「お兄ちゃん……」
 ある時、高町家の道場で精神統一の訓練をしていた恭也に中学生になったばかりのなのはが恐る恐る声をかける。
「どうした、なのは」
 恭也はなのはが道場に近づいてくる時点でその気配に気付いていた。
 恭也にとってそのくらいの気配察知は造作もないことである。
「あの……実は……」
 なのはは言いにくそうに話題を切り出した。
















魔法少女リリカルなのは
剣と魔法と
















「なるほど、俺と模擬戦をしたいんだな?」
「うん、そうなの」
「ふむ……」
 なのはからの話題は恭也と模擬戦をすると言うものだった。
 しかし、相手は大事な妹。
 以前ならそんなことを言ってきたとしても相手をするはずが無かっただろう。
 しかし、今のなのはは時空管理局所属の魔導師であり、恭也と形は違えど”戦士”とも言える。
 おそらく、なのはもそれを理解しているからこそ、この話題をふってきたのだろう。
 即ち、それだけの覚悟があると言うことでもある。
「解った、相手になろう」
 恭也はなのはの提案を了承する。
 今のなのはなら自分と模擬戦をするのも一つの成長の機会かもしれない。
「本当に?」
「ああ。なのはももう一人前だからな。それで、どうすれば良い? 俺は魔法は使えないぞ?」
 恭也は自分で言うとおり魔法は使えない。
 恭也が修めているのはあくまで、”剣術”だった。
 確かにお互いに人を護るための仕事をしている。
 だが、その護るために振るっている力に関してはあまりにも差があるのである。
「あ、お兄ちゃんはいつもどおりで良いよ。私もお兄ちゃんの剣術って興味があるから……」
 しかし、恭也が言ったことをなのはの方はそれを気にとめた様子もない。
 恭也と美由希とは違い、なのはだけが父親である士郎から剣術を教わっていない。
 興味があると言うのは当然だと言える。
「……解った、なのはがそれで良いなら構わない」
「ありがとう、お兄ちゃん」
 恭也の返答になのはは笑顔で応える。
 正直な話、なのはの笑顔は可愛い。
 兄である恭也から見てもそれは思う。
 しかし、なのはの本当の笑顔は一人の少年に向けられている。
 そのことを少しだけ複雑に思いながら恭也はなのはに相槌をうつ。
「それじゃ、私は準備してくるね」
 恭也のそんな心情には気付かないままなのはは道場を出て行こうとする。
「解った、俺も準備をしておく。だが、場所はどうする?」
「にゃはは……忘れてた……。う〜ん……どうしよう?」
 恭也の指摘になのはは苦笑しながら恭也に質問する。
「そうだな……場所としてはこの道場でも良いだろう。だが……魔法を使うとなると考えものだな」
「あ、それなら大丈夫だよ。結界を張っておけば大丈夫だと思うし」
「それなら大丈夫かもしれないが……なのはは結界を張りながらで集中出来るか?」
 恭也の疑問は最もである。
 魔法のことは解らないが、恭也も”多少”はそう言う類のものは知っている。
 結界と言うものは一種の空間構築でもあり、複雑なものになればなるほど集中力や相応の力が必要なのである。
「う〜ん……確かに難しいかも。ユーノ君にお願いしようかなぁ?」
「ユーノか? 今日は来ていたのか」
「うん、今は私の部屋にいるよ」
「……そうか」
 ユーノと言う名前を聞き、なにやら複雑な気分がする恭也。
 なのはと付き合っていると言うのは聞いている。
 それでも、なのはの口から直接名前を聞いてみると複雑な気分である。
「私は部屋に行ってくるね。ユーノ君にも話して来るから」
「……解った」
 なのはが道場から出て行く。
 恭也はとりあえず、呼吸を整え自分を落ち着かせる。
 一呼吸して落ち着いた恭也は道具の準備を始める。
 まずは、相手を束縛する目的で使う道具である『鋼糸』。  実際は束縛以外にも、何重かに重ねて背後から首を絞めたり、軽く巻き付けて鋭く引くことによって対象にダメージを与えるためにも使っている。
 次に取り出したのは牽制目的で使う『飛針』。
 飛針は暗器の一つであり、威力は無いが、不意をつくのに適した道具である。
 恭也は鋼糸と飛針の準備を済ませ、鞘、鍔、柄糸の色の全てが漆黒の色をした二刀の小太刀を取り出した。
「まさか、なのはに見せることになるとはな……」
 恭也は漆黒の小太刀を見ながら呟く。
 恭也の取り出した小太刀の名前は――――『八景』。
 父親である士郎の実家である不破家に伝わる名刀で、今は恭也の所有物であり、愛刀である。
 八景自体はなのはにも見せたことはあるが、八景を使っての剣術を見せたことは無い。
 それだけ、こう言った類の物はなのはとは関係無いものだった。
 特に、自分の使っている剣術……いや、”戦闘術”は。
















