――――1945年7月30日
――――っ……!?
――――初霜ちゃん!?
私……駆逐艦雪風の目の前で駆逐艦初霜が機雷触雷――――。
宮津港に停泊していた私と初霜ちゃんは空襲に見舞われ、対空戦闘を行っていました。
狭い湾内での戦闘は困難を極め、私達ですら至近弾を避ける事は叶いません。
その最中で一度、陸岸で難を逃れようとした正にこの時でした。
――――うぅ……ま、まだ……!
今の触雷の衝撃で機関部に甚大な被害を受けた初霜ちゃんはボロボロになりながらもまだ踏み止まります。
ですが、ゆっくりと沈んでいく様子から誰が見ても初霜ちゃんの沈没は避けられません。
一瞬、私の中で『死神』と言われた自分の忌名の事が過ります。
初めて一緒に行動した輸送作戦以来から初霜ちゃんとはずっと一緒に頑張ってきた。
互いに激戦を生き残り、大和さん、矢矧さん、霞ちゃん、朝霜ちゃん、磯風、浜風が逝ってしまった坊ノ岬も乗り越えて……。
『華の二水戦』と呼ばれた栄光の水雷戦隊の最期も一緒に見届けた。
その後の短い時間ながら平穏だった宮津での生活はとても幸せな時間で初霜ちゃんとはこの戦いが終わるまでずっと一緒に居られるものだと思っていたんです。
だけど、その初霜ちゃんまでもが私と一緒だったせいで……!
――――雪風ちゃんの前で……絶対に沈むもんですか……! 貴方を『死神』だなんて私が絶対に呼ばせたりしない……!
沈んでしまう……と私が思ったのとは裏腹にまだ初霜ちゃんの眼は死んでいません。
寧ろ、あの坊ノ岬で私にも成し得なかった『奇跡』を起こした時を彷彿させるオーラのようなものを初霜ちゃんから感じます。
絶対に沈まない――――強い意思を秘めたその瞳で私を見る初霜ちゃんは確かにそう言っている。
――――私はこのまま、全速力で彼処に擱座します。
初霜ちゃんの選んだ選択肢は完全に沈んでしまうよりも早く強引に擱座させて沈没を避けると言う手段。
確かにこれなら沈むこと無く、生き延びる事は出来る。
例え、戦う事も動く事も出来ない状態になってしまうとは言えども。
私と共に作戦に参加した僚艦達や護衛の対象だった艦が次々と沈んでしまうジンクスを打ち破るにはこれしかない。
何があっても私の前では沈まない――――いや、もう誰も失わせない。
初霜ちゃんは多分、そう判断したのだと思う。
――――ごめんなさい……雪風ちゃん。最後まで一緒に何処までも歩んで行きたかったけど……私は此処で見守っているわ。
――――だけど……決して歩みを止めないで……! 此処で別れても、私の心と魂は何時までも雪風ちゃんと一緒よ……!
――――初霜ちゃん……!
こうして、日本三景として知られる天橋立からその全容を眺める事が出来る宮津湾で雪風の最後の僚艦であった初霜は艦としての激闘の生涯を閉じたのです。
坊ノ岬を共に戦った駆逐艦雪風と共に最後の第十七駆逐隊を編成していた初霜と雪風――――。
宮津湾での空襲が最後の戦いとなり、これが私達の別れの場所となったのでした。
この時、初霜ちゃんが口にした最後の言葉――――決して歩みを止めないで。
それが私と初霜ちゃんの交わしたずっと続いていく事になる大切な約束。
宮津湾で別れたその後も私はこの言葉と共にずっと在りました。
復員船となって散り散りとなってしまった初霜ちゃんが守りたかった皆を無事に本土にまで送り届けた私は中華民国こと、台湾へ。
彼の地で旗艦となった私は『丹陽』の名前を貰い、同じ境遇にあった最後の後輩である橘型駆逐艦、初梅こと『信陽』と一緒に後半生を過ごす事になります。
最終的に雪風は戻る事は出来なかったけれど……錨が無事に帰還していて、これは運命的なのかは解らないけれど国の礎となった初霜も同じく錨が残っていて。
私達は夏のあの日から遠い先の時代に至るまでずっと一緒だと言えるのかもしれません。
現に雪風と初霜の艤装に選ばれて艦娘となった私と初霜ちゃんは今もこうして、2人で一緒なのですから――――!
