恭也は桜台の裏山で精神統一をしていた。
 普段は道場で精神統一をするのだが、時にはこうやって自然の中で精神統一をしている。
 自然を感じながらやるということは大事なことなのである。
 しかし、恭也がそこに立っているはずなのに恭也の存在が全く感じられない。
 今、恭也が行っているのは自らの気配を消す陰行と言うものである。



 ――――御神流、基礎乃参法「貫」



 御神流で、全ての技の基本となる動きの一つ。
 防御を掻い潜り、攻撃を届かせる為の技法。
 相手の呼吸・視線・間合い・動作・剣気・殺気や、相手が感知できるこちらの気配なども考慮。
 そして、相手の知覚手段や動きを完全に”支配”することにより相手に死角を作らせるための身体運用法なのである。
 これを使われると、動きは”見えている”はずなのに”認識出来なくなる”。
 つまり、「貫」が出来ると言うことは、相手に容易に気付かせないほどの陰行を行えると言うことでもある。
 今、恭也が行っているのは「貫」を一人の対象者のみならず、全方位に向けて実行しているのだ。
 これは、御神流という流派の中で”裏”に属する、不破家に伝わる「貫」の使用法。
 暗殺を目的とした技の使用法を伝えている不破家ならではの方法なのである。
 因みに恭也が美由希に教えていた”表”の御神流には伝わっていない。
















(む……誰か来たのか)
 暫く、貫を使ったまま集中していると数人の気配がした。
(一人はなのはで間違い無い、後は……フェイトとはやてか?)
 なのは達から距離は随分と離れている。
 しかし、陰行なども扱う御神不破流にとっては十二分に近い距離だといえる。
 当然、表である御神流も気配を読むことには長けているのだが、その点は裏である御神不破流の方が得意分野だと言える。
「恭也」
 恭也の訓練を見守っていた忍もなのは達の気配に気付く。
 忍は恭也のように気配を読むことに長けているというわけでは無い。
 だが、忍も普通の人間とは違う。



 ――――夜の一族



 そう呼ばれるのが忍や妹のすずかのような人間である。
 主に吸血鬼や人狼と言ったものの血を継いでいる人間達のことを指す。
 夜の一族は普通の人間とは違い、異常な跳躍力や、鋭い聴覚視覚、並はずれた再生回復能力などの高性能な肉体を持っているのである。
 そのこともあり、忍自身も専門とまではいかなくても多少はそのような感覚を持ち合わせている。
「……解っている」
 そう言って恭也は貫を解除する。
 なのは達が来る……恐らくは訓練か模擬戦の話になるのだろう。
 恭也がここで訓練をしている時は大抵が御神不破流の訓練をしている時だ。
 八景を含めて全ての武器や暗器の類は持って来ている。
 たとえ、模擬戦になったとしても大丈夫だろう。
 恭也にとっても魔法を相手に戦うのはかなりの訓練になる。
 恭也としても模擬戦は望むところだった。
















魔法少女リリカルなのは
闇と雷光と
















「それにしても……フェイトちゃんも恭也さんと戦ってみたいなんてなぁ……」
 はやてが溜息をつきながら言う。
「だって、なのはを簡単に抑えちゃったんだよ?」
 はやての言い方にフェイトは少しだけむっとしながら反論する。
「まず、そこが信じられへんよな〜。なのはちゃんだってフェイトちゃんやヴィータにシグナムとも訓練を積んどるんやし……」
 なのはから話を聞いているとはいえ、はやての言うとおり話は聞いていても流石に信じられるものではない。
 普通の人間が魔法を上回ると言うのは普通には信じられない。
 はやての言うことも解らなくも無いのである。
「それに……なのはが言うには私よりずっと速いらしいし……」
「そこも信じられへん……フェイトちゃんの速さはとてもじゃないけど追いきれるものや無いし」
 これもはやての言うとおりである。
 フェイトの速さは随一と言っても良いくらいなのである。
 特にソニックフォームを使った時の速さは段違いとも言える。
 しかし、恭也はそのフェイトよりも速いと言うことである。
「でも、本当だよ? お兄ちゃんのあの速さは魔法じゃ無理だと思う」
「恭也さんってホンマに何者なんやろ」
 普通の人間かどうか疑問に思いながらはやては首を傾げる。
「にゃはは……私にも解らないかなぁ」
 はやての言葉になのはは苦笑する。
 なのはにも恭也のことは説明しようにも出来無いのだから。
















