――――1939年6月28日





 嘗てのこの日は私、朝潮型駆逐艦9番艦である霞が竣工日を迎えた日。
 この頃は初霜が竣工した頃とは違って既に軍縮条約も無く、朝潮型は特型以上の船体を持つ大型駆逐艦として誕生した。
 艦の強度を増すために排水量を増大させ、艦内の電源を交流電源にする等の新機軸が盛り込まれた私達は艦隊決戦型駆逐艦の雛形とも言える設計が施されている。
 しかし、海軍は朝潮型の設計に伴う、速度や航続距離の低下に不満を持ち、改良型である陽炎型に繋がっていく。
 結局、条約廃止後に誕生した朝潮型駆逐艦は10番艦の霰で終わってしまったけど……私はそれに不満なんてない。
 私達が先に生まれたからこそ、陽炎にも不知火にも雪風にも会えたんだし、もっと後には朝霜にだって会えた。
 それはちょっとした巡り合わせだったのかもしれない。
 皆と会えた事は幸せな事で決して偶然では無かったのだろうと私は思う――――。
















「竣工日、おめでとう霞ちゃん!」

 駆逐艦霞の竣工日と言う事で早速、御祝いに来てくれたのは初霜。
 生憎と初霜の第二次改装の時や起工日の時のようなパーティーは不在の艦娘が多い今日だと流石に行われない。
 私達、坊ノ岬を共にしたメンバーで鎮守府で非番なのは私を除くと初霜と朝霜くらいのもの。
 大和も矢矧も雪風も磯風も浜風も生憎と今日は間が悪いのか出かけてしまっている。
 流石に皆が全員揃っていて御祝い出来ると言う僥倖に預かった初霜ほど私は幸運では無いみたいだった。

「おめでとさん、霞」

「ええ、有り難う。2人とも」

 でも、こうして初霜と朝霜と2人だけが御祝いしてくれると言うのも悪くない気がする。
 考えてみれば普段は坊ノ岬の皆とつるむ事が多いけど、私達だけだと奇跡の作戦と言われた北号作戦を共にしたメンバー同士になる。
 本当なら此処に伊勢と日向と大淀も加わるのだけど……生憎と彼女達も揃って不在だ。
 初霜と一緒に2人だけと言うのは割と機会としては多いし、普段も一緒の場合が多かったけど……。
 朝霜が着任してからはこういった機会は中々、得られなかった。
 この日までの間には朝霜の練度を上げるための演習や出撃に加え、二水戦の日もあった訳だし……。
 他にも皆で夜桜を眺めたり、違う形での思い出なら沢山、あるけど……私達、3人だけと言う事は一度もない。
 それに同室であるとは言え、朝霜と2人きりじゃそんな雰囲気にはならないから、改めてと言う事も無いし……。
 多分だけど……初霜がこうして来てくれなければ私の竣工日を御祝いしようなんて事にはならなかった気がする。

「しっかし……こんな日に皆居ないなんて、勿体無いよなぁ……。あたいは司令が気を遣ってくれたのか出撃は無かったけど」

「そうですね、朝霜さん。ですが……私達3人だけでこうして御祝いすると言うのもまたとない機会ですよ。ね、霞ちゃん?」

「ええ、初霜の言う通りだわ。皆が不在なのは仕方がないけど、アンタ達と一緒にって言うのも悪くないわ」

 皆が不在と言う事で残念そうにしてる朝霜だけど、初霜は私の考えてる事も御見通しなのか笑顔でポン、と手を合わせる。
 そりゃ……大和達に御祝いして貰いたい気持ちはあるけど、たまには賑やかじゃなくても良い。
 皆と一緒に居るのは勿論、楽しいけれど……初霜と朝霜とこうして居られるだけでも私は充分。
 自分達の部屋で慎まやかに、と言うのも悪くないわね――――。
















「あ、そうでした! 今日は霞ちゃんのために朝霜さんと一緒にケーキを作ってきたんですよ……!」

 私と朝霜の部屋に初霜が来客してから暫く後。
 お喋りをしたりしながらのんびりと過ごして時刻はもう、おやつの時間。
 部屋にある時計を見た初霜が大事そうに持ってきていた箱を取り出す。

「ふ〜ん……朝霜と……」

 初霜のお菓子作りの腕前は信用出来るけど、朝霜はどうなのかしら?
 一応、磯風にアドバイス出来るくらいには料理も出来るのは確認してるけど……。
 普段の家事は全部私任せにしているのを見ていると少し心配になってくる。
 江戸っ子気質と言うか、何と言うか……大雑把な部分が目立つ朝霜がお菓子作りと言うのがどうもイメージに合わない。
 初霜は真面目でしっかりしていて、雪風と一緒に作ったと言うお菓子を差し入れに持ってきてくれる事も多いから今回も安心出来るけど……。