 ――――正式名称、”永全不動八門一派・御神真刀流 小太刀二刀術”
















 通称、御神流と呼ばれる名前のこの流派が恭也の修めている戦闘術である。
 恭也と士郎の実家である不破家と、その親戚関係である御神家に伝わっている古流戦闘術。
 刀、特に小太刀の二刀流を主な武器とし、飛び道具から暗器の類までも使いこなす、総合戦闘術である。
 表向きは古流剣術の道場として存在して、裏では要人護衛などのボディガードや警察機関等の手伝いなどをしており、実際に恭也も経験している。
 御神流は、銃器が当たり前に使用される現代において、特殊な体術と独特の武器運用法により、圧倒的な強さでもって裏の世界で名を馳せていた。
 しかし、ある事情により、現在ではほとんど絶えてしまった流派でもある。
 現在は、不破の血を継ぐ士郎と恭也、その弟子の美由希、そして美由希の生みの親で、恭也の叔母である御神美沙斗の4人のみがその技を受け継いでいる。
 御神流にはこのような経緯があるのだが当然、なのはが知っているわけも無い。
 恭也は鞘から八景を抜き、軽く振る。
 八景は小太刀としてはやや重量があり、取り回しの鋭さに欠けるが斬れ味は逸品である。
 武器としては非常に優れている八景だが、魔法相手にこの刀が”普通”に通用するかは解らない。
 だが、恭也にとってその辺りのことはあまり問題にはならない。
 相手にもよるが、”戦い方”と言うのはあるものなのである。
 ただ、恭也には一つ試したいことがある。



 ――――八景で魔法が斬れるかどうかを



 元々、剣と言うものは形無きものも斬ることが出来ると言われている。
 人を斬るのでは無い、その向こうにあるものを斬る――――。
 それが人を護るための剣士に要求されるものであり、目指すものでもある。
 そう考えた恭也は八景に気を流し込むように力を籠める。
 恭也に応えるかのように八景が薄く光輝き、僅かながら光を纏ったかのようになる。
 八景が目に見えないほどの薄い光を纏っている現象……これは、『霊力』と呼ばれる力を纏った状態である。
 霊力とは人間の魂や命の力と呼べるものであり、主に退魔士や祓士が使っている力である。
 当然、普通に霊力を扱うことは出来ない。
 実際に恭也が使っている力もあくまで剣士が形無きものを斬る時に発していると言われている力なのである。
 しかし、恭也は本来の霊力と形は違えど”霊力に近い気”を発現させることが出来る。
 元々、優れた剣士は所謂、”剣気”と言うものを持っている。
 恭也はこの剣気が霊力のような形で発現しているのでは無いかと考えている。
 普段は使わないが士郎も美由希も美沙斗も自分と同じように剣気を霊力として使うと言うことは出来る。
 そう言うこともあり、恭也は自分の霊力に関しては特別なものだとは思っていない。
 実際に霊力と言う概念で言えば、専門の流派が存在している。



 ――――正式名称、”破魔真道剣術 神咲一灯流”