「う〜ん……それにしても、ホンマに恭也さんはここにおるん?」
 暫く道を進んではやてが口を開く。
「うん、それは間違い無いよ。お兄ちゃんは家の道場以外で訓練をする時はここか、八束神社の方に行ってるみたいだから」
「でも……その割には恭也さんの反応が全く無いよ」
 なのはがはやての質問に答えるが、フェイトがさらに疑問を投げかける。
 バルディッシュにも恭也の反応を探すように言っていたのだがバルディッシュにも恭也の反応が無い。
「レイジングハート?」
 なのはも念のためレイジングハートに確認をとるが、恭也の反応は確認出来ないと言うことらしい。
「リインも恭也さんの反応解るか?」
 なのはの様子を見たはやてもリインフォースUに確認をとる。
「駄目です……リインにも恭也さんの反応は解らないです……」
 しかし、リインにも恭也の反応は解らないらしい。
「ん……ありがとうなリイン。それにしても……忍さんの反応はあるんやけど……」
 はやてがそう呟いた時フェイトが恭也の反応に気付く。
「あ、恭也さんの反応もあったみたいだよ」
「うん、お兄ちゃんの反応だね。でも……なんで反応が無かったのかな?」
 バルディッシュが恭也の反応を感知し、レイジングハートも恭也の反応を感知する。
 しかし、今まで恭也の反応が全く無かったのかは疑問と言えた。
 魔導師では無いとしても、何かしらの反応は追うことが出来るのである。
 しかし、恭也はその魔力のセンサーにも引っかからなかった。
 普通はありえないと言っても良いことだった。
「そうやなぁ……とりあえず、恭也さんに会えば解るやろ」
「私もそう思う」
 はやてとフェイトはすぐに頭を切りかえたらしく、恭也の反応がなかったことは気にしていない。
「うん、そうだね」
 なのはもそのことは気にしないようした。
 恭也がなにをしたのかは解らない。
 しかし、なのはは既に恭也の力の片鱗を見ている。
 あれだけの力で全く本気を出していないという恭也なら何が出来ても可笑しくは無い。
 なのはは少しだけそう思う。
















