――――12月25日の再会から次の日。




「悠翔。また、こうして手合わせが出来る事、嬉しく思う」

「ああ、俺もだ。シグナム」

 悠翔はシグナムと向かい合っていた。
 場所は高町家の道場。
 この場には悠翔とシグナム以外にもフェイトやなのはを始めとした面々も立ち合っていた。
 再び互いの得物を持って対峙する悠翔とシグナム。
 何故、このようになったのかは先日の八神家で行われたクリスマスパーティーにまで遡る――――。























魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever〜After Days〜
















「ただいま……ごめんね、みんな」

 フェイトは少しだけバツの悪そうな様子で八神家へと戻った。
 悠翔からのメールに応じて出て行った形ではあったのだが、それでも皆には悪い事をしたと思う。
 自分だけの都合でパーティーを放りだしたのだから。

「お帰り、フェイトちゃん」

 しかし、なのはを始めとする全員は微笑みながらフェイトを出迎える。
 フェイトの今までの様子をずっと見ていたからだ。
 特に魔導師を辞めてからぽつんとなのは達を見送るフェイトの姿を見てきたアリサとすずかからすれば彼女の気持ちは察するものがある。

「……お邪魔します。久し振り、かな?」

 フェイトの様子が変わったのは全て、悠翔と別れてからだ。
 心を通わせた相手と一時的にでも離れると言うのは想像以上に心細いものがあるのだと思う。
 まだ、そのような相手のいないアリサとすずかには解らないが……フェイトの様子を見れば一目瞭然だ。
 知らずのうちに一人の少年が心の大半を攫って行ってしまったのだろう。
 久し振りに見る悠翔の姿を見て、2人は何となくそう思った。





「「「「「乾杯〜〜〜」」」」」

 フェイトと悠翔がこの場に到着し、クリスマスパーティーが開始された。
 この場に集まった皆でグラスを掲げ、祝いの言葉を交わす。
 後は団欒をしながら思い思いに過ごすと言ったところである。

「……何も言わないのか?」

 受け取ったジュースを飲み終えたところで悠翔ははやてに尋ねる。

「言わへんよ。悠翔君が居らんくなった理由はどうにもならんし。それは悠翔君も解っとるやろ?」

「……ああ」

「そやから、私らからは何もないわ。寧ろ、来てくれて嬉しいくらいや。フェイトちゃんの嬉しそうな表情なんて久し振りやし」

 なのは達と話しながら嬉しそうに微笑んでいるフェイトの様子を見ながらはやては言う。
 はやて自身は魔導師としての仕事があり、余りフェイトを気遣う事が出来ない。
 それはなのはも同様で管理局の方で忙しくしている事も多い。
 だが、フェイトの様子は逐一アリサとすずかから聞いており、時間のある時は許す限りはやてもフェイトと一緒に居た。
 フェイトがどうしていたのかを全く知らなかったわけではない。
 だから、今のフェイトの様子が望ましいと言ったのである。

「私らも悠翔君に会いたかったしな」

 それにはやても悠翔と再会出来て嬉しかった。
 魔導殺し事件の事もあり、悠翔とはもう会えないかもしれないとすら思ったからだ。
 せっかく友達になったと言うのにそれでは寂しいものがある。

「だから、悠翔君は気兼ねなく楽しんでくれて良いんやで?」

 少し居辛そうにしている悠翔にはやては笑顔で伝える。
 悠翔に気兼ねなく楽しんで貰いたいと言うのははやての本心である。
 それに思わぬ再会だったと言うのもあり、心は少し弾んでいる。
 悠翔との再会はやはりフェイトが一番喜んでいるのだろうが、その気持ちははやても同じだった。

「……ありがとう」

 はやての気持ちを汲み取り、悠翔は頷く。
 再会が嬉しいのは自分も同じであり、はやてのその気持ちは良く解る。
 悠翔自身も再会する事を何処かで望んでいたからだ。
 だからこそ、はやての好意が嬉しい。
 温かく迎えてくれたはやてに悠翔は微笑むのだった。
