「雪風ちゃん……起きて下さい。もうすぐ乗り換えですよ?」
「むにゃ……初霜ちゃん……?」
夏のあの日の夢を見終えた……と思ったところで私は初霜ちゃんに起きるように、と促されます。
ああ……今日は2人きりであの場所に行く途中でしたね。
神戸方面での任務を片付けた後、暫くの間は非番と言う事で私達は折角、行ける場所まで来てるのだから足を運ぼうと言う事でこうして2人きりで移動しています。
本当は嘗ての戦争で一緒に終戦を見る事の出来なかった坊ノ岬を共にした皆も一緒に、と考えていたのですが……。
『彼処はアンタ達だけの大切な場所でしょ? 其処は私達が一緒に行くわけにはいかないわ。……2人きりで行ってらっしゃいな』
『そうですね、霞の言う通りです。雪風、彼の場所は初霜さんと一緒に行くべきです』
『私もそう思う。私達の中で坊ノ岬よりも後の事を知るのは雪風を除けば初霜だけだ』
『ま、霞の言う通りだな。正直、初霜と雪風の2人だけの思い出の場所にあたい達が踏み入るのは気が引けるよ』
『私達の事は気にせず、楽しんでくると良いわ。誘ってくれたのは嬉しいけれど、其処は初霜と雪風の場所……なんだから』
『皆の言う通りです。初霜ちゃん、雪風ちゃん……貴方達だけの艤装が持つ思い出なのですから……大切にして下さい』
霞ちゃんを含め坊ノ岬の皆からこう言われたら何も言えません。
夏のあの日の記憶を持つ艤装は私と初霜ちゃんだけの物。
坊ノ岬を共にした皆にはそれがありません。
初霜ちゃんが第十七駆逐隊に配属されたのも皆が居なくなった後の事ですし……。
同じ第十七駆逐隊の所属だった磯風も浜風も初霜ちゃんも交えてそう呼ぶ事については吃驚していました。
雪風とはずっと一緒に居たのに自分達の知らない第十七駆逐隊の事があったなんて。
だから、霞ちゃん達はこうした私達だけしか感じ取る事の出来ない記憶を大切なものとして取っておくように促してくれたのかも。
初霜ちゃんと私だけの持つ思い出は誰でも共有出来るものと言う訳ではありませんから――――。
「もう、福知山の駅です。此処から丹後の方に向かう鉄道に乗り換えますよ」
「……解りました」
先程までずっと艤装の記憶を見ていたから少し頭がぼんやりしています。
私達の艤装は出撃時以外の形態である私達の姿にそっくりな妖精さんの姿で一緒に居るので自然とその記憶が流れてきても可笑しくはありません。
艤装の妖精さんを連れてきていなければ艦とは一時的に切り離した状態になるのでそういった事も無いのですけど……。
今日、向かうあの場所には絶対に連れて行ってあげたかったんです。
長い時を経て、全く違う姿になってしまったけれど……雪風と初霜の別れた場所は妖精さん達にとっても大切な場所。
寧ろ、私達の方が艤装の妖精さん達の大切な場所に連れて行って貰っていると考えても良いのかもしれません。
艦娘になったとは言え、『私達自身』は普通の少女でしかありませんから……。
実際の当事者ともいえる艤装は姿こそ違っても、雪風と初霜そのもの。
嘗ての2隻の別れの場所に関して何も無い訳がありません。
艦娘である私達でも解らないものが其処にあっても可笑しくは無いんです。
そんな事をぼんやりと思いつつ、初霜ちゃんに揺すり起こして貰って私は漸く、意識が少しずつ覚醒していくのでした――――。
「ふわぁ……何だか可愛らしい電車ですね」
「そうですね……。ソファ席にカウンター席に……少し趣が普通の電車とは違う気がします」
福知山の駅から京都丹後鉄道に乗り換えての雪風ちゃんの第一声。
電車の内装が可愛らしいと言うのは私も同意です。
何と言えば良いでしょうか……唯、座席に座るだけじゃなくて。
外の風景を御家族の方や友達と堪能する事が出来るように配慮されていると言う感じでしょうか。
それに雪風ちゃんが可愛らしいと言うのも解る気がします。
車両は一両編成で内装は細かい配慮が行き届いていて、のんびりと寛ぐ事が出来るようになっています。
中にある冊子を読んでみたところ私と雪風ちゃんが乗って行くのは青い車両の『あおまつ』と言うみたいです。
福知山駅から天橋立駅までの区間を走るのが今回の車両。
私達は宮津湾に行こうとしているので、途中の宮津駅で降りる事になりますかね。
「こんな電車に乗るのは雪風、初めてです!」
「私も初めてです。道中は50分くらいになるかとは思いますけど……楽しみましょう?」
「はいっ!」
行程は余り長い時間ではありませんが……山の中を走って行くと言う事でどんな景色が見れるのか楽しみです……!