 なのは達の気配が近づいてくる。
 恭也は八景の準備を済ませ、残りの鋼糸、飛針と言った暗器の準備も済ませる。
「恭也、そろそろ来るわよ」
「……ああ」
 なのは達が忍の視界の範囲にまで近付いている。
 恭也もなのは達の気配からそれは解っている。
 だからこそ武器の準備を済ませ、貫を使うのも止めているのである。
 あのまま貫を使っていたのであれば、なのは達が恭也に気付くことは無い。
 普通の人間に比べて、鋭い聴覚視覚を持っている忍にしても恭也の存在は”認識”出来無いのである。
 魔力などで存在を確認するという方法をとっているなのは達であれば尚更だと言える。
 最も恭也にとっては魔力だとかは関係無いのだが。
「あ、お兄ちゃんに忍さん。やっぱりここにいたんだね」
 恭也と忍の姿を認めたなのはが駆け寄ってくる。
「……ああ、フェイトにはやても一緒に来たのか」
「うん、そうなの」
「「こんにちは」」
「こんにちは、なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん」
 恭也と話をしているなのはに続いてフェイトとはやても恭也と忍に挨拶をかわす。
「ふむ……しかし、いつも三人一緒にいるとはいえ俺のところに来るのは珍しいな」
「あ……うん、実はフェイトちゃんが……」
 恭也の質問になのはがフェイトの方をちらっと見る。
「私と模擬戦をして貰えないでしょうか?」
 なのはの台詞をそのままフェイトが引き継ぐ。
 フェイトのその目は真剣そのものだった。
「ふむ……俺は別に構わないが……魔法が使えない俺でも構わないのか?」
 フェイトの目に宿る意思を認めた恭也は確認の意味も込めて問いかける。
「はい、構いません」
「……解った。そう言うのなら相手になる。それで、ルールとかは決めるのか?」
「あ、そうだね……。じゃあ、私と模擬戦をした時と同じでどうかな?」
「別にそれでも良いが……それだけではあまり訓練にはならないな……飛行するのもありと言うのはどうだ?」
 なのはの提案に恭也が更にルールの追加を求める。
「えっ!?」
 その提案になのはが驚く。
「恭也さんって空飛べないですよね? それは私もどうかと思います……」
「そうです。流石にそれはどないかと思いますよ」
 フェイトとはやても恭也の提案に驚きを隠せない。
「いや、空に攻撃する方法なんて幾らでもあるぞ? それに空から地上に誘き寄せる手段もな」
「でも……」
「じゃあ、確かめてみたらどう?」
 まだ、恭也の言っていることが信じられないなのは達に忍が言う。
「恭也は実際に出来ないことは言わないわよ? そうよね、恭也」
「……ああ。だから遠慮はいらない」
 恭也も忍の問いかけに迷い無く答える。
「そう言うことでしたら……解りました。よろしくお願いします」
 なにやら、全く気にしていない様子の恭也に少し疑問を感じながらもフェイトは頭を下げる。
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
 恭也もフェイトに応じる。
 これによりまた、剣術対魔法と言う特異と言える戦闘が始まろうとしていた。
















「でも、本当に大丈夫?」
 フェイトが準備をしている間、忍が恭也に話しかける。
「ああ、大丈夫だ。確かに魔法は凄いが……それだからこそ隙があるとも言える」
 恭也は八景の鞘口を軽く切りながら答える。
「それに……魔法が相手だとしても御神の剣士に退くと言う道理は無い」
「ふふっ……恭也の剣はそうだものね」
 恭也の言葉に忍も笑顔で答える。
 今回、確かめてみたらと言ったのは忍だが、本当は恭也が戦うことは不安だと思う。
 いつだって恭也は命懸けだったから。
 昨年の事件の時も恭也は自分を限界まで行使してフィアッセを護りきった。
 命を落としても可笑しく無いと言うのに。
 けど、恭也のことを信じているからこそ笑顔でいられる。
 一見、無茶に見える魔法との戦闘も恭也なら大丈夫だと忍は思う。
「さて、向こうも準備が終わったようだな」
 恭也が見た先にはバリアジャケットを装着したフェイトと結界の準備をしているはやての姿があった。
「お兄ちゃん、準備は良いよ」
 なのはが準備が終わったことを恭也に伝える。
「解った、合図はそちらに任せる。いつでも良いぞ」
「うん、じゃあ……フェイトちゃんに伝えておくね」
 そう言ってなのははフェイトはやてのところに戻っていく。
「さて、今回はどう戦うか……」
 なのは達が模擬戦について話あっているのを認めた恭也は考える。
 今回は戦う場所としては御神不破流に有利、しかし条件は魔法の方が有利と言うことである。
 力の差で言えば魔法の方が上なのである。
「……まずはフェイトの戦闘方法を見てからか」
 とりあえず、恭也はそう結論付けた。
