 魔を“祓う”だけではなく、魔を“斬る”ことに主眼をおいている、古流戦闘術。
 神咲一灯流は主に霊力を扱っており、奥義にも霊力を使う技が多い。
 しかし、剣術と言う側面も持ち合わせている流派だが、本職は退魔士や祓い士の類である。
 恭也が霊力のことを知っていると言うのはこの神咲一灯流の神咲那美との関わりが大きい。
 ただ、関わりがあるとはいえ、恭也自身はあくまで御神流の剣士であるため霊力を扱えると言うわけでは無い。
 今、恭也が使っている霊力も本質はあくまで剣気なのである。
 実際に剣気から発する霊力に近い気を籠めた状態の八景で斬ることが出来るか、それが恭也には気になるところだった。
「……後は、これで魔法を相殺出来るかどうかだな」
 そう呟き恭也は八景を鞘に戻す。
 自分の準備はこれで良い。
 後は、なのは達を待つだけである。















 恭也が準備をしているころ。自分の部屋に戻ったなのはは、事の経緯をユーノに話した。
「なるほど……恭也さんと模擬戦を……」
「うん」
「でも、危険じゃないかな? 恭也さんは魔導師じゃないし」
 ユーノが言う通り魔導師を相手に普通の人間では戦えるはずもない。
「けど……お兄ちゃんは凄いんだよ? 動きだけでも勉強になると思うの」
 なのははユーノの言葉に少しだけ頬を膨らませながら言う。
 なのはの言葉にユーノは苦笑する。
 しかし、なのはが何も考えもせずにそう言うことは言わないことは自分が一番理解している。
「う〜ん……そっか……。なのはがそう言うなら僕も協力するよ。君のことは信じてるから」
「ありがとう、ユーノ君!」
 ユーノの言葉が嬉しかったのかなのははユーノに抱きつく。
「な、なのはっ……!?」
 いきなりのなのはの行動にユーノは慌てる。
「駄目なの? ユーノ君?」
「いや、駄目じゃないけど……」
 なのはは首を傾げながらユーノを見つめる。
 可愛らしいなのはの仕草にユーノは少しだけ言葉に詰まる。
 なのははこう見えても甘えたいときは結構、甘えてくるのである。
 男としては嬉しいのだが……正直な話、理性が持たない。
 ユーノはなのはの頭を軽く撫でる。
 なのはは嬉しそうにユーノに擦り寄ってくる。
 しかし、今はこうやって触れ合っている場合じゃない。
 恭也を待たせてしまっているのだから。
 そう思ったユーノはなのはに声をかける。
「なのは、今はこのくらいにしておいて……」
「ふぇ?」
「恭也さんを待たせてるんだよね? なのはが甘えてくれるのは別に良いけど……このままだと恭也さんが困らないかな?」
 ユーノは本来の目的を忘れてしまっているなのはに思いださせるように言う。
「あ、そうだね……私からお兄ちゃんにお願いしたのにそれじゃ駄目だよね」
 なのはも漸く、思いだしたのかユーノからゆっくりと離れる。
 ほんの少しだけ名残惜しそうに。
「それは、また後でね」
 物足りなさそうにしているなのはの表情を見てユーノは優しく笑いながら言う。
「うんっ!」
 ユーノの言葉になのはも嬉しそうに微笑む。
 なのはの笑顔にユーノは少しだけ見惚れる。
「じゃあ、準備するね。レイジングハート!」
 ユーノの気持ちを知ってか知らずかなのはは相棒のデバイス、レイジングハートに声をかける。
《Yes My Master》
 レイジングハートがなのはの呼びかけに応え、紅く輝く。
《Standby Ready》
「セーット・アーップ!」
 なのはのかけ声とともにレイジングハートが起動し、なのはにバリアジャケットが装着される。
 白を基調としたバリアジャケット。
 小学生の頃とは外見が変わっており、下半身のロングスカートだった部分はミニスカートになっている。
 性能的には防御力を落とした変わりに総合的な能力バランスを取ったと言うことらしい。
 小学生の頃とは違い、少しずつ成長してきているなのはの姿にユーノは見惚れる。
 決して、バリアジャケットを装着している途中の姿に見惚れていたわけでは無い。
「うん、準備完了だよ」
 そんなユーノの気持ちを知ってか知らずか、なのははユーノに声をかける。
 ユーノは先ほどまで考えていたこともあってか頬を紅く染める。
「ユーノ君?」
 ユーノのそんな心情も知らずになのははユーノに顔を近づける。
「い、いや何でもないよ」
 なのはに間近で見つめられる形になったユーノは咄嗟に目線を逸らす。
「もう……ユーノ君……」
 ユーノの反応の意味を理解したなのははユーノに近づき頬に軽く口付ける。
「こういうことをするのはユーノくんの前だけだよ? なのははユーノ君のものだから」
 そう言ってなのははユーノの胸にもたれかかる。
「ありがとう、なのは。……僕も君のものだよ」
「うんっ!」
 ユーノの言葉になのはは蔓延の笑顔を向ける。
 なのはの笑顔を見たユーノもなのはに優しく微笑む。
 二人で視線を合わせて少しの間だけ微笑みあう。
 お互いの言葉を心に留めておくように。
「それじゃ、行こうか。お兄ちゃんも待ってるし」
「そうだね」
 少し経ってから二人は部屋を出て行く。
 本当はもう少しだけこの雰囲気に浸っていたかったが、恭也が道場で待っているためそういうわけにはいかない。
 部屋を出た二人の顔はもう既に……魔導師としての顔だった。
















