「はあっ! せいっ!」
 訓練場にて1人の少年が小太刀を振るっている。
 一太刀、一太刀ごとに型を確かめつつ常人では考えられないような速度で小太刀二刀を振るう。
 基礎を大事にとは少年に剣術を教えてくれた人達の言葉だ。
 それを念願におきながら少年は小太刀二刀を黙々と振るい続ける。





 この少年の名前は不破悠翔――――。





 約、半月ほど前に海鳴でおきたある事件の当事者であり、犯人であった――――。























魔法少女リリカルなのは
Sweet Lovers Forever〜After Days〜
















「ふう……」
 小太刀を振るうことに一区切りを付け、悠翔は大きく息を吐く。
 訓練場に籠って約、数時間――――。
 1000回に及ぶ小太刀の素振りは漸く、終了する。
 香港に戻ってくる以前からも基本の素振りは幾度となく繰り返してきたが、利き腕である左腕の治療が終わってからは更にそれに拍車をかけている。
 以前と違って利き腕の自由がきくと言うのは大きく、剣士として更なる高みを目指せると言う一つの指針を決める事にもなった。
 そうなってからの悠翔の剣術の訓練は目覚ましく、めきめきと今までは遣えていなかった左腕の感覚を取り戻していったのだった。
「精がでるね、悠翔」
 素振りが終わって一呼吸吐いた悠翔の後ろから女性が声をかける。
 この女性は悠翔が素振りをしていたのを途中からずっと見ていたらしい。
 それも悠翔に対しては全くの気配も感じさせずに。
「……美沙斗さん」
 悠翔が現れた女性の名前を呼ぶ。





 御神美沙斗――――。





 これが悠翔の呼んだ女性の名前だった。
 美沙斗は高町士郎の妹にして、不破一臣の姉と言う立場であり、一臣の息子である悠翔からしてみれば伯母にあたる。
 御神不破流を極めた剣士にして、御神正統も極めた剣士である美沙斗は不破夏織と共に悠翔の保護者の1人として悠翔を鍛え上げた人物。
 その実力は群を抜いており、悠翔では全く歯が立たないほどである。
 突きを極め、神速を極めた御神の剣士である美沙斗は悠翔の目標の1人であり、師匠でもあった。





「左腕の調子は良好そうだね?」
 美沙斗は素振りの様子を見て、悠翔の左腕の調子が良好であると言う事を感じる。
 悠翔が海鳴に行く前はここまでの数の素振りなんて到底、こなす事は出来ていなかった。
 寧ろ、訓練中にも左腕の遣い過ぎの痛みで蹲っている事もあったほどだ。
 そんな状態の悠翔を知っている美沙斗からすれば良好かどうかなんて一目瞭然だった。
「はい、御蔭さまで。本当に……美沙斗さんと夏織さんには感謝しています。俺を海鳴に行かせてくれて」
「……それなら、夏織義姉さんに悠翔を連れて行ってあげてくれって頼んだ甲斐があったと言うものだよ」
 海鳴から帰って来た悠翔が大きなものを収穫してきた様子を見て、美沙斗は嬉しそうに頷く。
 あの地に行けば何か悠翔のためになると思って送り出していた美沙斗だったが――――これは本当に予想以上だった。
 海鳴の地で何があったのかは全て聞かせて貰っている。
 多くの人達と知り合った事も、魔法と出会ったと言う事も。
 恭也と士郎に鍛えて貰った事も、美由希と立ち合ったと言う事も。
 そして、あの地で大切な女の子と出会えたと言う事も。
 海鳴の地での出会いは悠翔にとても大きな影響を与えてくれたんだと思う。
 それに、一臣が関わっていたと言う事件――――これを解決したと言うのも大きい。
 悠翔には荷が重いと考えていた美沙斗はこの事件の顛末を教えていなかったが……思わぬ出会いから悠翔は事件に関わってしまった。
 だが、美沙斗の杞憂とは裏腹に悠翔はこの事件を良い形であるとは言えないけれど見事に解決して見せた。
 これだけでも悠翔が大きく成長していると言う事が明らかになっている。
 美沙斗は海鳴の地に行った事で悠翔が大きく成長した事を嬉しく思う。
 一月も満たないほどの期間でしかなかったはずの海鳴での滞在期間だが――――悠翔にはそれ以上のものを齎してくれた。
 それが美沙斗にとって尤も嬉しい事であり、甥の確かな成長を実感した美沙斗は思わず微笑むのだった。
