「ねぇフェイトちゃん、お兄ちゃんを相手にどうやって戦うつもり?」
「……本気で戦うよ。ソニックフォームもザンバーも使うつもり。場合によってはライオットも……」
 フェイトはシグナムと訓練が多いと言うのもあり、魔法が使えないと言う恭也が相手でも手を抜くつもりは無いようである。
「本気かフェイトちゃん? 確かに恭也さんが凄いと言ってもそれは流石にやりすぎとちゃうん?」
 流石にフェイトがフルドライブ形態であるライオットフォームまで使おうと考えていることにはやては驚く。
「ううん、私が見た感じだとお兄ちゃんは高速戦闘に慣れてるみたいだから大丈夫だと思う」
 なのはの言葉にフェイトは尚更、恭也の戦闘スタイルに興味を持つ。
「だったら、非殺傷設定なら結構やれるかな……?」
「うん、大丈夫だと思うよ。でも、私はお兄ちゃん相手に何も出来ずに負けちゃったから……参考になることなんて言えないけど」
「……とりあえず戦ってみないと駄目、なんだね」
 これ以上はなのはからも意見は聞けないと思ったフェイトは呟く。
「そうだね……とにかく、頑張ってフェイトちゃん」
「そやな、頑張ってなフェイトちゃん」
 フェイトの呟きになのはも同意をしめし、はやても激励の言葉を贈る。
「うん」
 フェイトはなのはとはやての応援を受けながら恭也と対峙する。
「時空管理局、執務官、フェイト・T・ハラオウン……行きます!」
 名乗りを上げ、フェイトは恭也に攻撃を仕掛ける。
「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範、御神の剣士・高町恭也……参る……!」
 フェイトの名乗りを聞いた恭也もそれに応じ、八景を構える。
 こうして、再び魔法対剣の模擬戦が幕を開けた。
















(まずは……恭也さんの能力を確かめてみないと)
 フェイトは冷静に恭也のことを判断する。
 なのはから話を聞いた限り、恭也が戦闘に慣れているのは間違い無い。
 それはなんとなく恭也の立ち振る舞いで解る。
 しかし、フェイトも恭也の剣術を直接見るのは今回が初めてである。
 恭也が動かない以上、フェイトの方から動くしか無いのである。
「バルディッシュ!」
《Haken Form》
 バルディッシュが変形し、大鎌の形をした光の刃が出現する。
 白兵戦に特化したバルディッシュの形態の一つ。
 フェイトはそのまま普通の人間にはありえない速度で恭也に斬りかかかる。
 しかし、恭也はいとも簡単にフェイトの攻撃を受け止める。
 それも普通の小太刀であるはずの八景で。
(本当になのはの言うとおり……魔法を受け止めたり出来るなんて……)
 実際に魔力の刃を受け止められたフェイトは驚きの目で恭也の動きを見る。
 やはり、恭也がなにかをしていたと言うのは見受けられない。
 フェイトは戦慄を覚えた。





(ふむ……先手を撃ってきたか。流石になのはに比べると動きが随分と速い……)
 フェイトからの攻撃を受け止めた恭也はなのはとの模擬戦のことを比較しながら考える。
 光の刃を受け止めた八景には霊力を流し込んでいる。
 先日のなのはとの模擬戦でその効果を実感した恭也は、今回のフェイトとの模擬戦でも霊力を使用しているのである。
 最も、霊力を専門としている人間ならもっと別の方法で対処も出来るのだろうが、恭也の場合は八景に耐魔力のような効果を付加出来る程度である。
 しかし、恭也にとってはそれだけで充分なのである。
(実際に、相当な訓練も積んでいるようだな。動き自体も踏み込み速度も良い。だが……美由希に比べれば甘い……!)
 恭也は力を込め、バルディッシュごとフェイトを弾き飛ばす。
 幾ら、魔法で力を得ているとは言ってもフェイトの握力は中学生の少女のものでしか無い。
 それに比べて恭也の握力は軽く80Kgを超えているのである。
 フェイトくらいの力の強さであれば簡単に受け止められるし、弾き飛ばすことも出来る。
(接近戦の力量はなんとなくだが読めた……ならば……)
 恭也は素早く思考を組み立て、八景を納刀し、構える。
 そのまま、フェイトに対して距離を詰め……抜刀する。