 恭也が準備を済ませて十数分……漸くなのはとユーノが道場にやって来た。
「……遅かったな」
「にゃはは……ごめんね、お兄ちゃん」
「すいません……」
 むっとしながら言う恭也になのはとユーノは苦笑することしか出来ない。
「まぁ……良い。二人で色々やってたんだろう?」
 恭也は特に気にとめた様子もなく問いかける。
「それで、模擬戦はどう言う形でやるんだ?」
「あ〜そうだね……。制限時間は30分、魔法は非殺傷設定、勝敗は……」
「……追い詰めた方で良いんじゃないか?」
 なのはがルールを説明している途中で恭也が指摘を入れる。
「なのはの方は非殺傷とか出来るようだが、俺の方は殺傷が前提だからな。その辺りのことも考慮すればこの方が良いだろう」
「あ、うん」
 確かに勝敗条件は恭也の言うとおりである。
 魔法は設定を変更することにより、殺傷と非殺傷などのように状況に応じて変えることが出来る。
 しかし、恭也の使う剣術はあくまで”殺人術”であり、魔法のように便利なものでは無い。
 剣術には峰撃ちと言うものも存在しているが、それを使うには大きな力の差が必要になってくる。
 生身で魔法ほどの大きな力に立ち向かうには些かその差を考えることは難しいとも言えるのである。
「じゃあ、それで良いな。……合図はどうする?」
「私は無しでも良いよ。お兄ちゃんは?」
「……俺も無しで構わない」
「解ったよ。……ユーノ君!」
「うん」
 なのはと軽く目配せをして、ユーノは道場だけでは無く、高町家全体を覆うように結界を展開する。
 更に道場は狭いので、結界に地平の消失……ある種の無限回廊と言えるべき付加効果を与えておく。
 これにより、魔法による戦闘を行う場所としては狭い道場も広いフィールドとなる。
 しかし、幾ら結界を張っているからとは言え、絶対に安全とは言えない。
 事実、数年前の模擬戦の時はなのは達の魔法の衝撃を殺しきれず、結界が破壊されてしまったこともあった。
 だが、あれから血の滲むような訓練を重ね、今ではなのはの魔法でもびくともしない。
 ユーノの展開した結界にはそれだけの強度と信頼感がある。
「これで、良いよ」
 結界を展開し終えたユーノはなのはに声をかける。
「ありがとう、ユーノ君」
 なのははユーノにお礼を言い、恭也に向き直る。
 恭也に向き直ったなのはの表情は普段の優しい笑顔の少女ではなく、一人の魔導師としての顔だった。
 その表情を認めた恭也もなのはに対して剣士としての顔を向ける。
 なのはは一瞬、恭也の剣士としての顔にびくっとする。
 いつもは優しい兄なのに今の恭也はまるで別人とも言えた。
 なのはも魔導師として4年目になろうかとしているのにこれだけの威圧感を感じたのは初めてだった。
 それだけ、恭也の放つ威圧感は恐ろしいとも言えた。
 なのはは深呼吸をし、再び恭也に向き直り名乗りをあげる。
「時空管理局、戦技教導隊・教導官、高町なのは……行きます!」
 なのはの名乗りを聞いた恭也もそれに応じる。
「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範、御神の剣士・高町恭也……参る……!」
 二人の名乗りが終わり、戦闘が始まる。
 剣と魔法、ある意味では同じ力であるが、全く異なる力による戦いが始まった。
