「悠翔、久し振りだな」

「……シグナム」

 はやてとの話を終えて、フェイトを始めとした皆の様子を見ていた悠翔にシグナムが声をかける。
 先程からずっとシグナムの気配は感じていたから、話しかけるタイミングを見計らっていたと言う事だろう。

「また、会えて嬉しいぞ。別れ方が別れ方だったからな」

「ああ、俺も会えて嬉しい」

 悠翔とシグナムの2人は再会を祝しあう。
 別れた時はろくに話す事も出来なかったのだ。
 それに戦った時以来、顔も殆ど会わせていない。
 シグナムとこうして言葉を交わすのは本当に久し振りと言っても良かった。

「……シグナムとは別れる前にもう一度手合わせしたかったしな。戦いと言う形ではなく、純粋に剣士として」

 だから、シグナムとの間にあった心残りだった事を伝える。
 シグナムとは一度、剣を合わせたがあの時は戦闘と言う形であり、主観を変えれば殺し合いとも言えた。
 実際に悠翔は本気で殺すつもりでシグナムと戦っていたのだ。
 奥義を幾つも遣った事がそれを証明している。
 もし、シグナムが魔導師じゃなかったら間違いなく命を落としていただろう。
 それに悠翔はシグナムの方にも殺傷前提で魔法を遣うように頼んでいた。
 あの時は掠めただけだったために問題はなかったが、一度でもまともに魔法を受ければ命は危うかった。
 手合わせを楽しむどころか、命の駆け引きを行っていたと言う方が正しいだろう。

「ああ、それは私からもお願いしたい」

 シグナムも悠翔と同じ思いを抱えていた。
 悠翔とは互いの剣を殺すためだけにしか合わせる事が出来ていない。
 純粋な一人の剣士としては剣を合わせる事は出来なかったのだ。
 手合わせに関してはシグナムの方からお願いしたいくらいだった。

「今の悠翔はあの時とは違うみたいだからな」

 それに今の悠翔は怪我も治っていると言う。
 あの時とは違い、万全の状態と言っても良いだろう。

「そうだな。完全とまでは言わないが……今の俺に枷は無い」

 シグナムの言っている事の意味を察し、悠翔が告げる。
 以前に立ち合った時とは違い、今の悠翔は腕の怪我も治っている。
 流石に腕を遣いすぎると駄目だが、それでもあの時に比べれば歴然としている。
 もう、立ち合う事を遠慮する必要は一切ない。
 そう言った意味で悠翔の返事は一つだけだ。

「では……」

「ああ。手合わせは明日の朝にしよう。場所は高町家の道場で」

「……解った」

 悠翔はシグナムの返答に応じ、手合わせは明日と告げる。
 場所は高町家の道場。
 実のところ悠翔は士郎と恭也、美由希には此方に来る事を先に伝えており、道場の使用許可も既に貰っている。
 心のどこかでシグナムと手合わせする事を楽しみにしていたのかもしれない。
 悠翔とシグナムが手合わせをする事になったのはこのような経緯があったからなのだった――――。
















「……では、遣ろうか。シグナム」

「ああ」

 互いに手合わせする喜び確かめた後、2人は互いの得物を構える。
 悠翔は飛鳳をシグナムはレヴァンテインを。
 自らが最も力を発揮出来る得物を構える。
 だが、今回は以前とは違い、戦闘と言うわけではない。
 そのため、シグナムは非殺傷を前提としている。
 悠翔の方は手の打ちようがないが、シグナムが騎士甲冑を纏っているので問題はない。

「ユーノ、結界を頼む」

 互いに構えたところで悠翔はこの場に居る人間の一人であるユーノに結界を頼む。
 話によればユーノは以前に恭也がなのはと立ち合いを行った時も結界を施したと言う。
 ならば、今回も同じ人間に頼むべきだろうと悠翔はユーノにお願いしたのだ。

「うん」

 悠翔の言っている意味を察し、ユーノは結界を展開する。
 2人の手合わせは並のものではない事は既に一度見ているので良く理解している。
 もうユーノにとってはこう言った人物達の模擬戦などの結界を展開する事は十八番になりつつあった。