 ――――御神流、奥義之壱・虎切


 父親である士郎が最も得意とする一刀による高速の抜刀術。
 虎切は恭也も以前から習得していた技であり、薙旋には及ばないが得意分野でもある。
 その高速の抜刀術がフェイトに向けられる。
 咄嗟にフェイトは虎切を光の刃で受け止めるが……。
「くうっ……」
 予想以上に虎切の攻撃は強く、フェイトは吹き飛ばされる。
 しかし、フェイトもシグナムと訓練を積んで来ているのである。
 虎切の反動は大きかったが、フェイトは自ら飛行し攻撃の衝撃を和らげた。
(自分で飛ぶことによって衝撃を和らげるか……流石になのはよりもこう言う戦いには慣れているか)
 フェイトの動きを冷静に判断しながら恭也はフェイトの動きを確認する。
 思っている以上にフェイトは強い……恭也はそう判断した。





(強い……)
 弾き飛ばされた際にフェイトは恭也を判断する。
 斬り合いや競り合いに関してはシグナムとの模擬戦で慣れている。
 だが、恭也の動きはそのシグナムよりも速く、そして……強い。
 しかも、恭也はなのはが言っていた動きを全く使っていないのにも関わらずだ。
(ここは……この距離からの攻撃で……)
《Assault Form》
 フェイトはそう判断し、バルディッシュのモードを切り替える。
「フォトンランサー……ファランクスシフト……!」
 恭也には生半可な攻撃では通じないと判断したフェイトは自らの魔法の中で最も手数の多いものを選択し発動する。
 フォトンランサー・ファランクスシフトは38基のフォトンスフィアから秒間7発の高速連射を行う一斉射撃。
 そう簡単に凌がれるものでは無い。
 フェイトはそう判断してこの魔法を選択した。
 しかし、次の瞬間にフェイトは信じられない光景を目にすることになる。





(……む、この感じは)
 恭也はフェイトが発動した魔法を見て素早く思考を組み立てる。
(これは……ただの攻撃では無いな。集中攻撃か)
 冷静に判断した恭也に対し、フェイトはフォトンランサー・ファランクスシフトを発射した。
 しかし、恭也は落ち着いていた。
(この手の攻撃は避けながら捌くよりは……正面から突破した方が得策だな)
 恭也は冷静に状況を判断し、フォトンランサーに対して八景を構える。
 そして、八景を抜刀し、縦横無尽に刃を振るう。



 ――――御神流、奥義之伍・花菱



 手数には手数と判断した恭也は御神流の技の中でも手数の多い花菱を放つ。
 花菱は叔母である美沙斗との訓練により、習得した御神流の奥義の一つで、相手に隙を与えずに連続で斬撃を浴びせる技である。
 しかし、この手の攻撃を捌くと言う意味ではもっと適した技があるのである。



 ――――御神流、奥義之弐・虎乱



 虎乱は、小太刀二刀の両方を使う連続技である。
 二刀を使っての連続技と言うこともあり、手数の多さであれば御神流の技でも随一と言っても良い。
 しかし、恭也はあえて花菱を選択した。
 確かに手数の点で言えば別の虎乱の方が多いかもしれない。
 だが、今回の攻撃を捌くにはギリギリまで引き付けるよりも早い段階から捌いた方が良いと恭也は判断した。
 虎乱は近距離に特化した連続技、それに対し花菱は近〜中距離に対応している連続技なのである。
 ある程度の距離で一気に攻撃を捌き、そのまま貫と神速を発動する――――。
 これが恭也の考えている戦術だった。
(正直、この数は途方も無い数だと言えるだろうが……問題ない……!)
 恭也は花菱で攻撃を捌きつつ、神速に入る。
 全てがモノクロに変わり、フェイトの攻撃が止まったかのような感覚になる。
 恭也はそのモノクロの領域を駆け抜け、フォトンランサーの攻撃範囲から外れる。
 そのまま、神速から抜けでる前に恭也は貫を全方位に向けて発動し、周囲の木々の中にその身を隠した。