「凄いですね……! 山の自然が綺麗に広がっていて絶景です……!」
定刻になって電車が発車してから暫く後。
雪風ちゃんは窓の外に広がる景色に興奮しています。
高い山に囲まれた中を突っ切っていくように流れる光景には私も圧倒される。
見渡す限りの美しい山の自然。
電車の走る橋の下を覗き見ると川も流れています。
のんびりと過ごせる車内から自然の音を思い浮かべつつ、眺める景色は確かに絶景です……!
「遠くに見えるのは有名な大江山でしょうか……?」
「そうみたいですね……! って……!? 何をしてるんですか!?」
遠くの方に見える京都でも有名な大江山の姿を認めて私がそれを眺めていると……。
突然、雪風ちゃんが妖精さん達の様子に驚きます。
艤装の妖精さん達も私達と一緒に窓から見える景色を眺めていたはずだったのですが……。
何時の間にか、正座して外を眺めている初霜の妖精さんの後ろ髪に雪風の妖精さんが顔を潜り込ませています。
初霜の妖精さんは何も気にしていないのか、のんびりと景色を眺めたままなのですが……こころなしか満足そうな様子の雪風の妖精さん。
雪風ちゃんが吃驚するのも当然です。
「こらっ!ダメっ! ですよ。初霜ちゃんの妖精さんは純粋に景色を楽しんでいるんですから……!」
流石に自分の艤装の妖精さんの不可解な行動を見かねたのか雪風ちゃんは妖精さんを叱ります。
でも、私の艤装の妖精さんはのほほんとした様子でのんびりとしています。
もしかして、艤装を解除して妖精さんの姿になっている時は何時もこうなのでしょうか……?
初霜も雪風も何も語ってはくれませんが、妖精さんの様子を見ているとそうなのでしょう。
自分の艤装の事なのに初めて、可愛い側面がある事を知りました。
普段から何時も一緒なのに目にする機会が中々無い意外な事ってあるものです。
旅と言うものは何処かで新しい何かを見つけられる、と聞きますが本当にその通りですね……!
「ふ〜っ……着きましたね! 海に近くてとってものどかです!」
「そうですね。艤装からの記憶で見た景色とは違うけど……面影は残っている気がします」
50分に渡る丹後鉄道での旅を終えて、宮津に到着した私と初霜ちゃん。
道中は私も初霜ちゃんも妖精さんものんびりと景色を楽しんで。
折角の記念と言う事で車内で販売されているお土産のキーホルダーやポストカードも購入してしまいました。
でも……後で別のお土産も買うつもりだったので少し余分だったかも?