「……よし。場の準備も整った事だし」

「ああ、遣るとしよう」

 結界が展開し終わった事を確認し、悠翔とシグナムの2人は互いに構えを正す。
 そして、僅かな間があった後――――2人が動き出す。





「はぁっ――――!」

 まず、先手を取ったのは悠翔。
 抜刀した状態のままで構えていた飛鳳で斬り付ける。
 シグナムはそれに対して身を捩るが、悠翔は間髪入れずにシグナムの胴を目掛けて薙ぎ払う。

「っ……!?」

 僅かに飛鳳の切っ先がシグナムを掠める。
 だが、シグナムは若干の痛みを感じた。
 その僅かな痛みにシグナムは驚く。
 掠めたのは本当に僅かなのだ。
 切っ先が通り抜けたのは甲冑を軽く捉え、浅く斬った――――その程度のものだった。
 しかし、今の薙ぎ払いで感じた痛みは予想以上だった。
 例え、悠翔が気で小太刀の切れ味を高めていたとしても本来ならば些細な程度でしかなかったはずなのだ。

(これが、悠翔の本来の小太刀か――――!)

 シグナムは以前に立ち会った時との明らかな違いを理解する。
 持っている小太刀が全く違うのだ。
 色は血の色を連想するような紅黒い小太刀。
 明らかに以前に戦った時とは違う物である事が解る。
 そう言えば悠翔は自分の小太刀を別に持っていると言っていた。
 ならば、今感じた痛みは得物が変わったためのものと言えるだろう。

(面白い。やはり、こうでなくてはな――――!)

 シグナムは好敵手が以前と違う事に喜びを覚えた。





(今の動作を見切られた……流石はシグナムだ)

 シグナムが驚いているのと同じく、悠翔も相手の実力を改めて実感していた。
 一気に間合いを詰めての斬撃と薙ぎ払い。
 1秒にも満たない時間の間の一連の動作を行ったのだが、シグナムを掠めただけでしかなかった。
 神速を使用していないとは言え、充分に速いと言える連撃は簡単に凌がれたのだ。
 やはり、シグナムは卓越した相手だと言える。

(既に一度戦った事のあるシグナムは普通には捉えられない……やはり、神速でいくしかない、か)

 シグナムの立ち回りを見て、悠翔は神速の使用を考える。
 だが、悠翔が僅かに思考している隙をシグナムが見逃すはずはなかった。





「ふっ――――!」

 シグナムの剣が悠翔に向かって振るわれる。
 一瞬の虚を突いた必殺の一撃。
 洋剣を異常な速さで振るう事の出来るシグナムの剣速は並の達人を上回る。

「……ちっ」

 一瞬の思考時間を見極められた悠翔は舌打ちし、シグナムの剣を受け止める。
 ガキン――――と鈍い金属音がし、空気が震える。

(ほう……)

 その光景にシグナムは思わず感心する。
 悠翔はレヴァンテインを相手に全く戸惑う事なく小太刀で受け止めた。
 以前は受け止めると言う事を極力、避けていた印象があったからだ。
 やはり、得物が変わったと言うのは相当に大きい。
 だが、シグナムに油断はない。
 悠翔が受け止める可能性がある事も考慮していたのだ。

「レヴァンテイン!」

《Nachladen!》

 シグナムがレヴァンテインのカートリッジを装填する。

「――――!?」

 カートリッジの装填音を聞き、悠翔もシグナムの次の行動が何かを察する。
 密着した状態ではどうする事も出来ない。

「紫電一閃!」

 裂帛の気合と共にレヴァンテインが輝きを増し、シグナムの必殺の一撃が放たれる。
 だが、その瞬間――――。
 悠翔の姿が掻き消えた。
















 ――――小太刀二刀御神流、奥義之歩法・神速





 このままではシグナムの一撃を回避できないと悟った悠翔は神速の領域に入った。
 悠翔の視界がモノクロに染まり、全ての動きがゆっくりになる。
 ゼリーの中を駆けるような感覚の中で悠翔はレヴァンテインによる一撃を一瞬で避ける。
 そして、そのままシグナムの背後に回り、一撃を叩き込もうと飛鳳を一閃させる。
 だが――――悠翔の刃は届かなかった。
 小太刀と剣のぶつかりあう鈍い音と共に悠翔の一撃は防がれたのだ。