 フォトンランサーによる一斉射撃が終わった後、フェイトは恭也の姿を確認する。
 しかし、今まで恭也のいたはずの場所には誰もいなかった。
(避けられた……?)
 これはフェイトにとっても驚きだった。
 命中率、攻撃範囲共に優れているフォトンランサー・ファランクスシフトを普通に凌がれたのは驚きだった。
 確かに手数に優れている反面、一発の攻撃力は高いほうでは無い。
 しかし、攻撃力を削っても余りある手数のお陰で回避は不可能に近いと言っても良いはずだった。
 だが、恭也は攻撃を”防いだ”のでは無く、”避けた”のである。
 今まで、防いだと言う相手はいたが、魔法を使わずに避けたと言う相手はいない。
 それがフェイトにとっても信じられない光景だった。
「バルディッシュ?」
 恭也の姿を確認出来ないのを疑問に思ったフェイトがバルディッシュに問いかける。
 しかし、バルディッシュにも恭也の反応が全く感じられないらしい。
(これは……ここに来たばかりの時に恭也さんの反応が全く無かったのと同じ……?)
 恭也の魔力反応などが一切感知出来ないと言うこの状況は先程と同じだった。
 普通は感知出来ないと言うことはありえないのである。
 魔力資質が低いとしても多少の反応は解るのだから。
(だったら……考えても仕方が無いから)
 フェイトは地上に下りることに決める。
「バルディッシュ!」
《Riot Zamber 》
 念のためフェイトは自らの形態をソニックフォームに切り替え、バルディッシュのザンバーフォームを起動させる。
 それも通常のザンバーフォームでは無く、最大の戦闘形態であるライオットザンバーを。
 普通に考えればライオットフォームを使う必要は無い。
 だが、普通のザンバーフォームで対抗できるほど、恭也が甘いとも思えない。
 特にザンバーフォームは大振りの大剣なのだ。
 小回りの利く小太刀を武器としている恭也に有利だとは思えない。
 そう考えたフェイトはライオットザンバーをスティンガーにする。
 度重なるシグナムとの模擬戦が結果で編み出された二刀流の形態。
 恭也が二刀流である以上は自分もこの形態をとるしか無かった。
 完成したソニックフォームと自らの最大の戦闘形態であるライオットザンバー――――。
 これが恭也に通じるのか。
 いや、通じると信じてフェイトは最後の戦闘形態をとる。
 形態の変更を終えたフェイトは自らの出来る最大の戦力を準備して地上に下りる。
 周囲を警戒しながら。





(下りて来たか……だが、フェイトに油断は無いようだな。今までとは姿が変わっている)
 フェイトの姿を見た恭也はそう結論付ける。
(二刀流か……あの感じから察するにあれは相当な力を持った剣だ)
 恭也はライオットザンバーを見ながらそう考える。
(だが、御神の剣士に退く道理は無い……!)
 恭也は貫を発動したままフェイトに向かって地を蹴る。
 ギリギリまでの距離まで来たがフェイトはまだ、恭也には気付いていない。
(普通の戦いならこの段階まで持ってくれば……御神不破の技でこのまま勝つことは出来る。だが……)
 不破の剣士としてはすぐに片をつけるべきである。
 だが、御神の剣士としての自分がそれを認めていない。
 頭の中に暗器なども含めた戦術が浮かぶ。
 しかし、フェイトは自らの持てる力の全てを持って恭也の前に立っているのだ。
(無粋だな……ならば、俺も奥義を……いや、全ての奥義を超えた奥義で相手をするまでだ……!)
 恭也もフェイトに対し、真っ向から勝負を挑む。
 貫を解除した恭也はフェイトに対し、技を放つ。




 ――――御神流、奥義之肆・雷徹



 なのはに対しても放った御神流の奥義の中でも最大級の攻撃力を誇る技がフェイトに向けられる。
 フェイトは恭也が目の前にいたことに驚いたが瞬時に反応し、雷徹を避ける。
 もし、ソニックフォームになっていなければ恭也の雷徹は避けられなかっただろう。
 それも、以前のように未完成のソニックフォームであれば今の一撃で終わっていた。
 そう考えながらもフェイトは間合いを取り直し、自らの最大の攻撃を放つ。
 ライオットザンバーによる高速攻撃。
 これがフェイトに出来る対恭也に対する最大の攻撃だった。
 流石にこの距離での雷徹を避けられたことに虚を突かれたのか恭也に攻撃が掠める。
「ぐっ……」
 掠めただけでもかなりのダメージだった。
 しかし、恭也は強靭な意思で持ち直す。
 恭也に攻撃が僅かながら命中した――――それを好機と見たフェイトが更なる攻撃を続ける。
(速い……だがっ……!)
 だが、恭也は冷静にその動きを見極め、神速の領域に入る。
 神速の領域に入った恭也はフェイトの斬撃を避け、八景の鞘口を切る。
