「海の町……少しばかりですが、のんびりとした思い出……宮津の雰囲気はこうして海が静かになってもそのまま、ですね」
「ええ、雪風ちゃんの言う通り……此処は流れてくる記憶の場所ときっと同じです」
海に面した町ならではの空気を感じつつ、私達はこの場所を懐かしみます。
艤装の記憶にある初霜と雪風の過ごした最後の穏やかな時間がこの地にあるんです。
艦娘は巫女のようなものですし、私達は艤装との同調率が全ての艦でも最も高く、多くの記憶覗いたり魂を卸したり出来ます。
そのためか、人としての私達が此処を知らなくても自然と懐かしい想いが艤装から流れてくるんです。
初霜ちゃんが記憶の場所と一緒、と言っているのはそういう事であって。
今の私達の鎮守府の中でも同じ想い出を持っているのは私達だけです。
「そう言えば……あの場所には今は浄化センターが建っているんでしたっけ?」
「地図や写真で見た限りはそうみたいですね。目印になるのでちょうど良いかと思います」
これから私達が向かうのは駆逐艦初霜が擱座した地点である獅子崎。
今はその海岸も埋め立てられていますが、擱座地点自体には足を踏み入れられるとの事。
海岸だけじゃ目印も無いので見つけるのは難しいと言う懸念もありましたが、幸いにして目立つ建物があるので其処まで行く事に。
「流石に外に出ると暑そうですね……。これを被っていきますかね」
方針が定まって今後の目標を決めた私達。
ですが、今日は雲の少ない晴れの日で。
日差しも眩しくて外の気温も凄い事になっていそうです。
初霜ちゃんはこんな事も想定していたのか持ってきていた鞄から帽子を取り出して被ります。
大人しい雰囲気にリボンが巻かれたデザインの帽子はとっても初霜ちゃんらしくて似合っています。
「あ……雪風も準備してくるんでした……」
「大丈夫ですよ。雪風ちゃんの準備もしてありますから」
「有り難うございます!」
そう言えば準備するのを忘れていた事を思い出す私。
ですが、初霜ちゃんはそんな事も御見通しで私の分の帽子も準備してくれていました。
デザインは御揃いで唯一の違いは巻かれているリボンの色だけ。
2人きりでと言う事で初霜ちゃんは初めからこれも考えていたのでしょうか?
初霜ちゃんの様子を伺ってみると答えが返ってくるかわりに柔らかく微笑んでいます。
全く……初霜ちゃんには本当に敵いませんね……!
「此処まで送ってくれて有り難うございました!」
道のりが暑い日に徒歩で行くのは大変と判断した私達はタクシーを使って現地に移動する事にしました。
一応、バスもあるのですが本数も少ないので時間が合わず、このまま待っているのも流石に厳しいと言う事で結局はそういう判断に。
普段は艤装に護られている事もあって暑さも寒さも全然、平気なのですが……一人の女の子として居る今はそうもいきません。
駆逐艦初霜の擱座地点までは車でも10分近くの時間が要求される……。
無理は禁物と判断した私は雪風ちゃんに移動手段を提案したのでした。
「でも、本当に大丈夫ですか? 暫くの間、私達が此処に居る間も待っていて下さるなんて……」
こうして、送って頂いたのですが、一番驚いたのがタクシーの運転手の方が私達が擱座地点で過ごす間も待っていて下さると言ってくれた事。
浄化センターと離れたところにある民家を除けば周囲には何もない獅子崎は車の通りも少なくて。
移動手段に乏しいと考えて下さったのでしょう。
私達自身は妖精さんに御願いして艤装を展開させれば問題はありませんが、平和なこの海でそれは流石に避けた方が良いと思い御願いする事にしました。
深海棲艦の居ない海はとても静か。
私達はこの海が何時もこうして居られるような世界を目指して戦っていますが……。
目の前に広がる海は本当に目指している光景なのだと思えるほどで。
日差しの強い夏の日と相余って反射する海がとても綺麗。
「雪風ちゃん。すぐ傍まで行きましょう?」
「はいっ!」
それに惹かれるかのように私と雪風ちゃんは埋め立てられた海岸へと歩いて行きます。
何処か胸の奥底が熱く感じる……初霜の妖精さんも私を見つめながら頷く。
確かにこの場所が嘗ての駆逐艦初霜の最期の地――――流れてくる記憶と魂が確かにそう言っています。
雪風ちゃんも同じ事を感じているのか私の顔を見て優しく微笑みます。
懐かしいような何処か悲しいような気持ち。
ああ――――初霜と雪風は確かに此処で別れを迎えたのですね……!