「さて、悠翔。身体の調子も良いようだし……私と立ち合ってみようか。海鳴に行ってから悠翔がどのくらい成長したのか……見てみたい」
 悠翔と簡単な会話を交わした後、美沙斗は自らの得物である小太刀を取り出す。
 海鳴に行った事で悠翔が成長している事を感じた美沙斗は一度、剣を合わせてみようと思ったのである。
 勿論、悠翔の左腕が治ったと言う事で何処まで戦えるようになったかを確かめる意味合いもあるが。
「……解りました」
 悠翔の方も美沙斗と立ち合うのは剣を極める上で大きな収穫になる。
 特に海鳴で立ち合った美由希と同じく、神速を極めた剣士である美沙斗と戦うのは自分の速さを上回る相手とどう立ち合うべきかも考えられる。
 それなりに多くの経験を積んで来たつもりの悠翔ではあるが、まだまだ他の御神の剣士に比べれば遠く及ばない。
 だからこそ、美沙斗と立ち合う事でその経験を少しでも増やそうと考えたのである。
「それじゃあ……遣ろうか」
 悠翔が応じた事を確認した美沙斗は自分の得物である小太刀を抜く。
「はい」
 それに対して、悠翔も自らの得物である飛鳳を抜く。
 小太刀と言う物に関してならば大業物である飛鳳を得物としている悠翔の方が有利に見える。
 だが、それは長時間に渡って打ち合う場合に過ぎず、短時間となる打ち合いでは極端な差が出る事は余り考えられらない。
 そもそも、悠翔と美沙斗の実力差でみれば悠翔の方が圧倒的に不利なのだ。
 得物において勝っているとは言ってもそれは何にも影響はしない。
 御神美沙斗と言う人物はそれほどまでに悠翔の実力を大きく凌駕していた。
 悠翔が飛鳳を抜き、構えたのを合図として2人の立ち合いが始まる――――。





「……!」
 まず、先に動き始めたのは悠翔。
 美沙斗と立ち合う上で一瞬でも躊躇ってしまえば何もせずに負けてしまう。
 それは恭也や士郎が相手でも変わらないが……美由希や美沙斗のような速さにおいて傑出した剣士を相手にする時は尚更だ。
 速度などで劣る以上、抜刀術である虎切などで後の先を狙うのも手段ではあるが……生憎と悠翔はまだ、虎切をそこまで使いこなせない。
 抜刀術と言う剣速の速い技が遣えない以上、悠翔に後の先を狙う術は存在しなかった。
 それ故に悠翔は先の先を取ったのである。
 だが、悠翔の動きは美沙斗には始めから見抜かれていたらしく、小太刀で軽く払われてしまう。
 美沙斗は悠翔の飛鳳を打ち払ったまま、次の動作へとうつる。
 その動きは美沙斗が最も得意とする突きの構え――――。
(美沙斗さんがそうくるなら――――!)
 美沙斗の動きが射抜の可能性が高いと判断した悠翔は咄嗟に零距離にまで踏み込む。
 突き技は原則的に零距離にまで踏み込んでしまえばその力を発揮する事は難しい。
 美由希と戦った時は全く試す事が出来なかったが……相手が美沙斗ならば美由希よりも立ち合い数が多いためにある程度の動きの予測は出来る。
 最も得意とする射抜きさえ封じてしまえば多少は戦いやすくなる――――悠翔はそう判断した。
「ん……良い判断だね。だけど――――!」
 だが、悠翔の判断は美沙斗には予測されていた。
 悠翔が射抜を遣わせないために間合いを一気に詰めてきた事を察知していた美沙斗は二刀目の小太刀を抜き放ち、構えを変える。
 射抜が御神流の中でも最も長射程の奥義であるならば、美沙斗が遣おうとしているのは接近戦で最も力を発揮する奥義――――。










 ――――小太刀二刀御神流、奥義之弐・虎乱










 虎乱は二刀の小太刀で放つ連続の斬撃。
 間合いとしては接近戦の距離しか届かないが――――その手数は御神流の奥義の中でも最多を誇る。
 美沙斗は悠翔が距離を詰めてくる事を見極めて放つ奥義を切り替えたのだった。
(ちっ……)
 自分の目論みが外れた事で悠翔は思わず舌打ちを鳴らす。
 美沙斗ほどの剣士が相手なら此方の考えている事などはお見通しだと思っていたが……。
 こうして見通されると悔しい気持ちもある。
 しかし、零距離からの虎乱でも悠翔にはまだ、それを避ける術があった。
(そう簡単に遣うわけにはいかない方法だが――――これしかない)
 このままでは虎乱を避ける事が出来ないと判断した悠翔は奥の手を遣う事を決断する。










 ――――小太刀二刀御神流、奥義之歩法・神速










 悠翔は美沙斗の虎乱の剣筋が自分を捉える寸前で神速の領域へと入る。
 だが、御神の剣士の中でも屈指の速さを誇る美沙斗相手では神速でも避けられない。
 悠翔は神速の領域から更に神速の領域へと入る。
 神速の二段がけ――――謂わば二重神速とも言うべき切り札にして恭也から教わった最終手段。
 美沙斗の虎乱を避けるにはこれ以外の方法はない。
 寧ろ、悠翔の力量では美沙斗の奥義の殆どが二重神速でなければ避ける事が出来ないだろう。
 しかし、悠翔がこの方法を遣えるのは精々1回程度。
 恭也ですら多用は出来ない、この方法は正に切り札であると言っても良かった。
 二重神速によって美沙斗の虎乱を回避した悠翔は逆に後の手を仕掛ける。
(美沙斗さんを相手に刃を届かせるならこれしかない――――)
 悠翔が飛鳳を納刀する――――。










