――――放課後





「う〜ん……やっと今週の授業も終わったわね」
 授業を終えて、アリサが背筋を伸ばす。
「そうだね。明日は学校もお休みだし……ゆっくり出来るね」
「うん」
 アリサの言葉に同意するようにフェイトとすずかが頷く。
 学生として勉強をするのは当然の事だが、一週間は案外長いものである。
 中学生になってからは小学生の時よりも授業時間も増えているため、尚更そう感じられる。
「予定がないんだったら今日は翠屋に寄って行こうかなと思ってるけど……皆はどう?」
 今週はもう学校の授業もない事もあり、アリサはこの場にいる4人に尋ねる。
「私は大丈夫だよ」
「私も良いよ」
「そうやな。私も……」
 アリサの提案にフェイトとすずかが頷き、はやてもその提案にのろうと変人をしようとしたその時――――。





 ちょうど、時空管理局からの呼び出しのコールが鳴り響いた。























魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever〜After Days〜
















「あかん、呼び出しや……。なのはちゃんは?」
「私もだよ、はやてちゃん……」
 呼び出しのコールを聞いてなのはとはやては残念そうな表情をする。
 流石に管理局からの呼び出しがあるとなれば、アリサの提案を断るしかない。
「そっか。じゃあ……仕方がないわね」
 アリサもなのはとはやてが管理局からの呼び出しがあれば行くしかないと言う事を承知している。
 実際に組織に務めるとなるとその命令を無下にする事は出来ないと言う話は以前に聞いた事があるからだ。
 流石に詳しい話までは聞いていないが、余程の事がない限りは組織の意向を無視する事は問題になると教えてくれた人物は言っていた。
 尤も、その話をしてくれた人物はこの場にはいないのだが。
「ごめんね、アリサちゃん。はやてちゃん、行こう?」
「ん、解ったわなのはちゃん。ごめんな、アリサちゃん」
 なのはとはやてが慌てて教室を出て行く。
 この光景は今まで幾度となく繰り返された光景。
 だが、この光景は少し前までのものとは違う。
 正直、あまりにも違うと言っても良いかもしれない。
 今までならばこうして呼び出しを受けて出て行くのはなのはとはやてだけではなかったからだ。
 少し前までフェイトも一緒だったのである。
 だが、フェイトは魔導殺しの事件に関与した事の責任を取って魔導師を引退している。
 今ではなのはやはやてと一緒に現場で仕事をする事もない。
 管理局からの仕事――――これは魔導師にとっての日常でしかないのだ。
 魔導師ではなくなったフェイトにとっては縁遠いもの――――そうでしかなかった。
















「……気をつけてね。なのは、はやて」
 慌ててなのは達が出て行くのを見届けたフェイトがぽつりと呟く。
 少しだけ寂しそうに見えるその様子から彼女の心境は如何なものかは窺い知れない。
 嘗てはなのは達と共に管理局からの呼び出しに応じ、飛び出していたその姿は既に過去のものとなりつつあった。
 フェイトが魔導師を引退して、早くも3ヶ月以上の時が経過しており、もう見送る事の方が自然な光景となっていたからだ。
「アリサ、すずか。翠屋に行こう?」
 そして、少しだけ寂しそうな表情を見せた後は元通りの表情になるのも何時もの事だった。
 この時の表情の変化は本当に些細なもので傍目からは全く解らないほどだ。
 だが、親しくしている人から見ればこの表情の変化は読みとることが出来る。
 なので友人としてフェイトの事を見ているアリサとすずかには良く解るのである。
「うん、そうだね」
「解ったわ」
 しかし、アリサとすずかはその事を知りつつも普段通りに応じる。
 フェイトのこの表情の変化は無自覚のものであるからだ。
 事実、彼女自身は自然な様子で表情を変えている。
 我慢をしているわけでもないのだ。
 それを踏まえればフェイトが自覚を持ってそう言った表情をしている事は考えにくい。
 恐らく、無意識の中でそう言った表情を見せているのだろう。
 魔法があったからこそ出会えた親友と共に歩む事が出来ない――――。
 それがどんなに寂しい事なのだろうか。
 特になのはには心までも救われているほどの関係を持っている。
 だからこそ、一緒に同じ道を歩む事が出来ない事はフェイトにとっても大きい事である。
 しかし、アリサとすずかにはその心境を読みとる事までは出来ない。
 2人は生憎と魔法がきっかけで知り合ったと言うわけではないからだ。
 アリサとすずかはなのはとの関わりから知り合い、魔法と言う側面とは関係なしに友人となった。
 そう言った事情もあり、魔導師としてのフェイトの心情までは解らないのである。
 だから、2人はフェイトのその様子に気付いていてもその事を告げるような事はしないのだった。
 フェイトはフェイトで何か思うところがあるのだろうから――――。
