 なのははレイジングハートを構える。
 それに対して恭也は左手の小太刀を水平に胸の前に掲げ、右手をぐっと溜めるように下げる。そしてわずかに前傾姿勢の構えをとる。
 お互いに構えをとるが、どちらも動こうとはしない。
 恭也の気配には全くの隙が無く、なのはは迂闊に動くことが出来ない。
(まずは……様子見……)
 なのはは、初見と言うことで恭也から距離をとる。
 恭也は剣士であり、魔法を使うことは出来ない。
 ある程度、距離をとってしまえば恭也は攻撃をしかけることが出来ない。
 恭也もそれは解っているはずだが、距離をつめようとはしない。
 恭也の方も魔法を見ると言う魂胆なのかもしれない。
「動かないんだったら……!」
 恭也が全く動かないことを確認したなのはは自分からしかけることに決めた。
 レイジングハートをシューティングモードに変更する。
「ディバイーーーンバスターーーーー!」
 なのはが得意とする砲撃魔法、ディバインバスターが放たれる。
 しかし、今回は様子見の砲撃であり、威力も消費魔力も抑えた状態である。
(お兄ちゃんは……どう動くの……?)
 なのはがそう考えた瞬間、恭也の姿が一瞬なのはの視界から消える。
「え……?」
 しかし、なのはが瞬きを終えた後には、今まで立っていた場所と殆ど変わらない場所に恭也は立っていた。
 今の動きはなのはには全く解らなかった。





 恭也は自分に向けられた魔法を最小限の動きで避ける。
 元々、銃の類を相手にしてきているのもあり、恭也にとってこの手のものを避けるのは全く問題無いのである。
(ふむ……確かに凄いな)
 なのはのディバインバスターを見た恭也は感嘆する。
 直接目の前で魔法を体感するのは初めてだが、これほどのものだとは思わなかった。
 体感速度などは銃などと大きくは変わらないが、その範囲と威力は段違いだと感じる。
(だが、なのはは力を抑えていたな……)
 恭也は今のなのはの魔法を見て、そう結論付ける。
 初見で全力でぶつかると言うのは得策とは言えない。
 なのはも今では人を導く立場にいると聞いている。
 それだけの経験と戦術も考えられる人間がそんな真似をするとは思えない。
(さて、次はどう動く……?)
 恭也は思考を組み立てながら八景を構える。





(お兄ちゃんが相手だとディバインバスターじゃ……当たらない……?)
 なのははレイジングハートをアクセルモードに変更する。
「だったら……これで……!」
 なのははディバインシューターを使用する。
 ディバインシューターは誘導攻撃魔法。
 追尾性、操作性に優れており、命中率の高さならなのはの使用可能な魔法でも随一と言ってもいい。
 特に相手が高速戦闘を得意とする場合、ディバインバスターで命中を狙うのは難しいのである。
 しかし、ディバインシューターであれば他方向からの誘導弾で相手を撹乱しつつ、集中砲火をすることも可能。
 確かに相手の力量が読みにくいのであればこの選択肢は正しいとも言えた。
 だが、相手は”普通の人間”でもなく、”魔導師”でも無いのである。
 それがなのはの失念だった。