 ――――小太刀二刀御神流、奥義之陸・薙旋










 二重神速の状態から悠翔は薙旋を放つ。
 高速の四連続の斬り――――悠翔が遣える最大手数の奥義。
 これが決まらなければ悠翔に勝機はない。
 美沙斗に抜刀した右手からの剣が迫る。
 一刀目――――。
 悠翔に当たるはずだった美沙斗の小太刀が弾かれる。
 更に左手の剣で二撃。
 二刀目、三刀目――――。
 押しのけるようにして美沙斗の小太刀を叩いて、弾く。
 そこから悠翔の身体が竜巻のように回転し――――四撃目を放とうとする。
 だが、美沙斗は崩されたはずの体勢を無理矢理に戻し、更なる動きを見せる。
 悠翔の二重神速がそんなに長くは持たないと言う事を察知した美沙斗は後の手として神速の領域に入ってきたのである。
 美沙斗の神速は美由希のものと同じく、恭也や士郎を凌ぎ、悠翔のものよりも速い。
 継続時間も長く、連続で遣う事が出来るのだ。
 二重神速からの薙旋に対し、美沙斗も神速を遣って奥義を放つ。










 ――――小太刀二刀御神流、正統奥義・鳴神










 美沙斗が誇る最大最強の奥義にして、今は亡き夫である御神静馬から伝授された御神正統の奥義。
 奥義を極め、神速を極め、御神の剣士としての高みにまで至ったものだけが遣えると言われる最大の奥義。
 二重神速と言う思わぬ切り札を遣ってきた悠翔に対し、美沙斗も最大の一手で勝負をかける。
 この奥義は美由希が既に一度遣っていると聞いているが、悠翔にはまだ鳴神を防ぐ手段はない。
 複数の剣閃が悠翔に向けて閃いたかと思うと――――悠翔がゆっくりと膝をつく。
 二重神速からの薙旋に対し――――正統奥義である鳴神による一撃。
 それも技量が違うもの同士での戦いとなれば結果は一目瞭然となる。
 今回の立ち合いは美沙斗の鳴神によって決着がついたのだった――――。
















「良い……一撃だったよ。まさか、悠翔まで神速の二段がけを遣うとは思わなかった」
 立ち合いが終わり、一息つきながら美沙斗はゆっくりと小太刀を納刀する。
 悠翔が海鳴で剣士としても一皮剥けてきたと言うのは解っていたが、恭也と同じ手段まで習得してきているとは思わなかった。
 神速の二段がけは負担が大きく、多用も出来ない。
 基本的には神速を多用する事の出来る御神の剣士である美沙斗は遣わない方法だった。
 神速の二段がけと言う切り札は神速を多用する事が出来ない恭也ならではのものと思っていたのだが、悠翔も同じ方向に神速を見出したらしい。
 それはそれで成長したとはっきりと解るので美沙斗としては満足出来る成果だと思う。
「……でも、ここまで遣っても美沙斗さんには届きませんでした。俺にはあれ以上の手段はないのに」
「だけど、悠翔はまだまだ成長途上だから何時かは届くようになるよ」
「美沙斗さん……」
「だから、悠翔はゆっくりと進めば良い。焦る事はないと思う」
 悠翔はもっと早く強くなりたいと思っているみたいだが今は焦る時ではない。
 そもそも、悠翔はまだ13歳と言う若さであり、心も身体もまだまだ発展途上だ。
 急ぐ必要だなんて全くない。
 だが、悠翔が強くなりたいと尚更、思うようになったのは海鳴で大切な人が出来たからだと思う。
 大切なものを見つけた――――それは何事も変え難い事だ。
「フェイトちゃんのためにも、ね」
「……はい!」
 美沙斗が思う以上に悠翔は大きなものを手に入れている――――。
 だからこそ、美沙斗は悠翔の事を後押しする。
 悠翔の育ての親として、悠翔の伯母として――――。
 新たなるステップへと進み始めた悠翔の姿に美沙斗は微笑むのだった。
















(美沙斗さん、有り難うございます)
 フェイトとの事を美沙斗から後押しされて悠翔は心の中でそっと感謝する。
 それに焦らないで良いと自分の事を抑制してくれた事も含めて。
 思えば、香港に戻ってきてから半月近くが経過したがずっと焦っていたような気がする。
 フェイトと一緒にいられるようになるには自分がもっと強くなって一人立ちするしかない――――そう思っていた。
 だが、早く強くなろうと思えば思うほど身体はそれについてはこない。
 美沙斗の言う通り、ゆっくりと歩みを進めていくべきだ。
 焦って力を身に付けたとしてもそれはまた、大きな爆弾を抱える事になる。
 大切な人を守るための力がそれでは何も意味を成さない。
(フェイト――――どのくらい待たせるかは解らないが……俺は必ず、君の下に行く)
 悠翔は新たにその決意を固める――――。
 自分が彼女の下に戻るためにはどれだけ時間がかかるかは解らないが――――。
 大切な女の子のためなら必ず、それを成し遂げて見せる。
















(だから、待っていてくれ―――――――)





























 From FIN  2010/4/10



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