「ねぇ、フェイトちゃん」
「どうしたの、なのは?」
「うん、今更こう思うのは遅過ぎるくらいなんだけど……フェイトちゃんが左手の薬指にしてるのって悠翔君からのプレゼントだよね?」
「そうだけど……」
「左手の薬指にするって言う意味はフェイトちゃんも解ってると思うけど……。それって……もしかして?」
「……うん。婚約指輪みたいなものかな」























魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever〜After Days〜
















「そっかぁ……やっぱりそうなんだぁ……」
「なのは?」
 事の始まりはフェイトの部屋の中でのなのはのこんな会話から。
 本当はなのはの方もずっとフェイトには聞きたかったのだが……悠翔が香港に戻ってしまって以来、なんとなく話を振る事が出来なかった。
 悠翔が香港に戻ってしまってからある程度の時間は経っているけれど、フェイトの様子は落ち込んでいると言うようでもなく……。
 時折、寂しそうにしているとは言っても雰囲気としてはなのはが思っていたほどでもなかった。
 そうした様子のフェイトだったからこそ、なんとなく声をかけ辛かったのだ。
「えっと……フェイトちゃんが指輪を見ながら遠くを見ていたのがずっと気になっていたの。なんとなく声をかけ辛くって……」
「……なのは」
 悠翔が香港に戻ってしまって以来、なのははフェイトの様子を案じてくれていたらしい。
「だけど、悠翔君がそんな約束をしてくれたからフェイトちゃんが余り寂そうにしていなかったんだね」
「……うん」
「でも……フェイトちゃんは悠翔君がいなくなってから少しだけ変わったような気がするよ」
 確かに悠翔がいなくなってからは一気に変わってしまったのかもしれない。
 特に自分の立場が――――。
 もう、魔導師だった頃の自分じゃないから。
「なんて言うか……強くなったのかな? 本当は寂しいはずなのに……悠翔君との事をしっかりと受け止めてる。それが凄いと思う」
 フェイトの事をなのはは強くなった――――と言う。
 しかし、フェイト自身にそんな実感なんて言うものはない。
 悠翔との事は今のフェイトにとっても大切な事の一つ。
 だからこそ、今みたいな状況になっていてもはっきりと受け止められる。
 寧ろ、悠翔との事が今のフェイトを突き動かしていると考えても良いかもしれない。
「……そんなことはないよ。悠翔の事は考えるだけでも胸が苦しくなる時もあるから」
「フェイトちゃん……」
 悠翔との事は考えるだけでも胸がどきどきする。
 それはこうして、離れていても変わらない。
 だけど、今の自分が感じる痛みは悠翔が近くにいないからだと思う。
 ここに悠翔がいないぶんだけ胸に感じるものが温かくないような気がする。
 心が少しだけぽっかりと穴が開いているかのように。
 もし、なのはの言う通りに心が強くなっているのならこんな感覚にはならないとフェイトは思う。
 確かに悠翔との事は受け止めているつもり。
 だから、普通にしている分は寂しくはない。
 寧ろ、寂しいなんて思ったら悠翔との約束を守ることなんて出来そうにない。
 フェイトは自分でそう思っている。
 しかし、どうにも心のどこかが寂しいのは傍に彼の温もりがないからか。
 今のフェイトは自分でも良く解らない一抹の寂しさを胸に抱えているのだった。
