 恭也は自分を狙ってきたディバインシューターを避ける。
 しかし、ディバインシューターは誘導攻撃魔法。
 ただ、避けるだけで凌げるものでは無い。
(先程のものに比べると弾速が速いな……)
 恭也は駆け抜けながらディバインシューターを避けていく。
 しかし、恭也は『神速』を使おうとしない。
 神速を使えばこの程度なら、全く問題にならない。
 なのはとの決着も瞬時につけられるだろう。
 だが、今回は恭也も試しておきたいことがある。



 ――――魔法が斬れるかどうか



 元々、八景は名刀と呼ばれる類の小太刀ではあるのだが、特別な力を宿していると言うわけでは無い。
 しかし、持ち主と剣にその意思があると言うのならば、例え魔法が相手でも斬ることが出来るはず――――。
 御神の剣士として恭也はそう考えていた。
 神咲一灯流の人間の霊力なら魔法が相手だとしても問題は無いだろう。
 だが、恭也の場合、剣気から発する霊力を使っていたとしてもこの力が通じるとは限らない。
 剣士として形無きものを斬る――――。
 恭也は実際にそれが魔法相手にも出来るかどうかをなのはとの模擬戦で試そうと考えていたのである。





(……試してみるか)
 恭也はディバインシューターからある程度の距離をとり、八景を構える。
 そして、自分を追いかけてきたディバインシューターを八景で両断した。
(ふむ……やはり思った通りか)
 八景に両断されたディバインシューターが消滅する。
 結果は恭也の考えた通りの結果だったと言える。
 霊力はある意味では魔力のようなもの。
 恭也の場合は気と言う概念に近い形での発現なのだが、その効力は存在しないわけでは無い。
 だが、気も霊力のように魂や命の力と言っても良いのである。
 実際に、魔法もある意味では形の無いものではあるが、そこに”存在”はしているのである。
 だからこそ、剣で斬れないと言う道理は無い。
 確かに魔法に対して、攻撃が通った。
 今のはその一片に過ぎないのかもしれないが、恭也はそれを実感した。





(え……?)
 なのはは今の光景が信じられなかった。
 魔法が普通の刀に斬り捨てられるなど。
 それは、普通ではありえないと言ってもいいことだった。
 確かに物理攻撃は基本的に魔法対して効果が無いわけではない。
 だが、普通の人間にそれは難しく、至難の業だと言ってもいいものなのである。
 実際になのはも普通の人間である恭也には無理だと思っていた。
 しかし、恭也の八景の攻撃は魔法を普通に斬り捨てていた。
 なのはにはそのことが解らなかった。
 恭也が何かをしていた……と言うのは見られない。
 レイジングハートに確認をとっても、魔力、魔法反応の両方とも確認が出来ないと言うことだった。
(どういうこと……?)
 自分で考えてみても、レイジングハートに聞いてみても答えは出ない。
 それでは、恭也は生身一つで自分の魔法を相殺してみせたのだろうか?
 でも、それは恭也にしか解らないことだった。
(だったら……考えるよりも……)
 なのははもう一度、ディバインシューターを撃つ。
 今度は、先ほどよりも弾数を増やし、全方位から攻撃を集中させられるように使用する。
 流石に恭也でも避けるのは難しいはず。
 そう考えながらなのはは恭也の次の行動に備える。





(先程よりも数が多いか……。だが、このくらいならば問題は無い)
 恭也は自分を追ってくるディバインシューターを避けながら思考を組み立てる。
 確かに、弾速も弾数も範囲も全てが増加している。
 しかし、ここ数年での訓練がこの問題を解決していた。
 叔母である御神美沙斗の下での訓練。
 これが大きく影響しているのは間違い無い。