「……やるな、シグナム。神速に反応してきたか」

 必殺とも呼べる一撃を防ぎ、見事な動作で神速に反応したシグナムに悠翔は感嘆しながら尋ねる。
 シグナムは以前に戦った時は神速に反応出来ていなかった。
 だが、今のシグナムは神速に入った悠翔の動きを見切り、一撃を防いだ。
 しかも、接近戦と言うギリギリの距離の中での攻防戦でありながらだ。
 シグナムの反応は見事だと言っても良い。

「ああ。だが、此方も紫電一閃をあの距離でも避けられるとは思わなかった」

「正直、ギリギリだったけどな。だが……俺も神速をこうもあっさりと読まれるとは思わなかった」

「神速がどのような感覚だったのかはテスタロッサに聞いたのでな」

「……なるほど」

 シグナムの言い分に悠翔は納得する。
 確かにフェイトとの模擬戦の時に神速は1の動作の間に10の動作をするようなものだと言う例え話をした事がある。
 恐らくはフェイトからその話を聞いたのだろう。
 また、シグナムは神速を実際に眼にしてもいる。
 長くて深い経験を持っているシグナムならば神速に反応出来ても何も可笑しくはない。
 そもそも、神速に反応出来る人間は悠翔の身の回りにいるのだ。
 しかも、数人もいる。
 そのうち2人は伯母である御神美沙斗と不破夏織。
 2人とも御神流を修めている剣士で夏織に至っては御神流とは違う系統の剣術も修めている。
 元より、神速を遣う事の出来る2人が神速を相手にして反応出来るのは普通と言っても良い。
 だが、神速に反応出来るのは御神流を修めている人間以外にも悠翔の身の回りにはもう1人の人物が存在する。
 その人物は美沙斗や夏織にも引けをとらないどころか御神流屈指の剣士である士郎にも決して引けを取る事はない。
 香港国際警防隊樺一号こと、陣内啓吾。
 御神流の神速とは異なる奇妙な体術を使い、小太刀に近い間合いの短棍を使う達人。
 その実力は悠翔の知っている人物の中でも圧倒的であり、未だに啓吾には一太刀も入れる事が出来ないほどだ。

「流石はシグナムだな。好敵手に破られた事、一人の剣士として嬉しく思う」

 何れにせよ神速を見極められる人間はいてもそんなに数は多くない。
 実際にその少ない人間となったシグナムを悠翔は評価する。

「……そう言って貰えるならば光栄だ」

 好敵手に認められ、シグナムも笑みを浮かべる。
 騎士として相手に認められると言う事は光栄な事なのだ。
 ましてや、相手である悠翔は剣士。
 小太刀と洋剣と言う違いはあれど同じく剣を扱う者同士。
 シグナムが思うところがあるのも当然かもしれない。
 それに対し、悠翔もシグナムと同じような感覚を覚えていた。

「……さて」

「ああ、解っている」

 シグナムの心を理解した悠翔は一息吐き、間合いを取る。
 その動きを見たシグナムも間合いを取り直し、得物を構え直す。
 互いに視線を交した先に映る相手が何を考えているかなんて容易に解る。

「「続けようか――――!」」

 悠翔は大切な人を護る剣士として。
 シグナムは主を守る騎士として。
 立場は違えど、2人は同じく剣を扱う人間だ。
 また、戦友として好敵手として。
 互いの心にそれぞれ通じ合うものがある。
 だから、2人の間には他の言葉なんていらない。
 後は剣で語り合うのみ――――。
















 それが剣士と騎士としての在り方なのだから。





























 From FIN  2011/3/25



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