「……ううん、やっぱりフェイトちゃんは強いよ。私がもし、同じ状況だったらそんなふうにしていられないもん」
 フェイトが自分は強くないと言う事になのは首を横に振る。
 もし、なのはがフェイトと同じようになったらそうはいられない。
「私はユーノ君と離れてはいるけど、会おうと思えば会いに行ける。でも、フェイトちゃんはそう思っても会いに行けない」
「……なのは」
「悠翔君のいるところには会おうと思っても行けない場所だから……」
 なのはの場合はユーノが管理局に属しているため、自分から赴けば会えない事はない。
 だが、フェイトの場合は悠翔が香港にいるために行く事が出来ない。
 海鳴では魔導師が多く住んでいるために転送などの事も考慮されているが、香港の場合はそうではない。
 彼の地では香港国際警防隊と言う強大な組織が存在している。
 そのために一切たりともそのような余地はなく、魔導師の事が知れればどのような事態になるか解らない。
 転送と言う手段で香港に出向くと言う事はその時点で危険地帯に足を踏み入れるのと同義であるとも言える。
 ましてや、魔導殺し事件は警防隊の方に全て情報が伝わっている。
 悠翔や夏織と言った関わりの深い人物が事件の顛末を提出しているからだ。
 一応、伏せている情報もあるが、警防隊の側は過去に起こった事件と照らし合わせて管理局と言う存在が敵であると言う事を明確に認識している。
 今までは身内であると言う事で黙ってくれていた美沙斗も悠翔が直接絡んだ事によりもう、黙認は出来ないと言う判断をしている。
 事件そのものは解決したためにこれ以上の追及は行わないが、万が一にでも事がおきればどうなるかの保証はしない――――それが警防隊側の結論であった。
 香港国際警防隊のように世界でも屈指の力と影響力も持ち合わせた組織がそのような判断を下したとなれば他国の組織も友好的に見る事はない。
 そのために海鳴以外では迂闊な事は出来はしないと言える。
 管理局の側も基本的に不干渉であると言う結論に至っているらしく海鳴やイギリスと言った特殊な事情のある場所以外には足を踏み入れる許可すら出していない。
 短期間の間に複数のロストロギア絡みの事件があったこの世界ではあるが完全に関係の構築に失敗してしまったと言える。
 それ故にフェイトはなのはやはやてのように特殊な手段を用いて相手に会いに行くと言う事が出来ないのだった。
「……うん、そうだね。でも、私が悠翔を好きになったのはそう言った事も覚悟しての事だから」
 だけど、フェイトはそれでも良いと思っている。
 自分から悠翔の関わったこの事件に首を突っ込んだのだから。
 離れたら簡単に会えなくなる事も全て覚悟していた。
 それでも、悠翔はフェイトと共にいるために努力すると約束してくれた。
 だから、フェイトは今の状況でも我慢出来る。
 それが寂しさを覚えるような事であっても。
「……やっぱり、凄いよ。フェイトちゃんは」
 本当にフェイトは凄いとなのはは思う。
 悠翔との間にどんな約束があったのかは解らないが……こうして、会いに行く事も出来ない状況ではっきりと言い切ってしまう。
 フェイトは本当に覚悟を済ませている事を実感する。
 もしかしたら、魔導殺しの事件に介入したその時からフェイトはこうなる事を解っていたのかもしれない。
 そうでなければ、ここまで肝の据わったような状態では決していられない。
 フェイトの様子が解りにくかったのもそう言った側面があるからだと思う。
 なのはは改めて、フェイトと悠翔の間に固く結ばれた想いがあるのだと言う事を実感した。
















「あ、ごめんね。そろそろ、管理局の方に行かなきゃ」
 2人が会話を始めてから暫くの後、思った以上に時間が過ぎてしまっていたらしく、なのはが慌てた様子になる。
 そう言えばなのはは後で管理局の方に行かないといけないと言っていた気がする。
「……うん、解ったよ。なのは、気をつけて」
「ありがとう、フェイトちゃん。行ってくるね」
「いってらっしゃい、なのは」
 ばたばたと慌しく出ていくなのは。
 玄関まで見送ってその後ろ姿を見つめる。
 恐らくは屋上にまで行ってから転送して貰うのだろう。
 フェイトの部屋の中からでも転送は出来なくもないかもしれないが……そう言った広くない場所では巻き込む恐れがある。
 そう言った事情から転送などは基本的に開けた場所で行っているのである。
「ふう……」
 なのはが仕事と言う事で出て行った後、フェイトはぼんやりと物想いにふける。
 こうして、自分が見送る側の立場になってから半月ほどが経過している。
 少し前までなのはやはやて達と一緒に転送して貰っていたが、もう今ではそのような事はない。
 アリサやすずかと同じ立場になったのだから。
 フェイトを取り巻く環境も大きく変わっていると言っても良いかもしれない。
 唯一、変わっていない事とすれば今でも訓練を欠かしていないと言う事くらいか。
 寧ろ、訓練に関しては今まで以上に熱が入っていると言っても良い。
 これは悠翔の影響であるとフェイトは思う。
(悠翔と一緒にいるには私自身が強くないといけないから)
 だけど、悠翔の傍にいるためには自分自身が強くなければならない。
 フェイトはそれを深く理解しているから自分を高めるだけは止めない。
 それが、例え魔導師としての自分ではなくなっても。
(……悠翔だって今も香港の地で自分を高めていると思うから――――私も歩みを止めない)
 だから、フェイトもそんな悠翔に恥じないように。
 悠翔の傍にいても決して恥ずかしくないように。
 もっと自分を磨いていく――――。
















 そう――――
















 強い心を以って――――。





























 From FIN  2010/4/25



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