その前に……。
「彗さん、そろそろお昼にしましょう? 今日は私が作って来たんですよ」
「そうなのか?」
「はい、彗さんのお口にあうか解りませんけど……」
 円花はお弁当を取り出し彗に渡す。
 そして、彗が自分の作ったお弁当を食べる様子を見つめる。
「どう……ですか?」
 円花は不安そうに彗の様子を伺う。
「ん……美味いぞ。味も中身も俺好みだし」
「……良かった。あ、そうです」
 彗の口にあうことに安堵した円花はふとあることを思いつく。
「どうした?」
「え〜っと……。あ〜ん」
 円花は自分のお箸でお弁当のおかずを彗に差し出す。
「む……」
 彗は少しだけ怪訝そうな表情をしたがすぐに円花の差し出したおかずを食べる。
 円花は嬉しそうに彗の食べる様子を見つめる。
 普段もたまにやっている行為だが、自分の手作りのお弁当でやる機会はあまり無かった。
 円花は嬉しそうに彗にお弁当のおかずを食べさせていく。
「ん……お返しだ」
 彗も円花にばかり食べさせてもらうつもりは無かったらしく、お弁当のおかずを円花に差し出す。
 円花は嬉しそうに差し出されたおかずを食べる。
「美味しいです♪」
 彗に食べさせてもらいご満悦な円花。
 このまま、二人は互いにお弁当を食べさせあう。
 特に円花の表情は幸せそうだった。





 二人でお弁当を食べさせあうこと暫く、漸く二人は食事が終わり寛いでいた。
 しかし、円花にはまだ本題が残っているのである。
 決心した円花は彗に渡すために準備をしていたチョコレートを取り出す。
「あの……彗さん……。これを……」
「ん……? これは、もしかしてチョコレートなのか?」
「はい……私の気持ちです」
 円花は頬を真っ赤に染めながら彗にチョコレートを渡す。
「ありがとな円花。……開けても良いか?」
「はい」
 彗は円花から受け取ったチョコレートの包みを開ける。
 中身は一口サイズの様々な形をしたチョコレートだった。
「円花が全部作ったのか?」
「ええ、愛生さんにアドバイスをもらいながらですけど……」
「そうか……」
「それで……彗さん……どれから食べます?」
「ん?」
 少し何かを考えていた彗に円花がいきなり質問をする。
「そうだな……これで」
 意図は解りかねたが彗は素直に円花の質問に答える。
「解りました……」
 彗の返答を確認した円花はそう言ってチョコレートを自分の口に放り込んだ。
 そして、彗にそっと口付ける。
「ん……」
 円花は彗に口付けチョコレートを口の中に流し込む。
 少しだけ戸惑っていた彗だが、そのまま円花の行為を受け入れる。
「ふぁ……っ……。どうでしたか?」
 彗の口の中にチョコレートを残らず流し込んだ円花はゆっくりと唇を離す。
「あ、ああ……円花の味がして凄く甘かった……」
「ふふっ……良かったです」
 彗の答えに満足した円花は笑顔になる。
 円花の表情を見た彗は少しだけ照れくさそうに頬をかく。
 だが、その表情は満更でも無い。
「じゃあ……次はどれが良いですか……?」
 再度、円花からどれを食べるかの質問が投げかけられる。
「そうだな……」
 彗はじっくりと考える。
 まだまだ、この行為は続きそうだ。
 円花もそれを望んでいる。
 そして、彗自身も拒む理由なんて存在しない。
 円花は大切な女の子なのだから。
 少しそんなことを考えて彗は一つのチョコレートを選ぶ。
 彗がチョコレートを選んだのを確認した円花はそのチョコレートを自分の口に放り込む。
 そして、円花は再び彗の口にそっと口付けた。


















――――二人の甘いバレンタインは当分、終わりそうに無い。































 From FIN  2008/2/13



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