高町家の道場で二人の男性が剣を交えている。
一人は、高町恭也。
そして、もう一人は……高町士郎。
二人の”不破”の剣士が手合わせをしていた。
御互いに構えたまま睨みあうこと数分……。
先に恭也が動いた。
恭也は全てがモノクロになる領域――――神速に入る。
そして、そのまま士郎に向かって地を蹴る。
士郎もその動きをいち早く見抜き、神速の領域に入る。
そのまま小太刀で恭也の八景を受け止める。
しかし、恭也の攻撃は終わらない。
――――御神流、奥義之陸・薙旋
恭也が最も得意とする抜刀からの高速の4連撃。
抜刀からの斬撃を士郎に止められたが、恭也は瞬時に二刀目を抜き次の攻撃に移る。
しかし、士郎はそれすらも凌ぐ。
士郎に凌がれたことを確認した恭也は八景の刃を斬り返し、薙ぎ払う。
恭也の攻撃を士郎は逆手のまま、左手で二刀目の小太刀を抜き、食い止める。
3回目の攻撃も受け止められた恭也は神速の領域のまま士郎の死角に回る。
恭也の気配を察知した士郎も小太刀の裡の一刀を鞘に戻し、抜刀する。
――――御神流、奥義之壱・虎切
士郎が最も得意とする一刀による高速の抜刀術。
凄まじい剣速の抜刀術が恭也に向けられる。
それに対し、恭也も薙旋の最後の斬撃を士郎に向ける。
互いの小太刀がぶつかりあう。
二人は弾かれたように間合いをとり、互いに向かって地を蹴る。
そして、二人の距離が零になり――――。
神速の領域から抜け出た二人はそれぞれ相手の首筋に小太刀を向けていた。
「……ここまでだな」
「……そうだな」
御互いに一呼吸して小太刀を首筋から離す。
二人の剣士による手合わせはこうして終了した。
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「まだ……父さんには及ばないか」
手合わせが終わって一息ついた恭也が呟く。
自分の使える技でも最強と言っても過言ではない神速の中での薙旋。
それが凌がれてしまった、恭也としてもこれはショックだった。
「いや、そんなことは無い。神速からの薙旋……俺でも恭也のような芸当は出来ないからな」
少しだけ落ち込んでいる恭也を励ますように士郎が声をかける。
「実際にお前の得意技は薙旋だろ? それを出来るところまで昇華させたんだから、それはそれで大したものだ」
事実、恭也が最も得意とする御神流の奥義は薙旋である。
士郎も当然、薙旋は使えるのだが恭也ほどまでその能力は引き出せない。
「それに、大分、落ち着いたとは言えお前の膝は本調子じゃ無いだろう?」
「……ああ」
実際に恭也の膝は昔の交通事故で壊れてしまっている。
現在は、フィリスの治療により完治の目処も経ち、以前に比べれば随分と膝の調子も良くなっている。
今では、神速を使うのにも影響が少ないくらいまで回復したが、まだ完治したとは言えない。
それでも、士郎と渡り合える恭也の実力は御神流の師範としても不破の血を継ぐ剣士としても申し分無いものだった。
膝に障害があるとはいえ、恭也は最後の奥義も使えるのだから。
――――御神流、奥義之極・閃
それは御神にとって最大の秘奥義。技を極め、奥義を極め、道を極め、身体を極め、精神を極めた先に在る、御神流の最大奥義。
その正体は、相手の防御を《貫》いて《斬》を《徹》す、神速を超えた斬撃術であり、その攻撃は全ての防御も無意味と化す。
以前は使えなかったが、数々の人達との出来事、そして……護るべき大切な人との関わりが恭也をその領域に踏み込ませた。
そのこともあり、今の恭也はこの御神の剣士としての秘奥義をも身につけているのである。
「それで、恭也。次の長期休暇は美沙斗のところに行くのか?」
士郎が小太刀をしまいながら恭也に問いかける。
「ああ……香港国際警防隊で対多数の戦闘訓練をすることになっている」
「なるほどな。確かにそれなら相当な訓練になるだろう。美由希も一緒に行くのか?」
「そのつもりだが……」
「なら、後で俺からも美沙斗に話をしておくか……」
「良いのか、父さん?」
「ああ、その方がお前達のためにもなるだろうしな」
士郎からも話を通して貰っておけば今度の訓練の時も少しは違うだろう。
数年前から美沙斗の元で時々は訓練をしている。
だが、今までは美沙斗のアドバイスを中心とした訓練と奥義の伝授だった。
しかし、今回は士郎の助言も含めての対多数の戦闘訓練と言うことである。
今まで以上に内容の深い訓練になるだろう。
恭也はそう感じていた。
士郎と一通り今回の手合わせの考察と次の香港での訓練の話をし、二人は翠屋の方に戻る。
御神の剣士とは言えど、あくまで恭也と士郎の本職は喫茶店の方なのだから。
「あ、恭也お疲れ様」
翠屋に入ってきた恭也の姿を認めた月村忍が歩いてくる。