「静かですね。雪風ちゃん」
「はい、本当に静かです……このままずっと海風を感じていたいくらいです」
2人で埋め立てられた海岸線に降り立って腰を下ろして。
初霜ちゃんが私の背中に身体を預ける形で暫くの間、風を感じながら静かに海を眺めます。
「此処は何も無い所ですけど……確かに初霜の想いがあって雪風の想いがあって……眠りに就いた方々の想いを感じます」
「そうですね……艦娘である私達が此処に居て、こうして艦だった頃の想いを汲み取る――――とても大切な事」
「私と雪風ちゃんだけが記憶を見る事が出来るのも嘗ての縁があるからですね……」
時折、見える漁船が漁をしている光景を見ながら……初霜ちゃんと一緒に語り合います。
艦の記憶を想いながら、嘗てあった出来事を想い浮かべながら――――私達は静かな海を眺め続けます。
坊ノ岬で皆を失って、数日後には天津風も還らぬ艦になって、初霜と同じくひとりぼっちの陽炎型になってしまった雪風。
先に初春型の姉妹艦を全て失っていた初霜とはこういった部分についても共有していて。
揃って『奇跡の艦』と謳われたのも偶然で片付くものでは無いとの評価を頂いています。
艦長を務めた方の『担と魂と勘と自信』の号令が死活権を握り、乗組員の絶対の信頼が武運ある艦として在らしめた――――。
それが雪風と雪風の受けた評価であり、それを体現しているのが私と初霜ちゃんの艤装。
奇跡は起きるものでは無く、起こすものである事を証明してみせたのが雪風と初霜なんです。
私達の艤装を司るものである雪風の妖精さんも祈りを捧げるように黙祷し、初霜の妖精さんも同じようにしています。
「初霜ちゃん。そろそろ行きましょう?」
「ええ、そうですね。雪風ちゃん」
御互いの名前を呼んで私達はゆっくりと立ち上がります。
まだ此処で2人きりで嘗ての想いに浸りたいけれど……そうもいきません。
ずっと居続けたら何処か吸い込まれてしまうような気がしてしまいます。
私と初霜ちゃんは何方ともなく目を閉じて耳を傾けて。
嘗て宮津で亡くなられた15名の戦没者の方々。
負傷しながらも懸命に指揮を執り、艦を沈めさせずに多くの乗組員の命を救った初霜の酒匂艦長。
初霜を救うべく糧食と水を届けるために内火艇に乗って向かうと言う勇気ある行動に出た雪風の4人の乗組員の方々。
他にも沢山の方々が宮津の空襲で奮戦されました。
私と初霜ちゃんは当事者では無いですけど……艤装の記憶と魂を身体に降ろす事でこの事を全て見てきました。
宮津湾の記憶――――。
決して忘れてはいけない大切な思い出と苦難。
それを乗り越えた先にあるのが今の静かな海と私達の見ている光景です。
嘗ての皆さんが守った今に在る者としてこの事はしっかりと抱きとめなくてはいけません。
私達は静かにこの地で英霊となった方々に祈りを捧げ、遠い昔の時代の雪風と初霜に思いを馳せるのでした――――。
初霜の擱座地点でお祈りを捧げ終えて、その場を後にした私達は天橋立へ。
折角なので、日本三景とも呼ばれる景色を残り少ない時間を目一杯使って楽しもうと言うつもりで向かいました。
タクシーの運転手の方は天橋立の近場の駅まで送ってくれて本当に御世話になりっぱなしです。
雪風ちゃんと一緒に御礼を伝えて別れた後は坊ノ岬の皆へのお土産をと言う事で御店の中に。
天橋立の近くと言う事でそれにちなんだお土産が沢山で目移りしてしまいますが――――。
「これにしましょう!」
「うん、そうですね……!」
私達は揃って一つのお土産を見てこれしかない、と頷きます。
四葉のクローバーのストラップ――――。
私達から皆に幸運をと言う事で私達からのお土産としてこれほど相応しいものはありません。
今はまだ未着任の涼月さんと冬月さんも含めて御揃いで持とう、と思った私と雪風ちゃんは人数分のクローバーのストラップを購入します。
10人全員に幸運と愛情を……そんな想いを込めて。
幸運の御裾分けを私達以外の皆にも。
ちょっと大袈裟かもしれませんが……私と雪風ちゃんらしいお土産だと思います。
この後、私達は宮津湾の全容を眺める事が出来る展望台へ。
此処はスロープカーと呼ばれるモノレールかリフトで登れるのですが、2人一緒にのんびりと言う事でモノレールを選択します。
ゆっくりと展望台へ登るこの時に私達の隣に座っていた御老人が駆逐艦初霜の擱座地点について御話をされていた事が印象的で。
少しだけ御話を訪ねてみたところ、感慨深そうに想いを馳せていらっしゃいました。
深く尋ねる事は出来ませんでしたが……今も尚、嘗てあった出来事を覚えていて。
そういった方が今もいらっしゃる事はとても素晴らしい事なのでしょう。
私達のような今の世代がそうした方々の御話を聞く機会はまたとない宝物。
艤装からの記憶で嘗ての光景を見ているのだとしても、当事者の方から御話を聞くのはまた違うもので。
御迷惑をかける訳にもいかないのでこれ以上を尋ねるような真似はしませんでしたが……。
今も尚、嘗ての事を大切にしてくださる方がいらっしゃる事は本当に嬉しいです。
ちょっとした出来事ではありましたが……この出会いに感謝を。
「股のぞき……凄いです! 細長く伸びる松林が天にかかるように見えるこの感じ……名前の通りですね!」
「本当に写真で見た通りなんですね……! これは普通に見るのと逆さまに見るのとでは全く違う世界が見えます!」
展望台に登って早速、私達が試してみたのは股のぞき。
天地が逆さまになる美しい景色はこの場所に来た以上はやっぱり試してみないといけません。
私達の傍では初霜と雪風の妖精さんも同じようにして楽しんでいます。
天橋立の名前の通りの景色は本当に綺麗で、上下の何方から見ても違った形で美しい情景は心に残ると言うか何と言いますか……。
上手く言葉には出来ないのですが、日本三景の一つと言われるのも良く解る気がします……!