 ――――御神流、奥義之極
















 そして、恭也はフェイトに向かって再度、地を蹴る。
 神速の領域に踏み込んだ恭也は零距離までフェイトに踏み込む。
 フェイトの零距離にまで迫った恭也は八景を抜き放ち、一刀目をフェイトの右腕に叩き込む。
「うぁ……っ」
 あまりの激痛にフェイトはライオットザンバーを取り落としそうになる。
 だが、何とか踏み止まり再度、ライオットザンバーを握り直し恭也に剣を向ける。
 しかし、恭也は既にフェイトの死角にまで移動していた。
 神速の領域のままフェイトの死角にまわった恭也は更に神速の領域に入る。
 そして、恭也は八景の二刀目を抜き放ち、そのままフェイトに神にすら捉えられない速度の斬撃を叩き込む。
















 ――――閃
















 閃は御神の剣士の最大の秘奥義。
 それを極めた剣士の前では全てが零になる。
 間合いも、距離も、武器の差も……。
 それはたとえ、魔法が相手だとしても例外では無い。
 その御神流の奥義之極がフェイトに決まる。
「あ……」
 フェイトには何がおきたのか全く解らなかった。
 最後に見えたのは一瞬の閃きだけだった。
 八景による閃きを感じたのを最後にフェイトは意識を手放した。
















「ん……」
 模擬戦から暫くの時間が経ちフェイトは意識を取り戻す。
「……身体の調子は大丈夫か?」
 ゆっくりと起きるフェイトに恭也が心配しながら声をかけてくる。
 周りではなのはとはやても心配そうにフェイトを見ている。
「あ、はい……大丈夫……っ!?」
 心配をかけないようにとみんなに無事を伝えようと思ったが右腕と身体のどこかから激痛がはしる。
「フェイトちゃん、大丈夫!?」
 なのはが心配そうにフェイトを支える。
「……すまない、最後の時のだな」
 フェイトの激痛の理由に心当たりのある恭也は謝罪をする。
「どういうこと……ですか?」
 恭也の謝罪にフェイトがおずおずと聞きかえす。
 フェイトの聞きたいことはなのはやはやてにも同様だったらしく二人も恭也を見つめる。
 忍は事情が解っているのかフェイトを心配しながらも恭也に対して苦笑していた。
「ああ……フェイトが俺に剣で攻撃を仕掛けたところは覚えているか?」
「はい」
「俺はあの時、神速に入った」
「神速ですか……? 恭也さんが使っていたテレポートみたいな技ですよね?」
 フェイトが問いかけてくるが実際に神速はテレポートと違うため恭也は返答に困る。
 しかし、それは些細なことだと考え、恭也はフェイト達の反応に頷きながら言葉を続ける。
「とにかく、俺は神速で攻撃を避けた後、再度、神速の領域の中で神速に入りそのまま奥義によって倒したと言うわけだ」
「そう……だったんですか」
 フェイトは恭也の言葉に少しだけ落ち込む。
 自分の使える最大の戦闘方法であるソニックフォームとライオットザンバーが凌がれてしまったのだ。
 それも魔法を使わずに。
 そんなフェイトの心情を見抜いたのか恭也がフェイトの頭に手を置き、優しく撫でる。
「フェイトは強い、それだけの努力もしているし強い意志もちゃんと持っている。そんなに落ち込むことは無いさ」
「……恭也さん」
 恭也の言葉にフェイトは少しだけ気持ちが楽になった気がした。
 確かに自分は恭也に負けてしまった。
 でも、恭也はただ単に自分と戦っていたわけでは無く、ちゃんと見ていてくれた。
 それがフェイトには嬉しかった。
