周りの状況を確認すると今は、客足も落ち着いているらしい。
「忍か、来ていたんだな」
「うん。恭也が訓練で時間を空けているから手伝ってくれって」
「……そうか。すまないな」
恭也は素直に忍に感謝する。
「ううん、別に良いのよ。私も好きでやってることだしね〜」
忍は笑顔でそう言うが正直、有り難かった。
恭也は翠屋での仕事以外にも護衛の仕事をやっている。
そう言う時には忍が手伝ってくれているのだが、他にも翠屋が忙しい時にも忍は手伝ってくれている。
恭也は内心、迷惑かとも考えていたが忍は全くその辺りは気にも留めてないらしい。
「それに……こうやってお手伝いしてたら堂々と恭也に会えるでしょ?」
「む……」
忍のストレートな物言いに恭也は言葉につまる。
素直に愛情表現をしてくれるのは嬉しい。
しかし、時と場合を考えて欲しい時もある。
実際に、後ろでは士郎と桃子が恭也と忍のやり取りを見ていた。
「……忍の言葉は嬉しいが……父さん達が見てる」
「え〜……別に良いじゃな〜い」
「……いや、駄目とは言わないが俺の方が耐えられない」
忍の行為をとめる理由は恭也には無い。
だが、親にそれを見られると言うのは些か気分が良いとは言えない。
「父さん、母さん。忍を連れて行って構わないか?」
そう考えた恭也は士郎と桃子に問いかける。
「別に良いわよ? もう、忙しい時間帯は終わってるし」
時刻は既に夕方をまわろうとしている。
翠屋もそろそろ今日は閉めるのだろう。
それもあってか桃子からの返事はあっさりとしていた。
「……解った。行くぞ、忍」
「あ、うん」
桃子の返事を聞いた恭也は忍を連れて翠屋を出ていく。
心なしか暖かい視線を感じながら。
恭也は忍を連れて自分の部屋に戻る。
あのまま、翠屋にいるよりはずっとマシだろう。
かと言ってリビングもなのはがいる可能性もある。
なのはは時空管理局で仕事をしているが、昨年に大きな怪我を負ってしまっている。
そのせいもあり、今はリハビリもしながらでの活動のため割と家にいることが多い。
そう考えながら恭也は忍を自分の部屋に入れる。
「ねえ、恭也」
部屋に入って恭也のベッドに腰かけながら忍は質問する。
「どうした?」
「うん、今日の訓練でどんなお話をしてたのかなって」
忍が何を聞きたいのかはなんとなく解る。
最近は、士郎と手合わせをしていなかった。
それなのにいきなり士郎と八景を使っての手合わせである。
忍が疑問を持つのは当然と言えた。
「……俺の膝の状態と、今度の美沙斗さんの下での訓練に関する話だ。今度のは普通では済みそうに無いからな」
「そうなの?」
「……ああ。今度の訓練は対多数を相手にしての訓練だ。実弾を使うから危険だと言う可能性もある」
「そう……でも、無理はしないで」
訓練の話を聞いた忍は恭也を心配そうに見つめる。
「ああ、解っている」
「ん……」
恭也の返事に満足したのか忍は恭也に手をまわす。
そのまま、御互いの体温を感じるように忍は恭也に抱きついた。
恭也も忍にそっと手をまわし抱き寄せる。
暫く、御互いの体温を感じる。
やがて恭也は忍をゆっくりと離し、そのまま彼女にそっと口付ける。
忍も恭也からの口付けを受け入れる。
恭也の恋人になって幾度と無く繰り返してきた行為。
それは恭也にとっても忍にとっても安らぎの時とも言える。
恭也は人を護るために剣を振るい、それを生業としている。
いつ、何処で命を落としても可笑しくは無い仕事。
恭也にはそれに対する躊躇いと言うものが全く存在しない。
たとえ、自らの命が尽きようとも大事なものを護るだろう。
それが恭也の生き方であり、御神の剣士の在り方でもある。
その御神の剣士としての在り方の中で見つけた最も大切な存在が忍なのである。
「……忍」
長い口付けを終え、恭也は忍をもう一度抱き寄せる。
忍の中にある不安な気持ちを打ち消すように。
「必ず、無事に戻ってくる……だから待っててくれ」
「……うん、待ってる」
恭也の胸の中で忍が頷く。
忍はそのまま恭也に触れるだけの口付けを落とす。
「だから、恭也も頑張って」
「……ああ」
忍と短く言葉を交わして、恭也は改めて心の中で誓う。
――――この笑顔のためにも必ず戻ると。
だが、この時の恭也にはあんな事件が起きるとは思いもよらなかった。
美沙斗の下での訓練が終わった後にフィアッセからの招き。
そして、そのフィアッセの行く先々で起きていく、イギリス……そして、日本での事件。
これが大きな事件になるとは今は誰にも解らない……。
From FIN 2008/2/17
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