――――1934年9月27日
この日は私の持つ艤装の大元となった初春型4番艦、初霜の竣工日。
恐れ多くも私が第二次改装を資格を得た日から数日後の起工日に引き続いて皆さんから私は御祝いの言葉を頂いています。
中でも新たに艤装が完成し、最近になって別鎮守府に着任した速吸さんはマリアナ沖海戦の時に共に戦った仲。
艤装の持つ記憶と魂から正式に艦娘になる以前より仲良くさせて頂いていましたが……。
違う所属の鎮守府であるとはいえ、こうして一緒に働ける事は本当に嬉しい事です。
他にも秋月さんの妹である照月さん。
以前の演習で戦った夕立さんの妹である海風さん、江風さん。
そして、水上機母艦の瑞穂さんと海外から来たリベッチオさん。
沢山の方々が新たに着任したと言う話も聞いています。
私の居る鎮守府には一人も着任する事はありませんでしたが……それも仕方がない事です。
小さな鎮守府であるこの場所は余程の事が無い限り、艦娘が着任する資格を得られないのですから。
忙しかった夏も終わって季節は秋――――。
静かに過ごしたいシーズンと言う事もあり、私は霞ちゃん、雪風ちゃんとのんびりと過ごしているのでした……。
「竣工日おめでとう、初霜」
「おめでとうございます、初霜ちゃん!」
「有り難う、霞ちゃん。雪風ちゃん」
「これ、私と雪風で作ったケーキよ。口に合うと良いんだけど」
「わぁ……有り難うございます! とても美味しそう……早速、頂きますね……!」
本日のおやつの時間は私と雪風ちゃんの部屋でささやかに竣工日の御祝い。
朝霜さんや他の皆は大和さん達と一緒に夜のパーティーに備えて準備をしているとの事で私と良く一緒に行動している霞ちゃんが一緒に居てくれています。
坊ノ岬を共にした皆さんだけじゃくて、鎮守府全体で御祝いしてくれるとの事みたいですが……。
それはそれで少し悪いような気もします。
唯、提督曰く「娯楽も少ないから問題ない」との事。
他の鎮守府は所属している艦娘も多く、色々なイベントや行事を楽しんだりしているそうですが、この鎮守府にそういった事は基本的に無くて。
艦娘達の自主性を重んじると言えば聞こえも良いのですが、実際は所属する艦娘が余りにも少ないからと言うのが理由みたいです。
割と最近に着任したのも海外のヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の艦娘であるイタリアさんくらいのもので漸く高速戦艦の艤装を持つのが2人になった程。
これで何とか他の鎮守府とも戦艦に関しては肩を並べられるようになったのですが、根本的な部分が解決した訳ではありません。
駆逐艦も軽巡洋艦も正規空母も圧倒的に少ないこの鎮守府は大々的な活動や催しが出来ないのです。
そのため、定期的に着任している艦娘と縁の深い日にパーティーを行うくらいに止めています。
だけど……私はそれで充分。
小さな鎮守府だからこそ、存在する縁もあれば何時も一緒に居られる囁かな時間もあるのですから。
「初霜は雪風よりもほんの少しだけ甘さ控えめが好みだったわよね? 一応、好みに近い感じに出来てるとは思うわ」
「霞ちゃんはケーキ作りも凄いんですよ! 雪風も色々と教わっちゃいました!」
手作りのケーキに興奮した様子で作った時の様子を語ってくれる雪風ちゃん。
霞ちゃんの料理の腕前は私よりもずっと上で坊ノ岬を共にした8人の中でも上から数えた方が早いほど。
前に食べさせて貰った特製カレーの味も抜群で今ではすっかり定期的に御相伴に預からせて貰っています。
「……褒めても何も出ないわよ」
雪風ちゃんが余りにも褒めるものだから照れ臭そうな表情でそっぽを向いてしまう霞ちゃん。
元から自分に厳しい娘だけれど、こういった時でもそれが変わらないのが寧ろ逆に可愛くて。
少しだけ笑みが漏れてしまいます。
霞ちゃんは厳しいけど本当に優しい娘なんですから……!