「此処からさっきの獅子崎も見えますね。ちょうどあの辺りでしょうか?」
「そうですね……此処からでもはっきりと解ります」
天橋立ならではの情景を楽しんだ私達は改めて宮津湾の全容を一望します。
展望台の上から眺める宮津湾も静かで素晴らしい光景が広がっていて……。
その景色の中には私達が先程まで居た獅子崎もあります。
間近で見たあの場所と展望出来る場所で見るあの場所は同じであっても何処となく違うような気も。
ですが、全容からもう一度眺めて見て感じるものもあるんです。
目の前に広がる海と空の光景が初霜と雪風にとって本当に大切なものだったと言う事が――――。
「……初霜ちゃん」
「うん、雪風ちゃん」
私が何を思っている事は御見通しなのか雪風ちゃんが優しく微笑みながら指を絡めてきます。
そっと手を繋いで私達は一度、顔を見合わせて頷いて――――。
ゆっくりと目を閉じて心の中に目の前に広がる風景を焼き付けます。
艤装の記憶から流れてくる宮津湾の記憶。
束の間の平和だった穏やかな時間の中にある優しい時間。
魚釣りに運動会にピクニックに……戦時中とは思えない程の穏やかで。
私と雪風ちゃんの艤装だけが持つ私達2人だけが見て感じる事が出来る時間。
大切な想い出のある記憶の全容の全てを見渡す事の出来るこの場所で。
遠い昔のあの時は初霜が雪風をひとりぼっちにしてしまったけれど……。
艦娘となった私達はきっとそうはならない――――いえ、絶対に繰り返させません。
艤装の持つ過去の記憶や魂をこの身に降ろす事が出来る事の意味はきっと其処にある。
夏のあの日に2人きりで宮津湾に足を踏み入れる事になったのも決して偶然なんかじゃなくて。
霞ちゃん達皆が私達を後押ししてくれたのも大切な時間をこうしてぎゅっ……と抱き締めてあげるため。
私と雪風ちゃんにしか感じ取る事が出来ない想いがある事を深く理解してくれているからこそ、坊ノ岬の皆は私達を送り出してくれた。
2人きりの大切な時間と想い出――――それはきっとかけがえのないもので。
これからも続いていく私と雪風ちゃんがしっかりと心の中に焼き付けて、決して忘れないようにしていかなくちゃいけないもの。
1945年7月30日の出来事から遥かな時を経た現在の7月30日。
共に『奇跡の艦』と謳われた初霜と雪風が別れたその日に艦娘の私達が揃って此処に居る……このめぐり合わせには感謝してもしきれません。
決して失われる事の無い大切なこの出会いとその機会とかけがえのない時間を与えてくれた皆さんに感謝を。
夏のあの日と同じ日に過ごしたこの時は私と雪風ちゃんの宝物です――――。
――――私から初霜ちゃんに幸運を。
――――私から雪風ちゃんに祝福を。
――――初霜ちゃん、艦である雪風と初霜は別れてしまいましたけど――――私達はずっと一緒ですよ……!
――――ええ、今もこれからも私達はずっと一緒です。雪風ちゃん……!
夏のあの日は2人きりで。
7月30日――――初霜、雪風
From FIN 2015/7/30
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