 ――――香港国際警防隊



 この世界の最強の特殊部隊にして、非合法ギリギリの『法の守護者』と呼べる存在である。
 そう言う意味では時空管理局と事実上は同じとも言える組織でもある。
 御神美沙斗はこの香港国際警防隊の所属であり、恭也はその下で戦闘訓練などをこなしていたのである。
 事実、今の恭也は香港国際警防隊の一部隊を纏めて相手に出来るほどであり、恭也は一対多数の戦闘と言う形にも慣れている。
 そのためかディバインシューターの弾道を予測することは簡単である。
 たとえ、幾ら弾数が増えようと恭也にはそれを見切るだけの能力があるし、それらを”無効化”する方法も持っている。
(さて……どうする。このくらいの数と速度であれば正面から斬り墜とせる。だが……)
 今、恭也を狙っているディバインシューターは道場全体の何処に移動しても集中砲火で狙える状態になっている。
(恐らく、なのはは俺が先程みたいに動くと予想しているだろう。ならば……)
 恭也はなのはのいる方向に向かって駆け出す。
 迫ってくるディバインシューターを自分に当たりそうなものだけを選別して斬り裁いていく。
 ある程度の距離を詰めた恭也は全てがモノクロに変わる領域――――『神速』に入る。
 そのまま恭也はディバインシューターが集中砲火を仕掛ける前に抜け出し、なのはの正面へと地を蹴る。
 神速の領域に入った恭也はなのはに対して飛針を投げる。
 飛針に気付いたレイジングハートが咄嗟になのはを守るようにプロテクションを展開する。
 それを見届けた恭也は次の攻撃に移るために八景を鞘に収める。
 そして、神速から抜け出た恭也はなのはの目の前に出現する。





《Master》
「っ……!?」
 レイジングハートの呼びかけでなのはは恭也の出現に気付く。
 だが、今の恭也の動きは全く見えなかった。
 高速戦闘ならフェイトやシグナムとの模擬戦や訓練で経験を積んでいる。
 しかし、フェイトの高速戦闘形態であるソニックフォームよりも恭也の動きは圧倒的に速かった。
 正直、あの速度は魔法でも辿りつける速度では無い。
 実際に自分が思考を組み立てるどころか何も出来ないうちに恭也は攻撃をしかけ、更には距離までギリギリにまで迫っていた。
 今の恭也の動きもレイジングハートがプロテクションを展開してくれなければ飛針も自分に命中していたのである。
 なのははそのことにぞっとする。
 しかし、恭也の追撃はまだ終わってはいなかった。





(障壁があると言うのなら……障壁ごと攻撃を”徹す”だけだ……!)
 なのはがプロテクションを使っていることを確認した恭也はなのはに対して技を放つ。



 ――――御神流、奥義之肆・雷徹



 恭也の放った技である『雷徹』は御神流の奥義の中でも最大級の威力を持つ技である。
 主な効果として相手の内部に直接、打撃や斬撃などによる過度の衝撃を与えることが出来る。
 要するに相手の防御を貫通して相手に攻撃を加える技なのである。
 因みに今回は模擬戦なので恭也は打撃による雷徹を放っている。
「きゃっ……!?」
 プロテクションを貫通して、雷徹がなのはに衝撃を与える。
 その衝撃はなのはを軽く吹き飛ばすほどの衝撃だった。
 衝撃でバランスを崩したなのはに対して恭也は鋼糸を使用し、なのはを束縛する。
 鋼糸は容易に切れるものでは無く、普通の人間の力では外すのも難しい。
 なのはは魔力を込めることによって漸く、鋼糸を外すことに成功したが……。
「……ここまでだな」
 その隙が問題だったのか既に恭也はなのはを追い詰めており、喉元に八景を向けていた。
 今回の模擬戦の勝敗条件は相手を追い詰めること。
 恭也はなのはの攻撃を全て掻い潜り一撃も攻撃を当てさせることも無く追い詰めたのである。
「そう……みたいだね……」
 なのは内心、一撃も恭也に攻撃を当てられなかったことにショックを受ける。
 正直、恭也がここまでの力を持っているものだとは思わなかった。
 自分は魔導師だが、恭也は剣士とは言えど普通の人間なのである。
 魔法を相手に普通の人間では対抗出来ないと言うこと……その認識を大きく改めなければいけないのかもしれない。
 なのはは恭也との模擬戦で漠然とそう感じた。