「秋はやっぱり静かに過ごしたいわね……」
「そうですね、私達の場合はどうしても寂しい記憶が多くなりますから」
霞ちゃんと雪風ちゃんの作ってくれたケーキを食べ終えて一休みする私達。
頂いたケーキは私好みの甘さで味も分量も申し分なくて、何より霞ちゃんと雪風ちゃんの思いが込められていて美味しかったです。
9月ともなれば秋の季節で読書の秋、運動の秋、食欲の秋、と言う様に思い思いに過ごす季節。
私達の鎮守府は所属する艦娘の事もあってか活発に動いている娘達は少ないけれど……。
姉妹が比較的多く所属している陽炎型の皆さんは割と元気に秋を満喫していて。
雪風ちゃんも浜風さんや磯風さん、天津風さんと一緒に御祭りに出かける姿を良く見かけます。
「私はそうした記憶も一括りにして、秋を満喫したいです。折角、皆で居られるんですから……艤装の記憶も大事にした上で楽しみたい、そう思います」
「そう……やっぱり雪風ちゃんは凄いわね」
霞ちゃんと一緒に静かに過ごしたいと言う私に対し、雪風ちゃんは全く違う意見を言う。
秋の寂しい記憶も一括りにして、秋を満喫したい。
それは艤装の持つ記憶も大事にした上で今を楽しんでいきたいと言う事。
器の大きい雪風ちゃんらしい考え方で私もこれには吃驚しながらも頷きます。
確かに状態等の形こそ違いはあれど、最後まで残った初霜と雪風は悲しい思い出も楽しい思い出もそれだけ多く持っている。
雪風ちゃんはそれを心に刻み込んで……ぎゅっと抱き締めて――――『今』を楽しみたい。
そんな事を思っている。
「ええ、それは確かに素敵な事かもね。私も雪風を見習わないといけないかしら」
霞ちゃんも雪風ちゃんの姿勢には驚きながらも共感する。
私達は艦娘なんだから、艤装の持つ過去の記憶を乗り越えて自分のものとする事だって出来るのだから。
雪風ちゃんはそれを実践している。
霞ちゃんの言う通り、私も見習わなくてはいけないと思う。
「そうですね……。今日のこの日に心機一転して頑張っていくの良いかもしれません……!」
雪風ちゃんが初霜の竣工日である今日のこの日に自分の考えを伝えてくれた事はきっと何かの縁。
思いを馳せるだけじゃない。
全てを知った上で受け止めて、今を楽しんでいく事はとても大切な事。
今の私達が艦娘としてこうして居るのも少なからずそんな思いが背景にあるからこそのもので……雪風ちゃんの言葉は本当に的を射ていた。
初霜が艦として一歩を踏み出した竣工日のこの日にそれを改めて思い直す事はきっと新しい一歩になる――――。
何時も一緒に居てくれて、私の事も良く見てくれている雪風ちゃんには本当に救われてますね……。
私も思いを受け止めた上でもっと楽しんでいく事も考えないと――――!
「さて……そろそろ皆さんの所にいきましょうか。浜風達に言われていた時間までもう少しですし」
「ん、解ったわ。初霜、雪風、行きましょう」
「はい」
もう時間だと言う事で2人に促されて部屋を後にします。
部屋を出る前に忘れ物がないかを確認して……うん、大丈夫ですね。
特に問題が無い事を確認した私は霞ちゃんと雪風ちゃんの後について行く形で目的地である食堂へと向かいます。
小さな鎮守府であるとはいえ、艦娘が全員同時に食事をしてもスペースが余る食堂は見た目以上に広くて。
大扉が佇む出入り口にまで到着すると何処となく緊張してしまいます。
此処までの歩いていく時間はそんなには経過していないけれど……。
大々的に御祝いして貰うという事に慣れていない私には少しだけ重く感じます。
「ほら、しっかりとなさい! 雪風みたいに艤装の記憶を大事にした上で楽しんでいくんでしょう?」
「霞ちゃんの言う通りです。今日は初霜ちゃんの大切な日なんですから、そんな顔しないで下さい」
私の様子を見て後押ししてくれる霞ちゃんと雪風ちゃん。
そうですね……しんみりとする事もあるけれど、その記憶も大事にして楽しんでいく、と決めたばかりじゃないですか。
思いをそっと優しく抱き締めるだけじゃない。
それを大切に抱えて自分の意志で艦娘として在るように……と決めたんです。
2人の言う通り、何時までもこんな表情をしている訳にはいきません。
「霞ちゃん、雪風ちゃん……。うん、そうですね……!」
そう思ったら自分でも自然と頬が少しだけ緩んでいくのが解ります。
今の私はきっと笑顔で居られているのでしょう。
艤装からくる寂しい記憶も艦娘としての楽しい気持ちも全部、抱えて……。
初霜の大切な日である今日のこの日をしっかりと受け止めて、皆で一緒に笑いあって……。
そうして、少しずつ先に進んでいきたい……!
坊ノ岬を共にした霞ちゃん、雪風ちゃん、磯風さん、浜風さん、朝霜さん、矢矧さん、大和さんの皆と一緒に何時も笑顔で居られるように。
御祝いしてくれる鎮守府の皆さんの思いもしっかりと受け止めて。
私の歩み出す新たな一歩は初霜の竣工日であるこの日――――。
これからも皆さんには色々と御手数をかける事になるかもしれませんが……。
精一杯……最後まで気力、振り絞って、参ります――――!
竣工日に新たなる一歩を踏み出して。
9月27日――――初霜、霞、雪風
From FIN 2015/9/27
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