「何だよ、霞。あたいが初霜と一緒にケーキを作ったりしたら悪いってのか?」

「別に悪いとは言ってないわ。唯、普段はものぐさなアンタがちゃんと出来ているか、と考えたら少し疑問に思ってただけよ」

「きーっ! ちっくしょー! 今に見てろよ……あたいだってやれば出来るって事を教えてやるからな!」

「やれやれね、もう……」

 私に挑発されたと感じてムキになる朝霜に肩をすくめる私。
 別にそういう意図のつもりじゃなかったんだけど……呆れたような私の様子に朝霜もカチンときたみたい。
 普段の行いが悪いというか何というか、朝霜の場合はその……うん。
 余り、こう言ったりするのもどうかとは思うけど……日頃が大事と言うのはあると思うのよね……。
 初霜と一緒に作ってきたと言うのだから心配はしなくても良いのだろうけど。

「まぁまぁ……霞ちゃんも朝霜さんも落ち着いて下さい」

「けど、初霜……」

「霞ちゃんが素直じゃないのは何時もの事です。朝霜さんだって解っているでしょう? それでも、そんな態度を治さないなら……めっ! ですよ?」

「お、おぅ……」

 ヒートアップしつつある朝霜をやんわりと諌める初霜。
 さらっと私の事を酷い評価を下したような気もするけれど多分、気のせいだと思いたい。
 表情としては困ったような笑顔だけど、初霜は怒らせると怖い部分も。
 実際、初霜には何時も仲裁役や苦労しそうな役回りばかり任せているし、それを自覚しているのか朝霜も初霜に言われると大人しくなる。
 尤も私もその辺りは変わらないけど……。
 天然そうに見えて、いざという時は厳しいから初霜って相手を割と尻に敷きそうなタイプよね?
 本当に初霜には敵わないわね……。
















「あら……美味しそうじゃない。これ……朝霜がやったのかしら?」

「ああ! ケーキをメインで作ったのは初霜だけど、デコレーションはあたいがやったんだぜ? 少しは見直しただろ」

 ちょっとした言い合いから落ち着いて漸く、初霜と朝霜が作ってくれたと言うケーキを食べる事に。
 流石に今回は大和達が参加していないと言う事で一人前くらいの大きさのチョコレートのデコレーションケーキ。
 ケーキの上には『霞 竣工日おめでとう!』と書かれたクッキーがアクセントに添えられている。
 見た目はとても綺麗に整っていて少しファンシーな雰囲気で可愛らしい。
 しかも、これを朝霜がデコレーションしたと言うのだから吃驚する。

「え、ええ……意外ね。アンタがこんな器用な真似出来るとは思ってもなかったわ」

「あたいだって霞には何時も世話になってるからな。礼だと思えばそんなに難しくなかったよ」

 照れ臭そうに頬をかく朝霜。
 自分でも、らしくないとでも思ってるのかもしれない。
 確かに私も実際に朝霜が初霜とケーキを作ってくれるまでは信じられなかった。
 朝は寝ぼすけだし、私が居ないと本当に駄目なんじゃないかと思えるくらいだと思っていたのに……。
 同室で暮らしてて、一緒に居る事も多かったのに私は朝霜の事をまだまだ理解してなかったのかもしれない。
 大雑把に見えるようで夕雲型姉妹の中ではしっかり者の部類と言える朝霜。
 私のためを思ってくれて、このケーキをデコレーションしてくれたのだと思うと何だか嬉しくなってくる。

「……そう。有り難う」

 朝霜に御礼を言いながら、ぱくりとケーキを一口。
 使用しているチョコレートは少しだけ控えめで私好みの適度な甘さが口の中に広がる。
 私が少し甘さを抑えたお菓子の方が好きと言うのをしっかりと考えてくれたのは初霜がケーキ作りのメインを務めたからだろう。
 着任して期間がそれほど長いとは言えない朝霜ではこうはいかないだろうし……。

「ん……美味しい」

 こうして食べてて幸せ……と感じられるようなお菓子を作るなんて流石は初霜。
 時折、鎮守府に立ち寄る間宮と伊良湖の甘味処のアイスや最中とはまた違った幸せを感じられる。
 雪風と一緒に皆に幸運を、と良く口にしている初霜は本当に有言実行の娘。
 御祝いのケーキもそんな初霜の想いが込められていて、何処か心が温かくなる。
 しかも、朝霜も頑張って仕上げてくれたのだから尚更、そう感じる。
 初霜と朝霜……私の大切な2人の親友。
 何時も怒ってばかりで迷惑をかけているのは私の方なのに……!
 ケーキを食べている内に少しずつ視界がぼやけてくるのを感じながら、不意に少し気になる紙切れのようなものが目について私はそれを手に取った。
 どうやら初霜と朝霜が私宛てに書いたメッセージカードみたい。
 全く……私の事をに此処まで想ってくれてるなんて――――2人揃って本当にバカなんだから!
















 竣工日おめでとうございます!
 何時も私達の事を見守ってくれて、引っ張っていってくれる事に本当に感謝しています。
 霞ちゃんと出会う機会を与えてくれた今日と言うこの日に感謝を……!

 竣工日おめでとう!
 時々、煩いなんて思う事もあるけど……何時もあたいの事を気遣ってくれて有難うな。
 ……本当に感謝してる。

 6月28日――――初霜、朝霜





























 From FIN  2015/6/28



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