「お疲れ様、なのは」
 模擬戦が終わり、結界を解除したユーノがなのはに声をかける。
 出来る限り客観的に見ることを考えて見ていたのもあり、思ったよりは動揺してはいない。
 しかし、ユーノもなのはが恭也に一撃も与えられずに負けたと言うことに驚きを隠せない。
「うん……ありがとう、ユーノ君」
 なのはは少しだけぐったりとしながらユーノにもたれかかる。
 ユーノはなのはをそっと受け止める。
「私……何も出来ずに負けちゃった……」
 なのはは落ち込みながらユーノ抱きつく。
「なのは……君は頑張ったよ」
 ユーノは優しくなのはの頭を撫でながら言う。
「ありがとう……ユーノ君」
 ユーノの言葉になのはは少しだけ笑顔で応える。
 何となく微笑ましい光景だった。
 いつもならこのまま二人の世界に突入するのだが……。
 今回は第三者がいるのである。
「……二人でそうするのは別に構わないが、せめて俺がいないところでやってくれ」
 なのはとユーノの行動を見た恭也が呆れながら溜息をつく。
 士郎と桃子の態度でこういう光景には慣れてはいるが、それとは別問題である。
 これでは、今回の模擬戦の指摘をすることも考えを纏めることも出来ない。
「ご、ごめんなさい……」
 なのはとユーノは恭也に頭を下げる。
 二人から少しだけ物足りなさそうな気配がしたが恭也は気にしないようにした。
 しかし、自分が口出しをすることでも無い。
 なのはとユーノは付き合っているのだから。
「いや、怒っているわけじゃ無い。二人の仲が良いのは良いことだからな」
 気を落とした二人に恭也は優しく声をかける。
「それで、本題だが……今回の模擬戦についてだ。なのはとユーノは何か解らないことはあったか?」
 恭也の問いかけになのはとユーノは考える。
 しかし、考えが纏まらない。
「……考えが纏まらないならそれで構わない。今回はお互いに初めてだったからな」
 悩んでいるなのはに恭也は頭に手をおき、そっと頭を撫でる。
「うん、ごめんね……お兄ちゃん」
 頭を撫でられながらなのはが恭也を見つめる。
「いや、構わない。俺も少しは考える時間が欲しいからな」
「うん、じゃあ……私達は部屋に戻るね?」
「解った」
「行こう、ユーノ君」
 恭也の返事を確認したなのははユーノを連れて出て行く。
 二人で部屋に戻って今日の模擬戦のことでも話すのだろう。
 最も……なのはとユーノだとそれだけで終わるとは思えないが。
















 二人が出て行って暫くした後、恭也は道具の手入れを始める。
 飛針、鋼糸、八景……どれも大事な道具であり、自分の愛用品である。
 特に今回は魔法を相手にしていたのだ。
 手入れをするのは当然だと言える。
 武器の傷みは殆ど無かったが、実際には魔法を斬り捨てたのである。
 普通ならどうなっていたかは解らない。
 道具の手入れが終わった後、恭也は改めて今回の模擬戦のことを考える。
(今回のはあくまで模擬戦だ。なのはも俺も全力だとは言えない……だが、良い経験になった)
 確かに自動人形や霊力者達とも戦ったことはあるが、今まで恭也が経験してきた戦いは剣術や近代兵器との戦いが主だった。
 しかし、なのはとの模擬戦で新たな形の力である魔法との戦いを経験出来た。
 御神の剣士として、この新しい経験は大きな力になるだろう……恭也はそう思う。
 そして、それはなのはにとっても同じことが言える。
 魔法による経験だけで無く、剣術を相手にしての模擬戦と言う新しい経験。
 新しい経験が魔導師としてのなのはの力になるのは間違い無い。
 例え、形が違えど互いの持つ護るための力……そのための剣と魔法は振るい続けていくのだから。
































 From FIN  2008/2/10



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