 あれから暫く恭也から先程の模擬戦の指摘や説明をしてもらう。
 流石になのはも教導官なだけあってこの手の話題の反応は良かった。
 フェイトも結構こういうのが好きらしく興味深々と言った感じだった。
 暫く恭也から話を聞かせてもらい、なのは達は恭也と忍よりも先に山を下りる。
「それにしても……フェイトちゃんが負けるなんてなぁ……」
 山を下りながらはやてが呟く。
「そうだね、それもソニックフォームも使って……」
「うん……恭也さんは本当に凄かったよ」
 恭也の強さは今回、模擬戦をしたフェイトが一番感じていた。
 ソニックフォームを使っても恭也の動きが追えなかった。
 それに、恭也の放った最後の一撃は全く見えなかったのだ。
 フェイトは本当に恭也は凄いと思う。
「しかし……今回の模擬戦のことをシグナムが知ったら凄いやろうなぁ……みんなもそう思うやろ?」
 フェイトの素直な感想を聞いたはやてが苦笑しながら呟く。  シグナムが今回のことを聞いたら自らの好敵手を破ったという恭也に戦いを挑もうとするだろう。
 別に悪いことでは無いのだが、それが目に見えているだけあってはやても苦笑するしか無い。
「はいです〜」
「にゃはは……そうかも……」
「そう……だね」
 リインは笑顔ではやてに答え、なのはとフェイトも苦笑しながら答える。
 シグナムだったら本当にやりかねないのだから。
「でも、本当に今日は良い経験だったよ……もっと頑張らないといけないって解ったし」
「うん! 私もそう思うよ」
「そうやな、私らも負けてられんもんな」
「……うん」
「みなさん、ファイトです〜」
 三人は改めて頑張ることを誓い、リインは激励の言葉を贈る。
 そして、なのはとはやてはフェイトを支えながらゆっくりと山を下りていく。
 改めて目標を立てた三人のその表情は晴れやかだった。
















「ふう……」
 なのは達が先に山を下りた後、恭也が深呼吸をする。
 それだけフェイトとの模擬戦は高い集中力が要求された。
 それに、負担のかかる閃まで使ったのである。
 恭也が深呼吸をするのも当然と言えた。
「お疲れ様、恭也」
 息を整えている恭也を気遣うように忍が寄り添う。
「それにしても恭也……格好良かったわよ?」
「……褒めてもなにもでないぞ」
「ふふっ……それでも良いわよ」
 恭也の言葉に忍は別に気を悪くした様子も無く恭也に身体を預ける。
「それに恭也……また無理したでしょ?」
「む……そんなことは……」
「だって……フィリス先生に極力、使わないようにって言われてる技まで使ったじゃない」
「ぐ……」
 忍の言っていることは最もである。
 閃は神速の中で更に神速を使う必要がある技なのである。
 恭也の膝はほぼ、完治しているとはいえ、昔からの古傷である膝に反動が来るのも当然と言える技なのである。
「だが……フェイトは全力だった。俺がそれに応じ無いのは駄目だろう。それに……」
 真剣な表情で恭也は言葉を続ける。
「御神不破を使ったんだ。……妥協は許されない」
「そう……ね」
 恭也の言う御神不破は裏の剣。
 嘗ては忍を護るために振るった御神の剣士としてのもう一つの顔。
 今回の模擬戦では”本来の戦闘”でしか使わない御神不破の剣を使ったのだ。
 実際に恭也も忍も裏に何かを抱えている身。
 なのは達の魔法が光溢れるものなら、恭也や忍の持っているものは闇に隠れるもの。
 特に御神不破流は闇の中にあって護るものである。
 フェイトの使っていた魔法が雷の力だと言うのであれば、恭也の御神不破は闇の力である。
 さしずめ、今回のことを言うのならこう言っても良いだろう。
















 ――――闇と雷光と
















 光があれば闇もあり、そして、闇があれば光もある。
 互いの力は違えど、その力は振るい続けるためにあるのだから。
































 From FIN  2008/3/2



 戻る