 なのはとはやてが仕事に出向いて暫くの時間の後、フェイト達も目的地の翠屋へと到着した。
 翠屋では普段通り、店の主である桃子と士郎が出迎えてくれる。
 今日は美由希の姿が見えない事からまだ此方には戻っていないようである。
 翠屋に3人で訪れるのもここ数ヶ月の間に普通の光景となっており、桃子も士郎もそれを深く尋ねるような事はしない。
 特に士郎はフェイトが魔導師を引退してこの場にいる事情を深く知っているため、尚更である。
 フェイトが魔導師を辞める事になった遠因には士郎の弟である一臣が大きく関与しており、直接的な原因にも一臣の息子が関わっている。
 士郎からしてみれば自分の弟と甥がフェイトの境遇を変えてしまったのだ。
 結局のところ、フェイトは自分の意志で魔導師を引退する事を決めたが――――逆になのは達とは離れる事になってしまった。
 何れにせよ、士郎にはフェイトの事を見守る事しか出来ないのである。





「ふぅ……」
 紅茶を飲み終えてフェイトが一息吐く。 
 そして、少しだけ考え込むような様子を見せた後、アリサとすずかを見つめる。
「どうしたの? フェイトちゃん」
 此方を見つめている事に気付いたすずかが尋ねる。
「あ、うん。すずか達は4年も前からこんな思いをしていたのかなって」
 フェイトから返って来たのは意外な言葉だった。
 今、フェイトは4年も前から――――と言った。
 しかし、その言葉にどういった意味があるかまでは解らない。
「え? どういう事?」
 すずかはそうフェイトに尋ねるしかなかった。
「待つ……って言う立場の事、かな? すずか達は何時もこんなふうに心配していたのかなって思って……」
「……!」
 若干、陰のあるような笑みを浮かべながら言うフェイトに思わず言葉が詰まる。
 確かにフェイトの言う通り、なのは達が管理局の仕事に出向く度にアリサと2人で心配していたのは事実だったからだ。
「私もすずか達とこうして一緒に待つようになって実感したよ。組織で活動しているなのは達を助けられない事のもどかしさを」
 フェイトは更に言葉を続けていく。
 今の自分は以前とは違い、魔導師として活動している大切な友人を助ける事は出来ない。
 それがもどかしくも思えた。
 しかし、思いの外ではあるがフェイトの表情には迷いがあるようには見受けられない。
 何処か覚悟を決めているかのように。
「だけど……私はそう言った思いを抱える事も解ってて今の立場を選んだ。……その事に後悔なんてしてないよ」
 僅かな陰りを振り払うかのようにフェイトは言い切る。
 今の立場を選んだ事に後悔はしていない――――。
 嘘のようにも聞こえるかもしれないが、これは事実だった。
 フェイトは全てを承知で今の立場を選んだのだ。
 本来ならば関係してはならないはずの事件――――それに関わった事は何よりも重い。
 秘匿されていた一端に触れてしまったフェイトは自身がどうなるかも解らない事を承知の上で魔導殺し事件に介入した。
 全ては――――一人の少年のために。
 一見すれば一人の人間のために自分の魔導師人生を終わらせたと言うのは無謀にも見える。
 だが、フェイト個人からすればその少年こそが大事な存在だった。
 例え自分がどうなっても守りたい――――。
 そう思ったからこそフェイトは魔導殺し事件に介入し、全てを擲ったのだ。
「それに……アリサとすずかが何処かで私の事を気遣ってくれていたのは解っていたよ。ありがとう、2人とも」
 だから、自分は何でもないよとフェイトはアリサとすずかに伝える。
「フェイト……」
「フェイトちゃん……」
 そんな様子のフェイトにアリサとすずかはこれ以上、言葉を紡ぐ事が出来ない。
 フェイトが今の立場を受け入れており、後悔もないと断言している以上、それは本当の事だからだ。
 しかも、フェイトはアリサとすずかが気にかけていた事にも気付いていた。
 これは自身の心に余裕があった事の証明でもあり、周りが見えていた事の証拠でもある。
 アリサとすずかと一緒になのは達の事を見守る……それが今のフェイトの立場だ。
 フェイトは立場の変わった今の自分の身を受け入れている。
 全ては3ヵ月前の魔導殺し事件に関わった事にある――――。
 だが、その事件があったからこそ大切な人にも出会えたのである。
「私は魔導師を辞めてしまったけど……なのは達とは友達のままだから。それは立場が変わっても同じだから」
 確かに魔導殺し事件が原因で魔導師じゃなくなったけれども、なのはとはやてとは魔法がなくても繋がっていられる。
 アリサとすずかと同じように。
 一度繋がった絆は単純に切れないもので、立場が変わってもそれは決して変わらない。
 なのはやはやてと結ばれた友情はそんなに軟なものではない。
 それに、魔導師ではなくなったとしても、友達と言う絆には何ら関係はない。
 例え、立場が変わっていてもフェイトはフェイトのままなのだから――――。





























 From FIN  2010/12/11



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